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花火の夜(前編)
八月、下旬。
あたしは乱馬…を含む家族全員で、とある山の中にある温泉旅館に来ていた。
つい先日、裏山に住み着いた熊をなんとかして欲しい…と、何故か化け物退治専門の我が天道道場に電話があったのがきっかけで、
まあ熊だろうが妖怪だろうが人助けするのが武道家の勤め・・・ということで、とりあえずは熊を捕獲し、近隣の熊牧場に引き取ってもらう算段をつけることに成功した。
とはいっても、
熊を捕獲しておとなしくさせたのは乱馬で、話をつけたのがお父さん。
早乙女のオジサマは熊を呼び寄せる餌としてパンダ姿で囮。危うく捕えた熊と一緒に熊牧場に売られそうになっていた。
ともあれ、三人の活躍のお陰で無事任務は成功。
あたし達はそのお礼として、家族揃って一週間の温泉旅行に招待されたのだった。
「夏に山の旅館なんて…と思ったけど、なかなかいいわね。タダメシだから、美味いったらないわ」
旅館に来て六日目。明日にはもう帰らなくちゃいけない、という日の夕方。
国内でも指折りの広さを持つ露天風呂につかりながら、なびきお姉ちゃんがそんな事を言っていた。
今夜はこれから皆で、旅館近くの湖で行われる湖上花火大会をみに行く事になっている。
山奥の旅館の、夏の一大イベント。この花火大会を見るがために、今日この旅館に泊まりに来ている人もいるらしい。
夕方に、湖までいくバスを出してくれるので、宿泊客はそれに乗って行けるようになっているようで、旅館からの行き帰りも安心。
なのであたし達は、会場行きのバスに乗る前に一汗流そうと、こうして温泉に浸かっていたのだ。
…
「ご飯もおいしいし花火も見れるし、楽しいね」
あたしがお姉ちゃんに笑顔で話しかけると、
「まあ、こんな旅行も悪くわないわ」
お姉ちゃんの意見は、あくまでも厳しい。
…とはいえ、
お姉ちゃんはこの旅行中、旅館のゲームコーナーで恐ろしい程メダルを稼ぎ、旅館側で用意する景品のストックがなくなる程、大量の菓子を手に入れた。
それがあまりにも凄いので、写真を撮られゲームコーナーに飾られたなんてこともあり、
初めは海もないような場所はつまらないと言っていたお姉ちゃん、今ではこの旅行を一番楽しんでいるに違いない。
「…」
それを知っているあたしにしてみれば、お姉ちゃんのこの辛口な意見には苦笑いだ。
「帰ったらダイエットしなくちゃ」
お姉ちゃんはお湯の中でスラリとした足を上下に動かしながら伸ばし、更にそんな事を言っている。
…スタイルいいんだから別にそんな心配しなくても大丈夫なのにと思いつつ、
「お姉ちゃん、お菓子たくさん食べていたからね」
「まあね。旅館のご飯も毎食三杯飯だったし」
「・・・乱馬より食べてたよね?」
「そうかしら」
お姉ちゃんはそんな風にとぼけているけど、それは紛れも無い事実だ。
それなのにこのスタイルの良さはなんなのかしら・・・と若干腹が立つも、
あたしだって人の事は言っていられない。
「お菓子は食べないけど、あたしもご飯はたくさん食べたから、帰ったらダイエットしなくちゃ」
あたしはなびきお姉ちゃんの意見に同調して、自分もお湯の中で足を伸ばした。
日課のロードワークもここではしていないわけだし、体重計に乗るのが怖いなあ…あたしはそんな事を呟いた。
と、
「あんたは無理なダイエットなんてしなくても大丈夫でしょ?」
お姉ちゃんがニヤリと笑いながら言った。
「何でよ」
あたしがその根拠がわからず首を傾げると、
「だって乱馬君いるし」
「乱馬がいたらなんで大丈夫なの?」
そりゃ、手合わせをお願いしたらしてくれるかもしれないけど・・・と、あたしがお姉ちゃんに聞き返すと、
