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深層心理
お互い、気持ちは通じ合っているけどまだ「好きだ」と言葉には出さないような関係のあたし達。
つかず、離れずの微妙な距離感を保っていたある日、
偶然か必然かは分からないけれどあたし達以外の家族が全員、家を空ける夜を迎えることとなった。
「・・・」
「・・・」
・・・七人家族が、たった一晩だけ二人だけになる。
ただそれだけのことなんだから、普通にご飯を食べたりテレビを見たりすればいいだけの話なのかもしれない。
それなのに、居間で机をはさんでテレビを見ているだけだというのに、異常にドキドキするのはどうしてなんだろう?
普段は、殴ったり叩いたり平気でしている見慣れた乱馬の顔が、何だか今日は直視することすら難しい・・・
・・・
「な、なんだよ」
「べ、別に」
直視できないから、ちらっと、テレビを見る振りをして乱馬の方を見てみる。
すると、同じタイミングで乱馬があたしを見ていて、そんな会話を交わす。
不自然に絡み合って、不自然に振りほどかれるお互いの視線が、何かとても変な感じだ。
「・・・」
あたし達は「許婚」という間柄であっても、だからといって「付き合っている」間柄の恋人同士では・・・ない。
端から聞けばおかしな理屈だと言う事ぐらい分かっているが、それでもそれが今のあたし達の関係である以上は仕方が無い。
だから、と言うわけではないけれど、あたしは思う。
こんな風にお互いが意識してはいるけれど、多分この二人きりの夜に、あたし達に「何か」が起こる可能性なんて殆どないはずだ。
それなのに、乱馬の様子を伺ってしまったり、妙に胸をドキドキさせたりしているのは・・・やっぱり乱馬が「男の子」だからなのか。
ううん、違うな。
乱馬が「男の子」だからじゃなくてきっと、あたしが乱馬を「男の子」として意識しているからなんだろうな・・・。
あたしがきっと少しでも、乱馬をそういう目で見ている部分があるからなんだろうな。
「・・・」
・・・乱馬は、どうなんだろう。あたしと一緒のこと、考えていたりするかしら。
「・・・」
聞きたいけど聞けない、触れたいけれど触れるのが怖い。
期待することは嫌ではないけど、でもいざと言う時にどうしたらよいのか分からない・・・
「・・・」
複雑な思いを胸に、あたしはぼんやりとこの夜を過ごしていた。
と、その内。
あたし達が居間で見ているテレビがドラマの時間帯となり、今週分の話を放映始めた。
会話を交わすのもぎこちないし、かといって話をするのも今夜は緊張する。
今は、このテレビの音だけがあたし達の救いだ。
あたし達は目には見えない緊迫したこの空気を避けるがごとく、そのドラマをじっと見ることにした。
ところが、
『いやあっ・・・トド彦さん、何をするの!?』
『へっへっへっ・・・鯖子、逃げようとしても無駄だあっ』
『卑怯者!家族が留守だからって、突然っ・・・結婚まではだめですわ!』
『何とでも言え!結婚までなんて待てるか、泣こうが喚こうが今夜は誰もいねえ!』
『嘘つき!きゃああっ・・・』
・・・見ているドラマに、難があった。
どうやらあたし達が見ようとしているこのドラマは、今夜物語の佳境を迎えているかのようだ。
レギュラー放送みたいだけれど、なびきお姉ちゃんみたいにしょっちゅうテレビを見ているわけじゃないから知らなかった、あたし。
でも、場面や登場人物の台詞を聞けば大体がどんな話なのか察しはつく。
どうやら今日の話、トド彦という青年が家族の留守を見計らって同居している許婚の鯖子を襲おうとしているらしい。
二人の間に何があったかは知らないけれど、トド彦と鯖子は結婚までは何もしないという約束だった。それなのに、家族が留守になったとたんトド彦が豹変したようで。
『あ~れ~・・・』
哀れ、鯖子さんは着ている着物の帯を解かれくるくると回っている。画面の隅では、とってつけたような椿の花がポトン、と畳みに落ちていた。
「・・・」
あたし達は何故かそのドラマをじっと、声も出さずに見つめていた。
帯を解かれ殆ど半裸状態の鯖子さんが、恨めしそうにトド彦をにらみつけるシーンが、テレビの中では続いている。
そしていよいよ、トド彦が鯖子さんに手をかけようとしたちょうどその時・・・上手い具合にドラマがCMに切り替わった。
「・・・」
テレビの中は、鬼気迫るドラマの内容とは正反対で、妙に明るく爽やかな清涼飲料水のCMが流れていた。
そこで思わずほっとため息をつくも、あたし達は何故か、お互いで顔を見合わせてしまう。
そう、意味もなく。
・・・
「な、なあ・・・このドラマ何か暗くなりそうだし・・・その、番組、変えねえか」
