サイトマップwebclap!RSS

CONTENTS

SEARCH

キーワードやタイトルでサイト内小説を検索したい場合はこちらからどうぞ。使い方が分からない場合は、上記の「How to use Search」をご覧下さい。

→Novel目次へ戻る

Coeur d'envie!

 

「じゃあね、Pちゃん。行ってくるから」

日曜日だというのに、朝から友達とテニスの約束をしていたあかねが、朝もまだ五時半だというのに既に支度を終えて玄関にいた。
約束をしているのは、あかねと、その親友達。
だから、一緒に行かない俺は玄関までのお見送りだ。
最も、朝も早いし最近は物騒だし、みんなの待ち合わせ場所まで送っていこうかと提案したら、
「やめてよね、子どもじゃあるまいし」
と却下されたってのもあるんだけど。
「…」
全く、男の優しさに気がつかない鈍感な奴め。俺はそんなことをブツブツとぼやいている。
それに加え、今日は珍しく良牙の野郎が天道家に来ていた。
もちろん、豚の姿で、だ。
武士の情けで、正体こそはあかねにばらしはしていないが、
「わー!お帰りPちゃん!」
「ブキー!」
…いきなりやって来た良牙は、いとも簡単にあかねの胸の中というベストポジションを俺から奪い取り、まるで当たり前かのようにちゃっかりと、あかねのベッドで眠っていた。そう、もちろんしっかりと胸の中に抱かれて。
俺だってあんな風に胸へ顔が埋もれる程、強く抱きしめられたことはないというのに、だ。
これが良牙ではなくただの豚だったら、迷い泣く切り刻んでランチメニューの一角にしてやるところだ。
だからといってあかねに正体をばらす訳にもいかず、
「…」
命拾いしやがって。俺はあかねに聞こえないようにぼやいた。
「Pちゃん、あたしが帰ってくるまでお利口さんにして待っててね」
…そんな俺とは対照的に。
あかねは俺の複雑且つ切ない心情も知らず、俺がバンダナの部分をクイッと持ち上げて運んできた良牙に、笑顔で話しかけていた。
「けっ」
俺にしてみれば、もうその姿だけでも気に食わない。
大人気ないとは分かっていても、それでも俺はわざと舌を鳴らしてみたりする。するとあかねはそんな俺に対し、
「乱馬、ぜーったいにPちゃんをいじめないでよね」
と、険しい顔をした。
何故俺が不機嫌なのかとか、舌打ちしているのかとか、どう考えても考慮していない表情。言い草だ。
・・・
「・・・」
・・・何で、良牙には「行ってくるね」なんて可愛い笑顔を見せて、俺には「いじめないでよ」のあげくしかめっ面なんだ。
俺にも、可愛らしく微笑みながら「行ってきます」くらい言えねえのかよ?いや、むしろ言うべきじゃないのか?
「…」
俺がそんなことを思いながら黙り込んでいると、
「あ、そろそろ行かなきゃ」
それまで笑顔で良牙の頭を撫でたり構っていたあかねが、不意にそう言って、自分の足元に置いていたテニスの道具を持ち上げた。
そして、
「行ってくるね」
改めて、やんわりとした可愛らしい笑顔で、良牙の頬を撫でた。
そのおかげで良牙の顔は、端から見ていて憎らしい位、デレっと緩んでいる。
「・・・」
・・・くそ、この豚め!
俺は緩んでいる良牙の顔を、今にも噛み付かんばかりの顔で睨んだ。
それと同時に、
「…」
…俺にも、それ、してくれねえかな。
デレっとして幸せそうな良牙の顔を睨みつつ、俺は期待の念をあかねへと送った。
そう、こういった類のテレパシーは、愛し合う二人の間には不可欠。きっと通じ合うに決まっているのだ!
俺は、そわそわしながらあかねの次のアクションを待った。
が、

