「ねえねえ、知ってる?このお酒ってね、怖い女王のことが由来で名づけられたんですって」
夕食後、二人であかねの部屋でくつろいでいる時に、雑誌を広げていたあかねがそんな事を呟いた。
あかねが読んでいたのは、珍しくグルメ専門雑誌。
・・・近づいてきたクリスマスの為に、俺に手料理とかを作ってくれようとしているのだろうか。
いや、まさか。
でも、最近「何が好き?」とかやたらと聞かれる気がするのも、きっと何らかの布石があるとは・・・思えなくもない。
そりゃ、手料理を作ってくれようという気持ちは、もうとてつもなく嬉しいし、そういう気持ちを俺に抱いてくれるあかねが可愛くて仕方がない。
でも、時にはそんな愛だけではカバーできないものがある。・・・そう、それは「味覚」。
同じようにあかねのことを愛し可愛がる天道家の面々でさえ、出されれば笑顔でそそくさと逃げていくという、あかねの料理の腕前。
あのおふくろでさえ、笑顔で一口、あかねの作った野菜炒めを口に含んだまま一瞬気を失ったことさえある。
その腕前を再び披露してくれるというのか。
もちろん、披露してくれたら俺は食べないわけには行かないわけで。
「・・・」
そんなこともあり、俺はなぜあかねがグルメ雑誌を読んでいるのかは、恐ろしくて質問することが出来ない。
・・・
「お酒の由来なんて興味あるのか?」
とりあえず、当たり障りなく。俺はそんな問いをびくびくとしながらあかねにする。
まさか、料理に混ぜる酒でも探しているというのだろうか?
「隠し味の白ワイン」が酢になっていたり、バニラエッセンスがラー油になっていたりするあかねに、調味酒の選定など出来るのか?
俺はそれが恐ろしくて、答えを聞くまでヒヤヒヤとしていた。
が、どうもそういうわけではなく、
「ほらここ、見て?『大人のディナー特集』。ブラッディマリーっていうお酒なんだけど・・・」
「ブラッディマリー?」
「トマトジュースがベースになっているんだって」
「トマトジュース?美味いのか?それ」
「美味しいみたいよ。それにね、このお酒・・・」
あかねはそういって、記事に書かれていることを俺にさらっと説明してくれた。
どうやらただ単に、読んでいた雑誌にあった酒の記事に、目が惹かれただけらしい。
俺は内心ほっと、胸を撫で下ろす。
・・・あかねの話によると。
このブラッディマリーという酒は、ずっと昔に自分の信仰とは違ういわゆる異教徒を大量虐殺したという、別名「血塗られた女王」メアリースチュアートにちなんで名づけられたらしい。
「うへー、じゃあこのトマトジュースはさしずめ、血?」
そんなの聞いたら、トマトジュースとかトマト煮つけとか食べられえじゃねえか。俺は、思わず舌をベーッと出して顔をゆがめる。
「乱馬ったら、大げさなんだから」
「想像力豊かと言って貰いてえな」
「え、そうなの?」
「俺、服の上からでもあかねの裸が想像できるもん」
「それじゃ単にエッチなだけでしょうが!」
せっかく俺の特殊能力の事を教えてやったのに、何故か俺はゴスッ・・・とあかねに頭を拳で殴られた。
何故だ?
「んんっ・・・」
そんな俺の頭を殴ったあかねは、わざとらしい咳払いをして再び話題を元に戻すと、
「それにしても、そんな残忍な女王の名前でカクテルを作ってしまうなんて・・・ヨーロッパの人って粋よねえ」
「・・・それ、粋なのか?」
「粋じゃないの。日本はそんなの少ないし」
「ふーん・・・」
「あ、そうだ・・・じゃあ、あたしも何か、あたしにちなんだ料理を作って名前をつけてみようかなあ」
「っ・・・」
突然、あかねがそんな事を言い出した。俺は思わず息を呑む。
ただでさえ普通の料理が創作料理みたいな感じなのに、これ以上一体に何を「創作」しようとしているのか。
いいか、あかね。料理はな、基本的には食べるために作るんだぞ?
おまえ、絶対に作った料理は自分で食べないよな?それを一体誰に食べてもらうつもりでいるんだ?
