「あ。あたしこれにしよう!」
「はあ?お前なあ、また太るぞ。甘いもんばっかり飲んでると」
「いいの!ダイエットするもん、その分」
…ある日の放課後。
買物に付き合ってくれた乱馬へのお礼もかねて、あたし達は駅近くのファーストフード店へと入った。
そこで、乱馬はコーラを注文して、あたしは…たまたまその日発売になった新作のシェイクを注文したのだけれど、恋人とか許婚とかよりもすっかり小姑化している乱馬が、レジを終えてトレイを席まで運んできたあたしに、さっそくそんなことをぼやいた。
「おーおー、頑張ってダイエットしてくれよ」
「胸から痩せるんだからね。いーっぱい、痩せてやる!」
「その分俺ががんばんねえといけねえのかよ。そりゃ頑張るけどさー」
「…なんであんたが頑張るのよ」
口うるさい割りには、下心に満ちている乱馬の額を軽く小突き、あたしは買ってきたシェイクを口に含んだ。
秋の新商品、「エンジェルキス」というこのシェイク、白いフローズンヨーグルトがふんわりと容器に詰められていて、その口当たりと感触からそんな名前
がついたらしい。
ふわふわの外見と、甘い味覚から天使の口づけを想像してそんな名前をひねり出すなんて、
「随分とロマンチックな商品よねえ。考えた人、すごいよね」
あたしは一口、また一口とすすりながらそう呟く。
「エンジェルキス、はいいけど。実際の天使がそんなキスをするなんて、誰もしらねえのにな」
そんなあたしに対して、コーラを飲みながら恐ろしく夢のないことを乱馬が呟いた。
「誰も知らないから、好きに想像できるんじゃないの。きっと天使のキスはこんな感じなのよね」
あたしがシェイクの容器に刺してあったストローから口を話し、ふと乱馬の方を見ながらそう答えると、その次の瞬間。乱馬は、そんなあたしに対して、信じられないような行動に出た。
…駅前の、ファーストフード店。
学校帰りや仕事帰りの学生やサラリーマン、子ども達だってたくさんいるそのフロアで、だ。
ふっと顔を上げた無防備なあたしに対して、いきなりチュ、と軽くキスをしたのだ。
しかも、頬とか額とかではない。唇に。一瞬だったけれど、間違いなく乱馬はあたしにキスをして、離れた。
「!な、な、な…」
あたし達の両隣には、読書をしている女の人や学校帰りの学生がが座っていた。
右側の女の人は読書に夢中で気が付いていなくて、左側の学生達はおしゃべりに夢中で乱馬のそんな行動に気が付いていなかったようだけれど、
両隣が気が付いていなくても、もしかしたらこのフロアにいるたくさんの人の誰かは、今の瞬間を見ていたかもしれない。
「な、何すんのっ…」
もちろんキスをしたのは初めてではないけれど、こんな公衆の面前でされたのは初めてだ。
あたしが声を潜めながらも、顔を赤くして乱馬を見ると、
「だーって。天使のキスばっかり味わわれて俺の、忘れられたら困るだろ」
乱馬はニヤッと意地の悪い笑いを浮かべながら、しれっとそう答えた。
「わ、わ、忘れるわけないでしょっ」
ばかばかばかっ…と、あたしが意地悪い笑みを浮かべている乱馬の腕をボスボスと叩くと、
「ふーん、ちゃんと覚えてんのか。そうだよなあ。毎日、数えられないくらい何度もしてるもんな。忘れたくても忘れる暇なんてねえんだよな?」
「ば、ばかばかっ。何言ってんのよっ」
あたしが真っ赤になって困っているのを見て、乱馬は更に楽しそうに笑う。
この男、本当に性格が悪い。
せっかく、エンジェルキスを堪能していたのに、これでは悪魔にキスされたような感じだ。
ふわふわの甘くて美味しいエンジェルキスと、ずるくて強引で、でもどうしても受け入れたくなってしまう官能的な悪魔のキスと。
色んなキスが、あたしの中に残っている。
「もー!せっかく味わって飲んでるのに!」
「飲めばいいだろー。その代り、その分俺はするぞ。忘れられたら困るからなー」
「忘れないわよ!」
あたしは、乱馬の視線から逃れるように椅子に横に座ってシェイクを飲むべくストローを咥えたけれど、ちらっと乱馬の方を見ると、乱馬はなんだか楽しそうな顔で、あたしの事を見つめていた。
…これは、一寸足りとも気を抜けないわ。
ファーストフード店でくつろぐはずが、一転して妙な駆引きに。
妙に緊張感を持ったまま、あたしは残りのシェイクを慌ててすすったのだった。
ふわふわの、甘くて美味しいエンジェルキスと、ずるくて強引で、でもどうしても受け入れたくなってしまう官能的な悪魔のキス。
きっと、どんなに甘くて美味しいエンジェルキスを堪能しても、夜になれば悪魔のキスで、あたしのすべては満たされる。