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→4.俺様

「ねえ、乱馬」
「なんだよ」
「乱馬は、男の子よね?」
「何言ってんだお前は。どっからどう見てもそうだろ」
「じゃあ、やっぱりその…女の子は男に従うものだって、思う?」
「はあ?」

…ある日の昼下がり。
かすみさんから買物を頼まれた俺が買物帰ってきて、玄関で靴を脱いでいると。
そんな俺を出迎えてくれたあかねが、急にそんなことを質問してきた。
「なんだよ急に」
俺がばかばかしい…と相手もせずにあかねの横を通り過ぎようとすると、
「…」
ぎゅっ。
あかねが、通り過ぎようとした俺の服を、手で掴んで引っ張った。
「な、何っ…」
俺がかくん、とバランスを崩して立ち止まると、
「知りたいの」
あかねは、妙に小さな声でそう呟いた。
「…」
俺が不思議にそんなあかねの方を振り返ると、あかねの奴、妙に暗い表情をして俯いていた。
「…どうしたの?」
どう考えても、いつものあかねとは様子が違う。
俺がそんなあかねの顔を覗き込むように身を屈めてやると、
「あのね、中学の時の友達の彼氏がね…」
「うん」
「すごく『支配力』が強い人でね…」
「うん」
「友達が意見を言おうとしてもね、全然聞いてくれなくてね…お前は俺の言うとおりにしていればいいって言うんだって」
あかねは、ゆっくりと俺に事情を説明し始めた。
…あかねが言うには、
あかねの中学の時の友達から、たまたま電話があったらしい。
そこでその友達の恋愛話を聞いたようだけれど、その友達の彼氏が妙に「支配的」な男のようで、
どうやらあかねの友達であるその彼女に、彼女でありながらも威圧的な態度で接しているとのこと。
あえて言うのなら「俺様」的発想の男。
その男は家庭も裕福な家庭で育ったようで、そんな発想を咎めるような人間が周りに居なかったらしい。
一方のあかねのその友達の彼女も少し変っている子らしく、「男はそういうものだ」という感覚でいるので、そんな相手に全く違和感が無いらしい。
あかねとしてはそんな男は許せないし、「別れた方が」と思ったようだが、


「男の人は、皆そういう気持ちがあるし、あかねの彼もそうなのよって…」


…と、最後に余計なアドバイスをされて電話を終えたようなのだ。
真面目なあかねは、すぐに人の話を信じてしまう。
だからきっと、その友達とやらの話を全て信じて、今までの俺との付き合ってきたことを色々となぞらえて考えたりしていたのかもしれない。
もしかしたら、俺の事も「乱馬もそうなのかも…」なんて、勝手に思い込んで落ち込んでたりするんだろうか。
この暗さが、何だか妙に気になる。

「…」
俺はあかねの話を聞き終えて小さなため息をつくと、
「俺、あかねにそんな風に接した事あるか?」
と、あかねの俯いた頭をぽんと手のひらで叩きながらそう言った。
「…」
あかねは、暗い表情のままで首を振る。
「…だろ?」
俺は表情の未だ冴えないあかねに、優しい口調でそう呟くと、
「あのな、俺…難しい言葉とか気の聞いた言葉は知らないから上手くいえないけど…」
俯いているあかねの頬を、両手で挟んでやった。
そして自分の方に向けさせると、
「俺は、『あかね』を大事にしたい」
「あたし…?」
「俺が守りたいのは、もちろん危険な物とか妙な奴とか、そういう目に見えるものだけじゃなくて、
 あかねのその性格も、身体も、心も、考えも…そういうの全部ひっくるめた『あかね』自身てこと」
「乱馬…」
「めちゃくちゃ凶暴でも、信じられないくらい不器用でも、料理がいつまでたっても料理が上達しなくても、寸胴でも、俺、そういうの全部ひっくるめたあかね が、『あかね』だと思ってるから」
「・・・」
「あかねはあかね、だろ?俺がそういうの全部認めなくて、『こうあるべきだ』なんていう権利、どこにもねえ。その人のそういう特徴や、いいところやダメ な所まで支配するなんておかしいだろ」
「…」
「ヤキモチやいたり、笑ったり泣いたりする。俺、自然のままのあかねが好きなんだ」
俺はそう言って、触れているあかねの頬をそっと撫でてやった。
「…乱馬」
あかねは、そっと目を閉じた。閉じた目から、一筋の涙がほろりと流れ落ちる。
「…ったく、何で泣くんだよ」
「だって…」
「だって、じゃねえよ。そんなの当たり前だろうが」
俺は、あかねの流していた涙を指で拭ってやると、
「…だからさ、余計な事考えんじゃねえよ。それに俺、自分の事を『俺様』なんて思っていられるほど偉い人間じゃないから」
そう言って、にっと笑ってやった。
「うん」
するとあかねも、ようやく先ほどまでの暗い表情を一蹴して、俺に笑顔を見せた。
泣くとすぐ真っ赤になる目。でも、笑えばそんなの全然目立たなくなる。
どんな泣き顔も、すぐに帳消しになるあかねの笑顔。
見ているだけで、なんだか俺も笑顔になっちまう。
…そんな笑顔を奪ってしまうような「俺様」的な男、俺の方こそお断りだ。
「乱馬は…乱馬はね、偉いよ」
「偉くねえよ」
「ううん、偉いよ」
「どこが?じゃあそれを三文字以内で説明せよ」
「うーん…じゃあね、『ぜんぶ』」
「なんだそれ。全然わかんねえよ」
「わかんなくて、いいもん」
ようやく涙も乾いて眼も普通に戻ったあかねが、俺の腕を取ってそう言ってまた笑った。
「…」
そりゃ、あかねを独占したい気持ちは誰よりも強いけれど、
この笑顔を奪うような、そんな独占の仕方はしたくない。
俺が好きなあかねが、「あかね」でいつもいてくれるような愛し方を、俺はずっとしていきたい。
あかねの友達にしてみたら、それは「変わり者」って思われるかもしれないけど、
だったら俺は、世界一の変わり者でもかまわねえや。


俺は、ようやくいつもの笑顔を取り戻してくれたあかねの顔を見つめながら、心からそう思った。

 

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