「ねえ、もうそろそろ部屋に戻ったら?」
「・・・」
「もー。何がそんなに気に入らないの?」
ある日の夜。
夕食後にあたしの部屋に訪れた乱馬は、あからさまに機嫌がよくなかった。
別に今日、表立って喧嘩をした記憶はない。
夕食の時だって、いつものごとく乱馬に夕食のおかずをごっそり奪われもした。
どちらかといえばあたしのほうがそれに対して怒ってもいいんじゃないの?って感じだ。
・・・そんな乱馬は、あたしの返事を聞くまでもなく部屋に入り込み、あたしをベッドへと腰掛けさせると、さらに有無を言わさずあたしに膝枕をさせた。
しかも、そのままぶすっとした顔で過ごすこと約、三十分。あたしは、一時間近くも不機嫌な乱馬と付きあわされている計算になる。
こちらとしては、迷惑極まりない。・・・
「ねえ、あたし何かした?」
とりあえずは乱馬の機嫌を直させないと・・・と、まるで子供をあやすように、乱馬の頭を撫でながらそう尋ねると、
「・・・」
なぜか乱馬が、これみよがしにため息をついた。
「何よ、そのため息はっ」
ため息をつきたいのは、あたしの方だ。あたしがむっと声を荒げると、
「気が付けよ!」
乱馬が、あたしに膝枕されたままで叫んだ。
気が付けもなにも、何故あたしが怒られなくてはいけないのか。
ていうか、人の膝の上で何故に逆切れ・・・?
あたしとしては、乱馬のこの様子に全く持って納得がいかない。
「気づけっていったって・・・」
あたしは、首をかしげる。
・・・乱馬はこういうけれど、あたしにしてみれば本当に、心当たりがないのだ。
「・・・」
でも、乱馬をみても相変わらず不機嫌そうに---のくせに、膝の上からはどかないのが乱馬らしいけれど---仕方がないので、今日一日の自分の行動を振り返ってみることにした。
朝。この時はいつもと変わりなかった、乱馬。
昨晩人の体力を根こそぎ奪い取ったくせに元気はつらつの乱馬は、どちらかといえばぐったりとしているあたしを引き連れて、学校へと行った。
昼。学校では、いつものように過ごす。
あたしはあたしの友達と、乱馬は乱馬の友達と。
別にそのときに妙な話をしたとかそういうわけではない。
放課後。何だか小腹が空いたので、みんなで猫飯店に行く。
そこでシャンプーがいつものとおり乱馬に抱きつくから、あたしは機嫌が悪くなる。
「・・・」
・・・この時点で、あたしは乱馬に対して何だか腹が立った。
人の体力を根こそぎ奪い取るわ、目の前で他の子に抱きつかれるわ。
あたしが怒るならともかく、怒られる筋合いなんてないじゃないの。
「・・・」
あたしはそんな事を思ったが、それを言ったら問題は一向に解決しない。
この事は後ほど怒る事にして、あたしは再び本日の行動を振り返ることにする。
・・・
店内で抱き付かれている乱馬を見ていると腹が立つし不愉快だから、あたしは店の外に出た。
と、あたしはそこで、出前帰りのムースに出くわした。
軽く労を労った所で、あたしはムースに飴をもらった。
「どうしたの?珍しい」
「うむ、実は・・・」
・・・どうやらムース、本当はシャンプーにこの飴をあげようとしたらしい。でも、
「甘いものは嫌いある」
いつものように手厳しく冷たいシャンプーは、そんなムースの申し出をさっくりと断ったらしい。
「そう・・・まあ、せっかくだし貰ってあげるわ」
あたしはありがたくその飴を貰って、ぺりぺりと紙包みを解き、口の中へとほおりこんだ。
「おらの真心を・・・ああ、シャンプー」
ムースもそんなことを言いながら、まだ隠し持っていた飴を食べようと取り出した。
でも、なんせど近眼。細かい手先の作業が苦手みたいで、あたしにとっては簡単だった「飴を紙からむき出す作業」も、ムースにとっては困難のようだ。
