…アイツの事を、俺はいつから好きになっていたんだろう。
改めて考えると、意外にそれがはっきりしない自分に俺は少し驚いた。
出会いは、最悪だった。
「男」の俺とアイツが初めて出会った場所。
それは…風呂場。
しかも、
お互い裸だった。
「男」の姿では初対面だったのに、
いきなり裸で出会ってしまった俺たち。
昼間に女の姿であった時は、俺に対して優しくて親切に接してくれていたにも関わらず、
俺が本当は「男」だと分かったとたん、
手のひらを返したように、反発してきやがる。
…本当は、別に喧嘩なんてしたくなくても、
なんだか事あるごとに突っかかってこられると、
俺だって負け時とアイツに対して突っかかってしまう。
…でも。
アイツと一緒にいるうちに、俺には分かってしまった。
そうやって強がって他人と接することで、アイツは「自分を守ろう」としているんだって、事。
本当はすごく傷つきやすくて、弱っちいくせに。
「攻撃は最大の防御」
この言葉は、アイツの為にあるんじゃないかって。
真剣にそう思った。
…俺達が出会った時。
アイツは、東風先生に片思いをしていた。
その東風先生が、アイツの姉ちゃんのかすみさんにべた惚れだってのを知ってて、
それでもアイツは東風先生好きだったんだ。
アイツにとって更に最悪なのは、当のかすみさんが、東風先生の気持ちに全く気がついていないこと。
かすみさんは何の悪意も、気を使うこともなく、
アイツに東風先生へのおつかいをよく頼んでいた。
「自分で行ってきなよ。あたし、今日は用事が…」
そういって、「ゴメンね」とかすみさんに笑うアイツ顔が、俺にはいつだって印象的だった。
だけど。
そうやって自分の気持ちをいつだって押し込め、
そして俺に対しては凶暴で乱暴でがさつなアイツだけど、そんな凶暴性を全て補ってしまうほどの容姿の持ち主、でもある。
だから、一般的な男から見れば、アイツは「可愛い」「美少女」に映るわけで。
毎朝ぶっ飛ばされるの分かってて交際申し込んでくる男は絶えないし、
体育の授業で、男顔負けの守備でボールをキャッチしてはファインプレーを見せ、
そしてそれを嬉しそうに笑うアイツを見て、
「かわいいよなあ…」
と、ボソッと呟いている男どももちらほら。
…たしかに、アイツは笑うと可愛いよ。
可愛いけどけど、
今朝俺が見た、かすみさんに対して見せたあの笑顔は、「可愛い」というよりかは、「切ない」という表情にしか見えない。
だから俺は自分でも良く分からないけど、何だかアイツを励ましてやりたくて。
「笑うと可愛いよ」
そう言ってやった。
言ってやったあと、妙にニヤニヤしてたアイツに「何笑ってんだ?」といったら、首が曲がるくらいぶん殴られた。
…ったく、凶暴な女だ。
女心、というかアイツ自体が良く分からん。
ったく、可愛くねえ。
ホントに可愛くねえ。
可愛くねえんだけど…でも、気になって仕方ない。
・・・
いつからかなんて分からない。
でもいつの間にか…俺の中でアイツはそんな存在になっていた。
…これがもしかして「好き」って気持ちなのか?
俺は何度か考えたことはあったけれど、
でも何度考えたところで、
そんなの、俺には良く分からなかった。
だけど、
「分からない」から「好きだ」と、確定的に俺がその気持ちをはっきりと気が付いたのは、そう…あの時だった。
…俺と良牙の決闘の最中、
女の姿ではフリだと、俺を助けに入ろうとしたアイツ。
動くと危ない…それを伝えたかったのに、「余計な事をするな」といってしまった俺とアイツは、
良牙そっちのけで口喧嘩を始めた。
そして、そんな喧嘩をしているうちに、俺が良牙から蹴り上げた武器が…アイツの髪の毛を、裁断してしまった。
背中まであった、綺麗で長い髪。
一瞬で裁断され、
そしてポトっ…と地面に髪が落ちると、アイツはしばし呆けていた。
切られた髪の先端を、何度も梳くような素振をして、今までそこにあった長い髪が今はもう消えてしまったのを…確認していた。
「あの…ゴメン…」
ありきたりだけれど謝る俺に、
「気にしてないからほっといて」
アイツは一言だけそう言った。
俺の前では泣かなかった。
泣く素振さえも見せずに、「どうせ近いうちに切るつもりだった」なんて強がって見せて。
…でも。
東風先生に
「とっても可愛いよ」
「短い方があかねちゃんらしい」
…そう誉めてもらったとたんに、アイツは堰を切ったように泣き出した。
俺の前では泣く素振さえ見せなかったのに、
アイツは東風先生の胸の中で大泣きしていた。
…俺は。
その様子をこっそりと覗きながら、何だか複雑な気持ちだった。
俺にはそんな弱い姿を見せない、アイツ。
そのアイツが、東風先生の胸を借りて、大きな声で泣いていた。
「もう、気持ちの整理がついた」
先生のところからの帰り道。
「先生、可愛いって言ってたな」とアイツに気を使ってそういう俺に、
なくだけ泣いたアイツは、こう言い退けた。
…そんなわけねえじゃねえか。
俺はアイツに思わずそう言ってやりたくなったのを、ぐっと堪えた。
あんなに大泣きするほど、好きだった人…なんだろ?
泣くだけ泣いたらすっきりするもんなのか?
本当は、そう聞きたくてしょうがなかった。
しょうがなかったけど、俺はそれをぐっと堪える。
…やっぱ、わかんねえ。
そんなの俺にはわかんねえけど、
でも…
でも、俺も何とか、アイツに声をかけてやりたかった。
同情とか、慰めとかじゃなくて、
東風先生が「可愛いよ」といったように、
俺だって、アイツのその短い髪が「似合ってる」と思っているという事を伝えたかった。
だから、アイツにそれを伝えようとするんだけど、
「似合ってるぜその髪…」
とか、
「俺は短い方が好き…」
とか、
自分でもよく分からないことを口走ってしまった俺。
「いや、だからその…俺の好みなんてどうでもいいんだけど…」
そんなこんなで妙に混乱してしまった俺が、照れながらそわそわもごもごしていると、
「乱馬」
アイツは、そんな俺に向って、「ありがとう」といった。
「…ありがとう。嘘でも嬉しい」
アイツはそう言って…俺に対して、初めてといっていいほど優しい笑顔を見せた。
…その時ハートは盗まれた。
心って、本当に「ドキッ」って鳴るんだ。
生まれて始めてそう感じた。
驚くくらい、自分でも顔が赤くなるのが分かった。
「可愛い」
打算とか、そういうのを全てとっぱらって純粋にそう思った。
だから、
「スキアリ」
…その後、
アイツに指で突っつかれて、乗っかっていたフェンスの向こうの川に突き落とされるまで、
頭の中は真っ白。
まさに、何も考えられない。
ほかの事が、全く頭に入らない…そんな事ってあるんだな、とまた一つ生まれて始めて感じる出来事が増えた。
…この時、ハートは盗まれた。
そして、俺の心はあの時以来、今でもずっと、盗まれたまま。
たぶんこの心、きっと一生戻ってくる事はない。
…あの時、ハートは盗まれた。
一生俺の元に戻らない、盗んだ心を持ち去りつづけるアイツはきっと、俺にとっては世界一の大怪盗。