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→12.オリンピック

(遅ッせーなあ。何やってんだ?)

…ある日の、午後。
かすみさんに夕飯の買い物を頼まれた俺とあかねは、
さっさと買い物を済ませてから、
散歩をかねてのんびりゆっくり、家への道を歩いていた。
その途中、
「あッ。乱馬、ちょっとそこで待ってて!あたし、CD屋さんに寄ってくるの忘れちゃった!」
家まであとすこし、という見慣れた公園に差し掛かったところで、あかねが急にそう叫んだ。そして、
「行って来る!」
そんな事を言いながら一人、再び商店街へと掛けていこうとするので、
「あかね、ついでにアイスも忘れんなよー…」
…と、
まるで「買い物についてきた子供が控えめにオマケを母親にねだる」かのように、俺はそんなあかねの後ろ姿に向って叫んだ。
そして、そうやってあかねの後ろ姿を見送ってからずっと、俺は公園の中で律儀にあかねの事を待っているわけなんだけれど。
(遅せーなあ…)
…あかねの奴、待てど暮らせど俺の元には戻ってこない。
「…」
それでも俺はとりあえず、公園のブランコを「立ちのり」して漕いだりしながらあかねを待ちつづけた。

ギイッ…
ギイッ…

…子供の時以来、何年かぶりにするこの「ブランコの立ち漕ぎ」。
子供の時は修業に明けくれてたのと、こんな俺にも「危ないから」なんて注意してくれた親切などっかのおばさん達のせいか、思う存分出来なかった「ブランコの立ち漕ぎ」。
それをこの歳になって、
まさか再び、しかも今度は堂々とする事ができるなんて。
(なんか変な感じだな)
妙な感心をしながらも、俺はちょっとした優越感に浸っていた。

ギイッ…
ギイッ…

…でも。
ブランコの漕がれて上がる位置がどんどん上がるにつれ、
(事故になんて遭ってねえよなあ…まさか)
先ほどまで浸っていた優越感は次第に消え去り、俺の中にはそんな不安がじわじわと広がり始めた。
(あいつ、そそっかしい所あるしな…大丈夫かな…)
不慮の事故や、事件。
ありとあらゆる「最悪の状況」を想定し、徐々に俺は一人不安の渦へと巻き込まれていく。
…もちろん、あかねだって子供じゃない。
そんな簡単に事故や事件に巻き込まれるなんて、たまったもんじゃないんだけど。
(事故、は考えすぎか。じゃあ…まさかアレか!?夏休みだし、妙な軟派野郎か何かがッ…)
ある程度、事故に対する不安を感じきった俺。
そしたら今度はもっと別な「不安」が生まれてきてしまった。
夏休み特有の、アレ。
そう…「ナンパ」。
(あかねの奴、最近更に可愛くなったし…)
と、
まるで「嫁入り前の娘に妙な虫(彼氏)がつくのを毛嫌いする父親」のような勢いであかねを心配する、俺。
…最も、おじさんにとって俺みたいな奴が一番心配なのかもしれない…というのは置いといて、だけど。
(あ、でもあかねはあれでも軟弱男どもより強いから平気か。うー…でもなあ…)

「あーッ。もう、早く戻ってこねーかなあ…」

ギイッ…
ギイッ…

いつの間にか、ブランコの土台のポールよりも高い位置までブランコを漕ぎ上げてしまいながら、俺はそんな事を呟いた。
(あー、でも俺がこんな風に心配してるなんてなあ…。
 あかねの奴、これっぽっちも分かってねーんだろーなあ…)
…そう。
きっとあかねは、俺が自分を待ってる間にこんな事を思ってるだなんて絶対に、気がついてない。
(あーあ…。もう何だかなあ…)
それがやすやすと想像できてしまう自分が、時折無性に空しくなった。
でも。
(あ!あかねだッ)
…そうであっても、ようやく公園の入り口へと続く道を、自分が買いに行ったCDの袋のほかにアイスも両手に持って駆けて来るあかねの姿が目に入った途端、
俺の心は、何ともいえないくらい…逸った。
不思議な事に、ドクン、と大きく胸も鼓動するし、一気に心拍数も上がった気がした。
早く、あかねと話してえ。
それまで色んな心配やら、文句やら。
俺はそんなことも吹っ飛んでしまうくらいドキドキして、そして無性にそう思った。


だから。
「乱馬ー、お待たせー…」
…そう言ってあかねが公園の入り口を通過してこの俺の居るブランコへと駆け寄ってきたその瞬間、
「やあ!」
ギッ…!
…思いっきりブランコを蹴り飛ばし、駆けて来たあかねの目の前へとジャンプして降り立ってやった。
「きゃー!」
…ペシャッ。
もちろん。
そんな事をすれば驚くに決まっているあかねと、
「着地成功!」
金メダリストよろしく、さながらの決めポーズであかねの目の前に降り立った俺。
でも、
「ん?ペシャッって今言ったか…?」
「らーんーまー!」
…ちょっと時間がたって冷静になって。
あかねの悲鳴、というか叫び声と一緒に聞こえてきた奇妙な「音」が妙に気になり、俺が「ん?」と音のした地面の方を見ると…
「あー!」
…あわれ、あかねが両手に持っていたアイスのうちの一つが、地面に落ちて溶けていた。
「あーッはこっちの台詞よ!人がせっかく、アイスが溶けない内にと思って親切に走って持ってきてあげたのに!もー、その落ちたアイス!乱馬のだからねッ」
「な、なんでッ」
「当たり前でしょッ。自業自得よッ」
…地面の上でみるみる溶けていくアイスを、悲惨な顔で見つめて叫ぶ俺を無視するかのように、美味そうにアイスを舐めながら、あかねはさっさと歩き出す。
「待てよッ。俺にも食わせろッ」
「やーよ」
「半分ッ」
「えー?じゃあ、五十円」
「な、なびきみたいな事を言うなーッ」

アイスを死守して、急ぎ足で道を行くあかねと、そのアイスを狙いながら慌ててあかねの後を追う、俺。
…とある夏。
買い物帰りの、昼下がり。
オリンピックの金メダリスト顔負けのスペシャルジャンプで誰がどう見ても金メダル級の着地を決めた俺だけど、金メダルはもらえるかもしれないけど、あかねのアイスは…どうやら逃しちまったようだ。

 

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