だからあたしは、
「ほら、しょうがないわね。口、開けて。入れてあげるわ」
親切なあたしは、その飴をぺろっと剥き出し、ムースの口へほおりこんであげた。
と。
・・・ちょうど、あたしがムースに飴を食べさせてあげたそのタイミング。
あたしが店の外から中々戻らないので、ようやくシャンプーを引き剥がした乱馬が、あたしを迎えにやってきた。
乱馬は店の外に出てあたし達の姿を見るなり、
まるでムースの目の前からひったくるかのようにあたしの手を取り、店の中に連れ戻した。
「ちょっと、痛いじゃない!」
あまりの乱暴な仕草にあたしが文句を言うも、結局その時以来、乱馬はあたしと、ろくに口を利いてくれなくなったのだ。
・・・
そうよ、この時から乱馬の機嫌が悪いんだわ・・・
「ねえ、あたしがムースに飴をもらったこと、怒ってるの?」
あんたなんて、シャンプーにしょっちゅうおごってもらってるじゃないの。
食い意地はってどうするの・・・あたしが乱馬にそう尋ねると、
「問題はその後だろっ」
「え?」
「何で、ムースに食べさせてやるんだよっ」
「何がよ」
「飴だよっ」
「だって、ムースったら飴の紙が剥けなくて、見ててイライラしちゃったんだもん」
あたしがそう説明するも、
「いいんだよ、そんなのほっとけば!」
「可哀想じゃないの。それにそんな言い方しなくたっていいでしょ?」
「庇ってんじゃねえよっ」
「庇ってないわよ」
「だから誤解されたりするんだよ!」
「誤解?」
だんだんエキサイトしていきた乱馬は、次から次へと意味のわからないことを叫ぶ。
「誤解って、何よ」
とりあえず乱馬を落ち着かせるように背中や頭を撫でながら、あたしは乱馬に詳しく話すようにと求めた。
・・・少し落ち着いた乱馬が話すには、
どうやらあたしたちが外で飴のやり取りや話をしているのを、店内のガラスウィンドーから見ていた猫飯店内にいたお客さん達が、
「まあ、仲良しカップルねえ。国際カップルかしら、若いのに」
なんて、噂をしていたらしい。
国際カップル?まさか・・・と思って外に出てみたら、入り口にいたのはあたしとムース。
しかも、あたしがムースに飴を口に入れてあげたりしたもんだから、乱馬としてみれば不愉快かつ気分が悪いらしい。
でも、
「・・・あんたなんてしょっちゅう、シャンプーにご飯食べさせてもらってばっかりじゃないの。傍から見ているあたしが、どんなに気分が悪いか、わかったでしょ?」
自分の事を棚に上げるわけじゃないけれど、あたしがそう乱馬に言うと、
「それとこれとは話が別だ!」
「別じゃないわよ」
「俺は、そりゃ・・・いつもそういうことされたりするけど、でも俺から何か仕掛けたことなんてねえ!」
「仕掛けるって・・・色仕掛けじゃあるまいし」
「あれじゃまるで、おめーがムースに気があるみたいだろ!」
乱馬は不機嫌そうに最後そう叫んで、ようやく体を起こした。
「気なんてないわよ。それに、ムースにはシャンプーって言う愛しの彼女がいるでしょ?」
こうやって付き合っているし同じ部屋で過ごしているのは、勿論乱馬が好きだから。
それを覆すような妙なヤキモチをやかれても・・・とあたしが乱馬をなだめようとも、
「シャンプーがいなかったら、好きになるのかよ!」
乱馬はさらに駄々をこねて、そんなことを叫ぶ。
「そんな訳ないでしょ。もー、いい加減機嫌直して、部屋に帰りなさいよ」
「図星かよっ・・・」
「あんた、いい加減にしないと怒るわよ?一晩ゆっくり寝て、頭冷やしてきなさい」
まるで、大人と子どもの喧嘩だ。
全く、自分が他の女の子にそうやられているのにあたしが怒った時は軽く流すのに、
