とある、週末。
「あかね、乱馬君と仲良くね」
「あかね、息の根だけは止めないようにね」
「あかねちゃん、乱馬の事、よろしくね」
「あかね、乱馬君とゆっくりじっくり過ごすんだよ」
「それじゃあ、あかね君。よろしくな」
半分意図的とも言える偶然が上手い事重なり、週末のある夜、あたしと乱馬は一晩、二人っきりで過ごすことになった。
家族は、言いたい放題のことをいって、それぞれが出かけていった。
かすみお姉ちゃんと早乙女のおば様は、それぞれのお友達と旅行。
なびきお姉ちゃんは、お友達の家。
おとうさんと早乙女のおじ様は、いつもの「修行」という名のお遊び。
「全く…」
あたしは、居間で一人TVを見ながらため息をついていた。
…乱馬は、まだ帰ってきていなかった。
今日は、学校を出るまでは一緒だったんだけど、いつものようにシャンプーや右京・小太刀に追い掛け回されて、そのままどこかに行ってしまった。
あたしは、今に柱にかかっている時計を、ふと見上げた。
午後、六時。…ちょっと、遅い。
(乱馬の奴。逃げ切れなくて、シャンプーとデートでもしてるのかな)
あたしは、そんな事を考えながら、ぼんやりとTVを見ていた。
と、その時だった。
ゴロゴロゴロ…
あたりを覆い包む、地鳴りのような音が響いてきた。
「や、やだ、地震!?」
あたしは慌ててコタツの中にもぐりこんでみるけれど、特に地面が揺れているわけでもない。
「な、何…?」
あたしが、コタツの中から首だけを出すと、その瞬間に、
ドーン!
…静かな夕刻を破り捨てるような爆音があたりに響き渡った。
どうやら、この近所に雷が落ちたらしい。
「キャー!」
あたしは、耳を抑えながらもう一度コタツの中に引っ込んだ。
ゴロゴロゴロ…
雷の方は、尚もまだ空の上で落ちる場所を探しているかのように雷鳴をとどろかせている。
あたしが恐る恐るコタツの隙間から外を見ると、
雨戸のしまっていない窓から、どす黒い空に行く筋も走る稲妻を確認する事が出来た。
…うう、窓だけでも、窓だけでも閉めないと。
あたしは、ノロノロとコタツからでて、雨戸を閉めるべく窓の側まで行こうとしたけれど。
ふと立ち止まった。
…そうだった。
雷は、金属の物に落ちるんだわ!
あたしの服…今日に限って、なんだかキラキラとした金属製のボタンがついてる。
もしも窓辺で雨戸を引き出してる最中にこんなボタンに雷が落ちたら…!?
どうしてこんなときに限って急に心配性になってしまうのかわからないけれど。
あたしはおもむろに自分の着ている上着を脱ごうとした。
けど、またふと動作を止める。
…ちょっと待って?
上着を脱いでも、下につけている下着だって、金具が!
「…」
あたしは、耳を抑えながら隣のお父さんの部屋へと入り、毛布を持ってきた。
そして、上着だけ全部脱ぐと、毛布を頭からかぶった。
そして、のろのろと雨戸を閉める。
まるで座敷わらしのようなあたし。端から見ると、とても妙な風景だ。
…とりあえず、家中の雨戸をその姿のまま閉めて回ったあたしは、居間に戻り、脱ぎ捨てた上着を再び着ようと毛布を脱いだ。
その瞬間、
フッ…
今度は、居間までこうこうと部屋を照らしていた電気と、うるさいぐらいに鳴っていたTVが、突然消えてしまった。
「きゃー!!!」
あたしは、持っていた上着を投げ出して、再び毛布に包まる。
どうやら、先ほどの落雷で、この辺り一体が停電になってしまったらしい。
「あ、灯り…灯り…」
あたしは、毛布に包まったままで、台所へと移動した。
そして、茶ダンスやら何やらをゴソゴソとあさり、懐中電灯を探した。
…と。
ギシ…
そんなあたしの背後で、急に床の軋む音がした。
(な、何…?)
あたしは、茶ダンスをあさっている姿のまま、ふと動作を止めた。
ギシ…
そんなあたしの背後で、もう一度床が軋む音。
ペタ、ペタ…
床を、歩くような音がする。その足音は、徐々にあたしに近寄ってくる。
(何で…!?この家にはあたししかいないはずなのに!こ、こんなときに、まさか、ドロボウ!?)
