「まてよ!こらッ待てってばッ」
…自分より一歩も二歩も前を歩いているあたしを、
「待てよ、あかねッ」
そんなことを叫びながら、乱馬は追ってくる。
そんな乱馬を、
「もー。早く来ないと置いてくわよーッ」
せっかく、朝ごはんの前に海沿いに散歩にきたのに…と、容赦なく置いていく、あたし。
一体、どうしてこんな「おっかけっこ」のような感じで散歩をしているのか。
それには少し、理由があった。
家族で旅行に来た、海沿いの旅館。
天気もいいし、それに何となく早起きしてしまッたのもあって、
「ねー、乱馬。朝ご飯まで時間があるし、散歩に行かない?」
と、乱馬を誘って外に出たはいいけれど。
乱馬の奴、玄関の外で待っていたあたしの格好をみるなり、
「ちょっと待ってろ」
「え?」
「いーからッ」
そんなことを言って一度旅館の中に戻ったかと思うと、
「これを着ろッ」
「はあ?」
「いーからッ」
…と、
みるからに厚手の生地で出来ているパーカーを、あたしに差し出してきた。
「やーよ。なんで夏なのにそんな厚くて長袖のパーカー着なくちゃいけないのよ」
もちろんあたしは、そんなパーカーを受け取らず、
「ほら、行くわよ。もたもたしてると置いてっちゃうからね」
そういってすたすたと歩きだしたのだった。
「そんな服着て歩いてると、変な奴らが注目すんだろッ」
…相変わらず、先を歩くあたしの後ろからそんな事を叫んでいる、乱馬。
「そんな服って何よッ。ただのノースリーブのワンピースじゃないッ」
あたしが乱馬の言葉を逆手にとって言い返すと、
「それが問題なんだろッ。肩を隠せ!この服を着ろ!暑さがなんだーッ」
と、
乱馬の奴、まるで「嫁入り前の娘を心配する父親」のような事を叫びだした。
(…もー。お父さんじゃあるまいし)
そんな乱馬の言葉にため息をつきつつ、あたはぴたりと歩をとめて立ち止まった。
そして、乱馬のほうを振り返ると、
「…守ってくれるんでしょ?」
「え?」
「だから。変な人があたしをじっーっと見たり、近づいたりしないように…守ってくれるんでしょ?乱馬が。だったら平気でしょ」
あたしはそういって、乱馬の手にしっかりと抱えられていたパーカーを、シュルッ…と彼の腰に巻きつけてしまった。
「違うの?」
パーカーを巻きつけたあたしは、そのまま乱馬の腕を取って彼の顔を見上げた。
すると乱馬は、
「あ、当たり前だろッ」
耳まで真っ赤になりながらそう答えると、ふいっ…とあたしから目線を逸らし、空いた手で頭を掻いていた。
そして、
「い、行こうぜ」
少し落ち着いた後に、腕を取ってるあたしの身体をもう少しだけ…自分の方へと引き寄せながら、乱馬があたしを見た。
「うん」
あたしはそんな乱馬に笑顔を見せ、そして再び、今度は先程よりもゆっくりと、海沿いの道を歩き出した。
どうやらあたしは、上手く乱馬の気を紛らわせることに成功したようだ。
(やれやれ。乱馬がこんなに心配性だったとは…こんなの、ちゃんと付き合ってみなくちゃわかんないことよね)
乱馬のヤツ。自分は女の姿で女物の服を着る時、スリットの入ったチャイナ服とか短いスカートとか…妙に女っぽい服をセレクトするくせに。
あたしがノースリーブのワンピースを着ただけでこれだもんなあ。
ヤキモチ焼きというか、独占欲が強いと言うか。
「いいか、男はみんな狼なんだぞ。いつドコで見てるかわかんないしなあ…」
…尚もそんな事をぼやいている乱馬。
「あんたが一番の狼でしょうが」
この狼少年め。心当たりがないとは言わせないぞ?
…あたしは思わずそう言ってやりたかったけど。
ふと口を閉じて言葉を飲み込んだ。
そんな狼少年を、もしかして、あたし結構上手くコントロールしてない?
…なんだかふと、そんな事を思ったからだ。
そりゃあ?二人きりのときに襲い掛かってこられると、コントロールも何もないんだけど。
でも、何だかんだ上手いことを言っては、さっきみたいに乱馬の気を紛らわせつつ、あたしの意見を通す事だって…結構多い。
「ふふ。あたし、乱馬をコントロールしてるんだね」
…あたしは、クスッと笑いながら改めてそう言って、乱馬の顔を見た。
「な、ナンだよそれッ。なんで俺がおめーにコントロールされてんだよッ」
「なんでかしらね?」
「それはつまり、尻に敷かれてるって事か…いや、そんなはずはねえ」
乱馬は、あたしのその言葉の意味を色々と考えてるみたいだったけど、
「いーの!あんたはあたしにコントロールされてれば幸せなのッ」
あたしはそんな乱馬にそうやって笑いかけると、掴んでいる腕に頭をもたげた。
「ちぇッ…何かきにくわねえな」
乱馬はブスッとした顔でそう言ったあたしを見ていたけれど、
「その内慣れるわよ。それに、ちょっとくらいそういう弱みがあったほうが…いいなあ」
あたしが一言そう囁いた途端、
「そ…そお?」
「うん」
「な、ならちょっとくらいはコントロールされてもいいかな…」
…そう言って、不機嫌一転、妙にご機嫌になって、乱馬は、あたしの頭にゴチン、と自分の頭をぶつけて笑った。
「…でしょ?」
あたしはそんな乱馬に対し、負け時と頭をぶつけ、笑いながらながら答えてやった。
…ほら、不機嫌な乱馬がまた、機嫌が良くなった。
ふふ、これではまともや、乱馬のコントロール成功ね。
うん、そうだ。これで確信。
あたしはもしかしたら、名コントローラーなのかも、しれない。
もちろん、乱馬に対してだけだけど…ね。
あたしは、乱馬に気が付かれないように、そんなことを思いながら一人こっそりと笑ってしまった。