「いい?あかね。ストレッチよりもフィットネスよりもカロリーを消費出来て、尚且汗までかけてスッキリする手段が、あんたにはあるじゃないのって話よ。手合わせなんかしなくても」
お姉ちゃんはそういってあたしにピチャン、とお湯を飛ばす。
「手段…」
手合わせ以外に?・・・あたしが首を傾げると、
「鈍いわね、要は乱馬君とエッ…」
「なっ…何言ってんのよお姉ちゃんっ」
「何って、あんた達には日常茶飯事の事でしょ。初めてじゃあるまいし」
「お、お姉ちゃんっ」
「どうせ相手が乱馬君なら激しいわけだし」
「はっはげっ激しいだなんてっ・・・」
「図星でしょ?」
「そそそそそんなことっ・・・」
「とにかく、あんたはたくさん汗を掻いて運動も出来る。乱馬君はスッキリで大喜び。まー、一石二鳥じゃないの」
「お、お姉ちゃん!」
「乱馬君、六日もあかねとできなかったから、相当たまっているだろうし。あんた、いつにも増して大変でしょうねえ」
「なっ…」
「こりゃ食べた分以上に痩せられるかな」
お姉ちゃんはケラケラと笑っていた。
「し、知らないもん!あ、あたしそんなの知らないからっ」
あたしはお姉ちゃんを諌めつつ、みるみる赤くなる頬を隠すように温泉から出た。
そして浴衣に着替ながら、ドキドキとする胸を抑える。
そりゃ確かに汗もかくしいい運動になるかもしれないけど、それにしてもそんな…
「…」
そりゃあ…旅行でほとんど一緒にいるけど、家族も一緒だからこの六日、キスはおろか手も満足に繋げない状況だから?
その分だけ家に帰ったら少し…いや物凄く大変かもとは覚悟してはいるんだけどさ。
「…」
で、でもいくらなんでも乱馬だって、そんな・・・その、は、激しいだなんて。
「・・・」
あたしの頭の中にふと、以前三週間ぶりの修行から帰ってきた日の夜の乱馬の姿が浮かんだ。
あの時は確か、一晩で・・・
「あわわわわっ」
・・・おっと、あたしは一体何を考えてるのよ!
あの時はあの時、今回は今回。
たった、そう、たった六日の出来事で乱馬がそんな・・・その、欲求不満みたいになるわけ無いじゃない!
ちょっとは寂しいな、くらいに思う程度よ。うん、絶対にそう。
「そうよ、そうに決まってる・・・」
あたしは自分自身に言い聞かせるかのようにブツブツと呟きながら、浴衣に着替え脱衣所を出た。
と。
脱衣所を出た瞬間、
「わー!」
「逃げろー!」
宿泊に来ているらしい子供達が、鬼ごっこでもしているのか廊下を走っていた。
周りもよく見ず走る子供達は勿論、あたしが脱衣所から出てきたことや、このまま走ってくればぶつかることなどおかまいなしの様子だ。
「…もう、危ないなあ!」
見たところ、親がそばにいる様子ではない。
あたしは走ってくる彼等にぶつからないように、ヒラリと身を交し歩き出そうとした。
…が、
「きゃっ…」
あたしが子供に目をやりながら不意に足を踏み出したそこにはちょっとした段差があった。
「あっ…」
慌ててバランスを取ろうにも、既に時遅し。
ドテッ・・・と、あたしはひどい足の捻り方をしながら、床に転んでしまった。すぐに立ち上がろうとしたところ、何だか片足に激痛が走った。
「いたっ…」
あたしは足を押さえて顔をしかめる。子ども達はそんなあたしには気付きもせず走っていってしまった後。
怪我した痛み腹立たしさも、どこにもぶつけ様が無いのが悲しい。
「いたたた・・・」
一人廊下に取り残されたあたしは、痛む足を抑えて虚しく声を上げるしかなかった。
その後、
「あれ?あかね、あんたそんなところにしゃがみこんでどうしたのよ」
「お、お姉ちゃん・・・ちょっと捻挫しちゃったみたい・・・」
「はあ?全くドジねえ・・・立てる?」
「わかんない・・・」
「しょうがないわねえ、今、乱馬くん呼んでくるからちょっと待ってなさい」
「うん・・・」
