「あかね、ちょっと待ってて。親父に頼まれたタバコ、買ってくるから」
「うん」
海辺で行われた花火大会の帰り道。
ふと通りがかったコンビニで、親父からの頼まれごとを思い出した俺は、浴衣姿のあかねと一緒にコンビニの中へと入った。
そして、あかねを入口近くで待たせて、さっさと用事を済ませる。
未成年ゆえにタバコはまだ吸えないし、それに銘柄なんて良く知らない。
まるで、片言の日本語のように欲しい銘柄を店員に伝え、煙草を購入。
俺は、煙草をポケットに突っ込んで、足早にあかねの元へと戻った。
すると、
「ね、ね、乱馬」
戻ってきた俺に、それまで店内をボーっと眺めていたあかねがパッと顔を輝かせ、小さくて華奢な指を絡めながら俺の手を引っ張った。
「な、何?」
…ただでさえ浴衣姿が似合っていて、可愛くてどうしようもないというのに、そんな仕草で甘えられたりしたら、一体俺はどうしたらいいんだ?
「ど、どうしたの」
俺が下心を隠し切れずに、思わずふにゃっとした表情で、そんなあかねに擦り寄ると、
「ん…あのね」
艶やかな唇を小さく開き俺の名を呼んだあかねは、次の瞬間、信じられない事を口にした。
「…したいの」
「ええ!?」
もちろんそんなことを言われれば、
俺はドキドキするやら驚くやら、どうにもこうにもリアクションに忙しい。
「あっあっあっあかねお前っ…」
しかも、何だか言葉がどもって上手く出てこない。
そんな俺に対し、
「だめえ?」
と、トドメをさすかのように、上目遣いで俺を見つめ、擦り寄ってくる。
…こ、これは甘えている。あかねが俺に甘えている。
そう考えると、頭がくらくらした。心拍数も、現在うなぎ昇り状態だ。
「だ、だめじゃないけど…」
答えは考える間もなく、デフォルトのまま「yes」ではあるけれど、
「そ、そんな急にど、どしたの?」
俺は思わず、そんなあかねを自分の方に更に引き寄せて、今日のこの大胆さの理由を思わず聞き返してしまう。
「だって…見てたらね、急にしたくなっちゃったの…」
するとあかねはそんな言葉を呟きながら、
「…嫌?」
と更に俺に、ダメ押しをする。しゅん、としたその甘えた表情が、俺の胸にズンズンと入り込んでくる。
「っ…」
こんな風に迫られたら、さすがの俺だってたまらない。
「…っ」
確かに、あかねが言うとおりにコンビに内は混雑していて仲良しカップルもたくさんいる。
俺達がこうして手を繋いで寄り添っていたって、何の違和感もないけれど。
…
「…」
俺は、思わず顔を赤らめてしまった。
そして、真っ白になっているこの頭をどうにか落ち着かせようと、色々と考えをめぐらせる。
これは夢か?
あかねが、このあかねが、こんな外出先で急に積極的になるなんて。
しかも、甘えたりして。
ああ、俺はなんて果報者なんだ。
これに答えなかったら、俺はもう男じゃねえよ。
それに、拒む理由なんてどこを探したって見つかるわけがない。
…
「…じゃ、しようか」
俺は、顔を真っ赤にしたまま、とりあえずあかねにそう返事をした。
「ホント!?嬉しいなあっ…」
あかねは俺の返事に対し、ぱあっと顔を輝かせ、にっこりと微笑む。
「…」
そ、そんなに嬉しいのか?
俺は、あかねの大胆さに思わず、かあっと血が上る思いだ。そしてそれと同時に、ゴクっ…と喉を鳴らす。
こんなに可愛いあかねが、だ、大胆に迫ってくるのだ。
それを考えると、何だか「可愛い」あかねが「色っぽく」も見えてくる。
今身に纏っているこの浴衣だって、
緩やかに表われている体のライン…その浴衣を通り越した本当に身体のラインを、俺はもう知っているんだ。
それを、あかねが積極的に俺に…。
「…」
実際にその映像が頭にシンクロしはじめて、何だか俺の額には妙な汗がにじみ出る。
想像したら、すでに我慢が出来なくなりそうだった。
…
「…じゃ、早く家に帰ろうか」
考えただけで、何だか身体も熱くなる。
俺はいても立ってもいられず、すぐにでもあかねを家に連れ帰ろうとするけれど、
「家じゃなくて、外でしようよ」
「なっ…」
「だって…せっかく浴衣着てるんだし…ね?」
そんな俺に対し、あかねは、いやいや、と首を振ってごねた。
「…っ!」
俺は、あかねのその言葉で、先ほどまででどうにか冷静になりかけていた頭が、再び真っ白になる。
…なんて可愛いんだコイツは。
『外でしたいの』って…そんなに今日は開放的なのか、あかね。
そんなにも。
ああ、そんなにもお前が望むなら、俺はいくらでもっ…!
