夢を見た。
なんだか良く分からないけど、夢の中ではあかねはめちゃくちゃ俺に、優しくて。
そんでもって、なんだか良く分からないけどめちゃくちゃ俺のことが、好きらしい。
こんなの、あからさまに夢。
本当に、夢。
そう。これが現実であろうハズがないんだ。
…にもかかわらず、こんなに嬉しくてたまらないのは何でなんだろうか。
「ねー、ご飯できたよ」
…その、夢の中で。
そういって、エプロン姿で台所から顔を出す、あかね。
「…お前が作ったのか?」
笑顔ではあるけれど、あきらかに顔がひきつっている、俺。
「そうよ。ね、ね、味見してみてッ」
あかねはその料理によっぽど自信があるのか、俺を台所の中に引き込んだ。
(あー…やっぱ夢の中でも料理の腕前までは変んねえよなあ…)
「…」
俺がそんなことをこっそりと思いながら、台所に大量に作られているあかねの手料理を味見すると、
「ん!?」
…これがまた、妙にめちゃくちゃ上手い。
半端じゃなく、上手い。
かすみさんやお袋…いやそれ以上?
(おかしい。そんなはずはねえ。例え夢でもッ…)
あまりにも信じられなくて、もう一口味見をしてみたけれど、
…やっぱり、美味い。
「…」
俺があまりの衝撃のために、ぽかんと口を開けてると、
「乱馬のために、一生懸命作ったのよッ」
あかねはそういって、嬉しそうに笑った。
…その笑顔がめちゃくちゃ可愛くて、
(かッかッ…可愛いじゃねえか)
俺はなんだか急に、動機息切れ、そして眩暈に見舞われた。
…なんだ、この夢は。
たとえ夢でも、こんな俺に都合がいいことばかりでいいのか!?
もしや俺、一生分の運をこの夢で使い果たしている、とか…。
俺は思わずそんなことまで考えてしまう。
「…」
なんだか妙に心配になって、俺が笑顔のあかねの顔を恐る恐る見ると、
「どうしたの?もしかして…口に合わなかった?」
あかねがさっと、表情を曇らせた。
「そ、そんなんじゃねえよッ」
俺は慌てて否定して、「美味い…です」とあかねに伝えた。
するとあかねは、
「乱馬のために一生懸命作ったんだからッ」
そういって、俺に抱きついてきた。
「ひッ…」
俺は思わず小さく悲鳴をあげてしまったが、でも実はその頭の中は意外にしたたかな事を考え始めていた。
…現実世界では、こんなこと絶対にありえねえ。
ありえないし、信じられん。
やっぱこれは夢。
俺の自分勝手な夢…なんだけど。
…夢だったら、もうちょっと、おいしい思いをさせてもらってもいいよな?
な?だって…だって夢でもこんな夢、めったに見れるチャンスねえし…
勝手にそう決め込んだ俺は、まるでさびたロボットのようにぎこちない動作で、あかねの背中に手を回した。
あかねはそんな俺の顔をちらっと見たけれど、真っ赤な顔をしてうつむいた。
(あ…)
…頭が、くらくらした。
カーッと頭に血が上って、一瞬頭が真っ白になった。
だけど、今この瞬間なら…俺はあかねに対してなんだか素直に自分の思いを伝えられそうな…そんな気もした。
「…」
そんな俺に対し、あかねが目を閉じてそっと顔を上げた。
「いッいッ…いいの?」
俺がかすれた声でそう尋ねると、「うん」とあかねは小さく頷いた。
(か、か、神様ッいい夢見させてくれてありがとうッ)
俺は大喜びでそのままあかねに顔を近づけた……
…はずだったのに。
「ん?」
ふと妙な感じがして閉じていた目をあけると、
「うわー!」
…なぜか俺の腕の中にいたはずのあかねが、
『ら、乱馬貴様ッ。ち、ち、父に対して何をするッ』
と、プラカードをもってがたがたと震えた(怒りで)パンダ親父がそこにいた。
「はッ」
…そこで俺はようやく目を覚ました。
ようやくわれに返って周りを見回すと、そこは狭いテントの中。
俺はそのテントの中で、なぜかパンダ親父にぎゅーっと抱きつき、抱き枕代わりにして寝ていたらしい。
「はー…気持ち悪…」
俺ががっくりと肩を落としながら呟くと、
『気持ち悪いのはわしだッ。』
パンダ親父が、俺の頭をプラカードで叩いてきた。
