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新年の誓い

 

「あ、す、すみません・・・」
「いえ、こちらこそ・・・」
前に進んでいるはずなのに、いつの間にか歩いてきた道を身体が押し返されてやたらめったら人にぶつかる。
「あれ?」
「ほら、こっちだって。ちゃんと繋いでないとはぐれるぞ」
「う、うん」
いつもと同じように手を繋いで歩いているはずなのに、気がつけば少し離れたところに彼は立っている。
超常現象でもあるまいに、次々と不思議なことが起こるのが、これ・・・年初恒例の初詣だ。

 

一月一日。
日付が十二月三十一日から一月一日へと変わった瞬間に、
「あけましておめでとうございます」
「旧年中は、大変お世話になりました」
・・・つい十秒前まで普通に話しをしていたくせに、日付を超えたというだけで、妙にかしこまって頭を下げながら皆に挨拶なんてしてみる、不思議な風習がある日。
メールにインターネット、携帯。世の中には便利なものがはびこっているというのに、やっぱりなくならない「年賀状」を送りあう習慣。
ちょっと前までは「メリークリスマス」、年が明ければ「謹賀新年」。
和洋折衷のめまぐるしい環境の変化に、あたしはなんとなく毎年戸惑っているような気がする。
本当は今日だって、
「えー、明日にしようよ、初詣。人も多いし・・・」
「何言ってんだよ、一月一日に行くからこそ、意義があるんだ」
普段は宗教的行事やイベントなんかに興味もないくせに、こういうときに限って、急に信心深くなる。
ま、乱馬の目当ては参拝帰りに無料で配られている甘酒・・・の横で係りのおじさんたちが焼いているオモチとおしるこなんだろうなと、大体の察しはつくんだけれど。
あたしは、乱馬に半ば強引に初詣へと連れられてきたのだった。
ちなみに他の家族とは、神社の入り口の鳥居まで一緒だった。
一時間後にそこでもう一度落ち合って、そのままお昼を外で食べて帰る約束をしている。
「ねえねえ、他のみんなはちゃんと、参拝しているかなあ?」
・・・再び乱馬の元へ手繰り寄せられ、手を今度は先ほどよりもしっかりと握るあたし。
ノロノロと微妙に動いている参拝の列に並びながら、乱馬にそう尋ねた。
普段は、かさかさと枯葉が舞っているだけの見慣れた参道が、今日は葉っぱ以外のもので溢れ返っている。
参拝客に加え、神社の隅で販売しているお守りや、昨年までの札なんかの交換に訪れている人たちのせいもあるだろう。
時折、古い札を燃やす薪のススが風に乗って参列へと飛び込んできて、ぴりぴりとしたものが首のあたりを撫でた。
うっかり白いコートを着てきてしまったら、見るも無残に黒くなること、間違いない。
・・・
「おじさんと親父は、反対側のテントで甘酒飲んでたけど」
と。あたしの問いに、風に乗ってやってきたススを手で払いながら、乱馬が答えた。
「・・・もう」
参拝しないでいきなりお酒か・・・あたしは思わずため息をつく。
「お袋とかすみさんは、どっかに並んでいるんじゃねえか?」
「そう」
「あとは・・・」
すると乱馬はそういって、参拝客の列から少し離れた神社の隅を、指さした。
「?」
あたしがそこに視線をやると、そこには神社特有の「おみくじ」を引いた後に結びつける木と、じゃらじゃらと所狭しと絵馬がかけられた木のボードが置いてあった。
そしてその横には何故か・・・なびきお姉ちゃんが、テーブルと椅子を用意してなにやら商売をしている。
「・・・お姉ちゃん、何しているんだろう」
「正月のどさくさに紛れて、『ご利益があるかもしれないお守り』を売るんだと」
「ご利益がなかったらどうするのよ」
「だから『あるかもしれない』お守りなんじゃねえの?」
「・・・」
年明けそうそう、もうそんなことまで。
というか、準備を怠らないところがお姉ちゃんのすごい所だ。
とりあえず、違法な商売がばれて神社の外につまみ出されないことを祈るしかない。
「・・・」
あたしがやれやれ、とため息をついていると、
「あかね、そろそろだぞ」
「あ、うん」
・・・ノロノロだけれど列を前に進んでいたあたしは、いつの間にか神社の境内へと入り込んでいた。
もう少しで、あたし達が参拝する番。乱馬が繋いでいる手を少し揺らしながら、あたしに合図をした。
「ああ、今年は何をお願いしようかな・・・」
