「お、犬だ」
「あ、ほんとだ・・・」
ある日の学校帰り。
いつものフェンス沿いの道を通りがかったあたしたちは、子犬を見つけた。
生まれてから、だいたい半月くらいだろうか。
まだまだやんちゃなその顔は、「犬」というよりもぬいぐるみみたいな感じだ。
鼻だって、ぺったんこ。これが将来、グッと前に突き出してくるのかと思うと不思議でならない。
尻尾だって、ふさふさしているけれどまだまだ短い。
手や足だって、ずんぐりむっくり。道に転がっている少し大きめの石を飛び越える事が出来なくて、よたよたしている姿がやけに、愛くるしい。
「お、首輪してるな。飼い犬かな」
とりあえず車に轢かれたら可哀想だ、と、乱馬がその子犬を抱き上げた。
子犬は人懐っこい性格のようで、抱き上げた乱馬の顔をぺろぺろと舐めながら尻尾を振っていた。
子犬の首には青くてシンプルな首輪が巻かれていて、そこに「山田エリザ」と名前が書かれていた。
「エリザ、か。メスか?」
「そうみたい。あら、山田って・・・この犬山田さんとこの犬かしら?」
「山田・・・ああ、ベスの家。知ってんのか?」
「そう言うわけじゃないんだけど・・・この間ね、もう一匹犬を飼い始めたって言ってたのよ。きっとそれがこの子なのね」
あたしがそんなことを呟くと、子犬は「わん!」と元気よく鳴いた。
どうやら、自分の事を話しているというのが、分るようだ。
「山田さんの家、すぐそこよ」
「ふーん、じゃあ届けてやろうぜ。車に轢かれたら大変だ」
「そうね」
とりあえずあたしたちは、犬を連れてすぐそこの山田さんの家へと向かった。
その最中、
「おー、お前そんなに顔舐めるなよ。くすぐったいだろー」
乱馬は、抱いた子犬にじゃれつかれて楽しそうな声を上げていた、
猫はおかしいほど嫌いなくせに、犬には抵抗が無いみたい。
それに、
「ねー、Pちゃんは乱暴に扱うのに、何でその子は可愛がるの?」
「あの豚は特別だ」
あたしのペット、Pちゃんはいつもいじめてばっかりのクセに、この子はものすごく、可愛がる。
「よしよし、いい子だ」
尻尾を振ってじゃれつく子犬の頭を、優しく撫でてはニコニコして抱きしめる乱馬。
「・・・」
その姿を横で見つめながら、何だかあたしは複雑な気分だった。
Pちゃんとの扱いのギャップがかなりあるからか?
いや、違うな。
きっと・・・こんな風に何かを優しく抱きしめたりする乱馬、見た事がないからかも、しれない。
しかもメス犬、だし。
・・・
・・・・・・
・・・・・・やだもしかして。
あたし、子犬にヤキモチ焼いてる・・・?
「・・・」
子犬だよ。
人間じゃないんだよ。メスって言ったって、犬なんだから。
ばかな、あたし・・・。あたしは、乱馬の横顔を見つめながら自分を慌てて戒めた。
「ん?どうしたあかね」
「別に・・・」
数分後。
山田さんの家に無事に子犬を預け、あたしと乱馬は再び岐路についた。
でも、何となくあたしの様子がおかしいのを悟った乱馬が、
「ちょっと寄り道していこうぜ」
「え、でも・・・」
「ちょっとだけだって」
そのまま家の前を通り過ぎて、あたしの手を引いたまま近くの公園へと向かう。
「どうしたんだよ」
「だ、だから別に何も・・・」
「嘘つけよ。さっきまであんなに元気だったのに」
夕暮れ時の公園、もう誰もいなくなってがらんとした公園の隅にあるベンチへ座り、乱馬があたしの顔を覗き込んだ。
「ほんとに何でもないもん」
「嘘だね。山田さんちにいく途中から、おかしいぞお前」
・・・さすがは乱馬。こういう時だけ鋭いみたいだ。
「・・・」
あたしは観念すると、
「だから、その・・・」
「なんだよ」
「あの子犬を抱いている乱馬を見てたら、何か・・・」
