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→彼の優しさ

「でね、でね、彼ったらね…」
「うんうん…」


とある週末。
お正月休みに彼氏と初めての旅行に行ってきたという友達に、
「お土産を渡す」
…そんな名目でのろけ話を聞かされるべく呼び出されたあたしは、もうかれこれ一時間近く頷きマンに徹していた。
何度も同じ話をされるし、カフェで注文した飲み物も空。
本当は、
「そろそろ帰りたいな」
とか、
「付き合って間もない彼と旅行?ていうか、彼、手早くない?」
とか。
とりあえずうちの狼少年の事は棚に上げて、
心の中ではそう言うことを思えども、もちろんそんなことは口に出せるはずがない。
でも、
この友達がずっと片想いをして頑張っていたのも知っているし、
ようやく実ったこの恋が楽しくて仕方がないっていう、その気持ちが分からなくもない。
だから、そんな彼とものすごく気持ちが盛り上がっているのがきっと今、というのもわからなくは無いんだ。
それに。



「彼ね、すごく優しいの。あたしが薄着でうたたねしていたら、わざわざ厚手のカーディガンを着せてくれたんだよ。
 うたたねすると、寒いだろうからって」
「へー」


・・・初めは「早く帰りたいなあ」って思っていたあたしだったけれど、
その子の彼の優しさに興味をもったあたしは、いつの間にかそんな彼女の話に取り込まれていた。
「寒そうだからとわざわざ洋服を着せてくれるだなんて、まるで恋人というよりお母さんみたいね」
あたしが彼女にそう言うと、
「そうねー。でも、本当にあたしの心配をしてくれていなきゃ、そんなこと思いもつかないでしょ?」
まさに、恋は盲目。
彼女はあたしの疑問を一蹴してにこりと微笑んだ。
あたしは「そ、そうね」と相槌を打ちつつ、
「・・・」
でも、そういう優しさはちょっと…羨ましい。あたしはそんなことをちらりと考えた。
彼女の事を本当に心配していなければ、思いつかない優しさ、か。
言われてみればそう思うかも。あたしはそんなことをふと、思う。
ちょっと年よりくさい気もするけど、でも・・・何かいいなあ。
・・・
「じゃあね」
「うん、ありがとうね」
それからしばらくして、あたしはようやく、彼女から解放された。
けれど、どうしてもまだ、頭の片隅にそのことが引っ掛かっていた。
家へと帰る道々で、もう一度それを振り返ってみる。
…もしも乱馬だったら、どうなんだろう。
あたしが寒そうに寝ていたら、彼女の彼氏みたいに、上着をかけてくれたり・・・あまつさえ布団をかけてくれたりするのかしら。
「・・・」
乱馬、ああみえて意外と優しかったりもするけれど、でも、いつもそうかと言われれば、そう言うわけでもないし。
「・・・」
あたしは何だか急に、それを乱馬に試してみたくなった。
たぶん夕食後、乱馬は呼びもしないのに例の如く、あたしの部屋にやってくるはずだ。
そしていつものように、あたしの体力を根こそぎ吸い取って・・・。
「・・・」
それぐらいされてるんだもん。そんな乱馬に、少しくらい試したって、ばちは当たらないとは思うしな。
それに、乱馬があたしを心配してくれているのかな・・・とか思うと、それはそれで何だか嬉しいし。
そうよ、これは、恋人同士のコミュニケーションを図る手段だわ!
「よーし…」
理由付けはなんとか出来た。
思い立ったらすぐ行動。あたしは密やかな計画を胸に、家路を急いだのだった。