あたしは改めて気を取り直し、ボソッとそう呟いた。
そう、ほぼ無理やり今日連れ出されてきたので、参拝時に何を願うかを考えてこなかったのだ。
「・・・」
どうしようかな。
ここはやっぱり、「これからもずっと、乱馬と一緒に居られますように」ってお願いしておこうかな。
一緒に居られるならば、仲良くも出来るもん、きっと。
うん、やっぱりそれがずっと無難よね。
「・・・」
あたしは、隣に並んでずっと前を見つめて順番を待っている乱馬の顔を見上げた。
と。
「なあ、何をお願いするか決めた?」
あたしの視線に気がついたのか、乱馬があたしの方へと目をやりながらそう尋ねてきた。
「え?あ、うん・・・」
そりゃ、あんたとずっと一緒に居られますように、って・・・とは口には出さないけれど、あたしは頷いた。
乱馬ももしかしたらあたしと同じこととか、お願いするつもりなのかな・・・あたしはそんなことも同時に思う。
が、
「あのさ、頼むから・・・俺とずっと一緒に居られますようにとか願うのはやめてくれよな」
次の瞬間、あたしは耳を疑うような言葉を乱馬から聞いてしまった。
「え・・・?」
ドクン、と胸が大きく鼓動した。
・・・あたしの、聞き間違い?
うん、きっと聞き間違いよね。だってそんな事・・・
「・・・」
ドクンドクン、と胸が鼓動するのと同時に、耳がグワングワンと耳鳴りを起こしていた。
聞き間違いだ。聞き間違いに決まっている。
あたしがそんな希望を胸に乱馬にそう聞き返すも、
「だから、俺とずっと一緒に居られますようにって神様に願うのはやめろって、言ったの」
・・・無理やり連れてこられるような不精な子には、神様は何てむごい仕打ちをするのか。
乱馬は聞き間違いだと思いたいあたしに対し、決定打を打ち込んだ。
「・・・」
あたしは、ビクンと身を竦めて立ち止まり、思わず繋いでいた手を離してしまった。
それまでしっかりと繋いでいたはずの手は、乱馬から離れた瞬間に急速に・・・温度を失っていく。
「・・・」
何で?どうしてそんなこというの?
乱馬に、そう聞きたかった。でも、簡単なそのたった一言を聞き返せないくらい、あたしは今、多分衝撃を受けたんだと思う。
日本人なのに、日本語の話し方が分からない。「な」「ん」「で」の三文字が、どうしても口から出ない。
「・・・」
・・・どうして、一緒に居たいと思ってはいけないの?
もしかして、居たく、ないの?
ずっと一緒に居るつもりもないから、そんなこと・・・
「・・・」
口から出て行かない言葉が、胸の中では強く、強く前面へ出ようとしていた。
あたしはそっと俯いて、言葉が何も出ないままブルブルと震えていた唇をぎゅっと、噛み締めた。
すると、
「・・・誤解すんなよ、別に変な意味でそう言ったんじゃないから」
急に俯いて黙り込んだあたしの頭をさっと抱え込むようにして自分のほうへと引き寄せると、乱馬があたしの耳元でそう囁いた。
「・・・」
あたしは、黙って首を左右に振る。
・・・変な意味も何も、「一緒に居ることを願うな」って言うことはそういう意味としか取れないのが、普通じゃないの?
自分の気持ち、拒絶されちゃったんだよね?あたし・・・。
あたしが更に俯いて黙り込んでいると、
「・・・」
乱馬は、並んでいる参拝客の視線があるのを承知で、ぐいっと抱き寄せたあたしの耳元にそっと、唇を付けた。
そして、この声だけは他の人に聞こえないように、でもはっきりと、あたしの耳元で囁く。
「・・・あのな?」
「・・・」
「・・・もうずっと一緒に居るに決まっているんだからさ、そんなの改めて神様にお願いする必要、ないじゃないか」
「え?」
「一緒に居るのは、神様にお願いしようがしまいがもう、変わらないの。そういうこと」
乱馬はそういって、抱き寄せているあたしの頭をぽんぽん、と優しく叩いて身体を離した。
そして、あたしが離してしまった手を、ぎゅっと強く掴みなおす。
「だから・・・すでに決定している事項はお願いしなくても大丈夫だから、それ以外のことをお互い祈ろうぜ」
乱馬はそういって、あたしの手を掴んだまま前へ、前へと進んだ。
・・・参拝の順番は、いつの間にかもう、あたし達の番になっていた。
乱馬はあたしと手を繋いだまま、自分の前で手を合わせる。
あたしはそんな乱馬の横にぼんやりと並びながら、同じように手を合わせる。