あたしはお風呂からあがったなびきお姉ちゃんに発見され、
「痛むのか?」
「うん・・・」
「あー、これじゃお前、今日の花火大会見に行けねえなあ。宿で留守番か。可哀相に」
「いけるもんっ楽しみにしていたんだからっ」
「でも、一人で歩けねえ奴が込み合う会場で花火見物なんて無理だろ?」
「うー・・・」
「ま、あかねの分まで家族一同で楽しんできてやるから」
お姉ちゃんの言い付けであたしを迎えに来た乱馬に、やたらと足だのお尻だの触られながら背負われ、あたしは部屋に戻った。
「ああ、これは軽い捻挫ですね」
部屋に戻ったあたしは、ホテルの医務係に足を見てもらい、シップと包帯で足をグルグルに固定されてしまった。
これじゃ、花火どころか温泉にも入れやしない。
温泉旅館に来ているのに温泉に入れないなんて、お寿司屋さんに来てお寿司が食べられないのと一緒だ。
「そんなー・・・」
あたしが、グルグルに足首に巻かれた包帯を見ながらがっくりと肩を落としていると、
「あかねちゃん、最終日でよかったわね」
早乙女のおば様が気を使って、優しい顔で声をかけてくれた。
・・・でも、おば様の手には、団扇にビニールシートが。
花火大会に行く為の手荷物を張り切って用意しているのがわかり、あたしは余計に虚しくなった。
「あかねー、対したこと無くて良かったよ」
「『ホントホント』」
その横にいるお父さんと早乙女のおじ様も、あたしに心配して声をかけてくれるた。
でも、その手には団扇や酒のつまみを抱えている。
そう。
あたしの捻挫はみんな心配してくれているけれど、どうやらそれと花火大会は別。
みんな、悲しいくらいに花火大会に行く気満々だ。
「残念だけど、花火はここでお留守番しててね。部屋からも少し見えるみたいだから、ね?」
「えー・・・」
「込み合っている会場で転んだりする方が危険でしょ?」
「うー・・・」
既に出かけるための支度を済ませているかすみお姉ちゃん、そしてなびきお姉ちゃんに最終的にそう諭され、
結局あたしは、楽しみにしていた花火大会を一人この旅館の部屋で過ごす事になった。
優しくもシビア。それが我が家の掟らしい・・・。
「・・・」
だ、誰も「あかねも一緒に行こう。肩くらい貸してあげるよ」とか言うつもりも無いのね。
あたしががっくりと肩を落としため息をついていると、
「あかね、あんたを転ばせた子どもの顔、覚えてないの?」
「うん・・・」
「ちっ。覚えていたのなら、親を捕まえて慰謝料でも払わせようと思ったのに」
なびきお姉ちゃんは、冗談なのか冗談じゃないのかわからない言葉を呟きつつも、
「ま、夕飯はさー、会場で売っている何か食べ物でも買ってきてあげるから」
「・・・」
「ほんの一・二時間じゃないの。それに、この部屋の窓からも少しは花火見えるみたいだからいいじゃない」
「会場で見るのとは違うじゃない」
「仕方ないでしょ、転んだあんたが悪いんだから。あ、そろそろバスの時間だからあたし達行くからね」
一応は最後に優しそうな言葉をこっそりと掛け、そして、家族を連れて出て行った。
部屋に残ったのは、みんなの大きな荷物を一手に持たされている、家族旅行時の荷物運び係・乱馬のみ。
「・・・」
・・・乱馬もあたしを置いて行っちゃうの?
ていうか、乱馬ならあたしに肩を貸して歩かしてくれる・・・よね?
どうしても花火大会に行きたいあたしが、すがるような思いで乱馬の方を見るも、
「じゃ」
乱馬の奴、あたしに笑顔で一言そう言うと、他の家族の荷物を両手に抱えて、さっさと部屋から出て行ってしまった。
・・・バタン。
鉄のドアが重く閉まる音が、虚しく部屋の中に響く。
「な、何よ薄情ものー!」
普段は二人きりになりたがるくせに、イベントとかご飯とか絡んでいるとすぐそっちに惹かれちゃうんだから!