あたしは、毛布の中でガタガタと震えながら、その足音から遠ざかろうとゆっくりと台所の中を移動するけど、
ガシ!!
突然、そんなあたしの肩、毛布越しに捕まれた。
「ギャー!」
あたしは、大きな悲鳴をあげながら、肩を捕まれたその手を取り、その人物の「顔」があると思われる部分にバシっとその手をはじき返すと、
「いやあ!助けてえ!おとうさーん!おねえちゃーん!」
バシ!バシ!
今出せる限りの力を使って攻撃。
…でも。
「ちょ、ちょっと落ち着けって!」
ガシ!
そんなあたしの手は、程なくしてその人物に止められてしまった。
「ほえ?」
あたしがぜえぜえと肩で息をしながら良く見ると… そこには、あたしに殴られたため若干頬が赤く腫れている乱馬がいた。
(そうだった。乱馬のことすっかり忘れてた)
「…何よ、遅いじゃない」
あたしは、乱馬に謝る事も忘れて、半分泣きだしそうな顔で睨みつけた。
「仕方ねえだろ、シャンプーたちに加えて、九能先輩にも追いまわされてたんだから」
乱馬は、ため息をつきながら掴んでいるあたしの手を離し、ため息をついた。
「…皆は旅行とかいっちゃって、雷も落ちて、停電にもなって、大変だったんだからね!」
あたしは、毛布で身体をくるみながら、目をこする。
「悪かったって。ほら、懐中電灯取りにきたんだろ?」
乱馬は、そんなあたしを、まるで子供をあやすかのように優しく言い聞かし、そしてタンスの上にある懐中電灯を取って渡した。
「…」
あたしは無言のままその懐中電灯を受け取ると、もう一度、目のあたりをこすった。
「停電、しばらくかかるらしいぜ」
乱馬は、そんなあたしの手を掴んで、歩き出した。
そして居間に着くと、
「TVがねーと静かだよな。ラジオもねーし」
そんな事を言って、あたしの横に座り、毛布に包まっているあたしの様子をおかしそうに見ている。
「懐中電灯、つける」
あたしは、懐中電灯をつけて、あたしと乱馬の間に置いた…・
けど、その瞬間、ギョッとなって、再び懐中電灯を消してしまた。
「おい?」
乱馬は不思議そうにあたしを見るけど、
「や、やっぱり懐中電灯は、動いたりするときの為に電池を確保しておかないとね!」
あたしは強引にそういって、懐中電灯をテーブルの隅に追いやった。
…そう。
あたしは気が付いてしまった。
あたし…まだ、上着を着ていなかった!
懐中電灯をつけて部屋の一部が照らし出されたとき、あたしがさっき脱ぎ捨てた洋服が、ぼんやりと照らし出されてしまった。
(まずい。これはものすごくまずいわ…)
あたしは、停電うんぬんよりも、そちらの方が気になってしまって、ドキドキしてしまった。
毛布の下のこのあたしの状態を、乱馬にだけは知らせるわけには、いかないわ!
…
あたしは、何気なく、洋服が置かれている部屋の隅へと身体をもっていこうとするが、
「あかね、暗闇ではあんまり動かない方がいいんだぞ」
乱馬は、そんなあたしの毛布のすそをぎゅっと引っ張り、再び自分の隣へと引きずってきてしまう。
「そ、そうね…」
あたしは、上の空で返事をしながら、いかにして自分の洋服のある場所へ移動するか考える。
「あ、あれ何かしら…?」
次にあたしは、いかにもそこに何か特別なものがあるかのように装い、さりげなく動こうとするが、
「何だ?照らしてやろうか?」
乱馬はそんな事を言って、テーブルの端に追いやった懐中電灯に手を伸ばし、あたしが移動しようとしている方向を照らそうとしている。
「あ!!別に、何にもないみたいよ!」
あたしは、そんな乱馬の手にがバッと飛び掛ると、懐中電灯をさっと奪い取った。
(照らし出されてたまるもんですか!)
