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夕涼み
「あかねー、乱馬君、先に行ってるからね」
「早く来ないと、食べモンなくなるわよ」
…梅雨も去って、ようやく夏が本格的に訪れるか否か…のとある日の夕方。
神社で行われるのお祭りにでかけるべく、天道・早乙女一家はそそくさと支度を済ませ玄関へと向ったのだが、
「ほら、あかね。みんなに置いてかれちまうぞ。早く来いよ」
最後まで浴衣を着るのに四苦八苦していて、ただでさえ支度が遅れたあかねを更にせかすように、すでに玄関から出て門のほうへと歩きだした家族達の背中と家の中を交互に見るようにしながら、乱馬が玄関であかねを呼ぶ。
が、
「ごめん、乱馬。先に行っててくれる?」
支度自体はもう終わっているのだけれど、ちょっと思うことがあり、あかねはせっかく玄関先で自分を待っていてくれた乱馬にそう答えた。
「何でだよ?」
怪訝そうに首を傾げる乱馬に、
「うん、今たまたま縁側の方を見たら、夕日がきれいに池に映えててね、綺麗だったから」
「はあ?」
「だからー…何か夕方で少し涼しい風も吹いてるみたいだし…ちょっとだけ夕涼みしてから皆のところに行く。そんなに遅れないから、先に行っててって・・皆に伝えてよ」
あかねが「お願い」と上目使いに乱馬に頼み込むと、
「ったく。しょうがねえな」
乱馬は「やれやれ」とでもいいたげな表情でため息をつくと、あかねを置いて玄関から出て行ってしまった。
タタタタッ…・と、乱馬が先に行ってしまった家族の後を追って走っていく足跡が、その後すぐに聞こえた。
(ごめんねー、乱馬)
あかねはそんな乱馬にそっと心の中でもう一度謝ってから、しまっていたガラス戸を引いて、ゆっくりと縁側に腰掛けた。
…茜色の光が、小さな池にきらり、きらりと反射しては目を覆わんばかりの七色の光をこの狭い空間に生み出していた。
時折池の鯉が飛び跳ねて出来る水しぶきが、まるで琥珀色のドロップのようにあたりに飛び散る。
ヒンヤリとした風が一筋、あかねの耳元を吹き抜けていく中そっと目を閉じれば、微かに、虫の鳴き声も聞こえてくる。
「もう夏なんだなあ…」
目の前にある、少しだけ別世界のその空間を堪能しながら、あかねはぽつんと呟いた。
と、その時だった。
「何か珍しい虫でもいんのか?」
ガラガラッピシャッ…と玄関の方で音がしたかと思うと、
ドスっドスッ…と廊下を歩く音がして、
「ら、乱馬?」
…先に家族と神社に向かったはずの乱馬が現れた。
「あんた先に行ったんじゃなかったの?」
あかねは乱馬にそう尋ねたが、
「…」
乱馬はそれには答えず、
「へー、扇風機もかけてねえのに、座っているだけで涼しいんだな」
そんなことをぼやきながらあかねの隣へと座り込んだ。
「風流だ」
そしてそんなことを更に続けて呟いた乱馬に、
「ふふ…」
あかねは、笑っては悪いと分かってはいながらも…思わず乱馬のその言葉に反応し吹き出してしまった。
「な、なんだよッ笑うことねえだろッ」
いきなり噴出したあかねに対し、乱馬が恥かしそうに頬を赤らめながらもむっとした表情をするので、
「ごめんごめん。でも、乱馬のくちから”風流”って言葉が出てくるなんて何だか予想外で…」
あかねはすぐに乱馬に謝るも、
「お、俺だってなあ、たまには風流を語るんだぞッ。雅な格闘家なんだッ俺は」
「み、雅い?ふふ…」
乱馬の妙な弁解というか言い訳のせいで更に笑い出してしまった。
「な、何だよッ。…ちぇッ。人がせっかくみんなに伝言してから急いで戻ってきてやったってのに」
乱馬は更に笑っているあかねに対してぶちぶちとそんなことをぼやいていた。
「もー。だからごめん、て謝ってるじゃない」
あかねは気が済むまで笑った後、いまだ頬を膨らませてぼやいている乱馬の、縁側に置かれた手にそっと手を重ねてそう言った。
「…しょーがねえ。あかねがそんなに俺に許して欲しいって言うなら許してやるか」
すると、乱馬は妙に強気にそんなことを言い、あかねが重ねた手の下から自分の手をするりと抜き取った。
そして、上から多い被せるように自分からあかね二手を重ねると、重ねたその手に、一本、また一本と自分の指を絡めていく。
二人の頬を、髪を、心地よい冷たさの風が通り過ぎていく。
けれど、二人の重ねられた手の温度は…・常夏の島よりも温かい。
「こーゆー庭で、涼みながらスイカとか食べたらうめえよなあ、きっと」
そうぼやく乱馬と、
「何言ってんのよ。夏の夕涼みといったら、トウモロコシよ!茹でたトウモロコシをかじるのよッ」
そう呟く、あかね。
「スイカだッ」
「トウモロコシよッ」
…しばらくの間、そんなつまらない小競り合いをしていた二人だが、ふとした瞬間にその言いあらそいが何だかほんとにくだらなく思えて、
「…」
思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
ひとしきり二人は笑った後、
「スイカでもトウモロコシでも。俺、あかねが隣にいれば何でもいいや」
不意に乱馬がそう呟いて、あかねに絡めていた指にきゅっと力を込めて、笑った。
「…ばーか。何いっちゃってんのよ」
あかねはそんな乱馬の言葉に対して、口では悪態をつきながらも、そのままそっと…乱馬のほうへ自分の身を傾ける。
「よく言うぜ。嬉しくせに」
もちろん、そんなあかねの本心など既にお見通しの乱馬は、そんなあかねに黙って自分の体を貸す。
夕暮れ時の、縁側で。
心地よい風と、琥珀色のドロップが散りばめられている中、二つの寄り添った影が、地面に照らし出される。
しばらくの間じっと動かず寄り添っているその二つの影が、やがて一つに重なるまでに、そんなに長い時間はかからなかった。
とある日の、夕涼み。
天道家にも熱い熱い夏が訪れる、ちょっと前のとある風景。