「何よー!もー!」
あたしは、一人取り残された部屋の中で、そんな事を叫びながらジタバタと暴れてみる。
最も、そんな事をしても既に皆花火を見に行ってしまったので誰も見てはいないし、
例え子どもにぶつかりそうになったのを避けたからとはいえ、最終的に怪我をしたのはあたしの責任だ。
しかも、暴れたら暴れた分だけ、足が痛い。
「うー・・・」
我ながらこう、ついていないというか何と言うか。
温泉に来たのに温泉は入れなくなっちゃうし、旅館の一大イベントを楽しみにしていたのにそれには参加できなくなっちゃうし。
「・・・」
何か、疫病神でも取り付いているのかしら?あたし。
あたしはお姉ちゃんたちが敷いてくれた蒲団の上で、大の字にひっくり返りながらため息をついた。
・・・あたしは、今日の花火大会は他の家族の誰よりも楽しみにしていた。
それは、旅館の一大イベントでこの旅行の締めくくりにちょうどいいとか、花火が元々好きだとか、そういうのも勿論あるけれど、実はそれだけじゃない。
というのも、
この夏休みが始まる少し前、乱馬と喧嘩というか少しこじれてしまった事があった。
その時、去年の段階で「一緒に来年は花火を見に行こう」と約束していたのに、この喧嘩のせいで行く事が出来なかった。
花火大会の帰りは仲直りをしていたし、またそこで「来年こそは必ず行こう」って約束をしたから、それはそれで丸くは収まったのだけれど、
来年まで待たなくても、今日花火の会場までいけたら、
「泊まる所や交通手段はきちんとしているし、会場に行ったら自由行動ね」
そんな風にして二人で家族から少し離れられるんじゃないかな。
あたしの中で、そんな期待があった。
そりゃ、家に帰ればまたそれまでどおりのように一緒に寝たり過ごしたりする機会はあるし、お姉ちゃんがお風呂の中で言っていたように、「ダイエット」効果があるような運動もするかもしれないけど、
そうなるのが分かっていたって、顔を見れば少しでも「一緒にいたい」「二人でいたい」と思うのが、恋する女の子であって。
その期待があっさりと立ち消えてしまったのが、あたしは何だか悲しい。
しかも、乱馬もそう思ってないのかな・・・と少し様子をうかがうも、
「じゃ」
あたしを心配するわけでもなく、寂しそうにするわけでもなく、
いやむしろ何だか楽しそうな表情で、いそいそと部屋から出て行ってしまった。
何とも薄情な彼氏、極まりない。
「・・・」
乱馬は、別に二人きりになりたかった、とかそういうのなかったのかな。
それとも、家に帰ればいろいろなことが出来るから、とか思っているのかなあ・・・。
「・・・」
寂しい気持ちは、あたしの方が強いのかな。
それにしたって、ちょっとくらいは寂しそうな素振、すればいいのに!
「何よ、乱馬のばかっ。薄情ものっ」
あたしは、頭に敷いていた枕を取り、ボスッ、ボスッ・・・と思い切り拳で連打しながら、そんな事を叫んではため息をついていた。
と、その時だった。
コン、コン
不意に、部屋のドアをノックする音がした。
「・・・はい?」
家でもあるまいし、一体誰だろう?
誰か、忘れ物でもしたのかな・・・あたしは慌てて少しはだけてしまっていた浴衣を合わせ蒲団から起き上がり、壁を伝いながらよろよろとドアまで歩く。
「・・・」
あたしは、ドアの覗き穴からそっと外を覗いてみた。
と、
「・・・あれ?」
覗き穴から見えたのは、浴衣姿の青年。見慣れたお下げ髪がゆらゆらと揺れている。
手には、先ほどは家族の荷物で一杯だったのに、今は何やらペットボトルとかが入ったビニール袋をさげている。
まるで、ホテルの売店にでも行ってきたかのような感じだ。
・・・
「・・・」
あたしは慌ててドアのチェーンを外し、ガチャリと鍵を開けた。
すると、
「あー、疲れた疲れた」
あたしがドアを開ける前に、乱馬が勝手にドアを開けて中に入ってきた。
そして、しっかりと鍵とチェーンを閉めると、さっさと部屋の奥へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと何よっ。忘れ物?」
あたしが慌てて乱馬の後について部屋の中に戻ると、
「何を忘れんだよ?」
「何をって・・・」
「ほら、飲み物買ってきたぞ。あと、お前の好きそうな菓子も」
「え?」
「あと、俺の分の飲み物も」
乱馬はそう言って、手にもっていたビニール袋をテーブルの上に置いた。
「あ、ありがと・・・」
「皆が帰ってくるまで、やっぱ腹が減るだろ?部屋に置いてあるお茶ばっかりじゃ飽きるし。六日もいたら、備え付けのお茶菓子も食いたくないだろうしさ」
乱馬はそんな事を言いながら、ビニール袋からペットボトルの飲み物を出したりお菓子を取り出している。
飲み物は全部で四本もあり、二本を外に出してあとは冷蔵庫へとしまっていた。
お菓子は、丁寧にテーブルの上に広げて食べやすくしてくれたり。
「・・・何よ、随分と優しいじゃない」
さっきは、そっけなく部屋を出て行ったくせに!・・・半ば恨みがましく、あたしが乱馬にそう尋ねると、
「だって、俺達はここで花火を見るわけだし?それなりの環境も作っておかないと」
乱馬は嬉しそうな口調でそう呟くと、
「お、この窓の向こう側にみえるのか」
とか何とか言いながら、窓を・・・開けはせず、花火を見るならば見やすくすれば良いのに、何故かその窓の障子を閉めてしまった。
途端に、まだ電気もつけていなかった室内が、一気に薄暗くなる。
「・・・ちょっと」
何で障子をしめるのよ、とあたしは聞こうと思ったけれど、その前に、
「俺達はここで花火を見る、ってどういうことなの」
そう、今乱馬は確かにそう言った。
乱馬はさっき、皆と花火会場に出かけるから、みんなの荷物を持って部屋を出て行ったんじゃなかったっけ?
