Novels Search :

→4.青い珊瑚礁

「お父さん、それなあに?」
「コレはカクテルだな。町会長さん、ビール缶以外にも色々と混ぜてくれたんだなあ」

町内の秋祭りの準備で出かけていたお父さんが帰ってきたとき、手にビニール袋を下げていた。
どうやら、準備に参加した人たちへと、町会長さんが配ったらしい。
サキイカ・するめ、サラミに柿の種。いかにも酒のつまみばかりの食べ物と、見慣れた銀色の缶に入ったビール。それに、まるでジュースのようにカラフルな缶に入った飲み物があった。
「カクテル・・・?」
「お酒だよ。ビールみたいに苦くは無くて口当たりは良いけど、その分悪酔いするからなあ」
そのカラフルな缶を手にして首をかしげているあたしに、お父さんはそう言って微笑んだ。
「飲み手がないなあ、これは・・・あかね、冷蔵庫に入れておいて」
「う、うん」
「おーい、早乙女くーん、ビールだよー」
お父さんはあたしにそのカラフルな缶を託すと、残りのつまみとビール缶を持って、早乙女のおじ様が寝転んでいる縁側へと歩いていった。
「・・・」
ぽつんと残されたあたしは、お父さんの言いつけどおりにその缶を冷蔵庫にしまおうと台所へ向かおうとした。
でも、
「あら?あかねどうしたのそれ?」
「なびきお姉ちゃん」
「青い珊瑚礁・・・ああ、カクテルか。それさっぱりしていて割と口当たりもいいのよね」
「お姉ちゃんなんで知ってるの?お酒はハタチじゃないと呑んじゃいけないんだよ?」
「例外も色々とあるのよ」
「ふーん・・・」
たまたま廊下で出会ったなびきお姉ちゃんに呼び止められ、はたと足を止める。
この口ぶりだと、どうやらなびきお姉ちゃんはこのカクテルを飲んだことがあるみたいだ。
未成年者はお酒、飲んじゃいけないんだよ?・・・あたしがそんな気持ちを込めてお姉ちゃんをじっと見つめると、
「カクテルなんてお酒のうちに入らないわよ。炭酸飲料とか甘ったるいジュース飲んでるのと一緒よ」
お姉ちゃんはそう言って、カラカラと笑っていた。
「でも、お酒だし・・・」
それでも、生まれてこの方一滴も「お酒」としてアルコールを口にした事が無いあたしがそう呟くと、
「ビールは苦くて苦手な人とか多いかもしれないけど、カクテルが苦手な人って若い子ならあまり聞かないわよ。そんな缶に入ったカクテルで酔ってたまるもんですか」
おおよそ未成年とは思えないようなコメントを残しつつ、なびきお姉ちゃんはあたしを置いてどこかへ行ってしまった。
「そ、そんなものなのかな・・・」
あたしはお姉ちゃんの後ろ姿をじっと見つめつつ、思わず手に握り締めているカラフルなカクテル缶を見つめる。
・・・お酒なのにジュースと同じ?
お酒なのに、炭酸飲料と変らない?
じゃあ、じゃあ・・・例えばあたしが飲んでも平気だったり・・・?
缶を見つめているうちに、ふとそんな事を思うあたし。
子供の頃、してはいけないといわれたことをなんだかしてみたくなるような・・・それと同じ感覚かもしれない。
お酒は未成年者は呑んじゃいけないけど、家の中なら・・・大丈夫かな。
そうだ、こっそりと部屋で飲めば誰にもばれずにすむわけだし。
匂いとかばれても困るから、夕飯の前にこっそり飲んで、それで部屋で大人しくしていれば・・・
「・・・」
・・・なんだか、禁断の領域に踏み込んでしまったかのように。
あたしはカラフルなカクテル缶をこっそりと洋服の中に忍ばせて足早に階段を昇った。

 

でも。
この時あたしは、自分がとんでもない失敗を犯していることに全く気がつかなかった。
そう、もちろん未成年者がお酒を飲むことも失敗の一つだけれど、
空腹時に何もお腹にいれずにアルコールをいれるということが、お酒になれていない人間にとってどれだけリスクがあるかという事を知らなかったのだ。
・・・

 

 

 