すると乱馬が、そんな事をいいながらテレビのリモコンをテーブルの上から取った。
そして、あたしの答えを聞くまもなく、チャンネルを変えてしまった。
内容的な事を考えて、このまま見続けるの気まずいと、乱馬も感じているのだろう。
まあ、ドラマのあの続きは気になるけれど、こうする事が今のあたし達に一番いいことくらい、あたしにだって分かっている。
「そ、そうだよね・・・」
「バラエティがいいかな」
「そうね」
あたし達は妙に不自然な笑顔で笑いあいながら、適当にチャンネルを決め手を止める。
そして、一番手頃そうで芸人がたくさん出ていそうな番組に、最初はほっとして胸をなでおろしていたけれど、
『さー、それでは今日のお笑い芸人と討論スペシャル、議題は・・・付き合う前に身体の関係を持つのはあり、なし?』
番組の司会者がそんなコールをして湧き上がるテレビの中の光景を見た途端、思わず「ひっ」と小さな声を上げてしまった。
運が悪いことにあたし達が選んだバラエティ番組は、これまた内容的に、あたし達にはそぐわないものだったようだ。
しかも、妙にリアルで妙に突っ込んだ議題。
テレビの中では、早速過激な発言が飛び交い出した。放送出来ない言葉も飛び出しているようで、電子音が時折入っている。
「・・・」
・・・今のあたし達に投げかけるかのようなその討論、じっくりと聞くつもりは無いのだけれど嫌でも耳に入る。
あたしの顔は、見る見る内に赤くなっていった。
「・・・」
乱馬は、どうなんだろう?
ふと気になったあたしはちらり、と乱馬を覗き見した。と、乱馬の顔もあたしと同じように少し紅くなっているように感じた。
「・・・」
どうしよう。
二人とも、こんな風にテレビを見て真っ赤になって黙り込んでいるわけでしょ?こういう時って、テレビを消した方がいいのかな・・・
でも、テレビを消すと今度はあたし達の「間」自体も持たない気がするし・・・
「・・・」
仕方が無い、極力音は聞かないようにして、画面から目だけでも反らそう。
あたしはテレビから視線を反らし、自分の周囲へと目をやった。
と、部屋の隅に雑誌が置いてあった。
あたしはその雑誌を自分の手元へ取り寄せた。そして、開いてみる。
と、偶然にも開いたページが「心理テスト」のページ。
うん、これならばこのテレビを見るよりは雰囲気も和むし、楽しめるかもしれない。
「ね、ねえ乱馬。テレビ見るのやめて、この心理テストやってみようよ」
「心理テスト?」
「う、うん・・・こ、こっちの方が面白そうだし」
・・・本当は、「何の」心理をテストするものなのかキチンと見ていないので面白いかどうかは分からないけれど、
でもこのままテレビを見たり見なかったりしているよりは、いいと思う。
あたしがそんな願いを込めながら乱馬を見ると、
「そ、そうだな」
乱馬もそれは同じのようで、快い返事が返ってきた。
あたしはさりげなくテレビのリモコンに手を伸ばし、あからさまに真面目そうな内容を放映している教育番組へとチャンネルを変えると、
「じゃあねー、あたしが問題をだしてあげるから、心して答えるように」
乱馬に見えないように雑誌を持ち、そう呟く。
「偉そうに」
乱馬も、多少はぼやくもテレビを見ているよりは良いのか、あたしが問題を言うのを待っている。
あたしとしても、乱馬に答えてもらうのも面白いけれど元々心理テスト自体は好きなので、早くやってみたい感がある。
こういうのは、誰か相手が居ないと面白くないもんね。
・・・
「えーと?まず一問目ね。『あなたはシャワーを浴びています。そのシャワーは、どんな感じで出ていますか。想像して下さい』だって」
あたしは、乱馬に出題始めた。
「シャワー?やや温めで、身体を慣らす程度かな・・・大抵修行後だと、熱いのには最初はいらないし。本当は熱いのが好きなんだけど、最初は仕方がねえ。おめーは?」
「あたし?あたしはそうね、まあちょうどいいような悪いような、って感じかな」
「中途半端だな。俺、中途半端は本当は嫌いだけど、でもまあしょうがねえのかな」
「まあ、シャワーだからね。・・・じゃあ次ね。『さて、あなたは頭を洗うことにしました。あなたはどんな風に洗いますか。詳しく説明して下さい』だって」
「頭?そりゃ、しっかり丁寧に、念入りに洗うだろ、普通」
・・・「竜のひげ」にまつわる呪いで、「竜のひげ」で縛っていないと髪の毛が異常に伸びてしまうという忌まわしさから少し前に開放された乱馬は、
今はもう、小まめにキチンと髪の毛を洗っているようだ。こういうところは、乱馬も年頃の男の子なんだなあと妙に実感する、あたし。
でも・・・呪いがある頃って、乱馬は水で頭を洗っていたのかなあ?
