「ねーあかね。知ってる?鼻ってね、小さい頃から引っ張ってると、ホントに大人になった時に高くなるんですって」
…ある日の夕食後。
何かの雑誌を見ていたなびきお姉ちゃんが、あたしに向ってそんな事を言った。
「へー。小さい頃からやってないとダメなのかなあ。今からじゃ遅い?」
あたしがそんななびきお姉ちゃんの言葉を受けて、一生懸命鼻を指でつまんで引っ張ってみると、
「やめときなさいって。福笑いみたいな顔になってるわよ」
「ひ、ひどいッ」
「鼻もそうだけど、胸とかも刺激を与えると大きくなるって言うわよね。ま、努力をすればもしかしたら今からでも遅くないんじゃないの?鼻も、胸も」
「む、胸のことは余計よッ」
「はいはい」
なびきお姉ちゃんはそう言って、カラカラと笑っていた。
あたしはそんなお姉ちゃんにくわッと目を見開いて見せたが、
(んー…でも今からでも遅くないんだったら、部屋でこっそりと鼻でも引っ張ってみようかな)
もしもこれであたしの鼻が高くなったりしたら、おねえちゃんにも自慢してやろうっと。
胸は…まあ、鼻が高くなった後にでも試してみるか。
これってば、あたしの密かな「スタイル変貌計画」よね。
でも、胸に刺激を与えるって…やっぱダンベル体操とか?そんな感じなのかしら。
「…」
あたしが一人、笑っているなびきお姉ちゃんの横で真剣に悩みこんでいると、
「…」
…それまであたしとお姉ちゃんの近くで黙ってTVを見ていた乱馬がスッ…と立ち上がって居間から出て行ってし
まった。
「やだ、乱馬いたのね。くだらないこと話してるからTVが聞こえないなーとか思ったのかしら。悪い事しちゃったわね」
何だか乱馬を追い出してしまったようなそんな錯覚を受けて、あたしがちょっと肩をすくめると、
「…二階にあがっていったけど?」
「ん?」
「だから。乱馬君、いそいそと二階に上がっていったけど?」
…そんな乱馬の後ろ姿を居間の入り口からずっと覗いていたのか、なびきお姉ちゃんが冷静に言い放った。
「…なんで?」
二階に行く、ということはイコールあたしの部屋に行くという事。
あたしが怪訝そうな顔をすると、
「さーね」
なびきお姉ちゃんは、なぜかくっくッ…と笑いながら雑誌に再び目を落とした。
「…」
あたしが不可解な顔をしつつも、その真相を確かめるべく居間から出て2階へ向おうとすると、
「あかね」
そんなあたしに、なびきお姉ちゃんが声をかけてきた。
「何よ」
あたしがお姉ちゃんの方を振り返ると、
「…ごゆっくり」
なびきお姉ちゃんはそう言って、ひらひらとあたしに手を振って見せた。
「何よそれ」
「あたしは、小一時間ばかしまだここで、本でも読んでるから」
「はあ?」
「乱馬君にそういえば分かるわよ」
「?分かった…」
あたしはなびきお姉ちゃんの言葉に首を傾げつつも自分の部屋へと向った。
そして、
「乱馬、何であんたあたしの部屋に…」
乱馬がいるだろうと思われるあたしの部屋へと、あたしが足を踏み入れると…
ガバッ…
「きゃー!?」
…あたしは部屋に入るなり、いきなり乱馬に抱きつかれた。
更に、
「俺に任せろッ」
…訳の分からない事を言いながら、あたしの身体をさっと抱き上げ軽々とベッドまで運んできた。
「何すんのよッ」
あたしがベッドの上で後ずさりをしながらも乱馬の頭を殴ると、
「鼻は、刺激を与えると高くなるかもしれないんだろ?」
乱馬はじりじりとあたしににじり寄りながら、いきなりそんな事を言い出した。
「そ、そうよ。毎日子供の頃から引っ張ってると、大人になったとき高くなるかもしれないんですって」
あたしは、ジリジリと後ずさりをしながら乱馬にちゃんと答える。
「胸も、刺激を与えると大きくなるんだろ?」
「そ、そうみたいだけど」
「…」
乱馬は、あたしの答えを聞いて、何故か自分の手の指の骨をぽきぽきと鳴らし始めた。
「な、何よッ殴る気…!?」
あたしがそんな乱馬をじろっと睨みつけると、
「鼻は…」
「え?」
「鼻は、お前が自分でひっぱれ。俺はそんなに気にするほどの事でもないと思うけど、気になるんだったら引っ張って
高くしろよ」
「はあ」
「でも、胸はッ」
「ん?」
「胸のことなら任せろッ。俺が責任を持ってッ…」
乱馬はそんな事を言いながらいきなりあたしに抱きついてきたかと思いきや、
いきなりあたしの左胸に向って手を伸ばしてきた。
「きゃー!いやー!」
ガスッ…
…いきなり何をする、とばかりにあたしがそんな乱馬を拳で殴り倒すと、
「何だよッ俺がせっかく、胸に刺激を与えてやろうと思ったのにッ」
乱馬はよろよろと起き上がりながらも更にあたしに手を伸ばしてくるので、
「何が刺激よッ人の胸を触ろうとしてるだけじゃないッこの変態ッ」
グキッ…
…更にあたしは、そんな乱馬の手を曲がるはずのない方向へと曲げてやった。
「いててッ…何すンだよ!せっかくの俺の優しさをッ」
「何が優しさよッスケベなだけじゃないッ」
「何怒ってんだよ」
「怒るに決まってるでしょッ」
「あ、もしかしてあれか?左胸じゃなくて右の方が良かったか?でも俺利き腕が右手だから…」
「ひ、人の話をきかんか貴様ーッ」
あたしが乱馬を何度殴り倒そうにも、乱馬は懲りずにあたしをジリジリと追い詰めて、とうとう壁際へと追いやってしまった。
「あ…あの…自分でやります。自分であとでちゃんとやるから、ね?お、落ち着いて…」
あたしがそんな乱馬に必死で説得しようにも、
「遠慮するなッ」
乱馬は、妙に深刻な顔でそんなあたしにぐっと顔を近付け、そして再びあたしに向って手を伸ばしてくる。
「ら、乱馬ッ」
「なんだッ」
「なびきおねえちゃんも、きっと直ぐに隣の部屋に戻ってきちゃうしっだからッ…」
あたしが自分の身体を守るように身をよじりながらそう叫ぶも、
「なびきはどれくらいで戻ってくるって?」
乱馬は、そんなあたしの身体にしっかりと抱きつきながらあたしに尋ねる。
「えッ?!あ、い、一時間だって。乱馬に伝えれば分かるって…あ!」
しまった!とあたしが慌てて口をつぐむも、
「一時間か。とりあえず充分だッ」
乱馬はそんな事を言いながらそのままあたしの身体を押し倒してしまった。
こうして、この日から。
「あかねに協力してやるよ」
とばかりに妙に笑顔、そして妙に嬉しそうな乱馬があたしの部屋に忍び込んできては、あたしの「スタイル変貌計画」に全身全力で協力してくれることになった。
…壁に耳あり、障子に目あり。
居間には時折、狼少年。
乱馬の近くでする会話は、充分気をつけないと、いけないみたい。