例え家族のために作ったといえど、必ず最後は俺のところに来るんだぞ?
おじさんが「乱馬君は食べるよね?」って・・・おじさんの分の料理を俺に差出し、笑顔で無言の圧力をかけてきたら、俺はもうそれを素直に食べるしか・・・ないんだぞ?
それがどんなプレッシャーか、お前、分かるか?
「・・・」
俺が心の中ではそっと涙を拭い、嫌な汗を背中にかきながらそんな事を思っていると、
その横であかねは、
「クリスマスだからー・・・メレンゲをたっぷり使ってかまくらみたいにした、ケーキがいいかなあ?名前は、乙女と雪の戯れ、とか」
とかなんとか、呟いている。
俺が予想をするに、恐らくそれは薄力粉と重曹を間違えて使用したっぷりと上にかけられていて、食べた瞬間舌がびりびりするような「焼きモノ」になるに違いない。
「それかー、デミグラスソースを小さく刻んで炒めた季節の野菜にたっぷりと掛けて、手作りのパンでも添えてみようかな?名前は、頑張りやさんと森の楽園みたいな」
あかねがまたそんな事を呟いているけど、
俺が予想をするに、デミグラスソースがなぜかバルサミコ酢と摩り替わり、季節の野菜にはなぜかまな板の破片が混じり、手作りのパンのはずが、甘いもちのような物体になっているに違いない。
乙女と雪の戯れとか頑張りやさんと森の楽園とか、どう考えても想像できない代物になるはずだ。
・・・
「ねえねえ、クレープ生地に焼いた肉を載せて特製ソースをかけた料理を作ってみようと思うんだけど・・・乱馬はどんな名前がいいと思う?」
そんな俺の考えなど諸共しないあかねは、更にそんな質問を俺にぶつけてきた。
「・・・」
どう考えても、クレープ生地という名の焼きすぎた卵焼きに、丸焦げの肉の塊、それに異様な匂いがするどろどろのソースがかかっている代物を想像してしまうのだけれど、
「ねえねえ?どんな名前?」
その恐ろしい料理とは裏腹に、無邪気な笑顔でそんな事を聞いてくるあかねを見ると、おどろおどろしい名前など付けれるはずもない。
ああ、この可愛らしく可憐な笑顔と、おどろおどろしい料理のギャップ・・・それが分かっているのに答えなくてはいけないなんて、人生はなんて残酷なんだ。
心の中で再び涙をそっと拭いつつ、仕方がないので俺は、
「ほ・・・」
「ほ?」
「微笑みの爆弾、とかがいいんじゃないかな・・・」
と、答えてみた。
「えー?なあに?それ」
それに対し、勿論意味が分からないあかねは首を傾げるが、
「・・・」
だから、笑顔で相手にとてつもないダメージを加えることだっつーの。
もちろんそんなことは言えないので、
「み、見た目の可愛らしさよりも、刺激的な味にインパクトがあるって言うことだよ」
俺は、十六年間生きてきて培ってきた語学力をフルに生かしてあかねにそう弁明してみた。
「ふーん・・・なんかイマイチだなあ」
が、あかねはそんな俺の優しさを全く分かっていない失礼な発言をし、
「あたしだったらー・・・」
とか何とか、自分好みの名前をいくつか挙げては楽しそうにしていた。
「・・・」
大昔の残虐な女王の名前にちなんだ真っ赤な酒も恐ろしいけれど、
それより俺は、笑顔でとてつもないダメージを与えるあかねの料理のほうが恐ろしい。
せめて、今後のトラウマにならないように、
「なあ、トマトは使わないでくれ・・・」
「あれ?乱馬、トマト嫌い?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
「あ、わかった!そんな乱馬でも安心して食べれる美味しいトマト料理にしてあげるよ!」
・・・薮蛇だったのか。あかねは俺の意図を全く無視して、そんな事を言いながらニッコリと微笑んだ。
「ねえねえ、乱馬、メインディッシュは決まったね。料理に合う飲み物は、何がいいと思う?」
「・・・胃薬・・・」
俺は笑顔のあかねに聞こえないようにそうぼそっと呟きながら、心の中で大きなため息をついたのだった。