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→アクシデント

「きゃー!」
「え?」


ドサっ…
妙な叫び声が聞こえたかと思うと、ちょうど居間のTVの前から立ち上がって廊下へ出た俺の目の前で、そんな俺と入れ替わりで居間に入ろうとしていたあかねが、派手に倒れた。
どうやら、かすみさんによって念入りに磨かれた廊下と、たまたま履いていた靴下の相性でも合わなかったのだろう。
「いたーい…」
幸いなことに、あかねは俺と向かい合うような形で前のめりに倒れたせいで、頭を打つ事はなかったようだが、
「あててて…。ひどいなあ…」
それでもそんな言葉をぼやきながら、ペタン、と床の上に座り込んでは目を閉じ、ぶつけた膝を何度もさすっていた。
「おいおい、大丈夫かよ」
「うん…」
「ホントにオメーは…」
そそっかしなあ。
俺は、床に座り込んで膝をさすっているあかねを労いながら、優しく声をかけていたつもりだった。
が、
「…」
思わず最後までその労いの言葉を呟くことなく、それを飲み込んでしまう。
「え?オメーは、の次はどうした…きゃー!!」
そんな俺に対し、あかねも不思議に思ったのだろう。
あかねはそれまで閉じていた目をゆっくりと開けて急に黙り込んでしまった俺の姿を見あげるも、
「な、何してんのよー!」
やがてそんなあかねの言葉も、俺に対しての奇妙な叫び声へと変った。


…実は。
あかねの奴、転んだ拍子に咄嗟に目の前にいた俺の服に手を伸ばしたようで、
ちょうど手を伸ばしたその俺の服…性格にはズボンだけれど、そのせいで俺の穿いているズボンだけが、膝の辺りまでズルッとずり落ちていたのだ。
幸いトランクスまでは脱げなくて済んだものの、ズボンを膝まで下ろしているこの姿は、はっきり言って…異様である。
いや、異様というか…俺にしてみれば、立場が無い。


「きゃー!へ、変態!何脱いでんのよっ。早くズボン履きなさいよっ」
そんな俺に対して、状況を作り出したのは自分だというのにも関わらず、あかねが、バチン、バチンと俺を叩く。
「おめーが俺を脱がせたんだろっ」
さすがに俺も、それには反論するが、
「ひ、人聞き悪いこと言わないでよっ。事故でしょこれは!立派なアクシデントよっ」
あかねは俺の反撃など聞きたくない…とばかりにくるりと後ろを向いてしまう。
「っ…」
俺に背を向けてしまったあかねの耳は、後ろ側から見てもわかるくらい真っ赤になっていた。
「…」
俺は、そんなあかねの姿を眺めながら、悠然とズボンを穿きなおした。
…あかねには悪いけれど、こうやって真っ赤になって照れているあかねは、俺にとっては可愛くて可愛くて仕方が無い。
いじめればいじめるほど、からかえばからかうほど。こんなあかねが可愛いのを知っている俺にとっては、ここでそれを実行しないては無いのだ。
なので、
「あーあ、俺、あかねにいきなり襲われてズボン脱がされちまった」
…と、さっそくあかねをからかうべく、俺はそう呟いてやった。
「ちょっ…ひ、人聞きの悪い事言わないでよっ」
あかねは勿論慌ててそう否定するも、
「でも、ここまでされたら俺だって男だ。覚悟くらいは出来てるぜ?」
俺は、にっと笑いながら、しゃがみこんでいるあかねと目線を合わせるべく、床へと屈んだ。
「か、覚悟って何よっ」
あかねが、背を向けたままちらり、と屈んだ俺を振り返ってそう叫ぶ。
「決まってんだろ」
俺はにやりと笑うと、真っ赤になっているあかねのその耳に、そっと口を近付けて囁いてやった。
「だから。あかねは俺が部屋に行くまで我慢できなかったんだよな?」
「な、何言ってんのよっ」
「いやいや、出会い頭にズボン脱がすとは、おめーも対したもんだぜ」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「だから。そんなオメーの為に、俺は覚悟を決めて今夜は一晩付き合うぞ。そう、おめーが気が済むまで何度もな?」
「なっ…」
「さ、時間も勿体無いし早く部屋に行こうぜ。あー、夜這いの言い訳考える手間が省けたぜ」
そして、俺は一方的にそう囁くと、ひょいっとあかねを小脇に抱えて、足取り軽やかに二階への階段を昇っていった。
「こ、この変態ー!ばかーっ」
もちろんあかねはジタバタと暴れて抵抗していたが、
「ああ、あんな事されたら、俺はもう婿にはいけねえぜ」
「だ、誰が貰うかーっ」
「貰ってもらわなきゃ困ります。さ、思う存分な」
…と、貰われるはずの俺が、貰わせるはずのあかねを押さえ込んだ為、
「お嫁にいけないーっ」
「俺が貰ってやるよっ。なっ」
「…」
こりゃダメだ、と、最後は諦めてため息をついていた。




一方その頃、居間では。
俺たちがさっきまで廊下で交わしていた会話を、所々聞いていたなびきにより、
「おや?あかねはもう寝たのかい?うんうん、健康的でいいなあ」
洗面所から歯ブラシで歯を磨きながら廊下を歩いてきたおじさんに対し、
「あかね?あかねだったらさっきまで廊下で、乱馬君に急に襲い掛かって、無抵抗の乱馬君のズボン、いきなり脱がせてたみたいだけど」
…と、あからさまに不完全な状況説明をしたせいで、
「…」
グシャっ…おじさんは、歯を磨いていた歯ブラシを奥歯深くにめり込ませて、ボーっとしてしまってたようだ。
更に、それを横で聞いていた、
「まあ。本当に二人は仲良しさんね」
にこやかに頷いてお茶を飲んでいるかすみさん、
「乱馬…据え膳食わぬは男の恥ですよ…」
そっと涙を拭きながら、嬉しそうに何度も頷くお袋。
『ひゅーひゅーだよっ。』
と、昔のトレンディードラマの再放送宜しく、そんな台詞をプラカードに描いて掲げるパンダ親父。
…誰一人として、なびきのあの不完全で適当な説明を、
「そんなことあるわけないでしょ」
とつっぱねるものがいないところが、ここ、天道家の恐ろしい所だということ。
「あかねも大変ねえ。ご愁傷様」
その事を、唯一気がついている確信犯のなびきが、そんなことを呟きながらしらーっとテレビを見つづけていたことを、一応最後に付け加えておこう。

 

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