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→名前で忍んで

「…でね、そのジュース。亡くなった奥さんを偲んで、奥さんのお名前を一字とって名前を付けたらしいのよ。そしたら
お店が大繁盛したんだって」
「へー」
「ステキじゃない…それからもう何十年もそのお店続いてて…なんて。旦那さんと奥さんは、いつでも一緒にお店をやっているって事よね」
…何かのTVを見ている最中、ふと、家の近所の商店街にある有名な喫茶店のそんな有名なエピソードをふと思い出したあたしは、乱馬に話してやった。

そこのお店は、もう創設されて30年近くになる喫茶店。
今ではTVの撮影なんかもよくきたり、有名人も訪れにくるような場所なんだけど、創設当初はちっちゃいお店で、客も入らなくて。
それにお店をはじめてすぐに、ご主人の奥さんもなくなられたりして不幸続きだったけど、「奥さんを忘れないように」…と、ご主人が新しく作り出したジュースに奥さんの名前の一文字を使ってつけたところ、何だかそのジュースは、人伝でとても人気が出て、今ではその喫茶店の目玉のジュースになっていた。

「でもなあ。奥さんの名前をジュースの名前に使うとは、随分とキザな野郎だな、その主人」
「でも、素敵じゃない。そんな風にしてまで偲んでもらえるなんてうらやましい限りだわ」
あたしがそういうと、
「けッ。俺は絶対にごめんだね」
乱馬はそういってフイっと横を向いてしまった。
(まったく、ホントに夢がないんだから…)
あたしがため息をつきながらそんなことを思ってると、
そんなあたしに対して乱馬はヒトコト言った。
「第一、俺が守って以上そんな簡単に死なれてたまるか」
「え?」
あたしが乱馬のぼやきに反応して彼のほうを見ると、
「な、何でもねーよッ」
乱馬は真っ赤な顔をして頭をかいていた。
(…)
あたしは何だかそんな乱馬が可愛く見えて、
「ほら、病気とかにかかったらわかんないでしょ」
わざと意地悪くそういってやると、
「だから、病気になんてかかんねえように今のうちから身体を鍛えとけってんだよ」
乱馬は更に真っ赤な顔をしてそういい捨てると、
「だから、おめーがそうやすやすと死なねーように、俺も身体を鍛えとかなくちゃいけねーの」
ジュースに名前を埋め込まれ、偲ばれてる暇はねえ。
…乱馬はそういって居間から出て行ってしまった。

(ふふ、何よ照れちゃって)

あたしは、そんな乱馬の姿に思わず吹き出してしまった。
…ばーか。
何照れてんのよ、乱馬の奴。
それに。
第一、誰もあたしが乱馬に「そうしてよ」なんて言ってないじゃないの。
ただ、「ステキよね」って言っただけなのにさ。
「ふふ…」
あたしは何だかそんな乱馬の様子がおかしいのが反面、
可愛いのが反面。
「…」
と。
ふと道場の方を見ると、フッ…と道場の窓から明かりが洩れている事に気がついた。
(…)
きっと、照れてほてった顔と頭を冷やそうとして、乱馬が汗を流しにでもいったんだろう。
「…仕方ないわね。あたしも病気にならない元気な身体を作るために、鍛えにいくか」
あたしは、よっこらせ…と席を立ち上がると、ゆっくりと道場へと向かって歩いていった。


…確かに、ジュースに名前を付けられて偲ばれるのも素敵だけど、
「俺が守ってる以上そんな簡単に死なれてたまるか」
あたしに対して、そんな風に思ってくれる人の傍にずっといられる方が…もっと素敵。


道場へゆっくりと歩いて向かいながら、あたしはそんなことを考えて、くすっと小さく笑った。

 

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