あたしが乱馬にそう尋ねると、
「はー?せっかく二人きりになれることになったのに、何で花火会場にいかなくちゃいけねえんだよ」
「え?」
「荷物はちゃんと、バスまで運んだし。戻ってくる時はバスを降りたらフロントでこの部屋に電話入れるように言ったし」
「は?」
「飲み物も食料も買ってきたし・・・突然部屋に戻ってこられて、中途半端で泣きを見るような事が無いように、手はずは整ったからー・・・」
「て、手はずって・・・」
「少なくても花火が終わって、この旅館に皆が戻ってくる二時間近く、二人きりで過ごせるんだぜ?こんなチャンス、滅多にねえ」
乱馬はさも当たり前かのようにそう言うと、蒲団の横、畳の上にどかっと座り込んだ。
どうやら、あたしが思っていたよりも乱馬は色々と考えていたらしい。
しかも、突然家族が部屋に戻ってこないように手回しもしているとは・・・あたしよりも明らかに一枚ウワテだ。
「・・・」
この様子からすると二人きりになりたかったんだな、というのは伝わってきたけれど、
ここまで用意周到にされると、何だか苦笑いをするしかない。
『六日もイチャイチャ出来なかったわけだから・・・』
お風呂でお姉ちゃんが言っていたことが、ふと、頭の中に過る。
・・・
「部屋で花火、見れるみたいだし、取り合えず良かったな。ん?花火まであと、四十五分か」
あたしがそんな事を考えていると、乱馬がぼーっと窓の傍で立ちながら考え事をしていたあたしを、笑顔で見上げながらそう言った。
「まあね。会場で見るよりは迫力が欠けるけど・・・」
あたしはそのあまりにも嬉しそうな笑顔から、思わず目をそらす。
そして、乱馬に背を向けるようにして立ち、乱馬には気付かれないようにそっと、浴衣の上から自分の胸を触ってみた。
・・・驚くくらい、胸が大きく鼓動していた。
「・・・」
二人きりの薄暗い部屋という状況に、まさか緊張しているのかな・・・?
胸の鼓動が徐々に大きくなるのを感じながら、あたしはふとそう思った。
・・・さっきまでは、寂しいとか二人きりになりたいなんて思っていたくせに、
いざ、こうして二人きりになったら緊張して体が震えてくるなんて。あたしって何て自分勝手なのかしら。
それに・・・
「・・・」
あたしは、ニコニコとテーブルの上にお菓子を並べたり、ペットボトルの飲み物を用心深くコップに移している乱馬の姿を、チラチラと振り返る。
当然の事ながら、旅館にいるわけだから、乱馬もあたしも浴衣姿だ。
普段チャイナ服を着ている乱馬が、浴衣。
しかも、男の子だし背も割と高いし、体を鍛えているからすごく締まったシルエットだし。
時折チラッと見える胸板が、何だかあたしには目の毒だ。
チャイナ服以外の乱馬なんて結構見ているはずなのに、いや、むしろ何も着ていない姿だって知っているはずなのに、何で今日に限ってこんなに意識してしまうのかな。
「・・・」
あたしは無意識に自分の浴衣の合わせをぎゅっと、強めに締める。
と、
「あかね、どうした?」
あたしがずっと自分に背を向けたままでいるのを不思議に思ったのだろうか。
それまでテーブルであれこれと支度をしていた乱馬が、その手をとめてあたしにそう声を掛けてきた。
「えっ・・・べ、別に・・・」
あたしはあからさまにビクン、と身を竦めつつ、そんな事を答える。
「そんなとこ立ってないで、こっち来いよ。足、痛いだろ?」
乱馬は、そんなあたしの心境などお構いなしにそう続ける。
「へ、平気・・・」
あたしはブンブン、と首を左右に振ると、
「あのっ・・・ちょっと部屋の中暗いし、電気、つけるね」
そんな事を言いながら、とりあえず部屋の照明をつけようと入口付近にある電気スイッチまで移動しようとしたところ、
「・・・いいよ、そんなの」
それまでニコニコと色々と準備をしていたはずの乱馬が、急に真面目な声でそう呟いた。
