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気合いの問題
ある日の夜のこと。
お風呂に入るために下の階へと部屋から降りてきたあたしがふと居間を覗くと、
「うちはねえな、こういうの」
「そうねえ。よかったじゃないの乱馬君」
…いつもはテレビのチャンネル争いをしていがみ合っている乱馬となびきお姉ちゃんが、珍しく穏かに話をしながらそこに座っていた。
二人の背後では、若いカップルの結婚式ドキュメンタリー番組が流れていた。
ちょうど場面は、「新婦の挨拶」に差し掛かっている。
苦労しながら嫁ぎ行く娘の感動的な挨拶に、新婦の父親は号泣だ。
画面には「父は今でも娘を嫁がせるのに抵抗が…」みたいなテロップが出ている。
父親にしてみれば、可愛い娘が自分の元から離れていくのがどうしても耐えられない状況なのだろう。
手塩をかけて育てた娘が、どこぞの男の手にかかって、ねえ。
「…」
ああ、あたしが狼少年の毒牙にかかる実体をお父さんが把握したら、「予想以上だ」って倒れるわね、きっと。
あたしはふと、そんなことを思う。
そうでなくても、うちは三姉妹。
お母さんを早くに亡くして、お父さんが一生懸命あたし達姉妹を育ててくれた。
だから、例え笑顔でお嫁に出してくれはしても、きっと、このテレビの中の父親みたいに泣いたりするんだろうなあ。お父さん、ただでさえ涙もろいし。
…
「…」
あたしはそんなことを思いながら、ガラリと居間の扉を開く。
「あら、あかね」
「二人とも、何してるの?」
「テレビを見ていたんだけどねー…」
なびきお姉ちゃんが、姿を表したあたしをチラッと一瞥した。
「花嫁の父親について話していたんだけど」
「へー」
「乱馬君には無縁な話だった、って結論が出たところよ」
そして、そう言って何故かあたしの肩をぽん、と叩き、何度も頷いている。
「何よ、その頷きは」
あたしがそんなお姉ちゃんを怪訝そうな表情で見ると、
「あかねが心配なのは、息子のお嫁さんが素直な人かどうかって所ね」
お姉ちゃんはそんなことを言いながら、居間から出て行ってしまった。
「?」
一体、何のことだろう。それに、どうして乱馬には無縁なの?
「ねえ、どういうことなの?」
二人の話の内容が読めないあたしが、乱馬に尋ねると、
「どういうことも何も、そのままじゃねえか」
乱馬は、さらりとあたしにそう答える。
「どうして、乱馬は花嫁の父親が無縁なのよ」
女の子の父親になったら、必然的にそうなるのよ…あたしが首をかしげると、
「だってうちは、女の子が生まれるなんて多分ないから」
乱馬は、ちょっと意外な答えをあたしに返してきた。
女の子が生まれないって、どういうことだろう。
それは、あれかしら?
ずーっと昔に「格闘ディナー」なる勝負に最初負けたときの約束で、「生まれた娘を嫁に貰う」なんてふざけたものが心のどこかに引っ掛かっているから、女の子は欲しくないってことかしら?
あたしとしては、やっぱり同性の子どもも欲しいな、なんて思いはあるんだけどな…
「女の子、やなの?」
あたしが乱馬にそう尋ねると、
「やじゃないよ」
「じゃあなんでよ」
「何でって言われてもなあ・・・」
「何よ」
「物理的に無理なんだよなあ」
乱馬はそう言って、ふう、とため息をついた。
…物理的に無理って、何だろう。
「どういうことなの?」
何だかさっぱり意味が分からない。あたしはため息をついている割りには何だか偉そうにふんぞり返っている乱馬に、再び尋ねた。
すると、
「どういうことって…だって、昔から良く言うだろ?」
乱馬は「お前、分ってねえなあ…」とか何とか言いながら、あたしの肩をポンポンと叩いた。
そして、さも当たり前、さも常識かの様に…とんでもない事を口にした。
「昔から良く言うじゃねえか」
「何を?」
「子どもを作る時、気合が入っていれば男」
「…は?」
「普通なら、女って。うちの場合は、俺がいつでも全身全霊を込めてるわけだから、女が生まれるはずがねえ」
乱馬はそう言って、ふっ…と笑った。
「…あんた、そんなに気合を込めてるわけ?」
若干頭痛を覚えつつ、あたしが乱馬にボソッと尋ねると、
「当たり前だろ」
「あ、そう…」
「嬉しいくせに」
「う、嬉しくないわよっ」
ボコっ…とあたしは乱馬の頭を拳で殴ってやった。
「いてー…でも、一理あるだろ?」
「し、知らないわよそんなのっ」
「だから、俺はどうしても花嫁の父親にはなれないって訳だ」
「…じゃあ、あたしがもし女の子を産んだら、それはあたしが浮気をして出来た子ってこと?」
「いや、それは恐らく…」
乱馬は殴られた頭をさすりながらそう言って、あたしにグッと顔を近づけた。
そして、
「俺が寝ているときに、お前が俺を襲ったんだな、きっと」
「…は?」
「俺が寝ているがゆえに、俺の気合が伝わりきらなかった時の子どもな、うん」
「…気合が伝わらないのに、子ども、出来るんだ?」
「ほら、身体は正直だから」
あかねに襲われてるなんて、きっと本能的になあ…乱馬はそんなことを言いながら、何だか嬉しそうな顔で笑っている。
「…」
全く、なんて男なの。
だいたい、何であたしが襲わなくちゃいけないのっ…全く。
「あ、何かそれを考えると俺、どっちでもいいなあ」
「…この、スケベっ」
ゴスっ
あたしは嬉しそうな乱馬の頭をもう一度拳で殴り床にその身体を沈めると、
「ぜーったいに、あんたの子どもなんて産むもんですかっ」
そう叫んで自分の部屋に戻るべく居間を出るも、
「…」
…でも、ホントに男の子しか生まれなかったらどうしよう。
花嫁の父、母の思いはしなくて済みそうだけど、でも、なあ。
「…」
そしたら、ホントにあたしが襲うしか…は!?
「あ、あたしは一体何を考えてるのよっ」
危うく、乱馬と同じレベルになりそうな自分に危機感を覚えつつ、あたしは深々と大きなため息をついたのだった。
そんなあたしは、
「…ばかねえ、あの子も。子どもの産み分けなんて出来るわけ無いってのに。気合一つで子どもの性別が決まるくらいだったら、世の中大変な事になってるわよ」
というより、二人して完全にもう結婚して子どもを作るつもりでいる考えを疑わずに持っているだなんて、幸せな関係だわねえ。
「羨ましい事ね」
…実はあたし達のそんな会話をこっそりと盗み聞きしていたなびきお姉ちゃんが、そんなことを言いながら笑っていた事など、勿論知る由も無い。
