「ワハハハ、この未熟ものめがっ・・・」
「きたねえぞ、このクソ親父!息子の飯に手を出すとは何事だっ」
「修行がたりん証拠だ!ていっ!」
・・・ザザーンッ!
親父が繰り出した一撃のせいで、俺は無残にも庭の池へと吹っ飛ばされ、一瞬で女の姿になった。
「つめてえっ」
楽しみにしていた夕食の海老フライを取られただけでなく、この仕打ち・・・俺がすぐさま反撃しようと池から飛び出て、
「何しやがる、このクソ親父!表に出やがれ!」
と叫ぶも、親父は無視・・・というか、パンダの姿になりとぼけていた。パンダのまま器用に、飯を食っている。
パンダは言葉を話せない。つまり、謝る気がないということだ。
「てめえ、卑怯だぞっ・・・都合が悪くなるとすぐパンダになりやがって!」
サーカスにでも売り飛ばしてやろうか・・・俺が怒りにワナワナと震えていると、
「まあまあ、乱馬。そんなに興奮しないの」
お袋が俺にタオルを渡しながら笑顔でそう言った。
「でも、俺が楽しみにしていた飯っ・・・」
そう、別に俺も細かい男ではないから、大抵の事は気にしない。
でも、食べ物と格闘技とあかねの事だけはどうしても譲れないのだ。だから、食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ・・・と俺がお袋に愚痴ると、
「しょうがないわよ、乱馬。お父さん、パンダなんだから」
「・・・は?」
「パンダだと喋れないでしょ?大変なんだから」
「いや・・・お袋、でも・・・」
「それに、パンダだと身体も大きいし、お腹も空くのね、きっと。まずはご飯を食べて元気にならないと、何をするにも力が出ないわ」
お袋は笑顔で俺にそういうと、さっさと食卓に戻って行ってしまった。
「・・・」
・・・『お父さん、パンダだから』って。
パンダの前に、あれはあんたの夫だろ?そしてあいつは俺の父親だろーが。夫として、父親としてあれはあれでいいのか?お袋。
だいたいお袋、全てを『パンダだから』で片付けていいのか・・・?
十年以上も離れて暮らしていた旦那が、再会したらパンダになっていたという異様な状況をすぐに理解したお袋。
人間が大きいと言っちゃそれまでだけど、でも俺がこんなこと言うのも何だが・・・それでいいのか?
「はあ・・・」
結局、喋れずトボケるパンダ相手に喧嘩をしても、疲れるだけ。
俺はため息をつきながら、とぼとぼと風呂場へと向かった。
?
?
?
その夜。
「ねえ、どうして乱馬はおじ様とそんなに仲が悪いの?」
「あー?知るか、そんなの」
「乱馬、おば様にはすごく優しいんだから、おじ様にもそうやって優しく接してあげたら?」
「はー?俺がオヤジに?冗談じゃねえ」
・・・風呂からあがった俺は、すでに夕食を食べ終わり自分の部屋でくつろいでいたあかねの元へ転がり込んだ。
そして、「暖めてくれないと凍死する」と無茶苦茶なこといい、あかねをベッドの中に引き込んではひっついている。
しかも、
「・・・あんた、寒いんでしょ?暖かくないと凍死するんでしょ?」
「そうだよ」
「何でトランクスしか穿いてないの」
そのベッドの下に脱ぎ捨てた服は何なの・・・と、あかねは俺に抱きつかれながらため息をついていたが、そこはさらっと流す俺。
「とにかく、何で俺がオヤジに優しくしなくちゃいけねえんだよ」
これ以上は俺が服を脱いでいる理由を問われないためにも、俺は再び話題を戻した。
するとあかねは、
「だって、例えどんな教育のされ方をしたって、乱馬を一生懸命に育ててくれたでしょ?早乙女のおじ様は」
