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→新婚さんいらっしゃい 5

「ねー、ちゃんと味見してよ」
「味見なんかしなくたって、オメーが作った料理だったらそれでいいよ、もう」
「もー…食べたくないからそんな事いうんでしょう?」
「へへっ…」



…とある日曜日の昼下がり。
天道家の台所でなされているそんな会話。
お皿に乗った、少しこげた匂いのするケーキを差し出す若い女性と、
その女性の身体にしっかりと腕を回して、お皿のケーキよりも彼女を見ている、青年。
どう考えても、皿に乗っているケーキよりも甘い雰囲気が感じられるこの二人は…そう、新婚さん。
今日もこうして、二人は台所で甘い会話を繰り広げている。

「ねー、味見してよー。美味しかったら、お父さんたちにも食べてもらうんだからあ」
そんな、町内でも噂の新婚さん、若奥様のあかねがそういって更を夫の前に差し出す。
「…」
一方の旦那様。
顔は笑顔だけれど、その味は大体予想はついていた。
あかねの料理が味見をしなくたって不味い事ぐらい、分かりきっている事なのだ。
もちろん、それも全部承知。
それも全部ひっくるめてあかねの事が好きで結婚したのだ。
しかし、それをはっきりと口に出したらあかねだってあまり良い気分はしない。
それも分かっているがゆえに、苦悩の旦那様こと、乱馬は、思わず苦笑いだ。
でも、
「…やっぱりまずいって分かってるから?食べてくれないの?」
…と、今にも泣きそうな顔であかねが呟いているのを見てしまうと、
「た、食べるよ。食べるに決まってんだろ」
自分の身はやはり可愛くとも、それ以上に、あかねの方が可愛く思えてしまうのも、事実。
大きな瞳を潤ませて迫られると、さすがの乱馬も折れてしまう。
惚れた弱みというのは、まさにこの事だ。乱馬は心の中でそっと、ため息をついた。
あかねは、そんな乱馬に更にぐっと迫りながら、
「じゃあ、食べて」
皿の上に乗った「食べ物」(らしきもの)を勧めつづける。
「…」
それが近づけば近づくほど、乱馬の鼻腔に飛び込む「酸味」のキツイ香り。
乱馬の額に、嫌な汗がにじみ始めた。
…だいたい、作っていたのは、甘いケーキじゃなかったのか。
どう考えてもこの香りは「酢」。それも、「バルサミコ酢」という奴だ。テーブルの上に、空瓶になったそれが転がってい るのを、乱馬は横目で確認していた。
生クリームに「酢」…

それだけでも更に、味には予想がついてしまう。
「…」
…きっと、これを食べれば体調不良に消化不良。きっと、よからぬ汗も掻くに違いない。
せっかくの休日の午後も、部屋で寝込んで終わってしまうのがオチだ。
それだけはどうにかして避けたい。
乱馬は、容赦なく鼻に飛び込んでくる香りと闘いながら必死に考えた。
そして、

「た、食べるけど…」
「けど?」
「一つだけ、条件が」

…ここが結婚前とは違う所だが。
乱馬は、ただあかねのその手料理を食べるのではなく、一つ先に、「ある条件」を提示してやった。
「条件て?」
あかねが、きょとんとした表情で首をかしげると、
「んー…。あのな?料理ってさ、『目』でも食べるって言うだろ?」
「うん」
「だからな、あかねの料理をせっかく食べるんだから、味だけじゃなくて『目』でも楽しみてえなあと思ってさ」
「目?」
「そう。あのな…?」
物は言い様、必死な弁解。
乱馬は、あかねの耳元にそっと、ある言葉を囁いた。
それを聞いたあかねは、
「え?そんなのでいいの?」
と、しばしきょとんとしていたが、
「わかった…付けてくる。…?」
乱馬の提案どおり、とりあえず皿を置いて台所を出て行った。
そしてしばらくすると、
「ねー、ホントにこれつけたら食べてくれるの?」
…と、台所へと戻ってきた。
あかねは、部屋に行く前と違って、「あるもの」を手に戻ってきた。
「そうそう。それそれ」
乱馬は、あかねが持ってきた「あるもの」を見るとニコニコしながら、それをあかねから受け取った。
そして、
「おめー、不器用だろ?俺がつけてやるよ」
そんな事を言いながら、素早くあかねの背後に回って、あかねの身体の前部分に、バサっ…とそれを広げた。


あかねが、部屋から持ってきたのは「エプロン」だった。
そう、
「どうせケーキがまずいなら、味は楽しめなくてもそれを紛らわすくらいの甘いものを目にしたい」
…そう思った乱馬。
なので、あかねに「エプロン」をつけさせて、それをじっくり観賞しながらケーキを食してやろうと思ったのだ。
ただし、乱馬が要求したのは、ただの柄付きエプロンではない。
真っ白い、無地のエプロンだ。
しかも所々にフリルが付いている。
妙に少女趣味のそのエプロン、あかねが自分で購入したものではなく、実は結婚する時に、あかねが友人から送られた物だった。
フォーマルの時にでも使おう、とタンスの肥やしになっていたのだけれど、
「まさか、こんな普通の日曜日に着ることになるとは思わなかった」
今までつけていなかった、やけに折り目のくっきりとついたエプロン。
乱馬に着せてもらうのが不思議だ、と、あかねは小さく笑っていた。

