「ねーえ、知ってる?豊臣秀吉ってね、寒い雪の日に、主である信長の為に草履、懐に入れて暖めたんですってよ」
ある日の夜。
いつものように居間に居坐り、珍しくバラエティではなく歴史番組を見ていたなびきお姉ちゃんが、自分の隣でつまらなさそうにテレビを見ていた乱馬に、突然そんなことを話し掛けた。
「偉いと思わない?主の為にさ、雪の降る寒い日だし、冷たい草履じゃ足が冷えるからって考えてねえ。しかも、自主的によ?」
「ふーん」
「信長は、最初は『尻に敷いていたのか!』と誤解したみたいだったけど、草履をしまっていた胸に跡が残っていて、それを見て感心したみたいよ。主思いの、いい僕ねえ」
誰かさんとは大違い・・・なびきお姉ちゃんは、ちらりと乱馬に目をやりながらそんなことをぼやく。
乱馬は一瞬ギョッとしたような顔をしながらも、
「お、俺はお前の僕じゃねえぞっ。そ、それに俺にはそんなこと何の関係も・・・」
となびきお姉ちゃんの視線から逃れつつそんなことを呟く。
それに対しなびきお姉ちゃんは、フっ・・・と小さく鼻で笑うと、
「別に、あんたがあたしの僕だなんて言ってないでしょ。あたしだって、あんたみたいな僕はお断りよ。最も?お金を稼ぐのには便利だけど?」
「なっ・・・な、何だそれはっ」
「僕はともかく、居候なんだから居候している家の主達には常日頃感謝と優しい気持ちを持ちなさいって事よ」
ねえ?あかね。なびきお姉ちゃんは不意に、その会話をあたしへと振った。
「あ、ええ、ああ、まあ・・・」
いきなり会話を振られて驚いてしまった、あたし。
でもなびきお姉ちゃんの言う事は全てが「正しい」とは言えないけれど、一理はあると思うのよね。
別に、乱馬を「居候」だからどうこう、とは今更思わないけれど、
ちょっとは何かこう、優しさというか親切というか、少しだけでも敬意とか?感じさせてくれる事があったら、もっともっと見直すんだけどなあ?
「・・・」
あたしがそんなことをお思いながら乱馬のほうをチラリと見ると、
「あのなあ。俺だって、ちゃんとそういうことは心がけてるぞ」
あたしのその視線にカチン、と来たのか、なびきお姉ちゃんの言葉にむっとしていたのが我慢できなくなったのか。
不意に乱馬がそんなことを叫びながら、立ち上がった。
そして、
「そりゃあな、俺はその・・・豊臣信長だっけ?」
「・・・織田信長に豊臣秀吉でしょ。あんたホントに高校生?どこをどうやったらそんな風に混乱するわけよ」
「う、うるせえ!と、とにかくだな・・・」
苦手な知識面が晒けだし、乱馬は一気になびきお姉ちゃんの突っ込みによって劣勢に追いやられつつも、
「今のこの時代には、そいつらが履いていたような草履なんてみんな履かねえ。だから、俺が草履を懐にしまって温めてやるなんて事はねえ!」
「そりゃそうね。逆に、懐に靴なんしまわれて笑顔で差し出されたら、あんた今の時代じゃ捕まるわよ?ケーサツに」
「だろ?だから、その代りの事を俺は出来るようにいつも、心がけているわけだ」
「はあ・・・?」
「俺は、皆が思っているより忠誠心が厚いんだぞ」
そう、忠誠心がな・・・と最後、やけに「忠誠心」を強調しながら、乱馬は居間を出て行ってしまった。
「なーにが忠誠心よ。あいつ、忠誠心って意味分かってんのかしら」
なびきお姉ちゃんは、乱馬が出て行った方向を見ながらそんなことを言って笑っていた。
なびきお姉ちゃんにしてみれば、乱馬がああいった単語を口にするのを聞くと、小さな子が難しい言葉だけを耳で聞き知っていて、意味も分からず大人ぶって口にしているようなイメージでもあるのだろうか。
・・・ま、確かに高校生にもなって「織田信長」と「豊臣秀吉」の区別があんまりついてはいないみたいだから、一概には否定は出来ないんだけど・・・
・・・
「あの様子じゃ、乱馬君にありがたいお話とかしても、無駄って事ね」
馬の耳に念仏、暖簾に腕押し、ぬかに釘。意味の無い事の例えをずらりと口にし、なびきお姉ちゃんは再びそれまで見ていた歴史番組へと目線を戻した。
「・・・」
あたしは、そんなお姉ちゃんと別れて自分の部屋へと戻るべく居間を出た。
そして、もう一度先ほど話していた事を頭の中に思い浮かべてみる。
・・・そうねえ。
乱馬は、早乙女のおじ様に小さい頃から育てられているわけだし、実の父親の事を「クソオヤジ」とか呼んでるし、
早乙女のおば様の事はともかくとして、目上の人に対して敬意とかそういう気持ちを抱く事があるのかどうか疑問だわ。
最も、家族以外ではうちのお父さんにはそれなりに気を使っているみたいだけど・・・
「・・・」
・・・ま、スリッパを懐に入れられて笑顔で差し出すような、ストーカーチックな男にならないようしてもらえればそれいい、かな?