「あいつのくだらねえ約束に、人生を振り回されたといってくれ」
「でも、感謝する事だって一つくらいはあるでしょ?その気持ちを大切にして、感謝の気持ちを込めて優しくしてあげればおじさまだってきっと変るわよ」
少なくても、夕食のおかずを息子から強奪する事はなくなるでしょう。あかねはそんな事を言いながら、ぴったりと自分にくっ付いては、時々隙を見て胸に顔を埋めようとしている俺を阻止しようと抵抗をしている。
「オヤジに感謝ねえ・・・」
俺は、今までのオヤジとの思い出を頭の中に浮かべてみる。
でも、
五歳の時にモチを取られた事とか七歳の時に煎餅を取られたこととか。
十二歳の時にオムスビを取られた事とか十四歳の時に肉まんを取られた事とか。
あげく、十六歳で気色の悪い「地獄のゆりかご」をくらったというおぞましい思い出しか蘇えってこない。
感謝するどころか腹立たしいばかりだ。
泣くお袋から俺を取り上げて武者修行に連れて行くわ、「男の中の男」に育てるはずが呪泉郷で女にしちまうわ。
俺ばかりじゃなくて、お袋まで寂しい思いをさせやがって。
うん、考えれば考えるほど、ろくでもねえ親父だ。
一体どうやったら俺は、あの親父に優しくする事が出来るんだ?だいたい感謝する事なんてあるのかな、本当に・・・
「うーん・・・」
考えていると、どんどんと気が重くなる。
「ちょ、ちょっと!」
「わかんねえなあ・・・」
俺は、あかねの隙を突いてその柔らかくて居心地のいい胸に顔を埋めると、小さく唸りながらそんな事を呟いた。
「く、くすぐったいっ」
「はー・・・」
そして、俺がじっとしていないが為にくすぐったいのか、ジタバタと暴れるあかねを押さえつけながら、俺は更に考えてみた。
と。
「・・・」
・・・そんな俺の頭の中に、不意にきらりと光る一筋の物があらわれた。
一生懸命考えても、腹立たしい事しか思い立たない、親父。
ろくでなしで、怠け者で、ずるがしこくて、いい加減で。
でも、たった一つだけ・・・あの親父に俺が心から感謝できる事があった。
それは、たくさんのマイナスを全て帳消しにできるぐらいの、俺にとっては大きな事。
あの親父にしては、これ以上ないって位のことをたった一つ・・・俺に対してしてくれた事。
もしかしたらそれに対して礼をいえたら、その後そのまま、親父に対して優しい気持ちになれるかも・・・
「・・・」
俺は、かなり名残惜しいがゆっくりとあかねから離れて、ベッドの下に脱捨てていた服をもぞもぞと身に纏った。
そして、ベッドから出る。
「乱馬、どうしたの?」
いつもならテコでも離れない俺が自主的に自分から離れたのが気になったのか、あかねが俺に声をかける。
「ちょっと、親父のところに行ってくる」
「おじ様の?」
「あ、すぐ戻ってくるから」
「あんた、今日もあたしの部屋で眠るつもりなの?」
「当然だろ。服脱いで待っててくれてもいいぞ?」
「・・・あんたって人は」
「ちょっと行ってくる」
「戻ってこなくていいわよ」
「遠慮するなって」
俺はあかねにそう断ると、恐らく部屋でゴロゴロしている親父の元へと、歩いて行った。
案の定親父は、俺たち早乙女一家にあてがわれた和室の一角でゴロゴロとしている。しかも、パンダ姿のままで。
「『どうした?乱馬』」
もちろん、パンダは言葉が喋れないので、プラカードにそんな文字を書いて俺に声をかける親父。
「・・・」
俺はそんな親父の前に仁王立ちし、大きく深呼吸をした。
・・・別に仁王立ちじゃなくても構わないんだけど、これはいわゆる照れ隠しだ。
そして、首をかしげる目の前のパンダを、じっと見つめる。
?
