何となく眠れない夜は決まって、あかねはベランダに出て、月を見上げるようにしていた。
今の季節のように、
春の夜の霞み掛かった月は、普段にも増して色は白。
もしも小さな子供に「今夜の月を色で表現してごらん」…そんな風に提案したら、間違いなく今宵の月を黄色ではなく白、それも蒼みがかった白で表現するのではないかと思うぐらいだ。
「へー…月って、蒼白いんだ」
霞みにまとわれた、おぼろげな月を見上げるあかねの横で、やはり同じように月を見上げていた乱馬が、ぼそっと呟いた。
…今までの「眠れぬ夜」とは違って、最近のあかねの横には、常に乱馬の姿があった。
今は、
「あかねが眠れぬ夜は」ではなく、
「二人が眠れぬ夜は」に変わっていた。
ベランダで並んで月を見上げる二人の手は、しっかりと繋がれていた。
指も一本一本絡められ、お互いの温もりをじっと感じあっていた。
「星は、温度が高いと白くみえるんだって」
空高くに光る蒼い月を見上げながら、あかねは乱馬に答えた。
「温度が高いと白くなるのか?」
乱馬はあかねの言葉に対し、絡めた指をちょっと動かしあかねの手をそっと撫でながら、そう質問を返してきた。
「そうよ…温度が高ければ高いほど白く見えるんですって」
だから、月もそうなのかもね。…あかねは乱馬の方を向いて、そう伝えようとしたけれど、
「ん…」
振り向きざまに、あかねは唇を奪われてしまった。
「…なによー」
…しばらくしてそっと唇を離し、でも手はしっかりと繋いだままのあかねが膨れっ面をすると、
「だってさ。あかねは反対だなーって思って」
乱馬がにっと笑いながらあかねに言った。
「反対って?」
「だって。あかねはさ?温度が高くなると赤くなるじゃん」
「な、ならないわよっ」
「なるよ。あとで試してみれば分かる事だけどさ」
「何をためすつもりよ…」
あかねが真っ赤になりながら乱馬に尋ねると、
「後でのお楽しみ」
乱馬はそういって、あかねと繋いだ手をクッと手繰り寄せそしてあかねをその腕の中に収めた。
「な、何よー…乱馬だって赤くなるじゃないッ」
あかねが負け時とそう言い返すと、
「へーッそりゃ知らなかったな。俺にはわかんないけどあかねは知ってるんだ?」
乱馬は更に悪戯っ子のような表情になって、あかねをからかいだした。
「…」
乱馬のその言葉に、あかねは即座に顔を真っ赤にし、ぐっと詰まってしまった。
「…わかってるくせに」
そして、あかねが観念したような、じとっとした目で乱馬を見上げると、
「そんな怒んなよなー」
乱馬はおかしそうな顔で、自分の額をあかねの額につけた。
ゴチ…と鈍い音がする。
「乱馬がいじわるな事言うからでしょ」
あかねがそんな乱馬に対してムーッと唇を尖らせると、
「じゃあさ、今日は力一杯サービスするからそれで許してよ」
「今日も、の間違いでしょ」
「よくわかってんじゃん」
乱馬はそういってあかねを抱き締めながら、優しく背中を撫ではじめた。
…蒼白く光る月明かりの下には、真っ赤に頬を染めた女の子と、いつの間にやら狼少年が、一匹。
「ね、早く。もう、今日は寝よう」
そんな狼少年に向って、そうやってねだるように甘えている少女の姿が、
蒼白い光の下、妙に艶っぽく照らしだされる。
「行こう」
そんな少女にべったりとくっつきながら、狼少年は満面の笑みを浮かべていた。
夜空に浮かぶ、月。
太古の世界より、黄色に映える満月は、狼男をこの世に作り出す。
現世でも、黄色に映える満月…の晩だけとは限らないけれど、美しい月の夜は狼少年をいとも簡単に作り出す。
でも、蒼白く光る満月の、こんな夜は…
いつもは照れ屋で控えめな少女を、少しだけ積極的にする力があるようだ。
「…こんな月ならいつだって大歓迎だぜ」
蒼白く光る月の下、自分に嬉しそうに抱きつくあかねを抱き締めながら、乱馬は小さな声でそう呟いた。
あかねも、そんな乱馬の言葉に、今日だけはコクン…と小さく頷いた。
「二人が眠れない夜」。
始めはそうだったはずなのに、
「二人の眠らない夜」
…いつの間にか、今宵はそう変ってしまったようだ。