「へへ…」
もともと、顔が可愛らしくて童顔な、あかね。
ちょっと想像しても、その白いヒラヒラのエプロンが似合いそうなことぐらい乱馬とて分かる。
もちろん、そんなあかねを想像した乱馬が、
「じゃあ目も楽しんだから素直にケーキを食べるか」
…など、思うはずもなく、
「ちょっと悪戯してやるか」
そんな、遊び心に直ぐに火がついてしまうのだ。
ただし、そうやってついた火は、もちろん直ぐには消えない。
マッチ一本火事の元。小さな付け火はやがて大きな炎として燃え上がるのは常。
「…」
乱馬が、あかねに色んな事を求めたくなってしまう事に、そうは長い時間はかからなかった。
乱馬は、そんなあかねの身体にエプロンの布を被せると、

「まずは首の後ろでヒモを結んでやらないと。どれ、ちゃんと布が緩まないように張らせないとなー…」

そんな事を言いながら、手を、あかねの腕の隙間から前へと持ってきた。
そして、
「きゃっ…」
…わざと、あかねの胸の部分で指を動かすような素振をしながら、身体にかけられた布を引っ張ったりぴんと張らせ たりする。
エプロン自体は、あかねの肩に紐ごと引っ掛かっているのでずり落ちる事はないのだが、
「やんっ…やめてよ、くすぐったいっ…」
そうやって、わざと胸の部分に触れられると、あかねの身体が怯んでしまう。
思わず前に身をかがめると、
「ほら、身をかがめてたらエプロンつけられないだろ?」
乱馬は、わざと意地の悪い事を言いながらあかねを再び直立にさせる。
「だって…」
あかねが、目を潤ませながら乱馬のほうを振り返ると、
「だって、何?」
乱馬が、ニヤッと笑いながらそんなあかねに軽くキスをする。
「何って…エプロン、早くつけてよ」
「つけるよ。だから、ちゃんと立ってろよ」
「う、うん」
あかねが、ハア…と大きなため息をつきながら再び乱馬に背を向けると、
「よっと…これで首の後ろのヒモは結んだ」
乱馬は、そんなことを言いながら、あかねの首かけていたエプロンのヒモをきゅっと結んだ。
「あとは、自分で出来る」
腰の部分のヒモは、自分で結べるから…とあかねが垂れ下っている腰の部分のヒモを手で掴むと、
「どれ、じゃあ俺はエプロンの布が歪まないように、布を引っ張っててやるな」
乱馬はそんな事を言いながら、再びあかねのエプロンの、胸の部分に指をはわせ始めた。
そして、
「ああ、布がつるつるしてて上手くつかめねえなあ」
そんな事を言いながら、胸の部分の布を手繰り寄せようと指を動かしつづける。
もちろん、布なんて掴むつもりはないのだ。
そうやって、あかねの身体に擬似的に触れて、
「やっ…だめだってばっ…」
そんな風に、指で触れられるたびに身体をビクン、と跳ね上がらせるあかねの反応を楽しんでいるのだ。
徐々に、耳まで真っ赤にさせながら床にしゃがみこむあかね。
ハア…と呼吸が乱れ始めた頃には、身体自身も「反応」を見せ始めるわけで。
「だめよ…もう」
自分がしゃがみこんで乱馬から逃れようとしても、
「何が?」
乱馬も一緒になって、床にしゃがみこむ。
もちろん手は離そうともせず、更には、しゃがみこんだあかねの耳に舌を這わせる。
「あんっ…」
ビクン、と身体を竦めたあかねは、ぺたん、と床に手をつくと、
「何がって…もうっ、お父さんたちに見られたら…」
と、自分を弄んで楽しんでいる乱馬を、じとっとした目で睨んでやった。
「じゃあ、場所変える?」
が、乱馬はそんなあかねに怯むことなく、そんな事を耳元で囁きながらにやりと笑った。
「もうっ…エプロンつけたら、ケーキ食べてくれるって言ったじゃないっ…」
「ふーん、じゃああかねはこのまま俺が、ケーキを長ーい時間かけて食う、それまで待ってられるわけだ」
「え…」
「ケーキはいつでも食べれるのになあ。あかねも大人になったなあ」
「…」
意地悪く笑いながらあかねにそう囁く乱馬に、あかねが小さく左右に首を振ると、
「…だろ?俺も、ケーキよりも今は…」
乱馬はそういって、首を振ったあかねの、その首筋に急に顔を埋めた。
「やっ…だ、だめだよ、こんなところでっ…」
埋めたその首先で舌を這わせたり、唇を動かしたり。
そんなことをし始めた乱馬にあかねがそう叫ぶと、
「ふーん、じゃあどこでならいいの?」
乱馬は、してやったりという顔で、そんなことを尋ねる。
「…皆が見てないところ」
あかねが真っ赤な顔でそう呟くと、
「じゃあ、そこに行こ」
乱馬はそういって、真っ赤な顔のあかねの手を引いて立たせると、
「もうっ…こんな昼間から…」
「へへっ…。しょうがね-だろ。でもおめーだって、こうしたいって思ってんだろ?」
「うん…」
…さっきまで作っていたケーキのお皿は台所に置きっぱなしにして、
ぴったりと寄り添うように、二人は台所を出て行った。