・・・そう、たった一つだけ。
いい加減でずるくて、卑怯でろくでもない怠け者の親父でも、
いいところとか優しくする要素を見つけるのが大変な親父でも、たった一つだけ・・・俺が、この親父に感謝できる事がある。
それは、今までの親父のマイナスを帳消しにするくらい、俺にとっては感謝すべき事。
それは、親父があかねのおじさんと約束をしてくれた事。そして、俺をここに連れてきてくれたこと。
「生まれた子どもが男女だったら、結婚させて無差別格闘流を継がせよう」
どんな経緯があって、そんな約束をしたかは分からない。
それに、ここに連れてこられた最初は、「許婚なんてとんでもねえ!俺は中国に戻る」「あんな女はお断りだ!」そんな風に思っていた。
でも、色々な事があって時が流れて・・・結果、俺は自分からこの、今のあかねとの関係を望んでいるわけで。
親父がおじさんと約束をしなかったら、俺があかねとこんな風になることは、もしかしたらなかったかもしれない。
それに、こんな風に比較的早く、一つの家で両方の家族が全員そろって一緒に住む事なんてなかったかもしれない。
まあでも、俺とあかねに関しては、
たとえ親父たちが「許婚」の約束をしていなかったとしても、きっと運命はどこかでちゃんと俺と、あかねに繋がっているとは思うんだけどな。
・・・
「おい、親父」
「『なに?』」
「・・・か、感謝してるぜ」
「『は?』」
「だからっ・・・一応、礼を言っとくぜってことなんだよ、このクソ親父!」
「『何で赤くなる?はっ・・・もしやそういう趣味も?』」
「な、なんだその『そういう趣味』って」
「『あかね君だけでは飽き足らず、わしまで襲うつもりとは・・・』」
「だっ・・・なんで俺がてめえを襲うんだっ」
「『いきなり赤くなって礼を言うなんて、 お前気持ち悪いぞ』」
「何をー!?このっ人の気もしらないでっ」
俺は、感謝をして優しくするはずの親父の背中をゲシゲシと蹴るとそそくさと和室を出て、
「あー、せっかく御礼を言ってやったのに、なんだあの反応はっ」
「いやー!また来たっ・・・何なの、あんたはっ」
再びあかねの部屋へと戻ってきて、入口に一応堰を作ってからあかねのベッドへと潜り込んだ。
そして、先ほどと同じように蒲団の中でそそくさと服を脱ぎ、ぽいぽいと床へと投げる。
「礼を言ったら少しは親父に対して優しい気持ちになって優しく出来るかと思ったけど、あれはだめだっ」
「え、乱馬、おじ様に御礼を言ったの?なにを?」
「・・・」
おめーと、許婚になれた事。おめーと出会えたことに決まってんだろ。
・・・その事は何か照れるのであかねには内緒にして、
「さ、寝ようぜ。あー、寒くて凍えそうだ」
「・・・だから、寒いなら何ですぐ服を脱ぐのよっ。着ればいいでしょっ」
「暖めてくれよ」
「雪山じゃあるまいし!ちょっ・・・だから何であたしまでっ・・・」
「しょうがねえだろ、人肌が一番暖まるんだから」
「もーっ!」
俺はあかねの服も、俺と同じようにポイポイと床へと投げて、しっかりと抱きついて目を閉じた。
?
?
?
・・・ったく、あのクソ親父。
せっかく人が、いいところを見つけて礼を言ってやったのに。「気持ち悪い」とは何事だ。
だめだ、俺はやっぱり優しくなんてなれねえ!
優しくしよう、なんて気持ちを一瞬でももった俺がバカだった。
でも・・・あの時言った御礼の気持ちだけは、悔しいけれど撤回はできねえ。
いいか、親父。
一回御礼を言ったから、もう二度とこのことでお礼はいわねえからな。
だから、
だから・・・今後二度と聞けねえ予定のその言葉、忘れんじゃねえぞ!