「もー!何が気に食わないのっ」
「…」
…乱馬が一週間の修行に行くというので、その見送りをしようとあたしが玄関で手を振ってやると、乱馬の奴、それが気に食わないのか、妙にふて腐れた表情であたしをじっと見つめていた。
他の人たちはこういう見送りには慣れっこなので、さっさと家の中に入ってしまった。
あたしだけはちゃんと乱馬が見えなくなるまで見送ろうとしているというのに、
「…」
この男は、一体何が気に食わないのだろうか?
…
「修行に行くって言うから、こうして見送りに出てるんでしょ?それの何が気に食わないの」
「…」
あたしが優しく乱馬に尋ねるも、
乱馬はそれに対して何も答えず、修行用のリュックを背負ったまま、玄関先にしゃがみこんでいる。
しかも、落ちている小石を遠くに投げたりして。
「もー…何が気に食わないのかしら。あ、もしかしてあれ?」
あたしはしばらくそんな乱馬をボーっと見ていたけれど、ふと思い立つ事があって、一度家の中へと入った。
そして、
「ほら、乱馬これでしょ?ごめんね、気が付かなくてっ」
あたしはしゃがんで石を投げていた乱馬の頭をポン、と叩くと、
「よ!さあ、いってらっしゃい!」
カチっカチっ
…まるで、時代劇宜しく。
しゃがんでいる乱馬の頭の上で、小さな石を勢い良く擦り合わせて音をたてた。
出かける時の、景気付けって奴だ。
「もー、乱馬ったら。こんなことして欲しいなんて、中々粋なのねえ」
あたしはうふふふふ、なんて乱馬に笑って見せるも、
「…」
乱馬はそれが更に気に食わないのか、
「あっちょっとちょっと!」
「…」
何故かリュックを放り出して、その場に大の字に寝転んでしまった。
「もー!玄関先で何やってんの、あんたはっ」
例え門の内側だとはいえ、これから修行に行くような人物が取る行動とは全く思えない。
あたしがやれやれ、とため息をつきながら、そんな乱馬を引き起こそうとしゃがみこみ乱馬の顔を見ると、
「…」
乱馬は、ぶすっとした表情をしてあたしの顔をじっと見つめ返した。
だけど、何故だろうか。心なしか、唇を尖らせるようにしているようにも、見える。
…
「…」
…もしかして、キスしたいのかな。
「…」
こんな風に唇を尖らせてふて腐れている理由なんて、一つだ。
ああ、それがしたくて乱馬は機嫌が悪いのか。
だからって何も、こんな風にふて腐れなくたっていいじゃないの。
「…」
あたしは、ようやく乱馬の言いたい事を理解したような気がした。
そして、どこまでも子供のような乱馬に苦笑いをしつつ、
「…いってらっしゃい」
唇を尖らしている乱馬のその唇に、ちゅ…と軽く口付けをした。
すると、
「…」
乱馬は、その瞬間を「待ってました」とばかりに嬉しそうな表情をすると、
「あっ」
「へへ…」
唇が触れた瞬間にあたしの身体に手を伸ばし、ぎゅっと自分の方へと引き寄せた。
そして長いキスをしながらゆっくりと体を起こし、ようやく離れると、
「じゃ、行ってくるからなっ。一週間後に戻るからっ」
…そういって、最後にもう一度あたしの額にキスをした後、放り出したリュックを再び背負って、旅立っていったのだった。
「…」
…あのねえ、新婚さんじゃないんだから。
全く、修行に行くのにこんな見送りをしないと素直に行かないだなんて。
乱馬の奴、一体いつからあんな我ままになったのかしら。
我ままでダダッコで、そしてちょっとエッチな乱馬に若干呆れつつも、でも、嬉しそうに出かけていったあの姿を思えば、何だかそれも愛らしく思える。
「行ってらっしゃい、気をつけて」
あたしは、乱馬の姿が見えなくなるまでずっと、ずっと門の外に出て見送っていた。