…夢を見た。
久し振りの、夢だった。
夢の中の「その日」は、何故かあたしの結婚式だった。
夢の中のあたしの結婚式は、洋式だった。煉瓦造りの教会でのウェディング。
「ちゃんと歩けるか?ドレスの裾踏んで、転ぶなよ?」
「こ、転ばないわよっ」
…式が始まる直前、勝手に花嫁控え室にやってきては余計な事をいう乱馬が、まずは、
「じゃ、先に行ってるから」
…そういって、なびきお姉ちゃん曰く「馬子にも衣装」なタキシード姿で先に教会の祭壇前へと向かった。
「さ、乱馬君も行ったし、こっちもそろそろ行こうかね」
「うん」
そんな乱馬の姿を受けて、あたしの隣に座って準備をしていたお父さんが、立ち上がる。
教会でのバージンロードは、お父さんと歩く。
「かすみの時もそうだったけど、足の運び、なれないんだよなあ」
昔に比べて、少しだけ背中の丸くなったお父さんが、そんな事を言いながら目を細めた。
「転ばないようにしなきゃな」
じゃないと、乱馬にまた文句言われる…あたしがそんな事をブツブツと呟くと、
「…このままお父さんが、バージンロードをあかねを連れて歩かなかったら」
「え?」
「あかねは、お嫁にいけないんだよなあ…」
ふと、お父さんがそんな事を言いながら小さく笑った。
「お父さん?」
「あかねも、お嫁に行っちゃうんだよなあ…お父さん、今更ながらそんな事を、思っちゃったんだよ。
乱馬君ともあかねとも、もう随分長く一緒に住んでいるし。これからだって一緒の家に住むのになあ。
…でも、あかねはもう、乱馬君の奥さん、なんだよなあって」
「…お父さん」
「だから、もしもお父さんが、あかねを乱馬君の元まで連れて行かなかったら、まだまだあかねは、お父さんのあかねかなって…」
お父さんはそう言ってため息をついた後、ごほん、と咳払いをして、
「いかんいかん、結婚式前にこんな事を呟いてたらだめだね。乱馬君に怒られてしまう」
「…」
「何人娘がいても、結婚する時はやっぱり寂しくなるなあ。だめなお父さんだな」
と、しんみりとした表情で俯いてしまったあたしの頭をぽん、と叩いた。
「…やっぱりあたし、乱馬と結婚しないっ」
あたしが思わずそんな事を叫ぶと、
「こらこら。そんな事言ったらダメだろ?」
「だって…」
「あかねが幸せになってくれるのが、お父さん一番嬉しいんだよ。
乱馬君なら、絶対にあかねを大事にしてくれる。幸せにしてくれるから」
「…」
「彼がそういう人だって言うのは、あかねが一番良く知っている事だろ?」
「…うん」
「だから、そんな事を言ってはダメだよ。お父さんももう、あんな事いわないから」
お父さんはそう言って、笑顔であたしの頭をポンポン、と叩いた。
「お父さんっ。あたし、お父さんの事も大好きっ」
あたしは、じんわりと目に涙を浮かべてお父さんにそう告げた。
「お父さんもあかねの事、大好きだよ」
「うん、あたしも大好きっ…好きっ…」
「ほらほら、泣いたりしたらせっかっく綺麗にしているお化粧が落ちちゃうな。乱馬君にも泣いたのがばれちゃうぞ」
「いいのっ。これは乱馬には秘密っ。あたしが泣いた事は、あたしとお父さんの、二人だけの秘密だもんっ」
「そうだな」
お父さんは泣いているあたしの頭を優しく何度も撫でながら、
「そろそろ行こう」
「え…もういくの?まだ行きたくないよ…」
「彼が首を永くして待っているからね」
「うん…」
…と、乱馬がすでに待っている教会内部へと続く廊下へと続くドアを、ゆっくりと開けた。
…
と。
「…ん」
ここで、目が覚めた。
目が覚めてもまだ、頭の中がぼんやりとしていた。
妙にリアルな、夢だった。だからなのかも、知れない。
…
「…リアルな夢だったなあ」
あたしは思わず、そんな事をぼそっと呟く。
と、その時だった。
「…ん?」
そう呟いたあたしは、何だか妙な…こうじとっとした視線というか何というか。
何か不自然な物を感じた。
不思議に思ってそちらの方へと目をやると、
「…」
何故か乱馬は、枕を縦に抱き締めていた。
