「えー?俺が計画すんの?」
「たまには良いじゃない」
「んー…まあ、たまにはなあ…」
…今度の連休に、ちまちまと貯金しあったお金で二泊三日の旅行に行く事にした、あたし達。
名目上は、「友達と一緒に出かけてくる」ってことになっている。
でも実際は、一緒に行くのは最寄駅まで。
その先は、友達カップルはまた別の場所へ、と分かれて行動する事になっていた。
別に、あたしと乱馬は親に隠れて旅行に行かなくてはいけないような間柄ではない。
いやむしろ、
「旅行!?いいじゃないか!乱馬君、あかねを頼むよ!」
…と、おおよそ嫁入り前の娘を持つ父親とは思えないような発言をする親を持つあたしなのだから、
大手を振って旅行に行っても構わないわけで。
それでも家族に内緒、としたいのは、ほんの少しの親孝行とまだ恥じらいのある乙女心のせいなのか…。
…
そんなあたし達、いつもデートに行く時は大抵あたしがプランを練って、それに乱馬が文句を言わずについてくるような感じだ。
だから、こんな風に旅行に行く事になった今回くらいは、乱馬に計画を立ててもらいたいなと、あたしは考えた。
だって、
「いつも、あたしの行きたい所ばっかりだし・・・」
「いいじゃねえか、それで」
「そうじゃなくてっ…二人で旅行に行くんだし、それに乱馬だって行きたい所はあるでしょ?
あたしの希望ばかりじゃなくて、乱馬の行きたい所に、たまにはあたしを連れて行ってよ。乱馬のやりたい事をあたしも一緒に、やらせてよ」
「うーん…」
あたしのそんな主張に、乱馬は何だか納得したようなしないような返事をしつつも、
「じゃあ、ちょっと計画立ててみるから」
「うんっ…」
「しょうがねえなあ」
乱馬はあたしからしぶしぶと旅行ガイドを受け取り、旅行のプランニングを始めたようだった。
…あたしばっかりの希望を聞くことだけが、「良い」デートとは思えない。
旅行もそれは一緒。お互いが言いたい事を言って、行きたい所を主張して話し合って決める。
その方がずっと楽しい。
だから今回は、乱馬の意見を聞いてみたい。乱馬の行きたい所に、あたしを連れてってくれるような旅、乱馬がやりたい事をあたしにもさせてくれる旅でも面白いかな…あたしはそう考えていた。
その日の、夜。
あたしが何気なく自分の部屋から下の階へと降りていくと、夜中だというのに、ボウっ…と居間に電気がついているのが見えた。
時計を見ると、深夜零時だ。こんな時間に起きているのは、深夜番組が大好きななびきお姉ちゃんくらいなのか…あたしがそんなことを思いながら居間をこっそりと覗くと、
「ふっ…あはははっ…」
夜中だというのに、スナック菓子を食べながらテレビに夢中な、悔しくらいダイエットとは無縁のなびきお姉ちゃんと、
「うー…」
…なんと、テーブルに旅行ガイドを広げ、紙と鉛筆に何やら色々と書き込んでは訂正して…を繰り返している乱馬が、いた。
どうやら、あたしが指示した事を必死で遂行しようと、夜も遅いのに頑張っているようだ。
「…」
乱馬の姿を見たあたしは、嬉しい反面何だか少し、胸が痛んだ。
乱馬は、はっきり言って頭脳派ではない。
勉強とか考える事とか、何かを考えながら組み立てていくってこと、苦手なタイプだ。
そんな乱馬に、旅行のプランを立てさせるなんて、可哀想だったかなあ…?
こんな夜中に頭を抱えながら頑張っている乱馬の姿を見ると、「もういいよ」とすぐに言ってあげたくなるけれど、
でも、こんなに頑張っているんだからもしかしたらいいプランも浮かぶのかなあ…なんて図々しくも思ってみたり。
とりあえずあたしは、居間には入らず部屋の外に身を潜めて中の様子を伺うことにした。
…
「ねえ、さっきから何をそんなに唸ってんのよ」
…テレビがCMに入ると、自分の後ろで唸っている乱馬がうっとおしいのか、なびきお姉ちゃんがそんなことを言いながら乱馬を振り返った。
「しょうがねえだろ」
実は…と、お姉ちゃんに乱馬が事情を説明していた。
するとお姉ちゃんは、
「ばかねえ。無理やり『旅行プラン』を初めから立てようとするから、上手く行かないのよ」
「どういうことだよ」
「あんたがやりたい事とか、行きたいトコとかをまず紙に書き出してみて、そこから無理そうなところを削っていけば良いのよ」
「あ、そっか」
「あかねだって、あんたに完璧な旅行プランなんて立ててもらうつもり無いんだから。ただ、あの子はあんたが行きたい所につれてって欲しくて、あんたのやりたい事を一緒にやりたいだけなのよ。そう言ってたんでしょ?」
…と、あたしが考えているのと同じ事を、さらりと乱馬に告げてくれた。
さすがは持つべきものは、姉。且つ的を得た答えだ。
「そうか、俺が行きたい所とかやりたい事を書き出せば良いのか」
「そうよ。あんたがしたいこと、行きたいトコを単純に書き出せば良いのよ」
「よし!」
これにはさすがの乱馬も、納得したようだった。
そのせいか、先ほどまで唸っていたのとは嘘のように、すらすらと何やら、ガイドを見ながら紙に書き出している。
「…」
…ふふ、これなら乱馬に任せても大丈夫かな?