「・・・」
あたしはそんなことを考えながら、自分の部屋へ入ろうと部屋のドアを開けた。
と。
「温めておいたぞ」
・・・何故か、先に居間を出て行ったはずの乱馬が、そんなことを言いながらベッドの中で寝転んであたしに手を振った。しかも、妙に笑顔だった。
「・・・頼んでないんですけど」
勝手に部屋に入っていることもさることながら、「温めておいた」って、一体なんだろう。
というより、頼んでも無いのに蒲団を温められても困るんですが?・・・あたしがそんなことを思いながら部屋のドアを閉めてため息をつくと、
「頼まれてからやるようじゃ、そんなのダメだろ?」
「頼むつもりも無いんだけど・・・」
「ほら、お前はスリッパは履くけど草履ははかないだろ?うちのスリッパは比較的もこもこしているから、足は冷えないだろうし。だから、他に温められる物を探したってわけだ」
乱馬は、「おれって驚くくらい気が利くだろ?」と言わんばかりの顔で枕をぽんぽん、と叩いた。
どうやら、あたしにそこに寝るようにと促しているようだ。
「・・・」
なんであたしのベッドなのに、他人に寝る位置を誘導されなくちゃいけないんだろう?
いささか腑に落ちない部分もあるけれど、でもここで「あんたどきなさい」と言った所で、乱馬が退く分けないことも、今までの経験上あたしも一応は理解している。
「・・・あんた。僕っていうのはね?主に命令したり迷惑かけたり困らせたりしちゃいけないのよ?」
なびきお姉ちゃんも言ってたでしょう?・・・あたしはやれやれとため息をつきながら、乱馬が指示した場所へと横になると、
「残念。俺は、僕よりもご主人様タイプなんだ」
乱馬は、あたしに嬉しそうに抱きついて足を絡めながら、そんなことをぼやいた。
「何がご主人様タイプなのよ」
「だって、あかねが俺の主よりも、俺があかねの主、のほうがしっくり来るだろ?」
「どこがよっ」
「でも、安心しろ。いくら俺がお前の主でも、お前に寒い中靴を温めとけとか言わないから」
「あたりまえでしょっ」
何であたしがあんたの靴を温めなくちゃいけないのよ、と、あたしが乱馬の額を指でびしっと弾くと、
「ほら、寒い時ってのは足だけ暖めても寒いだろ?」
「は?」
「俺だったら、全身温めてもらうから。もちろん、人肌で」
乱馬は、何の躊躇もなくさらりとそう言うと、「あかねー」とか何とか言いながら、抱きついているチカラをさらに強くした。
いつの間にかあたしの背中に回されている手が、あたしの背中をゆっくりと撫でている。
そのついでに、背中の半分より上のあたりにあった「金具」を器用に外したりして。
あたしの足の間に割り込ませていた足を、乱馬はさらに奥へ奥へと攻めいれてくる。
もうこうなると、てこでもあたしから離れる気は無いだろう。
・・・
「・・・全く。とんだご主人様ね」
いつの間にか、するりと来ていたカットソーの間に手を割り込ませていた乱馬のその手を、あたしは服の上から軽くつねってやりながらボソッと呟いた。
乱馬は「いてて」と一瞬顔をしかめつつも、
「でも、僕にもたっぷりと愛を注ぐ優しいご主人様だぞ」
「あんまり愛を注ぎすぎると、手におえなくて僕も逃げるかもしれないわよ?そしたらどうするの?」
「んー・・・?そしたら、お仕置き、だな」
最後はそう言ってあたしに対してにやりと笑い、服の中で這いまわらせていた手を一気に上に上げて器用に服を脱がせた。
「・・・」
・・・全く、とんでもないご主人様だ。
「・・・あたし、戦国の世に生まれていなくて良かった」
あたしが、今度は素肌にすりすりと身体を擦り寄らせてきた乱馬の頭を軽く叩きながらそう呟くと、
「んー、でもまあ戦国時代だろうが現代だろうが、あんまり変んないんだけど」
「何それ」
「主の言う事を利かないイケナイ子は、お仕置きされるってこととか?」
乱馬はそんなことを言いながら、にっ・・・と、まるで悪巧みをしているいたずらっ子のような顔で笑いながらあたしを見た。
どうやらこの様子だと、イケナイコトをしなくても何だかんだいって、お仕置されそうな感じだ。
「・・・」
・・・あたしはやれやれ、とため息を一つつくと、
「・・・お仕置きばっかりされてると、僕も主を嫌いになるわよ」
「それはどうかなー。意外とクセになったりして」
「・・・変態」
あたしは、あたしの肌に擦り寄っている乱馬のおさげを軽く引っ張って顔を上げさせ、「べーっ」と舌を出してやった。
乱馬は、「へへ・・・」と子どものように笑うと舌を出したあたしの頬へ軽くキスをして、そのままあたしを組み敷くように身体を重ねてきた。
あたしはそんな乱馬の背中へゆっくり手を回すと、そのままそっと目を閉じる。
…何故か、居候のクセにご主人様な乱馬。
やっぱり、なびきお姉ちゃんが言っていた通り「忠誠心」って意味が分かってないんだろうな。
ていうか、イメージであたしを僕にされたらたまんないわよ。
「・・・」
思う事は色々あれど、でもそれを乱馬に言っても多分聞き流されるのが関の山だ。
「・・・」
・・・とりあえず、お仕置きされないようなイイコでいれるようには心がけておこう。
あたしは、乱馬のおかげでぬくぬくと温かい蒲団に組み敷かれて寝転びながら、そんなことを考えたのだった。