だってそうしないと、綺麗に髪の毛、洗えないものねえ・・・あたしはふとそんな事を考えてしまうも、とりあえず今は関係ないことだと、気を取り直して次へ。
「あたしも・・・髪はやっぱり丁寧に細やかに洗うわ。・・・じゃあ次ね。『あなたが頭を洗っていると、シャボン玉が出来ました。そのシャボン玉が弾けた時、あなたは何と呟きますか。』だって」
「シャボン玉?そーだな・・・弾けた瞬間には『あっ』て声、出るだろうな。別にその後は・・・」
「あたしはねー、やっぱり目の前でシャボン玉が消えてしまったら『あーあ』って言っちゃうなあ」
「ふーん」
「さ、次がラストよ。『あなたがシャワーを浴びていると、部屋の方で、電話が鳴り出しました。あなたはどうしますか』だって」
「風呂入ってたら、出れねえよ。風呂優先だな。俺は無視する」
ラストの質問に対し、乱馬は最後ざっくりとそういい捨てて回答を終了。
「あたしは、きっとオロオロするだろうなー。どうしよう、早く服着て電話に出た方がいいかな、どうしようかなって」
「そうこうしている内に、切れちまうぞ」
「うん、でも迷っちゃうのよねえ。結局どっちも選べなくて中途半端で風邪引いちゃうのよ、きっと」
「おめーじゃ考えられるな。とろいし」
「し、失礼ね」
ツン、とそっぽを向くも、あたしもそこで回答終了。
心理テストは全部で四問構成だった。
一体何の心理テストなのかも分からず、そして好き放題答えを考えてみたようなものだったけれど、それでもテレビを見ているときよりは、あたしと乱馬の間に流れる空気は和らいだような気がした。
うん、やっぱりこのテストやってよかったな・・・あたしはそんな事を思いながら、自分と乱馬の前に雑誌を広げた。
いよいよ、回答編だからだ。
「じゃあ、答えを見てみようよ」
「ああ」
先ほどまでの緊迫した空気が和み、普段と同様に楽しげな雰囲気を感じながら、あたし達は回答ページをめくってみることにした。
ところが・・・
「い!?」
「ええ!?」
・・・回答ページを開いた瞬間に飛び込んできたのは、『あなたの性癖深層心理が明らかに!』の文字。
和んでいたはずの空気が、それを目にした瞬間一気に強張ったのをあたし達は肌で感じる。
しかも、
「・・・シャワーの様子は『現在の恋人との状況』で、頭の洗い方は『あなたの性態度』、シャボン玉の弾けた後の台詞は『エクスタシー後のセリフ』で、電話の応対は『その気がないのに求められた時の態度』・・・だそうです」
各項目に対応する深層心理パターンに、あたしは何故か語尾を敬語にしながらぼそぼそと乱馬に説明。
「・・・」
乱馬はあたしが各項目のパターンを口にする度に、みるみる顔を赤くして、言葉を詰まらせていた。
・・・そりゃ、そうだよね。
だって乱馬、何て答えていた?
