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辛口ハニー
春眠、暁を覚えず。
…こう言うと聞こえはいいが、ようは春は眠いってことだ。
夕食もたらふく食べ、テレビを見ながら俺が居間で転寝をしていると、そんな俺の横では、俺が眠っている事をいい事に、
「…前からさ、本当に思ってるんだけど。あかねはさ、つくづく大変よね」
「え?大変て、何が?」
「決まってんでしょ、それの世話よ、ソレの」
現在居間の中にいるのは、俺とあかね、そしてこのなびきのみ。
だから、あかねと話している以上、なびきが「ソレ」と表現しているのはどう考えても、俺の事。
そう、なびきが不意に、まるで俺を動物にでも例えるかのように、そんな事を言い出したのだ。
「世話って…お姉ちゃん?乱馬はこれでも人間なのよ」
それに対しあかねが、フォローをしているはずなのに全然フォローにもなってない事をなびきに返す。
…さすが、かすみさんの妹だぜ。
「…」
若干不服に思いつつも、俺はそのまま寝たフリを決め込んで、二人の会話を聞いていることにした。
が、
「それに、飼うって。もう、それじゃ乱馬が動物みたいじゃないの。ひどいなあ、お姉ちゃん」
「何言ってんのよ。動物と一緒じゃないの。発情期が長い分、動物より大変だわ」
「それはそうだけど…」
…そうなのか?あかねよ。
「…」
俺はあかねの素直な反応に、思わずぴくっと表情を動かす。
「それに加えて、ガキだし、独占欲強いしナルシストだし。容姿が多少良くてもそれじゃあね。でもそれでもモテルっていうのは、女はそれだけ強い男が好
きだって事なのかしらねえ」
そんな俺にお構いなしに、なびきは次々と毒を吐いていた。
「そうかもしれないね」
あかねも、そんななびきに苦笑いをしつつも頷いたりして。
「…」
…あかね、お前って奴は。
「…」
寝たふりを決め込んだ以上、「こらー!」と起き上がれないことが哀しい。俺は、心の中でため息をつきながらそのまま二人の会話を聞いていた。
しかしその内、
「でもね、きっと弱くたって乱馬はもてたような気がするんだ。…あたしはそんな気がする」
…と、あかねがそんな言葉を呟いた。
「そう?でも少なくてもシャンプーは、乱馬君のことを好きにはならなかったんじゃない?大体、強くなかったら、女のときに死の接吻を受ける事だって無
かったんだろうし?強い男の嫁になる、なんてふざけた掟も関係なかっただろうしね。ムースも安心だったでしょうに」
なびきが鼻で笑いながらあかねにそう言うと、
「ん…でもね、例えそれがなかったとしても、あたしは、シャンプーと乱馬は出会ってたと思う」
「ふーん…」
「だから、乱馬の初めての…女の子としての、よ?キスの相手もシャンプーだし。シャンプーが変身するのが乱馬の嫌いな猫だったり。…シャンプーにまつわる色んなことがあるたびに、そう思ったの。きっとこれは、縁なんだ、って。不思議な縁があって、それで乱馬達は出会ったんだよ。…悔しいけれど、そう思うの」
あかねはそう呟いて、眠っている俺の頭をそっと撫でた。
「…」
…俺には、そう呟いたあかねのその声が、何だか少し元気が無いような感じに取れた。
『そんなことねえよっ。俺は別に縁なんてっ…』
なので、思わずそう叫びながら目を開けそうになるが、
「ま、乱馬君は少なからずシャンプーと縁があったかもしれないけど?でも…それ以上にあんたとは縁があったって事じゃないの」
「え?」
「出会ったことが縁だというのなら、出会って更に結ばれた二人はもっと強い縁というか、運命?があったって事じゃないの?」
そんな俺の代わりに、何故かなびきが、あかねに向かってそう答えた。
「え?」
あかねは、なびきのその言葉をはじめ理解できなかったようだが、
「いきなり居候として現れて。あげく、それが親同士の決めた許婚で。あげく、初めは形だけだったのに、その人と今、あんた付きあってんのよ?しかも、将来ホントに結婚するつもりで、お互い…でしょ?いきなり降って沸いたようなそんな男が、あんたの事一生かけて守るって言ってんのよ?そ
っちの方があたしはすごい縁だと思うけど」
「なびきお姉ちゃん…」
「まあ?世間は広いし、乱馬くんよりいい男なんて星の数ほどいるけどね。でも、そんな風に一生かけてあんたのこと全力で守ろうとする男なんて、ソレぐらいし