なんだって逆だとこんなに聞き分けが無いのかしら。
あたしはやれやれとため息をついて、じとっとした目つきであたしを睨んでいる乱馬に話して聞かせた。
そんなあたしに対し乱馬は、
「もう寝る!」
わざわざそう叫んで宣言をして、ベッドからさっと降りた。
「そうそう、寝たら落ち着くわよきっと」
あたしはそんな乱馬を部屋のドア口まで見送ろうと、乱馬より先にドアまで歩き戸を開けて、ついて来ているはずの乱馬を振り返った。
が、
「・・・」
ベッドから立ち上がってドアに向かっているはずの乱馬は、素早く服を脱いで勝手にベッドの中に潜り込んで丸まっていた。
どうやら、「寝る」は「寝る」でも自分の部屋ではなく、あたしの部屋に寝るつもりらしい。
・・・
「ちょっと!」
あたしが慌ててドアを閉めてベッドの元まで戻り蒲団を引き剥がそうとするも、まるで壁に張り付く黒子のように、乱馬は蒲団から離れない。
「・・・忍者?」
思わずあたしがそう呟くと、乱馬は更に蒲団の中で丸まって、姿を隠してしまった。
忍者じゃなければ貝だわ。あたしは思わず、ため息をつく。
とりあえずしばらくはそのまま様子を見てみたけれど、乱馬は出てくる気配も無かった。
どうやら本気で、今晩はここにいる座るつもりらしい。
「・・・」
やれやれ、世話の焼けることだわ。あたしは心の中でもう一度ため息をついた。
そして、
「・・・機嫌直してくれなくちゃ、一緒に寝ないわよ」
ベッドの横に跪き、蒲団にまるまっている乱馬をみつめながら、頬杖をつきあたしはそう呟いた。
すると、
「・・・」
それまで閉じられていた蒲団の口が、まるで貝が口をあけたかのようにそろそろと開いて、乱馬が首を出す。
「カタツムリみたい」
あたしがようやく顔を出した乱馬にそう呟くと、
「じゃあ、約束するか?」
「何の?」
「もうあんなことしないって」
「あんなことって?飴を食べさせてあげた事?」
「それもあるけど・・・他の人に、誤解されるようなこと」
乱馬はぼそぼそと、そんなことを呟いた。
「しないわよ。じゃあ、乱馬もね」
「お、俺の場合は不可抗力で・・・」
「同じ事よ。それが守れないなら、約束はしない」
一緒にも寝ないし、今日はこのままあたし、別の部屋にいくわ。あたしが真面目な顔でそう答えると、
「する・・・約束、する」
そんなあたしに焦ったのか、乱馬がそう言って更に蒲団の入口をあけた。
人一人くらい入れそうな、スペース。どうやらそこに入れというらしい。
「・・・」
ホントに世話が焼けるコトだわ。
「もー・・・」
あたしが仕方なしにそこから蒲団に入ると、
中に入ったあたしの身ぐるみを素早く剥がした乱馬は、貝の口みたいに再び布団を少し開けると、そこからあたしの服をぽいぽいと外へ投げた。
・・・なんだか、巨大な貝に身包みを剥がされたみたいだ。呆れてばかりだったあたしは、今度はおかしくなった。
「なあ」
「何よ」
「俺にも今度、飴・・・食べさせてくれよ」
蒲団の中で二人で寄り添って眠りながら、乱馬がそんなことを呟いた。
「いいわよ」
でも、飴だけでいいの?・・・あたしが小さな声でそう続けると、
「・・・」
乱馬は一瞬驚いたような顔をしつつも、
「・・・やだ」
そう言ってにやりと笑い、呟いたあたしの身体を引き寄せた。
そうよ、乱馬。
他の人にはああやって、ガムとか飴とか食べさせてあげるかもしれないけど、
もっともっと甘くて大切なものは、ちゃんと相手は選ぶんだから。
時に狼、時に貝。
場合によっては七変化をする許婚には苦労する・・・でも、乱馬もこんな風にヤキモチ、やくんだ?
ふーん・・・へえ?
不謹慎だとは思いつつ、あたしはそんなことを思いながら一人、心の中で小さく笑っていた。