「あー、俺現代に生まれてよかった」
…夕食後。
居間でTVを見ていた乱馬が、突然そんなことをぼやいた。
「何、いきなり」
その横でのんびりとお茶を飲んでいたあたしが尋ねると、
「だってさ。”武士道とは死ぬことと見つけたり”だなんてさ。冗談じゃねえよ」
乱馬は、TVで放映されている老舗の時代劇を見ながら、更にそんな事を呟く。
そんな乱馬が見ているのは、いわゆる「勧善懲悪」ものの痛快時代劇ではなく、人情モノ…というか、もっとどろどろした人間関係の時代劇。
何でも、下級武士が、将来を約束しあった許婚を自分の主君である殿様に強引に奪われて更にその信じていた殿様に罠にはめられて。
「私のために、罪をかぶってくれ。私には、何千人という民がいるのだ。簡単には死ねないのだ!」
殿様のそんな言葉に踊らされ、
「…忠誠を誓った殿のためなら、この命、投げ打ちましょう」
許婚も奪われ、罪を着せられ。
絶望のふちに追いやられたその下級武士はとうとう…自害してしまう。
で、そんな息子の急な死を悲しんだ父親(これまた武士)が、自分の命を賭けて復讐をするのだけれど、元々その父親は殿様にとても恩義があって、「忠誠心」をとるか「息子の仇」をとるか悩んでいた。
結局その父親は息子の仇を取ったわけだけれど、
「一度は忠誠を誓ったにも関わらずその約束を破った事には違いない。主君の為になら落としても良いと誓ったこの命…その誓いを破り自らが主君の命を奪うなど、やはり許されるものではない。例えどんな理由があっても、やはり…」
父親は一人思い詰めて、結局は命を絶ってしまう…という内容。
「だいたいよー、許婚を他の男に取られるなんて、そっからして情けねえ」
TVが終わったにも関わらず、珍しくぶつぶつとぼやきつづける乱馬に、
「ふーん、じゃあ乱馬君は許婚、誰にも取られない自信があるんだ」
なびきお姉ちゃんが、ニヤッと笑いながらそんな事を乱馬に向っていった。
「うッ…」
乱馬は、そんななびきお姉ちゃんの鋭いツッコミに少々慌てつつも、
「と、とにかく。その親父も親父だぜ。忠誠を誓っただか何だかしらねえけど、息子の仇を取ったんだろ?何も死ぬこたねえのによ。ったく、うちの親父にも見習わせたいくれえだぜ」
乱馬は再び、妙に強気な口調でそういって、一人納得していた。
…確かに、まちがっても乱馬のために早乙女のおじ様が命を賭けてあだ討ちなんてするとは思えないけど。
あたしはふと、そんなことを考えては少しおかしくなってしまったけれど、とりあえずは黙っていた。
「乱馬は、間違いなく侍には向いてないわね」
…それから、しばらくして。
寝る直前、布団に入ってから、やっぱり(今日も当然のような顔をして)あたしの横に寝るつもりの乱馬に、あたしはそう言ってやった。
すると、
「おめーも、武家の娘じゃなくてよかっただろ?」
乱馬は、そんなあたしの頭をなでながら、今度はそんな事を言い出した。
「なによ、それ」
「だってさ。武家の娘ってことは、だ。ああいう時代の武家の娘って事は、親の命令で、好きでもない権力だけあるような男の所に嫁に行く事が多いんだぞ」
乱馬は妙に深刻な顔でそう呟く。
「そんなのわかんないじゃない」
あたしはそう言った乱馬の額を指でビシッと弾いてやりながらも、ふと閃いたことがあった。
「あッねえねえ。じゃあさ、例えばあたしが武家の娘で、乱馬が遊び人の町人で…」
「何だ、その遊び人の町人ってのは」
「えー?気にいらないの?じゃあ、あたしは武家の娘。乱馬は下級武士って事で」
「だから、なんで下級なんだよ。何でオメーの方が身分が上なんだっつーの」
乱馬はいささか不満そうなんだけれど、
「そこで不満を言ってたら話が進まないでしょ」
あたしはそう言ってとりあえずは乱馬を納得させて、
