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→戸惑う気持ち

「話し掛けるな」

…あからさまに、後ろ姿がそうもの語ってるよな。
俺の二歩も三歩も前を、 長い髪をなびかせながら歩いている、あかねの背中をみながら俺はそう思っていた。

あかねの奴、初めからそんな雰囲気を漂わせていたわけではなかった。
少なくとも、学校を出た時点では普通だった。
あいかわらずの、はねっかえりぶりで、俺とたわいもない口喧嘩をしていた…あかね。
いつものように東風先生の所に寄っても、
「せ−んーせッ」
そんな風に、嬉しそうに先生と話ししてたり。
(俺に対してとはえれー違いだぜ)
そんなあかねの姿を横目に、俺はブチブチとそんな事さえも、思っていた。
…でも。

「こんにちはー…」

あかねとは別の、そんな女性の声が俺たちの耳に届いた瞬間から、
「あ…」
あかねの様子がガラッと変わった。
「やあっ…かすみさんっ…」
声の主が俺達のいる診察室に現われ、その瞬間からそういって、かちゃかちゃ、もじもじと骨格標本をいじる先生と
「東風先生、こんにちは」
そんな東風先生の姿をみてにっこりと微笑む、声の主…かすみさん。
「…」
そして、そんな二人を、何とも言えないような表情で眺める、あかね。
(…)
東風先生とかすみさんが、あかねの普段とは違う様子に気が付くわけもないのが、あかねにとっては更に辛い所なわけで。
「あら、あかねちゃん。いっしょに帰りましょうよ」
「あ、あたし用があるから…」
…そうなればもちろん、あかねは不思議がるかすみさんに無理矢理笑ってみせて、接骨院から飛び出した。
「おい、待てよッ」
そんなあかねを追って、慌てて俺も外にでたけれど、
「何でついてくるのよッ」
感情的になって言い返すあかねと
「な、何だよッ。人がせっかく心配してやってんのにッ」
そう言ってムッとした表情をする俺は、出会って30秒もしないうちにすぐに喧嘩になる。
「心配なんて要らないわッ余計なお世話よッ」
「なっ…可愛くねぇなッ」
「可愛くなくて結構!それに、たとえあたしが落ち込んでいたって…あんたに何が出来るって言うの!?ほっといてよ!」
鼻息荒く、感情的にそう喚くあかねは、ぐっと詰まった俺の横をすり抜けて、どんどんと道を歩いていってしまう。
(何だよ、あいつッ。人がせっかく心配してやってんのに…可愛げのねえッ)
俺は、あかねのそんな態度に不満を漏らすが、
「あんたに一体何が出来るの」
なぜかその言葉が耳から離れず、あかねの後を追う事も無くその場で口をつぐんだ。
そして、どんどんと先へ行ってしまうあかねの背中をじっと見詰める。




…前を歩いていく、あかねの背中。
強気で、生意気で、全く可愛げのないあの言葉とは裏腹に、
「…」
俺の目には、そんなあかねの背中が何だか妙に小さく…映っていた。


腹が立つような強情で、可愛げのない言葉からは考えられないような、あかねの華奢で小さな背中。
俺にはその背中がどうしても…がっくりと落ち込んでるように見えた。
(…)
…そんな背中を見てしまったら、俺だって、どんなにあかねにわめかれようが疎まれようが、そんな後ろ姿を放っておくことなんて出来なかった。
(俺だってなぁ…一応男なんだからな)
あかねのそんな背中を見つめながら、俺はいつのまにかそんな事をぼやいていた。
(男っつーのは、あからさまに落ち込んでる女を無視なんてできねーんだよっ)
たとえそれがどんなに可愛くない女だって。
ホント、不覚だよ。
ホントに不覚だけどさ…それでも、俺はあかねの背中を頬っておく事が出来ない「優しい」自分にため息をついた。
そして。
(あんたに、何ができる…か。そりゃ俺は無力だし?気の効いた言葉の一つもかけてやれることはないけどさ。でもなぁ…)