「え・・・」
それまでの明るい声のトーンと明らかに違う事に驚いたあたしがはっと振り返ると、
「そんなのいいから、こっちこいよ」
テーブルの傍にいたはずの乱馬が、いつの間にかあたしのすぐ後ろに立っていた。
乱馬はあっという間にあたしを抱きかかえると、テーブルの近くにお姉ちゃんたちが敷いてくれた蒲団の上へと運んでいく。
そして、あたしの足を気遣いながらまずはあたしを蒲団の上に座らせると、自分はそんなあたしを後ろから抱きしめるように、ポジションを取って座る。
「部屋、暗いから・・・」
薄暗い部屋の中で後ろからぎゅっと抱きしめられ、先程よりもドキドキと胸を鼓動させながらあたしがそう呟くと、
「電気なんていいよ、つけなくて」
「でも・・・」
「・・・花火が始まるまで、まだ、三十分以上もある」
乱馬はそう言って、ふんわりと・・・あたしの首筋に唇を下ろした。
「っ・・・」
唇の感触はまるで絹のように柔らかいのに、身体に電気が走ったような気がした。
あたしが身体をビクッと竦めると、乱馬はその部分に唇で何度も吸い付いた。
時折舌で、その部分を触れたりすれば、あたしの身体に更に言い様の無いゾワゾワとした感触が駆け抜ける。
さっきは、「乱馬はたった六日で欲求不満になんてなるはずない」なんて思っていたけれど、これじゃああたしの方が何だか・・・。
・・・身体が、六日ぶりに愛される身体が、全然言う事を効かない。
「あっ・・・」
思わずあたしが小さく声を上げると、
「・・・何、その声」
乱馬は意地悪くそんな事を呟き、更に舌を首筋に這わせた。
首筋に、耳に、そして項に・・・ゆっくりと熱く、そしてざらざらした感触があたしの身体を這い回る。
「いやあっ・・・や、だ、だめ・・・」
・・・六日ぶりに感じる、感覚。そして、いつも以上に執拗で、意地悪で、でも優しい唇。
「や、や・・・」
がくん、と体の力を奪われたあたしは、前のめりに蒲団に倒れこんだ。
乱馬はそんなあたしを決して逃がそうとはせず、後ろから抱きかかえるようにその身体を掴まえ、舌を這わせた。
その内、
「・・・」
蒲団に倒れこんでいたあたしの身体を抱き起こし、乱馬は自分の膝の上に乗せた。
そして、
「あかね・・・」
乱馬が、あたしの名前を呟きながら、抱いているあたしの身体をゆっくりと、撫でる。
乱馬の大きな手は、あたしの体を浴衣の上からゆっくりと・・・撫でる。
背中も、腰も、そして胸元も・・・すぐにでも、浴衣をはだけさせてしまいそうなその大きな手に、あたしはぶるりと身体を震わせた。
「・・・したいの?」
首筋に唇を這わせられて、びくん、びくんと身を竦めながらあたしが乱馬にそう尋ねると、
「・・・うん」
躊躇う様子も無く、乱馬が小さな声でそう答えた。
「・・・だめだよ。あたし足、捻挫してるし」
・・・本当は二人きりになりたかったし、まあキスくらいなら全然問題は無いかな、なんて思ってはいた。
それに、乱馬が一人であたしの部屋に戻ってきた時点で、心のどこかでこうなる事は予感していたかもしれない。
でも、今のあたしは足を捻挫している。
そうなると、乱馬も気を使うだろうし、いつもと同じようには行かないんじゃないかな・・・あたしがそんな事を思いながらそう尋ねると、
「平気。足に負担がかからないようにするから」
「え・・・?」
「例えば両足、持ち上げちゃうとか・・・」
乱馬は意地悪く笑いながら、そんな事をあたしの耳に囁いた。
「っ・・・」
あたしがその言葉にカアッと顔を赤らめると、
「・・・修行に行く時とかは我慢できるのに、今回のこの六日は、何かすげえ長かった」
乱馬はそう言って、顔を赤らめているあたしの唇に、スッ・・・と自分の唇を重ねた。
六日ぶりの感触に、あたしは身体をゾクッ・・・と震わせる。
「足・・・捻挫してるから・・・」
「じゃあ、やめる・・・?」
「・・・」