「なあ、どうしたんだよ?何か変だぞ、お前」
乱馬は、そんなあたしの様子を不思議そうに見て、笑っている。
「別に、なんでもないわよ。そ、そういえばこの部屋ちょっと暑くない!?部屋の中でも、中心と隅じゃ温度が違うのかしら?」
あたしは、そんな乱馬に気づかれないようにと今度は別の手で部屋の隅へと移動しようとするが…
「暑いのか?じゃあ、その毛布脱げよ」
乱馬はそんな事を言って、あたしの毛布の裾をぎゅっと引っ張る。
「え!?こ、この毛布は別に…」
痛いところをつかれた!…とあたしがしどろもどろに答えると、
「何で?暑いんだろ?脱がしてやろうか?毛布」
乱馬はそんな事を言って、あたしの毛布に手をかけようとするが、
「いい!平気!あ、何かやっぱり暑いの気のせいみたい!アハハハハ…・」
あたしはその手をさりげなく払いながら、ぎこちなく笑ってみる。
「ふーん」
乱馬は、そんなあたしをやっぱり面白そうにみている。
あたしは、そんな乱馬の視線から逃れるべく、なるべく気づかれないようにそろり、そろりと部屋の隅に移動しようとするけれど。
「だーかーら。暗闇ではあんま移動しない方が良いって言ってるだろ」
乱馬はやっぱりあたしの動きに気が付いて、あたしをすぐに自分の元へと呼び戻してしまう。
「そ、そうね…」
あたしはその度に、ちらちらと部屋の隅に置かれている自分の洋服を見ては、タイミングを狙っているけれど…どうも上手くいかない。
そして、その内。
あまりにもおかしな行動を繰り返すあたしに、乱馬はとうとう気が付いてしまった。
「なあ。そっちの方に、何かあるのか?」
「え!?」
乱馬のその質問に、あたしは自分でもビックリしてしまうくらい声が裏返ってしまった。
「な、ないよ別に。あるわけないじゃん」
あたしがそういって、おろおろとしていると、
「じゃあ、じっとここにいれば良いだろ」
乱馬はそういって、あたしの毛布をぎゅっと握って自分の隣へと引きずる。
「そ、そうなんだけど…」
それでもなおあたしがちらちらと部屋の隅を見るので、
「何だ?」
乱馬はおもむろにまた懐中電灯を手に取り、そちらを照らそうとする。
「あ!だ、だから何でもないんだってば!」
あたしは素早い動きでその懐中電灯を奪い、コタツの中へと押し込んでしまう。
「はあ、はあ…」
その素早い動きのせいで、肩で息をしながら額を拭っているあたしに、
「あかね、何か暑そうだな。やっぱり、その毛布脱いだほうが良いんじゃね-の?見てるこっちも暑くなりそうだぜ」
乱馬はそういって、今度はあたしの毛布を脱がせようと毛布に手をかける。
(ちょ、ちょっと!!それはまずい!猛烈にまずいわ!)
「いい!平気!暑くない!」
あたしが座ったまま後ずさりをしていると、
「遠慮すんなって」
乱馬は笑顔のままじりじりとあたしに近寄って、毛布に手を伸ばす。
「ちょ、ちょとタンマ!」
あたしは、その手から逃れようとして、ジタバタした。
とその瞬間、偶然にもTV本体の主電源に触れてしまった。
『…それでは次のニュースです。本日、関東一体を襲いました雷ですが…』
…と。
何と、停電だったはずなのに、TVから普通にニュースが流れ始めた。
「あ、あれ…?」
あたしは慌てて立ち上がり、もしや!と思って部屋の電気を点けてみると…。
パッ…
電気は、辺り一体を眩しいくらいに照らし出した。
(な、何で!?)
あたしは電気をつけたままの姿勢でちょっと考えてしまった。
…ちょっと待って。
TVと電気をつけてるときに停電になったんだから、電気が復旧した時点で、そのままこの二つは自動的についてくれるはずよ…ね?
なのに、あたしが電源を入れなおさないとこの二つの電気は戻らなかったという事は、だ。
誰かが故意に電源を切ったということ、よね。
「…乱馬」
あたしは、ワナワナと震えながら、乱馬のほうを振り返った。
すると乱馬の奴は、
「…チェッ。せっかくあとちょっとだっとのになー」
…なんていいながら、ニヤッと笑ってる。
「あんた…停電が復旧してる事、知ってたのね!」
あたしがワナワナと震えながらそう叫ぶと、
「さーてね」
乱馬はそんな事を言いながら、おかしそうに笑っている。
(くッ…こ、この男…!)
あたしは、くるまった毛布の下で拳をぶるぶると震わせていた。
…そうよ。
だいたい、あんたが「停電はまだしばらくかかるみたい」なんて言うから、信じちゃったんじゃない!
なんて人騒がせな男なの!