…そう、
初めは、きっと苦いだろうと思われるケーキの味を紛らわせる為に、目だけでも「甘い」ものを…と、あかねにそのエプロンをつけさせたのだけれど、目に映った甘いものは、きっとケーキよりも数十倍は美味しい。
それに気がついてしまった乱馬を、あかねが止められるはずもない。



「ねえ、ちゃんとケーキ、後で食べてね?」
「後でな」
「ちゃんとよ?」
「たぶんな」
「たぶんじゃイヤ。約束してっ」
白いフリルつきのエプロンをヒラヒラとなびかせ、あかねは乱馬に手を引かれて階段を上っていく。
「約束…するよ。でも、そんな時間あるかなあ?」
あかねの手を引く、妙にそわそわとした様子の乱馬は、わざとそんな言葉をあかねに返してくる。
「え?だってまだ、昼の2時じゃない。晩御飯までまだ時間は…」
「ホントにあると思う?」
「…わかんない」
結局はあかねもそこで折れて、
そして…

バタン。

やがて、二人が生活している部屋のトビラが閉められた。
二人はそのまましばらくの間、その部屋から出てくる事はなく、
…もちろんこの後、晩御飯の時間までに、「お腹いっぱい」の若旦那がケーキを食べることはなかった。



そんな二人の、そんな姿を。
「…ったく、昼間っからお盛んな事で」
二人が部屋のドアを閉めた瞬間、同じタイミングで自分の部屋から出て来たなびきが、居間にやってきながらそうぼ やいた。
「あら、なびきちゃん。お茶でも飲む?」
「ありがと」
かすみにお茶を勧められながら、なびきがため息をつくと、
「しょうがないわよ、二人は新婚さんなんだから」
かすみは、笑顔で微笑む。
どうやらかすみも、そしてその他の人々も。
一家にはびこるバカップルにはそうとう免疫が出来ているようだ。
「新婚さんだって、限度があるわよ。あーあ、小一二時間ばかり、あたしは部屋に戻れないじゃないの。たく、壁が薄 いのよ、この家は」
ただ一人、自分だけは普通の感性でいよう…そう思うなびきも、近頃では諦めモードに入っているのではあるが。

「まあまあ」
「それにしても…乱馬君、やっぱり昔のあれはそうだったのね」
なびきは、お茶をすすりながらボソッとそう呟いた。
「昔のあれって?」
「ほら、昔さ、乱馬君のコピーが鏡の中から出てきたときがあったじゃない?」
「ああ…」
かすみは、少し考えてからなびきにそう返事をする。
…そう、その昔。
どこかの山奥で、「不思議な鏡」に遭遇してしまった乱馬が、女の姿の時にその鏡に映ってしまい、
性格は違えども、瓜二つの「コピー」が出来てしまったことがあった。
そのコピーは、男の姿の乱馬に惚れてしまって、一騒動あったのだけれど。
「…確かあの時、乱馬君の気を引こうとさ、コピーがさ、裸エプロンつけてきたじゃない?」
「ああ、そういえばそうだったわね」
「あの時はさ、あれはコピーが勝手にやった事だって、乱馬君言ってたけど。あれ、絶対嘘よ」
「え?」
「だって、さっきだって乱馬君、あかねに白いエプロンつけさせてたし。あれは、あの男の趣味よ、趣味。家族が留守だったら、絶対に裸エプロンよ、あかねは。台所で、絶対に身ぐるみはがされて裸エプロンよ。絶対にそうだわっ。それにしても、乱馬君も含めてだけど、どうせ裸にエプロンつけさせたって直ぐに剥ぎ取るくせに、ややこしい事した がるのねえ、男って。あ、でも全裸じゃない所がまたいいのかしらね。裸エプロン派は、あのかろうじて中途半端な露 出さに興奮して…」
なびきはそういって、遠い目をした。
「なびきったら」
「だーってさあ」
「でも、仕方ないわよ。だって二人は新婚さんだもの」
かすみが、そんななびきに少し戒めつつも笑顔でそういうと、
「お姉ちゃん…。新婚さんでかたずちゃっていいもんなの?」
「きっと、そういうものよ」
「…妙な趣味がある旦那様だと、大変ねえ。あかねも。バカっプルもここまで来ると、見事だわ」
なびきはふう…とため息をついた。




町内でも噂の新婚さん。
愛のエプロン一つで、まずいケーキも何のその。
でも、まずいケーキを食べる前に、まずは「甘い」ものを堪能するのが、常らしい。
家族が留守なら、願わくば?

 

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