「俺を見てたら、なんだよ」
「何か・・・いつもと違う乱馬を見ているみたいで・・・」
と、ぼそぼそと呟いた。
乱馬はそんなあたしの顔をしばらくじっと見つめていたけれど、その内あたしの言いたい事に気が付いたのか、
「そうか、お前・・・。ふっ・・・」
・・・急に吹きだした。
あたしが子犬にヤキモチを焼いた事に気がついて、おかしくなったらしい。
「わ、笑う事無いじゃないっ」
あたしが真っ赤になりながらそっぽを向くと、
「犬にヤキモチ焼くなんて・・・ふっ・・・」
乱馬は、そんなあたしの頭をポンポンと叩きながら涙を流して、笑い出した。
「いいじゃない、別に!ほっといてよ!」
あたしが恥かしさを隠そうと乱馬にそう叫ぶと、
「しょうがねえなあ、子どもみてえ」
「よ、余計なお世話よ!」
「どうちようもないでちゅねー」
「バカにしてんの、あんた!?」
「うん。・・・まそれはともかくだ。どれどれ。じゃあ同じことをしてやろうか」
「えっ、ちょっと!」
乱馬はあらかた笑い尽くした後、真っ赤になってそっぽを向いているあたしを強引に自分の膝の上に載せ、
「な。これで、子犬と一緒」
と、さっき子犬を抱き上げていた時と同じように、頭を撫でるようにしてあたしを抱きしめた。
「あ、あたしは犬じゃないわよっ」
あたしが更に耳まで真っ赤になりながら叫ぶと、
「でも、ヤキモチ焼いたんだろ」
「そ、それはっ・・・」
「ほら。犬は尻尾振って喜んでたぞ」
「あ、あたしに尻尾なんて無いわよっ」
「犬は俺の顔、舐めたぞ」
「あ、あたしには舌なんて・・・っ」
「あるだろ」
乱馬はそう言って、にっと笑いながらあたしに自分の頬を差し出した。
どうやら、舐めろということらしい。
「・・・」
あたしが仕方なくぺろっと頬を舐めると、
「よしよし、いい犬だ」
乱馬は嬉しそうな声でそう言って、あたしの頭を優しく撫でた。
「犬じゃないのに」
あたしは一応は不服を言うも、
そのまま乱馬の首筋に抱きついて、そっと目を閉じて頭を素直に撫でられている。
乱馬は頭や背中を優しく撫でながら、そんなあたしをしばらく抱きしめていた。
・・・さっき子犬を抱きしめている乱馬を見て、
端から見ると乱馬はこんな風に優しく何かを抱きしめるんだと、あたしはヤキモチを焼いた。
そんなあたしが、さっきと同じように乱馬に抱きしめられている。
頭や背中を撫でる手は、抱きしめられているあたしが分るほど、優しい。
犬を抱きしめるのと、あたしを抱きしめるのと。
乱馬にとっては同じことなのかもしれないけど、
乱馬が何かを抱きしめるのを見ているのと、
こうやって実際にあたし自身が抱きしめられているのとでは、
あたしにとっては全然違う。
できるなら、この手も身体も独占してしまいたい。
他の何かを抱きしめているのを、横で見ているなんて何だかちょっと、嫌だなあ。
「あー、やっぱり子犬もいいけどあかねもいいなあ」
「失礼ね、あんた。犬と一緒にしないでよ」
「一緒じゃねえよ。犬より我侭で犬より甘えたがりでやっかいだ」
「わ、悪かったわね!」
「・・・でも、可愛いんだよなあ」
・・・こんな事を言われたら、また笑われてしまうけれどヤキモチを焼いてしまう。
ああ、こんな事じゃ、子犬はおろか将来そう、子どもなんて出来たら大変ね。
子どもと乱馬の腕の中を取り合いッこするなんて、それはホントに困るなあ。
「あのね、子どもが出来てもあたしにこうしてくれる?」
「するよ。するに決まってんだろ」
「ほんと?」
「ああ。でもその前に子ども作らないと」
さっそく今晩にでも・・・と本気か冗談かわからない乱馬の頬にがぶりと噛み付きつつ、
あたしは抱きしめられているこの温もりを、存分に味わったのだった。