「でーきーなーいーッ」
夕食後。
居間でTVを見ながら、せっせとさくらんぼのツルを口の中で結ぼうと舌を動かしていたあたしだったけれど、
長時間そうしているせいで舌がしびれてきたので、イライラしながらそんなことを叫んでいた。
「あんたねえ。良いじゃない、そんなモン出来なくたって。いい加減諦めなさいよ」
必死になってさくらんぼのツルを口の中で結ぼうとしているあたしを横目に見ながら、なびきお姉ちゃんがあきれた顔をしてそう言った。
「いいのッ。出来るまでやるのッ」
あたしは呆れ顔をしているなびきお姉ちゃんにそうそう叫びながら、
「よし、もう一回チャレンジだ」
…と、再びさくらんぼを口にほおばりまずはその実を食べてから、残ったツルを舌の上で転がす。
「…あのねえ。それって、よっぽど器用じゃないと出来ないもんよ?あたしにだって出来ないのに。あたしより不器用なあかねに出来るわけないでしょうが」
「ひょんなことにゃいもん。(そんなことないもん)」
「ねえ、だったら出来そうな人に教えてもらったら?」
「出来そうな人?」
あたしが首をかしげると、
「あんたの許婚殿」
懲りずに挑戦しているあたしに、なびきお姉ちゃんはそう言って何故かにやりと笑った。
「…なんでそこに乱馬が出てくんの?だいたいなんで乱馬なら出来そうなのよ?」
あたしはツルを口から吐き出してなびきお姉ちゃんに再び尋ねた。
すると、
「それは乱馬君に聞いてみたら?」
「?」
「あ、ほらほら、あかね。ちょうど今、わざとらしく廊下を乱馬君が通りかかったわよ。おーい、乱馬くーん」
なびきお姉ちゃんはそういって、居間の前の廊下を通りかかった乱馬を居間の中へと呼び込んだ。
なびきお姉ちゃんに呼び止められ居間へ入ってきた乱馬は、何故か妙に赤い顔をしていた。
「あんた、顔赤いわよ。熱でもあんの?」
あたしが乱馬の額に手を当てながら心配そうに尋ねると、
「…熱なんてねえよッ」
乱馬はあたしの目を見ずに真っ赤な顔のままそんな事を言っている。
「うそ。だってすごく顔赤いわよ?」
「ほ、ホントに何でもねえよッ」
それより、行くぞ…と、乱馬はあたしの手を引っ張って居間から連れ出そうとした。
「え?ど、どうしたの乱馬…」
あたしが突然のことに驚きつつもよろよろと乱馬に連れ出されて居間を出て行こうとすると、
「ごゆっくりー」
そんなあたしの姿を、そんな事を言いながらなびきお姉ちゃんが笑顔で見送っていた。
…バタン!
居間からあたしを強引に連れてきた乱馬は、
何故か当然のようにあたしの部屋のドアを開け中へ入ると、ドアをしっかりと閉めた上に、そのドアの前に荷物なんかを移動させて「堰止め」を作ったりしている。
「…何なのあんたは。赤くなったり強引に部屋につれてきたり、堰止め作ったり」
あたしがベッドに腰掛けて「堰止め」を作っている乱馬の姿を見つめながらそう呟くと、
「…」
乱馬はやっぱりまだ赤い顔をしながらあたしの方を振り返った。
そして、あらかた堰止めを作り終わると、そのまま黙ってあたしの隣に腰掛けた。
「…ねえ。ホントに熱、ないの?」
あたしはもう一度心配して乱馬の額に手をやると、
「ねえよ」
乱馬は、そんなあたしの手をそっと掴んで、膝の上におろした。
「じゃあ何で顔赤いの?」
「…あのさあ。お前…気が付かないのか?」
「え?何を?」
「だから、その…」
「何よ」
依然として乱馬の言いたい事がわからないあたしに、ついに乱馬は覚悟を決めたのか、ため息をつきながら説明をし始めた。
「だから…その。ツルを舌で結べるって事は、だ」
「うん」
「その…舌を器用に動かせるって事で…」
「うん」
「舌を器用に動かす時って言うのはその…結構限られてるわけで…」
「…」
「つまり、その…」
「きゃー!この変態!」
…バチン!
あたしは、そこまで言われてようやく乱馬の言いたい事がわかり、とばっちりよろしく、乱馬の頬を思いっきり張り倒した。
「い、痛えだろーがッ」
乱馬は、「何故殴る!?」とばかりにあたしを見ている。
「お前がはじめ言い出したんだろッ」
「べ、別にあたしはそんなつもりじゃ…」
「じゃー、どんなつもりだよ」
「えッ…そ、その…」
あたしはブツブツと呟きながら下を俯いたけれど、
「お前がそこまで…そこまで言うんなら、泣く泣く協力してやろうと思って、こうして部屋につれてきたんじゃねーかッ」
「ど、どこが泣く泣くなのよッ。ドアの前に堰止めまで作ってッ退路を断ってどうするッ」
「とにかくッ。な?」
乱馬はそんなあたしにめちゃくちゃな説明をすると、「捕まえた」とばかりに逃げるあたしを後ろから抱きしめた。
「だー!離してー!」
ジタバタと暴れるあたしを、
「実験、実験。ツルはないけど、キスだけならいつでも…」
乱馬は妙に嬉しそうにそわそわとしている。
「…」
…見える。
あたしには見える。
乱馬の頭には耳が。
身体には尻尾が。
「オオカミ少年が部屋に紛れ込んだのね、きっと」
腕の中でじとっと呟くあたしに、
「ま、自業自得だな」
乱馬はやっぱり嬉しそうにそう言って、「それじゃ…」とばかりの表情であたしにキスをした。
…一度こうしてくっつけば、テコでも動こうとしないし離れない。
もてる限りのテクニックを駆使し、あたしにツルを結ぶ技術をもっている事をアピールする乱馬。
「…実験はどうしたの、実験は」
長いキスの後、唇が離れた隙にあたしがそっと囁くと、
「あー、もうどうでもいいや、実験」
乱馬はそんなあたしの言葉を遮るように再びキスをすると、ぎゅっと苦しくなるくらい強く、あたしの身体を抱きしめた。
そんな乱馬の身体をいつの間にか押し返せないあたしは、すっかり手の内に落ちてしまっていた。
器用とか不器用とか。上手いとか下手とか。
何だかそんなの考えられない。
ただヒトツいえるのは、
「乱馬の前ではサクランボはすぐに食べ終わる事」
「ツルでは遊ばない」ということだろうか。