すっかり日も暮れた、町外れの小道。
市街地から少し離れてるがゆえに、人通りはほとんどない。
わずかな外灯に照らしだされた樹木は風に揺られてさやさやと音を立てていた。
塀沿いにずっと生い茂る樹木の間からは、
ぽつん、ぽつんとまるで黒地の布にきらびやかな宝石のかけらをばらまいたかのように、遠く市街の灯りが見えている。
(へー…ここって、寂しい道だなとしか思ってなかったのに)
…以前に、やっぱりこんな時間帯に一人でこの道を通った時は今日のように景色を楽しんでいる余裕はなかったのだが、
(変なの)
今日は、その自分を取り巻いているそんな夕暮の景色を、あかねは思う存分堪能していた。
なので、
「何か幻想的…」
塀の向こうにある神社をひょこっと覗きみながら、あかねは思わず呟いた。
と、
「ほら、ちゃんと前みて歩かねえと転ぶぞ」
少し後を歩いている乱馬が、そんなあかねを軽く戒める。
「平気よぉ、子供じゃないんだし」
あかねは乱馬に不服を言いつつも、懲りずに塀の向こう側の神社に目をとらわれながら歩いていたけれど、
「あッ…」
その内、足元に転がっていた石にケツマづいて前のめりに転びそうになった。
「危ねえッ」
すかさずそんなあかねの身体を乱馬がすばやく駆け寄って支えくれたので、あかねは地面に倒れてしまう事はなかったけれど、
「…な?言った通りだろ?」
「はい…」
それみた事か、といわんばかりの顔をする乱馬に、あかねは頭を下げるしかなかった。
「んっとにオメエはそそっかしーよな。あんまぼーっとしてると、怪我がたえねぇぞ」
「ぼーっとなんてしてないもんッ」
…それから、程なくして。
「そんなに塀の向こうが気になるのなら…」と、乱馬が塀の向こうの神社へあかねを誘ったので、
ふたりは塀の向こうの外灯にぼんやりと照らしだされた神社の中を、そんな軽口を叩きながら散歩をしていた。
「風船みてぇ」
いつの間にかしっかりと掴まれた手を少し揺さぶりながら、乱馬がふいにあかねにそう言った。
「何よ、風船て。顔が丸いとでも言いたいわけ?」
あんた喧嘩売ってんの?…あかねが乱馬の言葉に頬を膨らませると、
「違うって。ほら、道で配ったりする風船てさ、ヒモ付いてんだろ?あれ持ってないとふわふわ浮かんでどっかいっちまうヤツ。何か、お前ってあれっぽい」
乱馬はそう言って悪戯っ子のような笑顔で笑うと、繋いでいた手にちょっと力を入れて、あかねの身体を自分の方へ一気に引き寄せた。
「もう、何よいきなり」
引き寄せた身体に嬉しそうに腕を回す乱馬に、あかねが少し赤くなりながら抵抗すると、
「風船はちゃんと手繰り寄せとかないと」
乱馬は懲りずにそう言って、嬉しそうにあかねに抱きつく。
「風船じゃないわよ……んッ」
あかねが更に抵抗しようとしたら、乱馬はそんなあかねを黙らせるように、突然あかねの鼻先にチョン、とキスをしてきた。
「な、なにすんのよぉッ」
あかねが耳まで真っ赤になりながら抵抗すると、
「へへッ、赤い風船」
乱馬はそんな事をいっては、更にあかねをからかう。
「ちがうもんッ風船じゃないもんッ」
あかねは捉えられた乱馬の腕の中でじたばたあばれると、
「…わかんないんだけどッでも乱馬と一緒にいると、何でも出来る気がしたんだもんッ」
そういって、乱馬の顔を見た。
「?」
あかねのそんな意味不明のわめきに不思議そうな顔をする乱馬だったが、
「前にここを一人で歩いた時は、心細くて全然気が付かなかったけど…」
…そう、
乱馬と一緒に再びこの「寂しいさびれた道」を歩いた今日は、
何だか妙に余裕があって、何だかやけに気分が良くて。
夜景だけでなく、こんな塀の向こうの神社にまで目がいった。
「乱馬と一緒にいたら、何だかわかんないけど…気が大きくなるっていうのかなぁ。とにかく気分が良くなっちゃって…。だからッ…だから、塀の向こうを見ようとジャンプしたりしたんだもん…」
あかねがそういって、「ちゃんと理由があるんだもんッ」と腕の中からじとっと乱馬を見あげると、
「…」
乱馬は、そんなあかねをまずは黙って再び強く抱きしめた。
「く、苦しいじゃない」
あかねが腕の中でジタバタと暴れると、
「いいの。嬉しい時ぐらい、強く抱きしめさせろって」
乱馬はそう言って、あかねの頭に唇をつけるようにもたれかかると、
「俺も、あかねと一緒にいると何だかわかんねえけど…幸せな気分になる」
「そうなの?」
「そうだよ」
再び、あかねの鼻先にチョンっとキスをした。
「やッ。もう、また!またあたしのこと、赤い風船とか言うんでしょッ」
人のこと、風船ってからかって!…とあかねが真っ赤になってむくれると、
「もう言わないよ」
乱馬は、にっと笑ってあかねを見ると、
「あかねさんは、赤い風船なんかではなくて、」
…立派な、俺の許婚です。
乱馬一言だけそう言って、今度はゆっくりと、あかねに唇を重ねた。
「えッ…な、何よ急にッ」
…しばらくして唇が離れたあと、あかねが耳まで真っ赤にしながらそう尋ねると、
「しょーがねーだろ。何か急に、言いたくなったんだよ」
乱馬はそう言って、今度は真っ赤のままのあかねの頬にパクッと食いついた。
「何すんのよッ」
「んー?幸せな気持ちを行動に表してみました」
「なッ、何言ってんのよッ」
あかねがジタバタと暴れると、そんな乱馬の胸をボコボコと叩いて抵抗したけれど、
「あかね、あっちの方でもうちょっとゆっくりしてこーか」
乱馬は全くきにもとめずにニコニコしながらそう言うと、
「いやーッもう、離しなさいよーッ」
「ヤダ」
暴れるあかねの手を強引に引っ張って、境内の隅…神社の入り口からは見えない部分へと歩きだした。
そして、建物の隅に腰を下ろしてあかねを自分の膝の上に乗せると、再びあかねの頭に寄り添いながら抱きついてきた。
「もー…帰るのが遅くなっても知らないからね」
あかねはハア…とため息をつくと、そんな乱馬の頭を優しく撫でるように自分もその身を預けた。
…何だかわからないけれど、
乱馬と一緒にいると、「怖い」と思っていた道も「楽しい」ものに変わる。
闇に包まれた不気味な道にも、全て払拭するようなまぶしい光が差すような…そんな錯覚さえ起こる。
きっと、乱馬とならば何でも出来る気がする。
きっとこれは、乱馬と一緒にいる時にだけ沸き起こる、あかねの中の不思議な「勇気」
乱馬限定、「出づる勇気」。