「じゃ」


・・・良牙から手を離したあかねは、笑顔どころか妙にそっけなく、そしてさっぱりと一言俺にそう言うと、そのまま玄関を出て行ってしまった。
俺のテレパシーは、テレパシーの「テ」の字も伝わってないようだ。
このままじゃ、「愛し合う二人の」なんて考えていた俺を救う手立てがまるでない。
「お、おいっ」
・・・なんだこの、良牙との違いは!?
何であいつには笑顔で、あまつさえ頬まで撫でたというのに、俺には「じゃ」の一言なんだよっ。
声にならない憤りが、俺の全身を伝っていく。
あまりの対応の差にわなわなと震える俺に、そんな俺をいかにも見下しているかのようににんまりとしている、良牙。
やがて全身に伝わった憤りは、俺の内面だけでは到底消化できる物ではなく、
「・・・えーい、この豚!あかねが帰ってくるまでに、切り刻んで豚料理フルコースにしてやる!」
「ブキー!」
…腹立たしいのと空しいのと、豚に負けたのとで複雑な気分の俺は、
その複雑で腹立たしいその気持ちを良牙にぶつけながら、豚の頭をゴスっと殴りつけてやった。
すると、
「乱馬ー!いじめないでって、さっき言ったばかりでしょ!」
ゴスっ・・・
何か予感がしたのか、何なのか。
出て行ったはずのあかねが、再び玄関の中に戻ってきたかと思うと、手に持っていたラケットを俺の頭に向かって振り下ろした。
鈍い音が、早朝静かな家の中に木霊する。
「い、痛えっ・・・」
容赦ないその攻撃に、俺が頭をさすりながら顔をしかめていると、
「言った側から、何でまたすぐいじめるの!」
あかねが、顔をしかめている俺に向かって険しい表情で叫んだ。
「うるせえっ」
無論、「ちょっと豚に嫉妬を・・・」とは言えない。
反抗はしたいが口には出せないその複雑な思いを胸に、俺がそっぽを向くと、
「…全く。何でいつもいつも、Pちゃんをいじめるの?」
「いいだろ、何でだって!」
「Pちゃん、こんなに甘えんぼさんで、素直で可愛いのに・・・」
あかねはそう言って、やけに媚を売り「ブー・・・」とか細い声で鳴いている良牙を俺から引ったくり、自分の胸に抱いた。
良牙の奴はそれをいいことに、 あかねの、嬉しい事に最近少しずつ大きくなり始めた柔らかい胸に、顔を思い切り埋めた。
しかも、心なしか俺の方をちらりと見て、不敵な笑みを浮かべたような何と言うか。
・・・
確信犯。そうだ、コイツは確信犯か!
「くっ・・・この豚ー!骨の髄まで食い尽くしてやるー!」
「ブキー!」
「もー、やめなさいってば!」
あかねから強引に良牙を奪い返そうとする俺と、あかねにしがみつく良牙と、俺を宥めようとするあかね。
端から見えればそう見えても、俺にしてみれば俺と、あかねと良牙の小競り合い。
俺にしてみれば、この戦いは絶対に負けられないものだ。
でも、もちろんそんなのは俺の視点だけであったの話。結局そんなトライアングルは、
「乱馬!」
ゴスっ・・・
・・・あかねの、俺に対しての鉄拳制裁で幕を閉じるわけだ。
「痛えっ・・・」
俺が再び殴られた部分を押さえて顔をしかめると、あかねは胸に抱いた良牙を更にぎゅっと強く、自分の胸に押し付けるように抱いた。
胸の膨らみに、すっぽりと良牙の顔が埋まった。心なしか黒い豚が赤く見えるのが更に憎らしい。
「あー!」
よ、よりによってそんなにまで強く!?
「くっ…お、俺だってそんなにはっ」
・・・と、俺がワナワナ震えながら叫び声をあげると、
あかねは小さなため息をつきながらそのまま良牙の頭を抑え、胸の中で良牙の体を固定してしまった。
でもそれはまるで、良牙に「このまま動かないでね」と目隠しをするかのようだった。
良牙の好待遇な現状と、何故目隠しをする?の異なる状況に俺が首をかしげると、
「ねえ、乱馬」
「な、なんだよ」
「・・・お願いだから、Pちゃんと仲良くしてね?」
首をかしげている俺に、あかねは改まった表情でボソッとそう呟いた。
そして、そういったまま俺にぐっと、顔を近づけた。
「へっ?」
不意に、目の前に近づく愛らしい顔。
「え、な、何…?」
俺が小さくそんな声を漏らすと、
「・・・」
あかねは、俺に向かって少しだけ唇を突き出すようなそぶりを見せた。
そして、目を閉じる。
「・・・っ」
突然訪れたこの状況に、俺は一瞬で頭に血が上ってしまった。
…も、もしかしてこれは、「キスをしてもいい」って事なのか?
あ、そうか。あかねの奴、俺に言う事を聞かせるには、こうする以外に他は無いって思ったのかよ?
けっ。そんな安楽的な。こんだけ馬鹿にされて腹を立てた俺が、たったそれしきの事でこの機嫌を直すとでも…
「…」
俺は一瞬そう考えるも、こういう時に頭と心が連動していないというのが、男の悲しい性というか惚れた弱みというか。
「誤魔化されない」という強い意志は、一瞬にして「据え膳喰わぬは男の恥」いやむしろ「据えて無くても喰おうかな」というものに変換された。
俺は、全く躊躇することなくその唇に自分の唇を あかねに唇を重ねる。
「・・・」
…先ほどまでの大騒ぎとは打って変わったような静かな空間で、キスを交わす、俺たち。
その最中、あかねの胸の鼓動が強くなったが為に俺達のその行為に気がついた良牙が、あかねの目隠しをとって胸の中から動こうとしたが、
「Pちゃん、ちょっと動かないでね」
あかねはそう言うかのごとく、俺と唇を重ねながら良牙の頭をぽんぽん、と叩き動かないように固定した。
・・・一度きゅっと強く押し付けて、少し唇を離す。
押し付けた唇の肉厚と感触が忘れられず、再びその唇を塞ぐ。
押し付けた唇の間から聞こえる、小さな吐息を全て奪い去るかのごとく、俺は吸い付くように何度も何度も、その唇を塞いでしまう。
「・・・もう、行かなくちゃ」
「・・・もうちょっと」
「ん・・・」
・・・さっきは、「じゃ」なんてそっけなく出て行こうとしたあかねも、いつの間にか夢中になってそんな行為に没頭する。
いつの間にかあかねは、胸に抱いていた良牙を手放し俺の体に腕を回していた。
あかねから離したのか、それともこんな俺たちに耐え切れなくなって逃げ出したのか。どちらにせよ、堪らなくなったのは今度は良牙のほうだ。
いつの間にか良牙は「ぶきっ」と小さく嘶いてどこかへ行ってしまった。
「・・・」
・・・キスなんて、毎日何だかんだいって交わしている。
昨日だって、良牙があかねのベッドに潜り込む前に何度も、誰にも見られないところでしたはずだった。
それなのに、何と言うか。
…何度しても、したくなる。
目の前で、例え豚でも他の男に笑顔を見せたり俺にそっけない態度をとられると、何だか良くわからない気持ちに掻き立てられて、いつも以上にあかねを、求めたくなる。
そうなれば、もう良牙がいようがなんだろうが関係ないというか。そう言うところは俺も、まだまだ子供というか。

