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→20.ピンクレディ

「あー…綺麗ねえ…」
乱馬がそんな声に気づいてふと目をやると、
それまで桜の木の下で黙って座っていたはずのあかねが、そんなことを言いながら天を仰いでいた。

天を仰いでいるあかねの顔に、額に。
ひらり、ひらりと桜の花びらが舞い落ちる。
時折舞い起こる柔らかな風が、次から次へとあかねの上へ桜の花を、振り落としていく。
それを嫌がりもせず、笑顔でじっと待ち受けているあかね。
折りしも、ピンク色の春らしいワンピースを身に纏っているあかねは、今にも桜の花びらと同化してしまいそうな勢いだ。
「ピンクレディ」
そう命名してもおかしくない。
それぐらい、どんどんとあかねの身体には桜の花びらが降り積もってきていた。

「おまえなあ。そのままだと桜の花びらで埋もれるぞ」
乱馬は、そんなあかねの傍へとゆっくり歩み寄り、額や、頭に降り積もる桜の花びらを手でゆっくりと払いのけてやった。
「おーおー、上を向いてもその低い鼻にはふりつもらねえか」
「何よ、失礼ねッ」
あかねは笑いながら花びらを払ってくれる乱馬にかっとなってそう言い返してきたが、
「ピンクの花びらに負けねえぐらい、真っ赤な顔」
乱馬がそう言ってあかねの頬に手を当てると、
「何よ…ホントに失礼なんだから」
あかねはそう言って、頬を膨らませて見せた。
そして、
「桜もさ、こうして絶えず降ってくると…雪みたいじゃない?好きなんだ…春の雪」
むっとした顔を一転して明るい表情に変えると、そう言って、自分の顔に降ってきた桜の花びらを一枚、指でつまんだ。
「去年も桜の下でね、こうやって雪みたいに降ってくる桜を見てたんだけど…」
あかねはそう言って、自分の横にしゃがんでいる乱馬の顔を見た。
「…あんまね、楽しくなかった」
「ふーん…」
乱馬は、そう言ったあかねの顔をじっと,見つめた。
「春の雪ってね、珍しいでしょ?だから”よい事”を運んでくるんだって」
あかねはそう言って、再び目線を桜の方へと移した。
「…」
乱馬は、そんなあかねの横顔を、じっと見つめた。

顔こそは笑っているけれど、
あかねは多分今、その「去年さくらを見ていた」時の事を思い出しているような気がしてならなかった。
あかねの心は今、多分ここにはない。
乱馬は不意にそう感じた。

「去年」。
それはまだ、あかねが東風先生を好きだった頃。
きっと、切なくて苦しくて…そんな想いを抱えて、桜の木の下でこうして桜を見上げてたんだろう…乱馬はそう想像した。
「春の雪はよい事を運んでくる」
自分にもよい事が来ないかと、きっと願いながらずっと…。

…乱馬は、何も言わず急に、桜を見上げているあかねに腕を回した。
「乱馬?」
不意に抱きしめられた事に驚き、あかねが乱馬を振り返る。
乱馬は黙ってあかねを強く抱きしめると、じっと、目を閉じた。
こうして抱きしめていないと、
あかねの心が、「行方不明」になってしまうような気がした。
去年の事を思い出して物思いにふけるあかねの心が、
何だか急に遠くに行ってしまいそうで、怖かった。

「…乱馬?」
「来年も…」
「?」
「来年も絶対、見に来ような。来年も、再来年も、その次も、ずっと…」
…乱馬は、抱きしめる腕に力を入れながらあかねの耳元で囁いた。
あかねは始めはそんな乱馬に何も答えなかったが、
「…約束よ」
しばらくしてから小さな声で、そう答え、そして自分を抱いている乱馬の腕にそっと、手を添えた。
「約束な」
乱馬はそんなあかねの答えが嬉しかった。
「絶対だぞ」
乱馬はもう一度そうあかねに伝えると、自分の腕に手を添えたそのあかねの手に、自分の手を重ねた。
「もう、心配性なんだから」
あかねはそんな乱馬に対してそう答えると、やはり嬉しそうな顔で笑った。

…あかねの心が、戻ってきた。
その瞬間、乱馬は確実にそう感じた。

嬉しそうに笑う二人の上に、ヒラリ、ヒラリと桜が降る。
頭に降り、肩に降り。
重なった手の上に次々と舞い落ちる桜の花は、まるで二人にピンク色のヴェールでも覆い被せていかのような、雰囲気を醸し出す。
そんな折、
桜のしたで笑いあう二人の間を一筋の風が、通り抜けた。
通り抜けた風は、地面に降り積もった桜の花びらを連れて、
ヒュッ…と二人の目の先を駆け抜けていく。
駆け抜けた桜の花びらは、やがて風の勢いを失い、再びフワリ、フワリと宙から地面へと舞い落ちていた。
「…あんな風にさ」
「え?」
「あんな風に、風に連れられてどこかに行くなよな…」
そんな桜の様子を見ながら、乱馬がボソッと呟いた。
「行くわけないじゃない」
あかねは、そんな乱馬にはっきりとそう答えを返した。
「あたしは、どこへも行かないわよ」
そして、もう一度はっきりとした声でそう言うと、
「だって、乱馬が捕まえていてくれるんでしょう?」
そう言って…笑った。
「当たり前だろ」
乱馬も、そう答えて笑った。
そして、二人は再びそっと…抱き合った。

絶えず降り注がれる桜の花びらを身体いっぱいで浴びて、
ずっと天を仰ぐ、あかね。
桜と同系色の洋服を身に纏った彼女。
うかうかしていたら、桜に埋もれて姿が隠れてしまう彼女はさしずめ…ピンクレディ。
だけど、
時折吹き抜けてゆく風に攫われる花びらのように、
彼女が簡単に風に連れ去られてしまう事は…絶対にない。
桜のように美しく、
桜のようにはかないけれど、
それでも彼女は「心」をもつ。
突然のつむじ風に連れ去られるような弱い心ではなく、どんな風にも揺るがない強い心を。
だけど、その心は時折「行方不明」になりかけることがある。
自らの意志で道に迷うその心。
ならば、その心を探して捕まえるその役目を…

「俺が引き受ける」

乱馬は、ボソッと一言そう呟いた。
「え、何を?」
「こっちのこと」
乱馬のぼやきに不思議そうな顔をするあかね。
乱馬は、そんなあかねの頭を撫でながら、目を閉じた。
「変な乱馬」
あかねは、そんな乱馬の腕に抱かれながら、首をかしげていた。
そして、
「…綺麗ねえ…桜」
そう言って、乱馬の腕の中から再び、頭上の桜を見上げていた。


桜の木の下にいる二人の身体には、
シンシンと…絶えず桜が降り続いていた。
…まるで、雪のように。
いつまでも、いつまでも、二人の身体へと降り続いていた。

 

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