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気になる年頃(Side-A)
「だから…今日はだめなのッ」
「何で?」
とある日の夜。
あたしの部屋の入口では、あたしと乱馬によってそんなやりとりがなされていた。
一体、何がだめなのか。
…今日もいつものように何かと理由をつけてはあたしの部屋にやって来た、乱馬。
そして帰りぎわ、強引に部屋に入り込んできては、これまたいつものように、乱馬はあたしに抱きつく。
ココまではいつもと一緒。
だけど…
「だから…何でダメなんだよ?」
「何でって…とにかく今日はダメなの」
あたしは抱きしめられた腕の中でじたばたと暴れながら叫んでいた。
「何でキスしちゃいけないんだよッ」
「だ、だから今日はちょっと…」
…そう。
いつものように、あたしにキスしようとする乱馬を、あたしが拒んだ事から端は発した。
…別に、乱馬の事が嫌いだから拒んでるのではなく、
実はこれにはわけがある。
乱馬に言ったら馬鹿にされそうなその理由…
それは、唇の「荒れ」。
暖房のせいか体調のせいか分からないけど、学校を出る頃には、ひどい状態だった。
いつも使っている「はちみつレモン」味の特製リップが今日はちょうど切れていて、
「一日くらいは平気かな…」とか思ってたんだけど、それは大きな間違いで。
「乱馬、先に帰ってて!」
「え?おい、あかねッ」
あたしは乱馬を先に家に帰して、慌てていつも愛用しているコスメのお店に走り、「はちみつレモン」味のリップを買いにいった。
もちろん買ってすぐに付けたし、お風呂上がりにもつけたし。
さっきも乱馬が来る前に付けたりしたおかげでもう大分唇の状態も良くなったんだけど、なんとなく今日はキスするのに気が引けてしまった。
それに、見た目は分からなくても唇が合わさった瞬間に「かさかさ」が少しでも伝わっちゃったら嫌だから…
…
「とにかく、今日は我慢して?」
あたしはそう言って腕の中から乱馬を見上げた。
「…」
乱馬はそんなあたしの耳元にわざと唇を滑らせて、
「…ダメ?」
小声でそう囁いた。
「やっ…」
それがとてもくすぐったくて、あたしは体をびくっと竦める。
「やっぱり、だめなのか?」
乱馬は更にもう一言あたしに囁き続ける。
…足がぐらっと揺らぎそうだった。
頭の中が一瞬にして真っ白になる。
このままもう一言囁かれたら…
あたしはせっかく固めたこの決意が揺らぎそうだった。
「乱馬…だめなの。今日はだめ」
…なので。
震える手で必死で乱馬の体を押し返した。
「…」
乱馬はそんなあたしの様子に、大きなため息をついた。
そして頑なに態度を変えないあたしに再び抱きつき、
「うー…」
とか何とか唸っていた。
「ごめんね、明日はその…してもいいから…」
あたしがそんな乱馬の頭を撫でてやりながらそう言うと、
「約束だぞ!?明日はいっぱいだぞッ」
まるで、オモチャを買ってもらえなかった子供のように必死で叫んでいた。
…俄かに、涙ぐんでいたように見えたのは気のせいだろうか?
「わかったわよ。明日ね」
「約束だからなッ」
妙に必死、そして妙にだだっこの乱馬はそう叫んでもう一度あたしを抱きしめてから、どう見ても明らかにがっかりしたような後ろ姿をあたしに見せながら部屋から出て行った。
(…何もそんなにがっかりしなくても…)
あたしはなんだかそんな乱馬がおかしくて仕方なかったけれど、
でも、あたしの勝手な「都合」で乱馬をあんなにがっかりさせてしまったのは何だか申しわけない。
(ごめんね、乱馬。明日は大丈夫だから)
あたしはこっそりと心の中で乱馬に謝りつつ、もう一度「はちみつレモン」味のリップを塗って…ベッドに入った。
…ところが、翌朝。
何だか、妙な事が起こっていた。
「…」
昨夜。
あたしは確か一人でベッドに入ったはずだった。
なのに…
…なのに、何で乱馬が隣に寝てる!?