「・・・」
唇の間からいつの間にか割り込ませていた熱い舌をそっと戻し、最後にもう一度吸い付くように唇を押し付けてから、俺はあかねから離れた。
「・・・」
あかねは少しぼーっとした顔で俺を恥ずかしそうに見ていたけれど、その後はさっきの良牙に見せていた笑顔よりももっともっと可愛い笑顔で、
「・・・行ってくるね」
小さな声でそういって、玄関を出て行った。
「・・・」
そんなあかねの様子に、じわじわと先ほどのキスの記憶がよみがえってきた俺は、いつの間にか耳まで真っ赤になっていた。
「・・・は、初めからこうしてりゃ良いのによ」
さっきとは一転して、照れ隠しにそんなことを呟いてみたり。
「・・・」
・・・こんなつもりじゃなかったけど、でも何かちょっと、嬉しいなあ。
俺は、不機嫌一転妙に心が満たされるのを感じていた。
今送り出してやったばかりだけど、ああ、もう早く帰ってこねえかな・・・なんて。
再び今の記憶をたどるがごとく、俺はそんなことを考えてにんまりと顔を緩ませたのだった。
もちろんそんな俺は、
「ブキー・・・」
…俺の部屋の布団の上で、今にも頭から湯気を出しそうなほど殺気立ち闘志むき出しの良牙が待ち構えていて、
この後、半日近く鬼ごっこをした挙げ句、
「貴様ー!ふしだらな欲望丸出しであかねさんを汚しやがってー!」
「うるせえ!テメエの方がよっぽどふしだらで性質が悪いじゃねえか!」
人間に戻った良牙とそんなことを言い合いながら喧嘩をすることになるなど、この時点では全く予想はしていなかったのだけど。

…どちらにせよ、男の嫉妬は、どうにもこうにも見苦しい。

ページトップヘtopへ戻る