大安、吉日、家族は留守。
ただし外は大雨…なある日曜日。
『南から徐々に北上している台風×号は各地にその爪あとを残し…』
…そんな、朝からずっとやっているTVニュースを半分聞き流しながら、俺は隣に座っているあかねの姿をチラチラと見ては、「タイミング」を覗っていた。
何の「タイミング」かといえば、もちろん決まっている。
そう…あかねの手を握る「タイミング」だ。
「台風かー…お姉ちゃん達も、帰ってくるのに足止めくっちゃってるみたいね」
「そ、そうだな…」
…俺が、無造作に床に置かれている手を握ろうとするのに対し、絶妙なタイミングで、あかねはいつもそんな台詞を吐く。
そして俺はその台詞に水を差されて躊躇をしてしまって…不自然に頭や体を掻いたりして誤魔化す。
この数時間、俺はそんな行動の繰り返しだ。
…彼女と二人きり。
しかも、外は大雨。
同じ部屋の中で並んで座って、話なんてして、さ。
こんなチャンス、願ってもない。
なのに…何でこんなに上手くいかないんだ?
(あー、もう。思うようにはいかねえなあ)
俺は心の中で小さくため息をついた。
…と。
「ねえ?乱馬」
それまでじっとTVのニュースを見ていたあかねが、不意に俺のほうを振り向いて、俺の名を呼んだ。
「ん?」
俺がそんなあかねに答えると、
「ねえ…食べたくない?」
あかねはそんな事を言いながら、それまで俺が掴む事の出来なかった手で、逆に俺の手をきゅっと握ってきた。
「えッ…」
…お、俺がしたかったことをそんな急にッ…。
いきなり本心を見透かされたような気がして、俺はオタオタと慌ててしまった。
そんな俺に対し、
「せっかく二人だし…サービスしてあげたいの」
…あかねはにこっと優しい笑顔で微笑みながらそんな俺に追い討ちをかけるように囁く。
(ふ、ふたッ…・)
声と同時に、フッ…とあかねのあの「いい匂い」が俺の鼻先をくすぐる。
それによって、俺はカーっと興奮して首まで赤くなってしまった。
二人きり。
サービス。
「食べたくない?」
…サービス。
サービス。
サービス…サービス!?
(さ、さ、誘われてる!?俺、もしかしてあかねに誘われてッ…)
…どれをとっても「サービス」しか、もう俺の頭には入ってこなかった。
彼女と二人きり。
そして「サービス」といったら…一つしかない。
「じゃ、じゃあ…食べる」
あかねを…と、俺はあかねには聞こえないぐらい小さな声でごにょごにょと呟いた。
そんな俺は、いつのまにか正座をして、あかねと向かい合って手を取り合っていた。
そして「思わぬ展開にラッキー…」と緩んでしまいそうな顔を一生懸命引き締めながら咳払いをし、
「あ、あ、あかね!」
そのまま手を手繰るようにして引き寄せるとあかねを一気に押し倒した。
…はずだった。
が。
「あれ!?」
あかねの手を手繰り寄せようとする寸前、あかねは俺の手を離していた。
そして押し倒そうとする俺の前から素早く立ち上がっていた。
なので、「あるべきところにある」ものが無くなってしまったがために、俺の体はそう、まるで地面に叩きつけられた蛙のようにべしゃっと床にひれ伏してしまった。
「あれ!?」
俺がそんな自分の状況をすぐには把握できずにキョドキョドしていると、
「じゃあ、待っててね、乱馬!あたし、乱馬のために美味しい手料理、作ってくる!大サービスするからねッ」
…あかねはそんな俺を上から見下ろしながら妙に笑顔でそう言った。
「りょ、料理!?」
「そうよ。だから食べるかって聞いたでしょ?」
「ま、待てッあかね、早まるなッ…」
俺が慌ててあかねに取り繕うも、
「乱馬、すぐだからね!待っててね!」
あかねは、そんな俺に構うことなくニコニコと台所へと歩いていってしまった。
…どうやらあかねは、何が何だかよく分からないけど、急に俺に「手料理」(しかも大サービス)を振舞ってくれる気になったらしい。
(言い出したら、きかねえからなあ。それに、今更「食わない」とかいって泣かすのもやだし…)
俺は、居間のタンスから救急箱を取り出し胃薬を机の上に置きながら、大きなため息をついた。
「手を握りたい」。
そんな大きな願い、もう今日は願いません。
だから頼む、「食えるもの」を食わしてくれ。
気絶しないで二人で過ごせるくらいの「食いもの」で構わん。
な?
た、頼むよあかね。
大安、吉日、家族は留守。ただし外は大雨…なある日曜日。
愛しい彼女と二人きりで過ごせるはずの、甘い、あまーい一時。
…なんて、まだまだ、俺の思うようにはいかないようだ。