あたしは、首を左右に振っていた。
本当に嫌ならば抵抗すれば良いのに、そうしなかったのは・・・心の奥底ではあたしも、乱馬のこの唇を求めていたのから。
足が捻挫している、という大義名分で自分を誤魔化そうとしていたのもあるのか。
それが払拭された今、欲望に忠実になりそうなあたしは、自分でももう乱馬を跳ね除ける事が出来なかった。
「ん・・・」
乱馬に重ねられた唇は、少し強く押し付けられて、また離れて、押し付けられて・・・の繰り返しだった。
気が付いた時には、熱い舌がすっと唇の裏側に触れたりする。
強引に押し入れられた舌は、いつの間にかあたしの舌と絡み合うようにして、お互いの呼吸までも奪ってしまいそうだ。
「・・・」
あたしは、自然に乱馬の身体に腕を回していた。
乱馬はそんなあたしの身体を、先ほどと同じようにゆっくり、ゆっくりなで始めた。
身体を撫でる大きな手は、やがてあたしの身体を纏っている浴衣を肌から滑り落とした。
暗闇に、ぼーっ・・・とあたしの下着の白色が光っていた。
乱馬はゆっくり、ゆっくりとまずは胸に触れながら、胸を覆う下着の肩紐をずらし始めた。
大きく、温かい手。
器用に肩紐をずらし、胸を覆っているカップもゆっくり、ゆっくりとずらしてしまう。
フッ・・・と、肌に感じる冷たい空気。暗闇の中にぼんやりと、あたしの胸がブルン、と飛び出した。
「・・・」
あたしがふと、重ねられた唇を離し乱馬の目をじっと見ると、乱馬はそんなあたしに再び強く、唇を押さえつけた。
そして、そのまま暗闇に飛び出したその胸にそっと触れた。
「あっ・・・」
ビクンッ
あたしは、思わずそんな声を洩らし身を竦めた。
乱馬はそんなあたしの耳に唇を這わせながら、その片方で胸に触れた手を、ゆっくりと動かす。
最初は、ただ肌に触れるだけ。でも次第に、胸の本来の柔らかさを楽しみむ様に何度も、何度も触れては掌で収縮させるように動かす。
その間に、わざと胸の中央部・・・触れられるたびにくっきりと堅くなる部分に指を這わせたりして。
そうかと思えば、その部分には触れないのにその周囲をゆっくり、ゆっくりと指で撫で回したり。
「や・・・やめ・・・あっ・・・」
触れられるたびに、あたしの身体はビクン、ビクンと震えた。
乱馬の腕の中で少し身体を仰け反らせると、
「・・・六日ぶりだけど、すげえやらしい身体」
乱馬がそんな事を、耳元で囁き、そしてそのままその耳を舐めた。
「あんっ・・・」
ビクン
再びあたしが身体を竦め、そのまま身体を仰け反らせると、
「・・・」
乱馬はあたしのその身体を、ゆっくりとそのまま蒲団へと押し倒した。
「あああ・・・」
浴衣が少しはだけ、胸だけ露わにされるような形で蒲団に仰向けにされたあたしは、
今まで触れられていた胸の、くすぐったいような感触が身体中に残り、ビクビクと震えていた。
「・・・」
乱馬は、そんなあたしを組み敷くように上に圧し掛かると、じっと、あたしのその姿を見ている。
ごくり、と喉が鳴ったような気がしたのは、決して気のせいではないはずだ。
「・・・」
乱馬は、先ほどの愛撫のせいですっかり形がはっきりとして堅くなった胸の先端部分を指で触れた。
「ん・・・ん・・・は・・・あ・・・」
ゆっくりと、まるで転がすように指の腹で撫でる。
でも、それ以上は何もしない。それだけでも甘い声を洩らすあたしの姿を見て、何だか楽しんでいるかのようにも見えた。
「はああ・・・」
ビクン、ビクンと尚もあたしが身体を震わせると、
「あかね・・・」
乱馬がそのまま、あたしの身体へと覆い被さり、その肌に唇を這わせはじめた。
そして、太くて逞しい、でもそんなに筋肉質ではない腕が、あたしの身体をしっかりと抱きしめる。
「あかね・・・」
「ん・・・乱馬」
あたし達は、いつの間にかお互いの身体に腕を回して、お互いの温もりを感じあっていた。