そしてその夜。
「…」
いよいよ計画を実行すべく、夕食後、この寒いのに不自然なキャミソール姿のあたしは、自分の部屋に篭り時を待った。
机に突っ伏して、うたた寝…をしているフリをする。
夕食後しばらく、あたしは居間でテレビを見ていた。
その間、乱馬は皆の目を盗んであたしの手を握ったり、擦り寄ったりしていた。
こんな風に乱馬があたしに仕掛けてくるときは、あたしに甘えたい時。
なのに、あたしはそれを知りつつ、わざと気のない素振をして自分の部屋へと引き上げてきてしまった。
そうなれば、あたしに甘えたくて仕方がない乱馬は、絶対にあたしを追って部屋へとくるはずだ。
案の定、
ヒタヒタヒタ…
あたしが部屋に戻って机に突っ伏してすぐ、廊下をひっそりと、でも妙に足早に歩く音が聞こえた。
こんな歩き方をするのは、乱馬以外にいない。
「・・・」
いよいよだわ。
あたしは大きく深呼吸をして、机に突っ伏して寝たフリをする。
直後、
「あかねー…」
控え目かつ、甘えたような猫なで声。
乱馬が予定通り、部屋に入ってきた。
あたしは机に突っ伏したままで、無反応を決め込んだ。
「あかね・・・寝ちまったのか?」
乱馬は、ぱたん、とドアを閉めてその前に堰を作ったあと、机に突っ伏しているあたしの側へと歩み寄ってきた。
あたしはそんな乱馬に答えずに、ひたすら眠っているフリをする。
眠っているあたしの側には、わざとらしくハンテンを置いておいた。
いつ乱馬が、そのハンテンを薄着のあたしにかけてくれてもいいようにだ。
「・・・ったく、こんなカッコで眠って」
乱馬はあたしのすぐ背後に立つと、机に突っ伏しているあたしの姿を見下ろしながらそう呟いていた。
そして、
「ハンテンがこんな所に・・・」
机のすぐ側、ベッドの上に無造作に置いてあるハンテンに手を伸ばした。
「・・・」
ハンテンの存在に気がついてくれた乱馬。
さあ、ここからどうするか。
気がついてくれた上にハンテンに手を伸ばしたくらいだもん。きっと、このままあたしの身体にかけてくれるのね。
あたしはそんなことを思いながら、次なる乱馬の行動を、待った。
が。

「このハンテン、邪魔だな」
何故か乱馬はそう言って、手に持ったハンテンを部屋の隅へと投げ捨てた。
そして、
「さ、このままじゃ風邪引くからなー。ベッドに寝ような」
何だか妙に嬉しそう、そしてやけにそわそわと、机に突っ伏しているあたしの身体に触れた。
あっという間にあたしの身体を抱き上げると、ハンテンをどかしたベッドへと連れて行った。
素早い手つきで蒲団を捲り上げると、
「さ、このままじゃ風邪引くからなー」
一体誰に向かって話しているのか。
そんなことを言いながら、そこに寝かせたあたしの、そのキャミソールを剥ぎ取ろうとした。
これにはさすがのあたしも飛び起きて、
「ちょっと!風邪引くっていってんのに何で服を脱がすのよ!」
慌ててらんまを引き剥がそうとするも、
「風邪引きそうなカッコで寝てるから、温めてやろうとしてんだろ!
 いいか、人肌が一番温まるんだぞ?」
乱馬はそんなことを言いながら、すばやく上着を脱いであたしの横に転がり込んだ。
そして、
「俺を待ってて、あんな格好で・・・」
「はあ!?」
「寒かったろー」
乱馬は訳の分からない事を言いながら、あたしの身体に擦り寄ってきた。
「ちょっ・・・違うってば!あたしはただ、乱馬の優しさを・・・!」
あたしが慌てて乱馬を引き剥がそうとするも、
「だから、人肌で温めてやるって。そう、お前の望むとおり!」
「望んでないー!」
一度あたしの身体を捕まえたら、てこでも離さないし離れない。
しかも、器用にどんどんと服を脱いではベッドの外へと投げ捨てる。
「さ」
「さ、じゃないでしょ!」
「身体が冷えると、よくないぞ」
すっかり服を脱捨てた乱馬は、ニコニコしながらあたしのキャミソールへと手をかける。
・・・彼氏の優しさを測るための実験じゃなかったっけ?これ。
優しい彼は、上着を羽織らせてくれるんじゃなかったっけ?
それなのになんであたし・・・逆に身ぐるみをはがされてんの?

「・・・」

一方の彼氏は、薄着の彼女に「風邪を引くぞ」と上着をかける。
一方の彼氏は、薄着の彼女に「風邪を引くぞ」と言いながら、人肌で冷えた身体を温める為に身包みをはがす。
・・・同じ「優しさ」のはずなのに、なんでこんなに、違うのかしら。
「・・・」
これは、友達呼び出して話す・・・なんて出来ないわね。
あたしは、嬉しそうにキャミソールに手をかけては脱がしにかかっている乱馬の姿を見つつ、大きなため息をついたのだった。

 

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