そして更に、
『それにしても乱馬、おまえそんなにあかね君に逢いたいのか』
…と、妙なことをプラカードに書いてきたので、
「な、何で俺があかねなんかにッ…」
俺が内心ドキッとしつつも親父に応えると、
『あかね、好きだーッと言っていたではないか』
親父は、プラカードにすらすらとそんなことを書いてきた。
「そんなこと言うわけねえだろ!そ、そりゃ確かに素直で可愛いとは思ったけどッ…」
俺が、夢の中で起ったことを思い出しながら親父に叫ぶと、
『ほー、お前ホントにあかね君の夢を見てたのか。』
と、ニヤニヤした顔でプラカードを出してきた。
「え、ホントにって…」
俺がはっと口を息を飲むと、
『冗談で言ったつもりだったのだが…ほー、そーかそーか。流石は許婚。ヒューヒュー』
親父は口笛を鳴らしながらニヤニヤすると、
『憎いね、この』だとか『お熱いことで』だとか、さんざ俺をからかった挙句一人で勝手に寝てしまった。
(だ、だ、騙しやがったなーッ)
俺はわなわなと震えながら、「復讐」…とばかりに眠り込んだ親父の枕を引っこ抜いてやったりしたのだけれど、
やっぱりその恥ずかしさは消えず、ため息をつく。
…そうだった。
俺は親父と山に修業に来ていたんだった。
今日はその初日で、久しぶりに張ったテントの中で眠りについて…。
(それがなんで親父を抱き枕なんかにしなきゃ何ねーんだよ。あー、気持ち悪い)
俺は、自分の愚行にまずは一つ大きなため息をついた。
ガその後、先程まで見ていた甘美な夢を再び思い出し、もう一つため息をついた。
今まで修行に出たことなんて数え切れないぐらいあったし、その間あかねに会えないことなんてしょっちゅうあった。
今回だって、修行に出てくる直前に喧嘩したくらいなのに。
「可愛くねえ!」
さんざ、そうあかねに叫んで、そんでもってめちゃくちゃにぶん殴られて。
それでも懲りずにまだ、
「可愛くねえ!この凶暴女ッ」
…そんなことまで叫んで、顔がはれるぐらいひっぱたかれたのに。
(…)
それなのに、何でそんな凶暴女の事を、あんな風な形で夢を見てしまったんだろうか。
「…」
…自分でも、よく分からなかった。
でも俺の中には、親父に思いっきり抱きついてしまった気持ち悪さよりも、夢の中であかねが俺に見せてくれた笑顔の方が強く印象に残っているのは確かだった。
(可愛かったなあ)
「はー…」
…たとえ現実があんなうまくいくわけがないとわかっていても、やっぱりなんだか、名残惜しさが残った。
出掛けに喧嘩してきたから、それはなおさらだ。
(…電話、してみよーかな)
と。
…普段の修行ではそんなこと思いもしないのに、俺はそんなことさえ考えてしまった。
修行中だからそう簡単には逢いに帰れないけど、でも電話なら…。とか。
なんだか、たとえ「何の用よ」とか怒られてもかまわねえかな、とか。
俺はそんなことさえ思ってしまった。
「…」
俺は、眠り込んだ親父に気づかれないようにそっと、テントを抜け出した。
絶対にあかねの奴、「何よ。電話なんかしてきて」…とか何とか言ってくるだろう。
そしたら俺は、なんて答えようか。
…別に、好きだからとかじゃねーよ。
…別に、おめーの事が気になったから電話したんじゃね-よ。
だいたいなあ、おめーみたいな凶暴で色気のねえ女、好きになるわけなーだろ。
俺はなあ。
俺が電話したのはなあ。
俺は…俺はただ…
…おめーの声が急に聞きたくなっただけなんだよ。
…
こんな事言ったら、あいつまた怒るんだろうなあ…。人を馬鹿にしてッとか何とか。
…でも、これが本心、そう思っちまったんだから、仕方がない。
この気持ちが、なんなのか。
俺にだってよく分からなかった。
あんな妙な夢を見たから、悪いんだ。
そう、あの変な夢のせいなんだよな。
あの夢の。
(…)
俺は、そんな事を考えながら一人、夜の山を下っていた。
…喧嘩別れして出てきた修業中の、何だか妙な、夢のアト。
残ったものは可愛いあいつの笑い顔と
…想い焦がれる気持ちだけ。