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「あかねちゃん、珍しいヒーリングオイルが手に入ったんだ。これで全身マッサージをすると、発汗作用があってダイエットにもいいらしいよ。今中国では若い女の子に人気があるんだって。これ、あげるよ」
「わあ!ありがとうございます、東風先生!」
「使い方は…わかるよね?身体に塗りこんで後で洗い流す。ま、使い方を間違える事なんてないとは思うけれど」
「はい、大丈夫ですっ」
ある日。たまたまかすみお姉ちゃんのお使いで東風先生の所へといったあたしは、先生がお友達からお土産に貰ったという外国製のヒーリングオイルを貰った。
先生はこういうグッズに興味は無いのか、高そうな物にも関わらず、あたしにポン、とそれを渡す。
「お風呂に入る前につけるといいらしいよ。それでお風呂に入って身体を洗っても、香りは消えないらしいから」
「素敵ですねっ」
「あかねちゃんのことも癒してくれるといいね」
「ありがとうございます!さっそく今夜から使ってみます!」
あたしは先生に改めて御礼を述べると、オイルを手に家へと帰った。
そして、夕食後風呂に入る前に…と、さっそく部屋で自分の身体に塗りこんでみるも、
「…あ」
手足や胸、お腹は順調に塗る事が出来ても、背中だけはどうしても塗る事が出来ない。
「…」
どうせ塗るからには、ちゃんと全身に塗れるようにしたい。
そう考えたあたしは、身体にバスタオルを纏いながら、オイルの入った小瓶を片手に部屋を出た。
そう、あたしの背中にオイルを塗ってくれる人を探すために。
…
コンコン。
「はい?」
「ちょっといい?」
「いいけど。何、その格好」
…あたしがまず訪れたのは、隣のなびきお姉ちゃんの部屋。
「あのね、背中にオイルを塗って欲しいの」
あたしは手に抱えてきたオイルの瓶をなびきお姉ちゃんに差し出した。
「オイルかー…あんたこういうのホントに好きね」
「東風先生に貰ったんだもん。ね、つけて。背中、届かないの」
そして、なびきお姉ちゃんに背中を向けて立つと、
「あたしにエステティシャンになれっていうわけね。高いわよ」
「えー?お金とるのお?」
「当たり前でしょ。オイルは手にべたべたつくし、それにマッサージしながら塗らないと効果ないんでしょ?
手間もヒマもかかるんだから。まあ?料金次第で尽くさせてもらいますが?お客さん」
お姉ちゃんはそう言ってニヤリと笑った。
「ついでにエステの思い出に記念写真などいかが?」
「え、遠慮しときますっ」
あたしは溜め息をつきながら、オイルの瓶をなびきお姉ちゃんから奪い取ってそそくさと部屋を出た。
…どうやら協力をたのむ相手を間違えたようだ。
「仕方ないなあ」
気を取り直して、あたしは次の協力者に依頼するべく廊下を少し歩いて移動した。
そして、次なる部屋のドアを軽くノックする。
コン、コン。
「はーい?」
「ちょっといい?」
「どうぞー」
…控えめに部屋をノックしたあたしは、中からの応答を待って、ゆっくりとドアを開けた。
「あら?あかねちゃんどうしたの?その格好」
「うん、ちょっと」
…そう、次に訪れたのは、かすみお姉ちゃんの部屋。
部屋で編物をしていたかすみお姉ちゃんの前に、あたしはタオル姿のまま姿を現したのだ。
「あのね、背中にこのオイルを塗って欲しいの…背中だから届かなくて」
「いいわよ。じゃあベッドの上に横になってね」
お金を取ろうとしたなびきお姉ちゃんと違って、かすみお姉ちゃんはにこやかな笑顔でそう答えると、あたしを自分のベッドの上へと横にならせるべく案内するが、
「ああ、でもそのまま寝たらベッドにオイルがついちゃうよ…」
「そうだったわね。じゃあ私、下から大きなタオルを何枚か持ってくるわね」
「ありがとう」
そして、バスタオル姿のあたしを考慮して、おねえちゃんはそう言いながら部屋を出て行った。
「…」
…ああ、おねえちゃんは本当に優しいなあ。
もー、同じ姉妹であの変りようはなんなのよ。
あたしは、パタン、パタン、と階段を降りていったお姉ちゃんの足音を聞きながらそんな事を思って部屋でそのまま待っていたが、
「…」
五分経ち、十分経ち。
あげく、三十分以上も経つというのに、かすみお姉ちゃんは一向に部屋へと戻ってこない。
「どうしたのかなあ…?」
さすがのあたしも待ちくたびれて、かちゃ…と部屋のドアを開けて廊下へと顔を出すと、
「何やってんだ?おめー。かすみさんの部屋で」
「乱馬」
そこで、…なぜか二階へと上がってきた乱馬と目があった。