『現在の恋人との状況』と対応するシャワーの様子は、やや温めで、身体を慣らす程度って答えていた。本当は中途半端が嫌いで、でも最初は身体を慣らすために温めでも仕方がないと。
『性態度』と対応する頭の洗い方は、頭の洗い方だってしっかり丁寧に、念入りにだし。
『エクスタシー後のセリフ』に対応するシャボン玉に至っては、その・・・
・・・
「・・・」
あたしが乱馬の回答を振り返り、妙に顔を紅くしながら黙り込んでいると、
「おっ俺っ・・・」
急に乱馬が、妙に裏返って掠れた声でそう叫んだ。
「な、何よ」
今まで黙り込んでいたくせに、急に真っ赤な顔のまま叫びだした乱馬にあたしが驚いていると、
「お、俺っ・・・が、がっかりさせるつもりないしっ」
「・・・は?」
「そ、その・・・あの、だからっ・・・!お、終った後にがっかりとかさせるようなやり方はしないっていうかっ」
「っ・・・」
「あ、だ、だからっ・・・その、べ、別に変な意味はなくてっ・・・でも俺、お前にそんな思いはさせないつもりで頑張るしっ・・・あ、あれ、俺何言ってんだ、だ、だからその・・・」
乱馬は、何だか妙に混乱した口調で、真っ赤な顔のままあたしに弁解をする。
どうやら本人としては、あたしがシャボン玉に関する項目で『『あーあ』って言っちゃう』と答えたことを妙に気にしているらしい。
だから乱馬にしてみれば、「俺はそんな気持ちにさせない」って事をあたしに伝えようとしているんだと思うのだけど、
でも、「俺はそんな気持ちにさせない」と必死で弁解されたって、それはあたしと乱馬が、「そういうこと」をしないと分からない訳で・・・
・・・
「・・・」
頑張るからって言われても、あたしもなんて答えて良いのか分からない。
お礼を言うのも変だし、頑張って、というのも変。
かといって分っているわよ、とも答えられず、あたしは先程よりも更に顔を紅くし黙り込んでしまった。
乱馬も、もうこれ以上は弁解もせず、顔を真っ赤にしてただ、黙っている。
いつの間にかお互い、正座をして向かい合って座っていた。
カチっカチッカチッ・・・と、居間の柱時計がゆったり規則的に時を刻む音と、
この場に妙にミスマッチな、深刻そうな教育番組のナレーションが居間に響いている。
「・・・」
・・・こういう時って、どうすればいいんだろう?
下手に別の話題に振り替えようとして話を切り出したって、中途半端に話題が途切れてしまったら余計に空気が悪くなるし、それこそ間が持たないし。
かといって、部屋を出て行くっていうのもなんだかタイミングを取りづらい。
でも、だからといってこのままココで、乱馬と正座しているわけにも・・・
「・・・」
ああ・・・このままこうして一晩経ってしまうなんてことも、あたし達の間だったらありうるかもしれないな。
あたしがそんな事まで考えていると、
「・・・お前はどうだった?」
「・・・え?」
「だから、お前は・・・どうだったんだよ」
それまで真っ赤な顔で黙り込んでいた乱馬が、ボソボソとそんな事を、あたしに尋ねてきた。
「ど、どうって・・・」
シャボン玉のこと?・・・あたしがその言葉に首をかしげると、
「しゃ、シャボン玉じゃねえよっ・・・シャワーの具合の話だっ」
乱馬は真っ赤な顔で否定しつつ、あたしにそう叫んだ。
「え?」
「俺は・・・その、当たってたんだけど・・・」
乱馬はそう呟いたあと、再び黙り込んだ。
・・・乱馬が言う「シャワーの具合」は、さっきの心理テストだと「恋人との現状況」。
あたしはそれに対して確か・・・「ちょうどいいような悪いような」って答えたんだっけ。
乱馬は、自分の答えが当たっていてあたしはどうかと聞いているわけなんだけど・・・あれ、でも待って?
乱馬の答えって確か、『やや温めで、身体を慣らす程度って答えていた。本当は中途半端が嫌いで、でも最初は身体を慣らすために温めでも仕方がない』っだった。
それって、「現状ははっきりとしない温い感じで、本当はもっと・・・」って意味・・・?
中途半端が嫌いって事は、本当はもっと白黒はっきりつけたいって、こと?