…
「じゃ、じゃあその…近くのあそこに行こうか?神社とか…」
極力暗がりへ。
そして、外から見えない所、人が夜にあまり入ってこない所へ。
「ど、どうかな?…」
イソイソソワソワしながら、俺があかねにそう提案すると、
「えー、神社はだめだよぅ。公園とか…あ、あたしは海がいいなあ」
あかねは、ニコニコしながらそうつ呟く。
「う、海っ…!」
公園の茂みの中ならばともかくとして、そんな、まだ花火大会のせいで人が多いひとがまだいる海を臨むとはっ…
「…」
大胆かつ、無邪気。
それなのにしようとしている事は…
「…」
俺は思わずそっと涙を拭うと、
「でもな、海はやめとこう。な?」
「え、なんで?」
「何でってお前…」
開放的なのはありがたいが、人がいたら集中して出来ないじゃないか。俺がそう答えると、
「そうか…そうだね、やるならちゃんとしたいもんね」
「ちゃ、ちゃんとって…あ、あかねお前っ…」
「この時間なら、公園の方が人もいないだろうし…そうだよね、じゃあ、公園に行こう?」
あかねは俺の申し出を素直に聞き入れると、
「じゃあ乱馬、お店の外で待ってて!あたし、必要な物を買ってくるね」
そういって、嬉しそうな顔で俺から離れた。そして、カラカラと下駄を鳴らしながら、再びレジを通り越してもっと奥の方へとかけていく。
「…」
俺は、てくてくと店の外へ出ながらも、嬉しそうに下駄を鳴らしながら歩いていったあかねの姿を想い、一人胸を熱くしていた。
…ああ、あかね。
「必要な物」ってまさか…あれか?
今日はこんな事になるなんて思わなかったから、だから外で調達…?
男の俺が買いに行くのならともかく、女のお前がか?お前、コンビニで調達したいほど今日はやる気なのか?
なんて…なんて可愛いんだお前は。
なああかね、いいんだぞ?そんなに用意することにまで気を回さなくても。俺は別に、必要では無いし…。
「…」
あかねの、あまりの積極的な行動に涙を拭いつつ、俺がコンビニの外でソワソワと待っていると、
「おまたせー」
「…ん?」
ようやく買物を終えたあかねが、ニコニコとしながらコンビニから出てきた。
が、その手には…・なぜか、ビニール袋から飛び出すほどの量の「花火」が見える。
「…なにそれ」
花火なんて、明り取りにはならねえぞ?…俺がそんなことを思いながら、思わずそうあかねに尋ねると、
「なにって…花火じゃないの。今から花火をしに公園に行くんでしょ?さ、行こう」
あかねはそういって、ぽかん、としている俺の手を取り歩き出す。
「あああああ…」
…なんだ、随分と積極的だと思っていたら、花火の事だったのかよ。
したいって、したいって言うからさ、俺はてっきり…
いや、そりゃあさ、勘違いした方が悪いとは思うけどよ。
…
「はあ…」
例え俺の勘違いとは言えど、俺はガっくりと肩を落とす。
あかねは、そんな俺の姿をじっと、見つめていたようだったが、
「な、何よその態度はーっ。花火、したくないの?」
「そ、そんなことねえよ」
花火をやりたくないわけでは無い。
でも、それでも期待した分だけ俺は、元気なくあかねの問に答える。
「もー…、なんなのよ」
「しょうがねーだろ。あーあ…」
「な、何よ、そのあーあって」
「別に」
「だって急に思い立っちゃったんだもん、しょうがないじゃない」
「わかったって」
「それに…せっかっく二人でいるんだもん。色々したいじゃない」
あかねは、がっくりと肩を落としている俺の手を握り、ぴったりと腕にくっついて歩きながらそう呟いた。
が、最後にそう言った後、
「…今のは花火のことじゃないから」
それまでよりももっと小さな声で、くっついて歩いている俺の腕に、顔をぎゅっと押し付けた。
「えっ?」
今、なんていった?
「…」
腕に伝わっている柔らかいあかねの温もりと、すぐそこに感じる、あかねの石鹸の香りと。
それらが俺の思考を混乱させるのを妙に手伝って、
「な、なんて言った?今…」
俺は、くらくらと眩暈を感じる。
「…」
あかねは、それ以上は何も言わずに、ちょっと赤い顔をしながら、俺を見つめていた。
その顔がなんとも可愛らしくて、何だかこれ以上はヤボな事を聞いてはいけないような、そんな気もする。
…
「…しょうがねーな」
俺はわざとぶっきらぼうな口調であかねにそう呟くと、
「…色々しなくちゃいけないし。とりあえずは公園に、いくか」
と、真っ赤になって俺を見つめているあかねの髪を、そっと撫でる。
「でも、まずは花火よ。花火するの」
「分かったって」
「花火、一杯するの」
「一杯な」
でもその後は、責任はもたねえからな。
俺は顔を赤くしているあかねの腰にそっと腕を回して自分のほうへと引き寄せると、小さな声でそう呟いた。
そんな俺に対し、あかねは「うん」と小さな声で返事をしたような気がした。
その声も、真っ赤になっている顔も、まだなんとも言えず、可愛らしい。
…あーあ、これじゃあ花火なんてしてる余裕、ねえかもなあ。
俺はそんなことを思いつつも、あかねとぴったり寄り添うようにして、公園へと向って行ったのだった。