部屋に戻ったあたしは、ベッドの上に腰かけた。そして、洋服の中に隠し持ってきたカクテル缶を取り出す。
コバルトブルーの綺麗な缶に、「青い珊瑚礁」とかかれている。
南国のビーチの写真に、何故かレモンの絵が。もしかしたらレモンの味がするのかもしれない。
こんな風に描かれている風景を思い浮かべながらお酒をたしなむだなんて、あたしってば大人の仲間入りだ。
「よ、よし・・・」
プシュッ・・・
あたしは缶のプルタブを勢いよく引き起こした。そして、開けた瞬間にフワリとあたりに流れたかKテルの匂いに思わずピクリと反応をする。
匂いは・・・そんなに「お酒」っぽくない。
料理とかお正月にお父さん達が飲んでいる日本酒とは全然違う。
でも、ただのジュースとも違うな・・・何というか深い、酸味というか・・・。
「こ、これが大人の味なのかな・・・」
そんな事を言いながら、缶の口に唇をつけて中のカクテルを一口飲んでみた。
と、随分とスッキリした液体が口の中を潤す。
まあ、サイダーよりも少しだけ苦いけれど、でもそれが気になるわけでもない。
しかも、レモンの味がスッキリと利いて、なんだか癖になりそうな喉越しだ。
「・・・なんだ、もっとお酒っぽいのかともったけどそうでもないのか」
なびきお姉ちゃんがいっていたように、確かにコレは呑みやすい。
あたしはその後二口目、三口目、そして半分以上一気に飲み、缶を近くの机の上に置いた。
炭酸飲料は、喉越しを良くする為に呑みたいとは思えども、そんなに多くの量を呑めるわけでもない。
初めてのカクテル、缶の半分より少しまで飲み干したあたしは、
「はー・・・大人になってしまった」
とか何とか。そんな事を言いながらベッドへごろんと横になった。
目を閉じれば、あの缶に描かれていた南国の青い珊瑚礁が思い浮かぶだろうか。
どれどれ、大人のたしなみをしてみよう。
「・・・」
あたしは一度軽く目を閉じて、そしてすぐに目を開けた。
そして、頭の中に青い珊瑚礁を思い浮かべようと努力するも・・・その景色が思い浮かぶ前に、あたしの目に妙なものが映った。
ベッドに寝転んで見上げた天井が、今日はやけに歪んでいるのだ。
さっきまでは普通だったのに、まるで今にも下に落ちてきそうな異常な膨らみ。
一体どうなっているのか?
・・・
「もー、誰か天井裏に隠れてるのかしら」
えいっえいっ・・・届くはずも無いのに、あたしは天井に向かって足を伸ばして、天井裏にいると思われる誰かに蹴りを入れるフリをする。
もちろんそんな事をしても天井のゆがみが治るわけも無く、あたしは一人でふくれっつらだ。
・・・もちろん、実際には天井が歪んでいるのではなく、あたしが酔っ払ってしまっているからそう見えているだけなんだけれど。
カクテルを飲んだ後に来る真の恐ろしさ。
口当たりがよいゆえに自分の許容量を超えて飲みすぎてしまい、「ほろ酔い」から「泥酔」に行くまでに通常よりもかなりスピードが速いというその感覚を、あたしは知らなかった。
そしてまさか自分が、その領域に達しているということに、もちろんあたしが気付いているはずも無い。
・・・
と、
「おいあかね、飯だぞ」
ドアをノックするよりも早くガチャリとドアが開き、乱馬が部屋に入ってきた。
そして、
「お、お前・・・どうした?」
ベッドの上で、太腿露わにどでんと仰向けにひっくり返って天井を見上げているあたしの姿に驚いたのか、慌ててベッドに駆け寄ってくるも、
「ねー・・・天井裏にいるの誰だと思うー?」
「は?」
「あんなに歪んじゃって。下に落ちてきたらあたしが怪我すると思わないー?」
更にあたしがそんな事を呟いているのを聞いた乱馬は、
「・・・お前、それ飲んだのか?」
「何がー?」
「何が、じゃねえだろっ。それ酒だろーが!あーあ、殆ど開けてやがる・・・」
さすがにあたしがおかしいことに気がついたようで、机の上に置かれているカクテルの缶を見つけてため息をついていた。
そして露わになったままの太腿にさっとスカートを被せるようにして身を整えさせると、
「おい、酔っ払い」
「誰がー?」
「お前だ、お前!全く、なんだってカクテルなんて飲んでんだよ」
乱馬はそう言って、ベッドの上ででんぐり返っているあたしの横に寝転んであたしの頭を撫でながら、またため息をついた。
「カクテルじゃないよ、青い珊瑚礁だよ」
「だから青い珊瑚礁って言うカクテルだろーが」
「あはは、乱馬上手ー」
「何が!・・・ったく、どうしようもねえなあ。これじゃ飯喰いに居間には連れて行けねえよ」
「乱馬!」
「なんだよ」
「これ、お姉ちゃんが言っていたみたいにジュースみたいだったー」
あたしは、明らかに様子がおかしいあたしを見ながらため息をついている乱馬にぎゅっと抱きつきながらそう言ってニコニコとする。
なんだかよく分からないけれど、楽しい。
もちろんあたしは、自分が「笑い上戸」だということを後に知ることになるわけだけど。
今のあたしには、そんな風に冷静に自分を見れる余裕など全く無い。
あたしは傍にいる乱馬の身体をべたべたとくっついては触りながらニコニコとしていた。
と、
「お、おい・・・そんなに触るなよ」
「なんでー?」
「何でって・・・その、くすぐったいし・・・」
「どこが一番くすぐったいのかなー?」
「こ、こらっ・・・」
あたしに妙に身体をくっつけられ身体中触られている乱馬は、なんだか顔を赤くして身を捩ったりしている。
男には男の事情というものがあるという事に、もちろん今のあたしは全く気が付いていない。
「ねー、乱馬」
「なんだよ・・・」
「天井裏にいるの誰だろうー?さっきよりも歪んでるよー?」
「だーかーら。誰もいないっての。歪んでんのはおまえの頭だ」
「うふふ、乱馬おもしろいー」
「・・・だめだこりゃ」
あたしは乱馬に天井のゆがみのことを更に何度も言いつづけ、挙げ句の果てに、
「乱馬ー」
「だからなんだよ」
「熱い・・・」
「え、ちょっと待てっ・・・」
「熱いー・・・体が熱いー・・・」
あたしは乱馬の身体に抱きついたまま、そんな事を言いながらぽいぽいと自分の着ている服を脱ぎだした。
「こら!服を脱ぐな服をっ・・・」
普段はあたしの服を頼みもしないのに脱がせる乱馬も、さすがに今日は驚いているみたいで、慌ててあたしが脱捨てた服を着せようとするも、
「はー、すずしー。乱馬も脱げばー?」
「・・・」
あたしが、乱馬の着ている服までも脱がそうとしていることに気がつき大きなため息をつくと、
「おい」
「何ー?」
「・・・服脱いだのにさっきよりも熱いって言っても、やめねえからな」
「何がー?」
「何でも」
そう言って、半裸状態で酔っ払いボーっとしているあたしをベッドへと押し倒し、そのまま自分の身体を多い被せてきた。
どうやら、乱馬を誘惑でもしたかのようなシチュエーションだ。
「あたし色気あるー?」
「あるある、すげえある」
「ホントー?」
「ホント」
乱馬はため息をつきつつも、自分の身体は素直なのかあたしが身につけていた残り少ない衣服を全て剥ぎ取って、そのまま自分も服を脱いで抱き付いてきた。
その後あたしは、そんな乱馬にしつこくも尚天井の事を言いつづけながら、いつの間にか腕に抱かれて眠りに尽き・・・