かいないんじゃないの?」
「…」
「あたしやかすみお姉ちゃんと、男の趣味が違ってよかったわねえ。あかね。ま、乱馬君はあんたにベタぼれ見たいだし?例えあたしやかすみお姉ちゃ
んが許婚だっとしても、きっと最後はあんたと結ばれるような気がするわ」
「お姉ちゃん…」
「そしたら、それこそ縁、とか運命って奴じゃないの。乱馬君に関しては、他の誰よりも、あんたとの縁が強いんじゃないの?」
…口はべらぼうに悪いが、それは一応俺に対しての誉め言葉なのだろうか。
「ま、死ぬほどまずい料理食わされても、立ち上がれないくらいぶん殴っても愛想尽かさない男は珍しいって事よ。付け加えるなら、男が女に変身する、なんて人は滅多にいないし?」
あかねは本当に幸せねえ。…なびきはそんなことをいいながら、居間から出て行ってしまった。
「…」
たまにはいい事、言うじゃねえか。
俺は、そんななびきに感謝をしつつ、そのままじっと寝たふりを続ける。
「…」
あかねは、なびきが居間から出て行ってしまった後、しばらくは無言で俺の頭を撫でていた。
しかし、
…バタン。
居間から出て階段を昇っていったなびきが、自分の部屋に入ったのかドアを閉めた音をさせたその瞬間に、
「…あんな風に言ってたけど、お姉ちゃんはちゃんと、乱馬の事かってくれてるのよ?だから、下手な寝たフリはやめなさいよ」
…と、あかねは不意に横になっている俺の額をピン、と指で跳ねた。
「!」
俺がそれに対して慌てて飛び起きると、
「ね、あたし上手いでしょ?しおらしく話すの」
と、あかねは驚いている俺に対して、更に追い撃ちをかけるようにそう笑いかける。
「なんだよ!さきのあの塩らしくて素直な発言は、全て計算かっ。なんて奴だっ」
なびきより、実は恐ろしい奴。…俺がそんなことを言いながらコテン、と今度は床ではなくあかねの膝の上に横になると、
「だって。あーいう時に乱馬の株をあげなかったら、いつあげるのよ」
「何だよっ。俺への気持ちは偽りかっ」
「何を大袈裟に。そんな事言ってないでしょ」
「男心を弄びやがって!」
「たまには良いじゃない」
あかねは、次々に辛口な発言をしては俺を更にがっかりとさせる。
が、
「…でも、出会えたことに感謝しているのは、本当よ」
さんざ俺をからかった後、最後に一言そう言って、どんよりと落ち込んでいる俺の頭を、再び優しく撫でた。
俺はそんなあかねに対してため息をつきつつ、
「…あーあ、俺は何で、こんな女に惚れてるんだ?」
「可愛くていい子だからに決まってるじゃない。何言ってんのよ」
「自分で言うな」
「何よ、何か文句でもあるわけ?」
「ねえよ」
俺はそう言って、膝枕をしているその位置から、あかねの首へと腕を伸ばしてそのまま自分の方へと引き寄せた。
「ちょっと!ここ居間なんだからっ。誰かきたら…」
顔が近づいた瞬間にあかねがそう呟いたが、
「別にかまわねえよ、俺はな」
俺は、そのままあかねの唇を奪って、そしてすぐに離れる。
「…もー。だからお姉ちゃんに動物扱いされるのよ」
軽く唇が触れた、その感触がくすぐったいのか、あかねが少し赤い顔をしてそう呟く。
「ふーん、じゃあ居間じゃなければいいんだな?」
俺は、あかねから一度はなれて勢いよく起き上がると、
「そうだなー、それならもっとゆっくり出来るしな」
と、もう一度あかねに軽くキスをしてそう呟いた。
「べ、別にそんな事言ってないでしょっ…」
「じゃ、嫌なのか?」
「そ、そうとも言ってないけどっ…でもっ…」
「俺と出会えた事に感謝してんだろ?てことは、俺の事好きって事だよな?」
「そ、それはそうだけどっ」
「…俺も」
「!」
俺があかねの耳元で小さな声でそう囁くと、
「…うー。卑怯者っ」
あかねは、ポーっと頬を赤らめて、そうぼやいた。
「それも、俺に対しての誉め言葉として受け取っておくぜ」
俺はそんなあかねに対してにいっと笑うと、
「じゃ、続きは部屋で」
…と、あかねの手を引いてゆっくりと居間を出た。
「知能がある動物の発情期は、ホントに厄介ね」
手を引く俺の背後で、あかねがそんなことをぼやいていたが、
「だからこそ、飼い主にはどうにかしてもらわないとな」
俺はニコニコとそう答えると、そのままあかねの部屋のドアを開け、中に入ったのだった。
一見彼女は、辛口ハニー。
だけど、ホントは甘口ハニー。
