「あーっまた駄目だ」
夕日ににじむ、とある川原にて。
俺は、数えて三十五回目の投石に失敗して、まるで子供のように地団駄をふんでいた。
要は、川に向かって石を投げて、川に沈まぬように向こう岸にまで石を渡したいってそれだけなんだけど、
これが以外に難しくって、俺は苦戦していた。
そんな俺の背後では、
「もー、諦めなさいよ」
あかねが眉間に皺を寄席ながらじっと俺を見ていた。
「何か、もうちょっとで出来そうな気がするんだよ」
俺が「もう一回」とあかねに哀願しても、
「そのもう一回を何回繰り返したのよ。ほら、行くわよ」
あかねは無常にもそういいのけて、すたすたと川原から離れていく。
「あっ待てよッ」
俺が慌てて追い掛けていってあかねの隣に並ぶと、
「もー…何であんなに夢中になるのよー。子供みたい」
あかねはとなりに並んだ俺の手に手をのばしながらぼやいた。
「し、しかたねぇだろッ」
俺はその手をきゅっと握り、
「簡単かなって…思ったンだよ」
そう言ってため息をつく。
「もー…」
あかねはそんな俺を呆れた表情で見て、
「そーやって乱馬がムキになってる間は、ずっとあたしはほったらかしなんですけどッ」
と少し不満を口にしつつも、
「…また明日、がんばろ。きっと気分変えて頑張れば、乱馬なら出来るよ」
うなだれてる俺に、励ますような言葉をかけて笑いかけてきた。
笑うあかねの髪に。
その頬に差す、オレンジ色の夕日。
一瞬見惚れて、そしてはっと我に返る、俺。
「うん」
…夕日に映える、そんな眩しい笑顔を見せられたら、本当に明日は出来るような気がした。
「また明日、がんばる」
俺は、あかねの笑顔に引き付けられるようにそう答えた。
「そうよ。明日がんばんなさい。だから、明日は、今日みたいに日が暮れる頃まで待たせないでよね?」
あかねはそう言って、俺の手をぎゅっと握った。
その言葉に俺は一瞬止まり、何故か一息おいた後、
「ああ…そうだな」
そんなあかねの手を握り返した。
そしてあかねと二人、オレンジ色に染まった夕暮の道を歩きながら…俺はふと、考えてみた。
…さっき。
「また明日」そんな言葉を何度も繰り返して口にした、俺たち。
そうやって簡単に「明日」って言う未来の事を口にするということは、もちろん、そんな俺たちは「明日」も一緒にいるって事が前提であって。
そうあることが「当たり前だ」って…思ってるって事だよな。
俺だけじゃなくて、あかねもそう思ってくれているって。
それって…
「何か幸せなことだよなー…」
…俺は、思わずそう声を出していた。
「ん?何が幸せなの?」
と、俺のそんなぼやきを受けたあかねが横で首を傾げた。
「別にー」
「何よ、気になるじゃない」
「んー、まあしいていうなら、今あかねが俺の隣にいる事かなぁ」
「なっ…」
俺の言葉に、あかねが耳まで真っ赤になりながらぐっと詰まった。
「な、何よっ急にッ」
照れたような顔をしてそう叫ぶあかねに、
「しょーがねーだろ。何か急にそう思ったんだからさ」
俺がさらっとそう返すと、
「…ありがと」
あかねは、俺が耳を傾けなければ聞こえないような小さな声でそう呟くと、真っ直ぐ前を向いている俺の頬に頭突き…いや、キスをした。
思わず、よろ…とよろけてしまいそうなその勢いに、
「すげえ頭突きだ…」
俺が頬を抑えながら呟くと、
「失礼ねッ」
あかねは真っ赤になりながら俺の肩をボコボコと叩き、
「な、慣れてないんだから仕方ないでしょッ」
俺をじとっと下目で見上げた。
「ふーん。じゃあ、慣れるまで、練習台になってやろうか?ほれ」
俺はそんなあかねが可愛くて仕方ないが、どうしてもいじめてやりたくてそんなことを言ってみる。
「いいわよッなってくれなくてもッ」
あかねはさらに真っ赤になりながらそっぽを向いてしまった。
「じゃあ、俺が練習しようかな。どれ」
俺はそんなあかねの頬に素早くキスをすると、
「あー、一回ばっかりじゃ練習になんねえなあ」
にっと笑いながらそう言うと、懲りずにあかねにぐっと顔を近付けてみる。
「練習なんてしなくていいわよッ」
あかねは、そんな俺から逃げ出すべく俺の手を振り解いて走り出した。
「遠慮すんなって」
「初めからしてないわよッ」
…でも、勿論すぐにつかまっては俺にさんざからかわれて。
「明日は、もっと上手にするもん…」
最後は俺に手を引かれながら、そんなことをぼやきながら歩いていた。
「明日じゃなくても、今夜からでもいいぞ」
「ば、ばかーッ」
「へへ…」
俺は、そんなの照れた顔を見ながら、思わずまた、笑ってしまった。
そしてやっぱり、
「何か、幸せな事だよなー…」
そんなことを、心の中で呟く。
夕日に映える、この川沿いの道を。
背中からさすその夕日によって、照らし出された俺達の「繋がった」影を見ながら歩いて。
「また明日」
そんな、少し先の未来の約束をする俺たち。
今日、今この瞬間そうであるように、明日の夕暮れ時もきっと、俺の隣にはあかねがいて、そしてまた約束するんだ。
「また、明日」
すげえ、平凡な言葉。
すげえ、ありきたりの約束。
でも、何だか俺にはそれが嬉しい。
一緒の家に住んでるし、学校だって一緒だし。
一般的に付き合ってる「彼氏彼女」の関係とはちょっと違うし、実はこれがすごく恵まれてる…のなんて分かってる。
「また明日」なんて約束しなくたって、一緒にいられることなんて分かってる。
でも、
でもさ。
何かこうやって、
「明日も一緒にいるんだぞ」
…そんな風に改めて、気持ちを確かめ合う事だって大事だと思うんだ。
「一緒にいて当たり前」。
その「当たり前」を、俺は大事にしたいと思うから…
俺はふと立ち止まって、背後から差している夕日によって前方に映し出された俺達の並んだ影を見つめた。
「どうしたの?乱馬」
あかねが、急に立ち止まった俺の手を少し揺らしながら尋ねる。
「ん?」
俺は、そんなあかねの方を見、そして…
「あかね。明日もこうやって…一緒にいような」
はっきりした口調でそう言った。
「…」
あかねは、そんな俺の言葉に一瞬驚いたようだったけれど、
「…うん」
嬉しそうな顔をして、俺に答えた。
俺はそんなあかねの表情を見てやっぱり嬉しくなって顔を緩めつつ、
「さ、帰るか」
そう言って、あかねの手を引き再び歩きだした。
「もう、何よお、急に」
「別に」
「変な乱馬」
あかねはそんな俺の様子を不思議がっていたけれど、俺はそれにはあえて、答えなかった。
…だってさ、あかね。
俺さ、何だか無性に言いたくなっちゃったんだよ。
「また明日も一緒にいたい」
…って。
そう思った気持ちに、理由なんて説明なんて出来ねえよ。
この川沿いの道を、夕暮れ時に二人で歩く俺達の…その並んだ影を見てたら、無性にそんな事を思ったんだ。
「また明日も一緒にいよう、な」
俺は、隣で不思議そうな顔をしていたあかねの手を少し自分の方へと引き寄せながら、もう一度そう呟いていた。
何故そう思うのか…理由なんて全然思いつかないその言葉を、俺ははっきりとした口調で、そう呟いていた。