 

 

「・・・ん?」
・・・ふと気がついたら、部屋の中がやけに真っ暗だった。
枕もとの時計を見ると、午前三時。
そして自分の隣を見ると、なんだか小難しい顔をした乱馬が、あたしの事をじっと見つめていた。
「・・・」
ゆっくりと体を起こすと、ズキン、と頭に激痛が走る。
「てて・・・」
そんな頭を押さえつつベッドの周りを見ると、あたしらしからぬ無造作に脱捨てられた服や下着が散乱していた。
「・・・」
あたしが首をかしげていると、
「この酔っ払いが」
乱馬が、頭を押さえているあたしの身体をゆっくりと押し倒しながらそう呟いた。
「酔っ払い?」
「カクテル、缶の半分飲んで酔っ払って、やたらと天井が歪んでるって言い張った上に俺を誘惑したくせに」
「う、嘘よ」
「嘘じゃねえよ。あーあ、俺酔っ払ったあかねに無理やり・・・」
うう・・・とか何とか言いながら、乱馬が泣いたフリをする。
「あたし・・・酔ってた?」
あたしが乱馬を襲ったというのは嘘だとしても、天井のことを乱馬に言いつづけたというのは気になるところだ。もちろん記憶に無いのだから、あたしは乱馬の言うとおりのことを信じるしかないんだけど。
「酔ってたよ」
「でも、缶全部は呑んでないし・・・それに、炭酸のジュースみたいだったよ」
「味はジュースみたいでも、酒は酒なの。口当たりが良くったって、それ、ビールよりもアルコールが強いんだぞ?」
「え、そうなの?」
あたしは思わず机の上に置いてある缶に手を伸ばし見てみる。
そこには、アルコール十四%とかかれていた。
一般的に缶ビールは四%くらいだそうだ。だとすると随分と強い。
「・・・」
あたしが「ありゃりゃ・・・」という表情で乱馬を見ると、
「・・・お前、絶対に外で酒飲むなよ」
乱馬は妙に深刻な顔であたしにそう呟いた。
「なんで?」
「なんで?じゃねえだろ!誰彼構わず色仕掛けとかされたらたまんねえからな」
「そんなことし無いもん」
「わかんねえだろ。昨日の事、覚えてないんだろ?」
「うん・・・」
「ほれみろ。これ以上呑んだら一体どうなることかっ。いいか、あんなこと他の男にするんじゃねえぞ!男って言うのは、あんな事されたら我慢できねえんだからなっ。だいたいお前は普段から隙が多くて・・・」
乱馬はそう言って、まだアルコールが体の中に残り頭も痛いあたしに散々長い間説教をした。
もちろんあたしもコレに懲りて、お酒を呑んで見ようなんて思わなくもなったわけで。
「あんなの炭酸飲料よ、ジュースよ」と言っていたなびきお姉ちゃんに比べると遥かに酒も弱いんだと思い知るきっかけにもなった出来事を体験した。

 

 

口当たりもよく爽やか、レモンの風味が決めての「青い珊瑚礁」。
実際の南国の晴れた爽やかな海辺をイメージした、少し大人のカクテル。
でも・・・どうやらそんな風景と今のあたしとはかけ離れすぎているみたい。
あたしが「青い珊瑚礁」を感じながらそのお酒を呑む日が来るのはまだまだ先の話のようだ。

 

TOPへ戻る