・・・シンシンと降り積もる桜の花びらに埋もれてしまうように、俺はただ黙って地面へと横たわっている。
家族みんなで花見に来て、みんながいい感じで盛り上がっている中、俺は、何となくその騒ぎから外れて一人、こうしてぼんやり、夜桜を見上げている。
微かな月明かりと桜をライトアップする外灯の光で、
こうして桜の毛布の上で仰ぎ見る夜桜は、まるで黒地の布にピンク色の宝石を無造作に散りばめたような…そんな幻想的な雰囲気を作り出していた。
そしてそんな俺のすぐ近くでは、
「わあ…綺麗ねえ…」
そんな事を言いながら、やっぱり俺の後をくっついてみんなの元から抜け出してきたあかねが、桜舞う木の下でしきりにはしゃいでいるようだった。
…風と共に地面から舞い上がっては、そこにいるあかねの姿を包み込むようにふわり、ふわりと舞う桜。
その中でしきりに桜とはしゃいでいるあかねは、さしあたって、「舞乙女」とでも言えるだろうか。
ユラリ揺られて、舞い落ちる。
ふわり、ふわりと降り積もる。
あかねの姿を包み込むように舞う桜は、
まるで「桜の羽衣」をあかねに纏わせるかのように彼女の身体の傍へ降る。
…おとぎ話にでてくる舞乙女、いわゆる「天女」ならば、
羽衣を取られて地上に留まり、そして羽衣を見つけるやいなやそれを身に付けさっさと天へ戻ってしまうけれど、今こうして俺の側にいる舞乙女は、「桜」という羽衣を身に付けているかのようだが、一向に天に戻る気配も感じられない。
「…」
…桜の羽衣か。
本当は何も着ていない方が嬉しいんだけど、でも天女の羽衣よりは桜の羽衣の方が、俺にとっては好都合か。
見てみてえな、一度くらいは。
「…」
俺はそんな邪な事を考えつつも、そんな桜の舞乙女に向かって黙って寝転んだまま手を差し伸べた。
舞乙女は、
フワリ、ふわりと舞う花びらと共に俺の元へとやってきた。
そして、
「何よぉ、えらそうに。寝転びながら手なんて伸ばしちゃってさ」
あかねはそんなことをいいながらも俺の元へやってきて、俺の差し出した手へ自分の手をそっと乗せる。
「…」
俺は、そんなあかねの手を強引に掴むと、
そのまま仰向けに寝ている自分の上へと引きずり倒して…抱きしめた。
「ちょっと!危ないじゃない!」
騒ぐあかねに、
「だから危なくないように抱きとめただろ?」
俺はさらっとそう言い除ける。
「全く…ホントにいつも強引なんだから」
あかねは呆れたような口調でそう言うと、
「…ふーん、でも、散る桜をこうして寝転んでみあげるのもなかなかオツなもんね」
俺に手首をしっかりと掴まれたまま、そんな俺の横に俺と同じように仰向けになった。
「そうだろ?」
「みんなでわいわいみあげる夜桜もいいけど、こういう風に見るのもいいな…」
「きっと、一緒にこうして見あげている相手がすばらしいからだな」
「…あんた、少しは謙虚になりなさいよ」
そんな会話を交わしているうちに、
それまで俺が一方的に掴んでいたあかねの手が、いつの間にやら二人でちゃんと、手を繋ぐような形になっていた。
いつまでも、いつまでもそうやって手を繋いでいるせいで、俺達の手の上には一枚、また一枚と桜の花びらが降り積もっていく。
「…このままこうしてずっと横たわっていたら、二人とも桜に埋もれて見えなくなっちゃうね」
…そう言って笑うあかねに、
「でも、埋もれてしまっても…この手は離さないんだろ?」
俺はそう言って、横たわっているあかねの顔をチラッと盗み見た。
「…」
あかねは俺のその問いに言葉では答えなかったけれど、周りの桜の花に負けないくらいピンク色に頬を染めながら、黙って一度だけ…頷いていた。
「俺も、そのつもり」
俺は、そんなあかねと繋ぐ手にぎゅっと力を入れると、再び俺たち二人に降り注ぐ桜の花びらを見上げた。
…願わくば、
この桜の羽衣をまとった舞乙女が、俺の傍にずっと、ずっといてくれますように。
「…ま、逃げようとしても絶対に捕まえるんだけどな」
「何か言った?」
「別に」
「変なの」
あかねがそう言って、俺の方を見て笑っていた。
「何でもねえよ」
俺は、そんなあかねに笑顔でそう返すと、そんなあかねの手を引っぱり、自分の元へと引き寄せた。
「あ、そ」
あかねは素直に俺のほうへと引き寄せられると、俺の胸に頬を付けてじっと目を閉じていた。
おとぎ話の舞乙女…天女は、羽衣を見つけたらさっさと天へと帰ってしまうけれど、
俺の、今この胸の中にいる舞乙女は、俺がそう望んでいるように、桜の羽衣があろうがなかろうが、どうやら俺の傍にいてくれるつもりのようだ。
ユラリ揺られて、舞い落ちる。
ふわり、ふわりと降り積もる。
深い夜の闇の中、淡いルビーのごとく舞う桜は、まるで「桜の羽衣」をあかねに纏わせるかのように、俺の腕の中でじっとしている彼女の身体へ降りつづく。
ユラリ、揺られて舞乙女。
フワリと浮かぶか、舞乙女。
でも、
桜の羽衣をまとっても決して天には帰さないよう、この腕がお前を掴まえよう…
そう、お前がそれを望んでいるように。