「…黙って抱き締めてやるくらいは、出来るんだからな」

…どうしてだかはわからないけれど。
俺はそんな言葉を口にしていた。
(わわっ…俺、何考えてんだ!?あんな可愛くねー女、冗談じゃねぇ!あんな頑固で素直じゃねえな女に、誰がッ…)
口に出してから慌ててそれを否定しようとしても、
(何で…?)
俺の中の「何か」が、そんな気持ちをかき消さないようにしていた。
そうこうしているうちに。
俺の中の、その「抱き締めることぐらい出来る」という気持ちがいつのまにか「抱き締めたい」という思いに変わっている事に、俺は気が付いてしまった。
(冗談じゃねえよっ…あんな、あんな意地っ張りで可愛くない女ッ…)
必死でその気持ちを打ち消そうにも、
「…」
そんな意志とは裏腹に、いつのまにか俺の足は一歩、また一歩とあかねの背中へと近寄っていく。
(何でっ…何で俺…)
戒めようとする意志を軽く退かせ、
あかねへと歩み寄らせるこの「力」の本当の意味さえわからないまま、俺はふらふらとあかねのすぐ背後までやってきた。

俺の目の前には、艶やかな長い髪が揺れているあかねの背中。
一歩強引に足を踏み切れば、いとも簡単にその背中を俺の元へ引き寄せられる気がした。

「…」
俺は、ごくり…と息を飲んだ。
(誰がッ…こんな可愛げのない女…)
そう思う俺と、
(抱き締めたい…)
そう思う俺。
「…」
二つの思いが強くぶつかりあっているまま、俺は、あかねの方へと手をのばした。
そして…

「きゃっ…」


…俺に、不意に頭のリボンをくいっとひっぱられたあかねが、かくんと体を後に仰け反らせて小さな声をあげた。
「何すんのよッ」
リボンを掴む俺の手を払い除け、あかねが再びわめきだした。
「え…あ…」
俺は、すんでの所で思い止まった自分に安心しつつ、
「へっ…そーやって鼻息荒くわめいてるほうがお似合いだっての!」
俺はすかさず憎まれ口をたたいた。
「なんですって!」
ブンッ…とカバンを振り回すあかねの攻撃を
「おっと…」
俺はすばやくかわして、道端のフェンスに飛び乗った。
「変な奴!いーっだ!」
あかねはそんな俺にべーっと舌をだしてみせると、
さっきよりも肩をいからせながら、さっさと道を歩いていってしまった。


…心なしかその背中は、さっきよりもずっと逞しく、そして元気になったような…そんな風に見えた。

「…けっ。可愛くねーの…」
そう呟いた言葉とは裏腹に、俺は内心ほっとしていた。
そして、
(思い止まって良かったよなぁ…)
そう思う反面、
(何で俺…)
あの時の、無性にあかねを「抱き締めたい」という気持ちが生まれた自分が不思議でならなかった。
(俺だって一応男だから…そうだ、あれはきっと、一般的な男としての”優しさ”ゆえにあんな気持ちに…)
俺は、どうしてあの時あんな風に思ってしまったのかというその理由を、深く考えないように自分に言い聞かせた。
…深く、考えてはダメだ。
考えてしまったら…
(俺は、”絶対に認めたくねえ気持ち”を認めなくちゃなんねえんだろうな…多分)
そんなの冗談じゃねえよ、と思う反面、
「…」
…俺にも、それがどういう「気持ち」なのかは、分かっていた。
(あんな意固地で、がさつで、素直じゃねえ可愛くねえ女ッ…)
…誰が、好きなものか。
「…誰が、好きになんかなるかよ」
俺は、ズンズンと俺の前を歩いてゆくあかねの、少しだけ元気になった背中を見詰めながらそんな事をぼんやりと考えていた。

 

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