「ちょっと!ちょっと、起きなさいッ」
あたしが、慌てて布団から飛び出ている乱馬のおさげを引っ張ると、
「んー…もう朝か」
乱馬はそんな事を言いながら、もそもそっと起き上がった。
そして、
「抱き枕…」
わけのわからない事を言いながらあたしに抱きついてきた。
「抱き枕じゃないでしょ!あんた何でココで寝てるの!?」
あたしは寝ぼけてる乱馬をべリっと引き剥がし、さっそく乱馬に尋ねた。
すると、
「何でだろうな?」
乱馬は完全にとぼけた口調で言うと、さっ…とベッドから出て立ち上がった。
「ちょっと!」
あたしが呼び止めると、
「おっと。ロードワークの時間だ。早く着替えて出発しないとな」
乱馬はそれには答えずにそんな事を言って部屋から出て行こうとする。
…おかしい。
何か、おかしい。
朝、それも今まで一緒に寝てたにも関わらず、乱馬があたしに寝ぼけて抱きつくだけで部屋を出て行こうとするなんて。
そりゃ、何かを期待しているわけじゃないけど、
何か…しっくりこない。
…
「…。乱馬。ちょっと待って」
あたしは、こそこそと部屋を出て行こうとした乱馬の袖をぎゅっと引っ張って呼び止めた。
「な、何だよ…」
乱馬が、あたしの方をゆっくりと振り返る。
「…」
あたしはそんな乱馬の様子で、ピンと来た。
「ね、乱馬?」
あたしは、乱馬の袖をぎゅっともう一度引っ張った。
そして、
「唇に何かついてるよ?」
あたしは乱馬にちょっとカマをかけてやった。
「え!?」
乱馬は慌てて自分の唇をこするようにしていた。
だけど、
「ん?なにもついてねーじゃねーか」
こすった自分の袖に何も付いてないのを確認した乱馬はホッとため息をついていた。
「そう?じゃああたしの気のせいかしら?…あら?何か甘いにおいがするな。乱馬のほうからかしら?」
あたしは、そんな乱馬の袖と唇にくんくん…と鼻をつけてみた。
「なッ…何だよッ」
乱馬は、そんなあたしの様子に急にオロオロし始めた。
「なんだろうなあ?この匂い。ハチミツ?レモン?そんなにおいがするなあ?」
あたしがそんな乱馬をじっと見あげながらそう言うと、
「そ、そんなはずねえ!確かに味はしたけど匂いはしないって書いてあったしそれに、一晩たてば…」
乱馬はそんな事を慌てて口走った。
「やっぱり!」
「あ!」
…その乱馬の言葉で、あたしはピンと来た。
やっぱり!
乱馬の奴、あたしが寝る前につけて机の上に置いた「ハチミツレモン味」のリップのケースをちゃっかり読んだのね!?
しかも、「味はしたけど」って言ってるって事は…!!
「こらー!何であんたはたった一晩の約束が守れないのっ!動物かー!」
あたしが枕を手にとってそう叫ぶと、
「お、俺は約束は破ってねえ!忠実に守っただけだ!」
乱馬はそう言って、あたしの手から投げられた枕を避けて、すっ…と一瞬であたしの懐に飛び込んできた。
「わッ…」
ギクッ…とあたしが思わず身を遠のけると、
「だって、約束しただろ?”明日”になったらしてもいいって」
乱馬はそう言ってにっと笑うと、素早くあたしにキスをして離れた。
「そッ…それはッ…」
あたしが真っ赤になって乱馬を睨むと、
「約束、確かに果たさせてもらったからなー」
乱馬は妙に満足そうな顔で笑いながら、部屋を出てってしまった。
「…」
…一人部屋に残されたあたしは、今しがた軽いキスをされた唇を手で覆いながらブルブルと震えていた。
あたしは確かに「明日になったらしてもいい」と言った。
そしたらそう言ったとき、乱馬はたしか、「約束だぞ!?明日はいっぱいだぞッ」…って叫んでた。
その乱馬が、
「約束、確かに果たさせてもらったからなー」
といった。
…
……
…絶対に、問い詰めて白状させなきゃ!
あたしは急いでロードワークに出る支度をすると、先に逃げるように部屋から出て行った乱馬を追うべく、部屋から飛び出したのだった。