・・・たった六日間。修行に出ているときに比べたら、全然短い期間なのに、何故だか今日は乱馬の、この身体に感じる体温が無性に愛しく感じていた。
傍にいてくれる事の嬉しさとか、こうしてあたしを思ってくれる優しさとか、色々・・・今まで以上に、何だか今日は感じる気がする。
それはきっと、これまで修行に出ているのを待っている時は、
「日にちが経てば必ず帰ってくるから」
それまでの我慢だと、自分の中でそう思っていた。帰ってくるのが「当たり前」なのだから、寂しくてもそれまで待てばよいと。それまで我慢できれば良いんだって、そう思っていたのだと思う。
でもきっと今日は、
「明日になれば、そして家に帰れば乱馬とまた一緒にいられる。だけど、こうして二人きりになれたこの瞬間を、もっと、もっと大事にしたい」
・・・そんな風に思っているんじゃないのかな。あたしはそう思った。
ずっと一緒にいるのが当たり前、なんではなくて、一緒にいられるというその瞬間を、その出来事を大事にしようって。
そう思っているんだと、思う。
今までも、もちろんお互い大好きだ。
でも、今はもっと・・・もっともっと、お互いが愛しくて堪らない。
・・・
「・・・」
乱馬。
あたしがその名を口には出さずにじっと目を見つめながらそう思っていると、
「・・・あのな」
「うん・・・」
「俺もそう思う・・・」
「え?」
「俺も、こうしていられるのが、何かすげえ・・・嬉しい」
乱馬はそう言って、再びあたしの唇に自分の唇を重ねた。
「んっ・・・んっ・・・」
熱くて、そして全ての力を奪われてしまいそうなキスだった。
頭の中がボーっとして、何だか溶けてしまいそう。
でも、
「・・・」
口に出さなくても、同じ事を思っていてくれたんだ・・・そう思うと、何だかあたしは嬉しくて仕方がなかった。
・・・
「・・・」
あたしはゆっくりと体を起こし、乱馬と向かい合うように座った。
そして再び乱馬とゆっくり抱き合って唇を重ねる。
「ん・・・あ・・・」
思わず唇から洩れる甘い吐息と、先程よりも鮮明に暗闇に響く、お互いの舌を絡めあう音。
チュ・・・とお互いの吐息までも吸いあうような熱いキスは、いつの間にか理性までも吹き飛ばす。
向かい合って座っているあたしの身体を、唇を奪いながら乱馬の手は再び這い回る。
はだけた浴衣の上半身は、胸も露わに暗闇にぼーっと浮かび上がっていた。
お互いがキスを交し合うだけで、ふるふると胸が揺れている。
時折その胸に指と手を這わせられれば、カーッと頭に血が上って頭の中が真っ白になる。
と、その内。
乱馬の手が、執拗に撫で回したり弄んでいたあたしの胸から、徐々に下へと下がり始めた。
はだけた浴衣の腰紐の下・・・暗闇に時折蠢き覗く白い太腿へと、ゆっくりと下りていく。
「あっ・・・」
浴衣のはだけめから撫でられる太腿と、そしてわざと、まだ肌を覆っている下着に触れる指。
あたしが小さく声を洩らして身を竦めると、
「・・・」
乱馬は、あたしの唇、頬、そして首筋や耳に唇を滑らせながら、ゆっくりと・・・大きく太腿を撫でまわし、浴衣をはだけさせた。
そして、それまで偶然を装い触れていたその下着の中へと、スルリと素早く手を滑り込ませた。
「あんっ・・・」
ビクン、とあたしが身体を竦ませると、乱馬はゆっくりとその中をまさぐるかのように、指を滑らせ始めた。
・・・花火が始まるまで、あと三十分ちょっと。
この分だと花火の開始時刻には、並んで窓の外を眺めるのは無理かもしれない。
どうにもこうにも、あたしの今年の花火運というかなんというか・・・あんまり芳しくないような気がしてならない。
でも・・・仕方ないか。今日に限っては、そんな思いがあたしの胸の中に過っていた。
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