「何よ!乱馬のバカー!」
あたしは笑ってる乱馬にそう捨てセリフを吐いて居間から飛び出そうとしたが、
「あかね。服、忘れてるぞ」
乱馬は、そんなあたしに更に追い討ちをかけるような一言。
「は!」
あたしはその一言で慌てて部屋の隅に脱捨てられた洋服を拾いに走る。
…この男、あたしが洋服を着てないことも知っててからかってたな!
なんて奴なの!
「何よ!乱馬の、バカ!」
あたしはそう叫びながら、隣のお父さんの部屋へ走り、急いで洋服を着る。
そして、どうしても一発殴らないと気がすまん!とばかりに再び居間へと舞い戻ると、
「何だ。洋服着たのか?」
乱馬はやっぱりおかしそうに笑いながらあたしをみていた。
「うるさい!この、ケダモノー!」
あたしはそんな乱馬に向って蹴りを繰り出したけれど。
「はっ…と」
乱馬はそんなあたしの蹴りをいとも簡単に交わすと、フワリと飛び上がり、そして壁際によった。
「スキアリ!」
あたしはそんな乱馬に向って再び蹴りを出した。
乱馬はそんなあたしの蹴りを片手ですっと交わすと、突然、壁際についているスイッチに手を伸ばした。
フッ…
次の瞬間、また、部屋の電気が消えた。
「あ!」
あたしが、あたりが急に暗くなったので慌てて叫ぶと、
「停電です」
乱馬はそんな事を言いながら、一瞬であたしの懐に飛び込んできた。
「きゃッ…」
あたしはビックリして、よろよろとしりもちを着いてしまうと、
「スキアリ!」
乱馬はそういって、そんなあたしの手を床に押し付けてしまった。
「ちょ、ちょっと待って!」
あたしは、その手を引きずるようにズルズルと逃げようとするが、
「さっきから言ってるだろー?暗闇ではあんまり動かない方がいいんだぞ」
乱馬はまた楽しそうにそんな事を言ってはあたしのことを上から見ている。
「うー…」
あたしが困ったような照れたような顔で乱馬を見ると、乱馬はあたしのそんな顔がよほどおかしいのか、やっぱり意地悪な笑顔だ。
(乱馬がこんな顔してるときは、何言ってもだめなんだよなー…)
あたしは、観念します、とばかりに黙って目を閉じた。
あたしが目を閉じた後、乱馬があたしに近づいてくるような気配。
あたしは、ぎゅっと一瞬、自分の身体を強張らせた。
…その次の瞬間だった。
「大漁じゃー!!大漁じゃー!!」
そんな声がしたかと思うと、居間の横の廊下を、誰かが飛び跳ねながら通り過ぎていった。
「!?」
乱馬が慌ててあたしから離れて部屋の電気をつける。
すると、
「あー!乱馬きさま、あかねちゃんに何をしたんじゃ!」
一度はそこを通り過ぎたにも関わらず、居間に灯りがついたので、八宝菜のおじいさんが盗んだ下着をかつだまま戻ってきた。
「まだ何もしてねえ!」
…それが本音なのか、乱馬はそんな事を叫んでいる。
「あっかねちゃん!乱馬なんかと一緒にいないでこの老いぼれと一緒に寝ておくれー!」
おじいさんはそんな事を叫びながら、ボー然と居間の床に座り込んでいるあたしに飛びつこうとするが、
「てめえ、この!いいところで邪魔しやがって!」
「何を!師匠に向って、何じゃ!ワシがあかねちゃんと寝るのを邪魔するでない!」
「うるせえ!このエロ妖怪!」
乱馬はそういっておじいさんに蹴りを食らわすと、そのままおじいさんと共に部屋を飛び出して、ドタバタと喧嘩を始めた。
(そうだった。うち、おじいさんもたまにはいるんだった)
すっかりおじいさんの存在を忘れていたあたしだったけど。
いきなりこうして帰ってきたことが良かったのか、悪かったのか。
(乱馬だって、おじいさんに負けず劣らず…ねえ)
やっぱり、あのおじいさんの孫弟子だからかしら?
…居間に一人取り残されたあたしは、思わずため息をつく。
こうしてこの日の夜はこれ以上何も起こらなかったけれど。
もしもこの次にこんな停電と雷と、そして二人きりの夜が訪れたときは…と思うと、あたしは気苦労が絶えない。
(とりあえず、今夜…なびきお姉ちゃんがいなくて良かった)
そうよ。今夜の事をなびきお姉ちゃんに知られたら、どうなるかわかったもんじゃないわ!
「はあ…」
あたしは、唯一それだけが救いだったわ…とばかりに、もう一度ため息をついた。