それ・・・
「・・・」
あたしがそう考えながら乱馬を見つめると、乱馬も、何だか困ったような照れたような顔をしながらあたしの顔を見つめていた。
「・・・」
・・・何だか、乱馬の顔が恥ずかしくてちゃんと見れない。
あたしが慌てて目を反らすと、乱馬はスッ・・・と膝であたしの前へと距離をつめ、あたしが目線と一緒に反らした顔をそっと、両手で挟み自分の方へと向けさせる。
「・・・」
何するのよ、とあたしが小さな声で呟くと、今顔を反らされると困るんだよ、と乱馬もぼやいた。
でも、ぼやいたくせにそうしている事自体が照れるのか、乱馬の顔もあたしに負けないくらい紅い。
しかも、頬に触れている手が熱かった。
「・・・」
あたしが、そっと自分の頬に触れている乱馬の手を指で触れると、
「・・・あのな?」
「・・・うん」
「・・・俺、やっぱり中途半端は嫌だから・・・」
「・・・うん」
「・・・」
俺は、はっきりさせたい。最後、耳を澄ましていないと聞こえないくらいの小さな声で、乱馬がそう呟いた。
あたしは、そう呟いた乱馬の唇をじっと見つめる。
「・・・」
・・・はっきりさせたいってことは、あたし達の間の、この微妙な関係に白黒はっきりさせたいって事だよね?
「許婚だけど恋人じゃない」っていう妙ちくりんな関係を、はっきりさせたいって事だよね?
勿論、その・・・悪い方へじゃなく、良い方へって事でいいのかな・・・
・・・
と、あたしの頬に触れている指が、あたしの唇を優しく撫でた。
「・・・はっきりしないと、させてあげない」
唇に触れるその指を、きゅっと指で掴んで塞き止めながらあたしがそう呟くと、「それは困る」と乱馬は笑っていた。
そして、ふっと真面目な顔になって改めてあたしと向かい合った。
「・・・」
捕らえたものを離さないような、強い光の宿る漆黒の瞳。
そんな乱馬の瞳の向こう側に映るあたしの、少し困ったような、そして少し恥ずかしそうな顔。
手繰り寄せられた手と、頬と。触れられた指や手からは溢れんばかりの気持ちが伝わってくるのを感じる。
でも、まだだ。
ちゃんと、はっきりと口に出して欲しい・・・今晩だけは、どうしても。
「・・・」
その思いが伝わったかどうかは分からないけれど、その内乱馬が、大きく一度息を吸った。
そして、自らの胸の鼓動を整えるかのように呼吸をした後、ゆっくりと、口を動かしあたしに言葉を告げ・・・
・・・ようとした、ちょうどその時。
「ただいまー・・・あら、誰も居ないのかしら、静かだわ?」
ガラガラガラ、と玄関の戸が開き、聞きなれた声があたし達の耳へと入ってきた。
「!?」
あたし達は慌てて離れ、何故だか妙におろおろと周りを見渡す。
そうこうしている内に、声の主は廊下を歩きあたし達がいる居間へとやって来た。
ピシッと決まった着物姿に、見慣れた刀の鞘袋。そう、早乙女のおば様だった。
「お、お袋っ。今日は出かけているんじゃなかったのかよっ」
妙に慌てた乱馬が、わざとらしくテーブルの上の雑誌を手にし読んでいたかのように装いながらおば様にそう尋ねるが、
「皆が出かけてしまったら、夜、乱馬たちのご飯とか明日の朝ごはんとか大変かなと思って、母さん帰ってきちゃったわ。乱馬、雑誌が逆さまですよ」
「あっ」
「あかねちゃん、おばさん帰ってきたから安心してね。ご飯のしたくとか任せてね」
おば様は乱馬にさりげなくそう注意した後、あたしにも笑顔でそう語りかける。
「あ、ありがとうございます・・・」
あたしも、慌てて笑顔を装いながらおば様にそう答えるけれど心中は勿論複雑だ。
おば様があたしたちの事を心配して帰ってきてくれたのは勿論嬉しいけれど、
あたし達にとって今は重大な時を迎えていたわけで・・・せっかく巡りに巡ってきた「良い機会」が、遠のいてしまったのは少し悲しい。
結局、あたし達はこの後特に何も進展が無いまま、平々凡々と夜を過ごす事になった。
でも・・・たとえ、アクシデントでチャンスが流れてしまったとしても、
少しだけでも、乱馬の「意思」というか。
彼が、実は現状で満足をしていないというその気持ちを知る事ができたのは、少し進展だ。
そして、実は「付き合う」というかそれ以上の関係のことも、心の中では割と考えていた事も知る事が出来たのは、あたしにとっては大分大きな事だ。
・・・もしも次に、またこんな夜が来たときには。
「・・・」
その時には、今度こそ本当に、「もしも」のことを考えておいたほうがいいかもしれないな。
考えすぎ、かな。でも・・・
「・・・」
あたしは夜、眠りにつくその瞬間までそんな事を考えては一人照れたり悩んだり、百面相と化していたのだった。