そして、その縦に抱き締めた枕から顔を半分だけ覗かせて、いかにも何か言いたそうな表情であたしを見ている。
…
「…なに、その仕草」
朝っぱらから一体何を…と、あたしが乱馬が抱いている枕に触れようと手を伸ばすと、
「何してたんだよ」
「は?」
「だからっ。俺に内緒で誰と何してたんだよっ」
乱馬は突然そんな事を叫んだかと思うと、
「リアルって…リアルって、夢の中で一体誰とどこで何を…」
「ああ、さっきの夢の話…あれはね、」
「幸せそうな顔でっ」
とか何とか。ボフっ…とあたしに枕を押し返すと、
「きゃー!」
素早く布団の中に潜り込み、枕を受け取って無防備になっていたあたしの身体へとぎゅっと抱きついてきた。
いや、抱きつくというよりは「しがみつく」の方が正しい表現なのかもしれない。
もしもあたしがゆかに立っていたりしたのならば、間違いなくコンマ数秒で押し倒されているに違いない。
「ちょっとっ。離れなさいよっくすぐったいでしょっ」
あたしが布団の中でもぞもぞと動く乱馬の頭をペチン、と叩くと、
「捕まえてないと、誰と何をするかわかんねえだろっ。幸せそうな顔であんな寝ごとまで言って!」
「ね、寝言って?」
「『大好き、乱馬には秘密』って!『乱馬と結婚するのやめるっ』とかいいやがってっ。そうはさせるかーっ」
乱馬は、まるで子供が駄々をこねるかのようにそんな事を叫び、あたしに必死でしがみついていた。
「そうはさせるかって、あんたねえ…勝負じゃないんだから。それに、別にそういうことじゃ…」
「じゃあどういうことだよっ」
「…だから、秘密」
「そ、そんなにそいつが大事なのかよっ」
そんな乱馬の叫びに、
「…うん、大事よ。とっても大事。乱馬と同じくらい、とっても大事」
あたしは、夢の中で寂しそうに笑っていたあのお父さんの笑顔を思い浮かべながら、そう答えてやった。
…すると。
「…」
乱馬は急に、あからさまに「しゅん」とした表情で、がっくりと肩を落とした。
そして、
「いつの間に…。俺じゃあ物足りないと…?」
とか何とか言いながら、あたしの身体をそっと離し、
「…はあ」
再びあたしに渡した枕を奪い返して、わざわざあたしに背を向けてため息をついていた。
「…ちょっと。何誤解してんのよ」
「…」
あたしがそんな乱馬に声をかけても、乱馬はブツブツと文句を言いながら背を向けている。
…でも、文句を言っていじけてるくせに、ベッドから出て行かないところが乱馬らしいというか何というか。
お父さん?
乱馬は確かにあたしの事を幸せにしてくれるけど、色々大変な事もあるんだから。
それにね、お父さん。
この様子じゃあさ、例えお父さんが、あたしをバージンロードを通って乱馬の元へと連れて行かなくても、
…いつまでもあたしがやって来ないと、乱馬の場合、何だか自分の方から迎えに来そうな勢いでしょ?
だからね、あたし、さっきは「乱馬と結婚しないっ」とか叫んだけれど、何だかんだいっても攫われちゃうんだよ。
ふふ、ごめんね、お父さん。
「ふふ…」
「…何だよ」
「別に。ちょっと夢を思い出しておかしくなっちゃって」
「かーっ。また別の男の事を思って…はあ…」
さっきの夢の中のお父さんの姿を思い出し、小さく笑うあたしに、事情を知らない乱馬がため息をつく。
「もう、そんなんじゃ無いったら」
「ホントか?」
「ホントよ。まあ、男の人って言ったら男の人だけど…」
「やっぱそうじゃねーかっ」
「でも、乱馬も知っている人だし…」
「知り合いかよっ」
「あのねえ…。もー、機嫌直してよ。ね?」
あたしは、あたしに背を向けたまま枕を抱いて丸くなっている乱馬の身体を、ゆっさゆっさとなんども揺さぶる。
…あんなリアルな夢を見たあたしも悪いのかもしれないけど、寝言一つでここまでごねる、この許婚もどうなのか?
お父さん、乱馬が実はこんな子だって知ったら何て思うかな。
「あっ。またその男の子と考えて笑ったなっ」
「ち、違うわよー」
悪い悪いとは思いつつも、あたしはまた夢の中のお父さんの姿を思い出して、クスリと笑ってしまった。