「それでね。あたしと乱馬は当人同士が決めた許婚同士なんだけど、でも権力の関係で、急にあたしが乱馬の恩人の権力者の下で嫁ぐことになっちゃったらどうする?」
あたしは乱馬にそんな質問をぶつけてみた。
すると乱馬は、
「逃げる」
ほぼ即答、ビックリする位あっけなく、きっぱりとそう答えた。
「一人で逃げるの?」
あたしがそんな乱馬の答えに思わず眉をひそめると、
「何で一人で逃げなきゃいけね-んだよ。おめーを連れて逃げるに決まってんだろ」
「それって、もしかして駆け落ちって事?」
「もしかしなくてもそういうこと」
乱馬は、あたしの額に自分の額をゴチ…とぶつけながらそういうと、
「自分よりも身分の高い奴には許婚を取られても涙をのんで耐え忍ぶ…なんて冗談じゃねえよ。だったら、全てを捨ててでも、そんなくだらないしきたり、関係ない場所へ逃げる」
と続けた。あたしはそんな乱馬に、
「じゃあさ、もしもあたしと乱馬が逃げたせいで、残されたお互いの家族がひどいめにあうのが分かってても?」
ちょっと意地悪い質問を続けてみた。
今度は少し考えるのかな?…そんな事を思ってみたけれど、
「じゃあ、あかねと、あかねの家族と、俺の家族も一緒に連れて逃げる」
乱馬は、またもや即答をした。
「それってもしかして、夜逃げって言うんじゃないの?」
「もしかしなくてもそういうこと」
「家族も一緒だと、随分大所帯だよね。上手く逃げ切れるかなあ」
あたしが乱馬のそんな大胆な構想に思わず苦笑いをすると、
「俺は逃げるって行ったら逃げる。連れてくっていったら責任を持って最後まで連れてくぞ。
それに、逃げる以上は完全に追っ手を巻いて逃げてやる!異国にだって渡る覚悟だッ」
乱馬は妙に熱を込めて、あたしにきっぱりとそう宣言をした。
「…あんた。そういう妙に変な所が強気というか…理屈を通そうとするところだけは、妙に侍っぽいわよ」
「そうか?」
「そうよ。武士に二言はないって感じよ?」
あたしはそんな乱馬がおかしくて、小さく笑いながらそう呟いた。
…侍は嫌いだけれど、変なところだけ妙に侍っぽい、乱馬。
「現代に生まれてよかったわねー」
あたしが改めて乱馬にそう言うと、
「だろ?」
乱馬は、やっぱり自身たっぷりにそう言うと、
「俺、侍じゃなくても、小さな町道場の主でいいや」
そうぼやきながら笑った。
「おめーも、道場主の許婚の方が合ってる」
「許婚って所は変んないのね」
「そこが基準だからな」
「ふふ…」
あたしは、そんな乱馬がやっぱり何だかおかしくて、笑ってしまった。
…侍は嫌いだけれど、変なところだけ妙に侍っぽい、乱馬。
町人だろうが、武家だろうが。農民だろうが。
「あかねは俺の、許婚」
そこだけは絶対に譲らないと言い張る所が、あたしは妙に可愛く思えて仕方がなかった。
「武士…じゃなかった、冴えない道場主にも二言はないわね?」
あたしが笑いながらそう尋ねると、
「冴えないは余計だ」
乱馬はあたしの額をピシッと指で弾きつつ、「当たり前だろ」と笑っていた。
その笑顔につられてあたしも笑いながら、
「じゃあ…冴えない道場主の許婚に納まってやってても良いかな」
そう乱馬に答えると、
「何をえらそうに」
乱馬は嬉しそうな表情をしながら、そんなあたしの身体をきゅっと力を込めて抱きしめた。
「あかねは、俺の許婚」
江戸時代だろうが現代だろうが。
そこだけは、乱馬の中では変らない点、らしい。
夜逃げしようがなにしようが。
どこへいっても、それだけは乱馬が絶対譲らない…・
そんな風に言い張る彼。
特定の部分だけ、妙に一本気で真面目。
どんな事をしてでも守り通そうとするその姿勢というかその精神て、
昔風に言うならば、
きっと、
「侍魂」。
…そんな風に表現されるものなんじゃないだろうか。
「あかねは俺の、許婚」
乱馬がどんな事をしてでも変えない!と叫んだそれは、
侍嫌いで侍になんてなりたくない乱馬の、イッツ ”サムライ スピリッツ”。