「うん、ちょっと」
「かすみさんなら居間で、おじさんの洋服繕ってたぞ」
「ええ!?」
…どうやらかすみお姉ちゃんは、下の階に下りたときにお父さんに捕まってしまったらしい。
頼まれたら嫌といわないお姉ちゃんは、それで二階へと戻ってこれずにいたようだ。
「なーんだあ。それじゃこうして待っててもいつになるかわからないのか」
それだったら、今日は諦めてこのままお風呂にいこう。
「…」
あたしがそんな事を思いながら部屋の外へと出ると、
「かすみさんに何か用だったのか?」
オイルを置きに自分の部屋へと戻ろうとしているあたしに、乱馬がくっついて歩きながら尋ねる。
「発汗作用があるオイルを、背中に塗って欲しかったのよ。背中は自分じゃ届かないし」
「ふーん」
「身体にオイル塗っているから、そのまま寝転ぶとベッドが汚れちゃうでしょ?だから寝転んでもいいようにタオルを…って取りにいってもらったのよ」
「…」
あたしがそこまで乱馬に説明すると、
「…」
乱馬は不意に立ち止まり何かを考える素振をしたあと、ものすごい勢いで階段の方へと走り出し下の階へと降りていってしまった。
「?」
かすみお姉ちゃんでも呼びにいったのかな…あたしがそんな事を思いながら階段のほうを見ていると、
「待たせたなっ」
…別に待っていたわけではなかったのに、乱馬が妙に笑顔でそう言いながら戻ってきた。
その手には、いくつものバスタオルが抱えられている。
「…何それ」
あたしが怪訝に思いながら乱馬にそう尋ねると、
「何って、決まってんじゃねーか。さ、始めようか」
乱馬はニコニコと笑いながらそう答えると、さっさとあたしの部屋のドアをあけ、部屋に入った。
そして、ぼーっと部屋の前に立っていたあたしの手を掴んで部屋の中に連れ込むと、
「…」
バタン。
…何故かドアを閉めて後ろ手に、立つ。
「…」
「さ、準備準備」
更に、怪訝な顔をして立っているあたしを全く無視しながら、乱馬はベッドの上に念入りにタオルを引いたりしていた。
「…何してんの?」
あたしがボソッと呟くと、
「かすみさんは用があるみたいだし、かわりに俺が塗ってやるよ。さ、寝ろ」
ぽんぽん。
念入りに敷いたタオルの上を、乱馬が嬉しそうに叩きながらあたしに言った。
「断るっ」
あたしが即答するも、
「オイルってさ、両手のひらに満遍なくつけて、そんで背中をこう包むように撫でまわしながら塗ればいいんだよなっ」
そんなあたしの言葉なんて、乱馬はまったく聞いていない。
挙げ句の果てに、
「さ、ここだぞ、ここ」
「きゃっ…ちょ、ちょっとっ」
ドサっ…
笑顔のままあたしをうつ伏せにベッドに寝かせると、勝手にあたしが身体に巻いていたバスタオルをむきっと剥がし、腰の辺りまで下げる。
「満遍なく、だからな。満遍なく」
「…」
「よく汗をかくように、念入りに塗ってやるからなー」
「…」
あたしの足を挟むように座り込む乱馬は、そう言って何だか妙に嬉しそうな顔でオイルを手につけている。
「…」
…ヒーリングオイルって、癒しグッズというか。
塗ったりすることで心が安らいだりするもんじゃないの?
だから人気があるんじゃないの?
なのに…なのに。
「…」
…なんだろう、この身に迫る危機感は。
…
「いやあ、タオル一枚だとなあ、脱がすのも楽なことだ」
「ひっ…」
…案の定、妙に嬉しそうな乱馬に、あたしはまんまと掴まった。
「念入り念入り」
「…」
そして、
妙に熱心な手つきでオイルを塗られる羽目になり、もちろんその後、
「あ!ちょっと、何でそっちまで手を伸ばすのよっ。大体そこはもう塗ったんだからっ」
「俺がもう一度念入りに塗ってやるって」
「結構よっ。触るなっちょっとっ…やだーっ」
「遠慮すんなって」
…オイルを塗るだけではすまなかったことは言うまでもない。
翌日、
「あかねちゃん、昨日のオイルどうだった?汗、いっぱいかいたかい?」
学校帰りに道端で偶然あった東風先生にそう声をかけられたあたしは、
「汗ですか…はあ、まあ」
オイルを塗ったおかげで、いつも以上に妙な汗も掻きました。
…思わずそうぼやいてしまいそうになったあたしだったけれど、
「どうもありがとございました」
「気にいってくれて僕も嬉しいよ。また新しいオイルが入ったらあかねちゃんにあげるね」
「…」
遠慮します、ともいえず、あたしは妙な作り笑いをしてその場をごまかすしかなかった。
…ヒーリング用のオイルでも、使い方を間違えれば全く「癒し」にはならないこともある。
今回の事で、あたしは身をもって体験したのだった。