あたしはお姉ちゃんに心の中で感謝をしながら、何やら紙に書いてはあれこれと考えている乱馬の姿を見て、微笑んだ。
その内、
「あー、喉乾いたなあ」
乱馬がそんなことを言いながら、居間から台所へと出て行った。
あたしはその隙を見て居間へと入り込み、
「どれどれ」
乱馬がそれまで何やら書き込んでいた紙と、所々折り目がついているガイドブックへと手を伸ばした。
勿論それは、どんな計画を立てたのか、覗いてみる為だ。
…が。
「…ん?何これ」
乱馬が書き込んでいた紙に目を落としたあたしは、思わず眉間皺を寄せる。
『家族風呂』
『貸切』
『静かなコテージ』
…
紙には、そんな言葉が所狭しと書かれていた。
そして側に置いてあったガイドは、
『ダブルプラン』
『カップルプラン』
『貸切家族風呂プラン(ダブルベッド使用)』
…何故か「ダブルベッド」を利用するプランの所ばかりに折り目がついていた。
しかもご丁寧に、気になったダブルベッドの写真…随分と頑丈にできているっぽく映っている写真のプランには、鉛筆で何重にも丸で印がついていた。
「…」
…何、この丸。
ていうか、「静かなコテージ」の中の「貸切風呂」のある「ダブルベッド」の部屋で、この男は一体何をするつもりなの!?
「…」
あたしが更に眉間に皺を寄せながらそのガイドをじっと見つめていると、
「あらあ。乱馬君は、行きたい所を書き出す前に『やりたい事』をまず書き出したみたいねえ」
くっくっくっ…と小さく笑いながら、なびきお姉ちゃんがあたしの方を振り向いた。
「…」
…なによ、その「やりたいこと」って。
あたしが眉間に皺を寄せたままお姉ちゃんを睨むと、
「ほら、乱馬君は動物と一緒でしょ?」
「動物って…」
「行きたい所、やりたい事を書き出せー、って言ったら素直にそれを書いたって訳よ。
行きたい所よりも、あかねと一緒に何をやりたいかってことが真っ先に浮かぶなんて、乱馬君らしいじゃない?」
お姉ちゃんはそう言って、所々折り目がついているガイドブックを指差し、
「ほら、みてあかね。このダブルベッド、普通のダブルベッドよりも広めになってるんだって。
転がっても大丈夫じゃないの」
「お姉ちゃんっ」
「あら、この丸印ついたベッド。随分と頑丈そうねえ…きっと暴れても大丈夫よ?」
「暴れるって何よっ」
「あらあ、この家族風呂、鍵が二重なんですって。良かったわねえ、邪魔が入って残念、ってことはなさそうよ?」
「ちょっと、お姉ちゃんっ」
あたしがバン、と机を叩くと、
「…ま。乱馬君も一生懸命計画を立てたんだし。だいたい、あんたが『乱馬君のやりたい事を一緒にやりたい』って言い出したんでしょ?従ってあげなさいよ」
やりなれない事って、やるもんじゃないわね…なんて。お姉ちゃんはそんなことを言いながら、さっさとテレビを消して居間から出て行ってしまった。
一人残されたあたしは、思わずがっくりと肩を落とす。
「…」
…ああ、あたしはなんて事を提案してしまったのかしら。
言われてみれば、相手は「あの」乱馬なんだもの。
行きたい所を考え出すよりも、「やりたい事」を考えようとするくらい、ちょっと考えれば分る事だった…!
「…」
はあ…と大きなため息をあたしがついた所で、
「あれ?お前まだ起きてたのか?」
台所で喉を潤した乱馬が、そんなことを言いながら笑顔で戻ってきた。
「…これ、考えたの?」
どっ…と妙な疲れを背中に感じつつ、あたしが机の上に置かれたガイドや紙を指差すと、
「おうっ。明日までにもっと完璧なアイデアを出して、教えてやるからなっ」
乱馬はそんなあたしの疲れを全く感じないかのような晴れやかな笑顔でそう言うと、
「さー、あとはどんな事をやろうかなー…」
…行きたい場所、は一体どこへ行ったのか。
乱馬はそんなことを言いながら、再びガイドと紙を眺めながらニコニコとページを捲ったりメモを取ったりしていた。
「あああああ…」
どこかでこの狼少年の暴走を止めなければ、きっと今度の旅行はとんでもないプランになるに違いない。
身に迫る危険を全身に感じているあたしは、何とかして乱馬の考えを方向修正しようと横からアドバイスを入れようとするも、
「任しとけって!俺が完璧なプランを立ててやろう!」
「か、完璧?」
「楽しみにして、先に寝ろ。な?俺もこれもう少し考えたら、すぐに部屋に行くからさー」
「…」
ちゃっかりと人の部屋で寝る予約を入れつつ、乱馬はそんなことを言ってニッコリと笑っていた。
「…」
その、屈託の無い、きっと悪意の無い笑顔に何も意見する事のできない自分が、何だかあたしは恨めしい。
…旅行のプラン、今後は何を言われてもあたしが絶対、中心になって立てることにしよう。
乱馬に追い出されるように一人、居間を出て部屋に向かったあたしは、心の中でそう誓ったのだった。