 

・・・びっくりした。
あんなことを言い出したから、あたしは乱馬が気持ちがないのかと思った。
でも、乱馬は違った。
乱馬は、あたしが考えるよりももっと、もっと深いところまで考えていたんだ。
・・・
一緒に居るのは、神様にお願いしようがしまいが変わらない、か。
・・・うん。
うん、そうだよね。絶対、絶対そうだよね。
もうそれは決定事項だもんね。そう、信じて良いんだよね。
だったらあたしは・・・

「・・・」
あたしは、乱馬の横でそっと目を閉じ参拝をする。
そして、後ろも閊えているので、あたし達はそれぞれ願い事をして早々と、手を繋いだままその場を後にした。
「あたしね、乱馬にとって今年がいい年でありますように、ってお願いしたよ」
参拝客の列から離れ、露天や札売り、甘酒を飲んでご機嫌な参拝客が多い砂利の上を歩きながら、あたしは隣を歩く乱馬にそう話しかけた。
「ふーん。俺は、今年があかねにとっていい年でありますようにって願ってやったぞ」
すると、乱馬もやけに偉そうな口調ではあるけれど、笑顔でそう答える。
・・・どうやら、図らずとも同じ事を願ったらしい。
しかも、自分のことではなく相手のことを願うだなんて、
「俺達、中々気が合うじゃねえか」
「何よ、今更」
「俺、あかねが幸せならそれで俺も幸せなんだよなあ」
あ、もちろん隣に俺が居ること前提だけど・・・乱馬はそういって、照れたように笑っていた。
「・・・」
あたしもそれに合わせて自然に微笑んでいた。
・・・せかされるように咄嗟に神様へのお願いをしたあたし。
でも、咄嗟だろうがなんだろうが、願った内容はお互い同じだった。
あたしも、ね、そう思ったんだ。
二人が一緒に居ることがもう、決定事項だって言うのならば、
残るお願い事は、「乱馬に幸せで居て欲しいな」ってこと。
乱馬にとって良い一年であれるなら、その隣にいるあたしにとってもそれは嬉しいこと。きっと、良い一年になるような、そんな気がしたの。
・・・
「なあ」
「なあに?」
「今年も良い年にしような」
「・・・うん」
乱馬は改めてあたしにそう言うと、繋いでいる手の力をきゅっと強くして、身に纏っていたコートのポケットに突っ込んだ。
そのせいで、あたしの身体は少しだけ、いつもよりくっついて乱馬の隣に立っている。
・・・さっきは、まるで血が通っていないかのように冷たく、凍りついた指先が、
今は乱馬のポケットの中で、暖かい手と気持ちに包まれて再びぽかぽかとしている。
あたしはポケットの中の手を黙って強く握り返すと、笑顔で乱馬を見上げた。
そして、
「・・・集合時間までまだあるよね?」
「ああ。どうせ入り口の鳥居の所に集合だし、先に外でてあたりでも歩こうか」
「うん」
あたし達はきゅっきゅっ・・・とお互いの手の感触をポケットの中で確かめ合った後、寄り添うように人の流れに逆らい神社から出て行った。

 

 

きっと、今年は良い年になる。
理屈は分からないけど、何だかそんな気がする。
何だかんだいって、初詣に来てよかったな・・・あたしは今更ながらそんな事を思った。

 

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