珍しく二人で映画を見に行った帰りに、せっかく外に出たのもあって、映画館近くのファミレスに寄って、あたしと乱馬はご飯を食べた。
・・・思うんだけど、こういう場所に来るとどうして女の子は、ドリアとかパスタとか頼みたがるのかしら?
数あるメニューを眺めながら、何故か最終的には「ドリア・パスタ」系のページに目がいってしまうあたしは、そんなことをふと思った。
そう思うが如く、まるで何かの法則に導かれるように、あたしはエビドリアを注文した。
それに比べると、男の子って不思議。
パスタ系を頼む人もいるけれど、最終的にはハンバーグとかのお肉系統のメニューに落ち着くのよね。
案の定、食べ盛りで食欲旺盛な乱馬は、あたしが頼んだドリアとかパスタでは物足りないらしく、
「ハンバーグがいい。これ、これがいい」
やっぱり、ハンバーグとフライやら何やらがたくさんお皿に乗った、ボリュームあるメニューを注文していた。
ホント、ファミレスのメニューの法則って何だか不思議だ。
こういうのを見ると、やっぱり男の子と女の子の食欲も、体の許容量の違いも感じてしまう。
でも、
そんな見ているだけで、おなかが一杯になりそうなそのメニューを、
「お待たせいたしました」
「おっ、来た来たっ」
テーブルに置かれるのを待って、乱馬は嬉しそうな顔でパクパクと食べていた。
ハンバーグにくっ付いてきたパンを、お皿のソースにつけて食べてみたり。
ランチの時間だから、一緒に運ばれてきたスープを美味しそうに飲んだり。
わざわざナイフとフォークで肉を切るくせに、一口大以上の大きさに切っては、口にほおばってみたり。
乱馬の食べている姿を観察してみると、ちょっと、面白い。
あたしは、自分のドリアをのんびりと口に運びながら、そんな風に楽しそうにご飯を食べている乱馬を見つめていた。
「・・・」
どちらかというと、あたしは食が細い男の子は苦手だ。
だって、せっかく一緒にご飯を食べていたって、
「俺、あんまり腹が減らないタイプなんだ。食に興味がねえっていうの?」
とか、
「そんなに食えねえよ。良く食べられるなあ」
とか、
「うわー、脂っぽい。何か胃にもたれそう」
とか・・・言われると、男の子だろうが女の子だろうが、何だか腹が立つ。
せっかく食事をするんだもの、楽しく食事、したいじゃない。
たくさん食べて、たくさん運動して、そして大好きな人と楽しみながら食べるご飯は、とっても美味しい。
だから、あたしは乱馬と食事をするの、すごく好きだ。
そりゃ、おかずは奪われるしマナーはなってないし、マイナス面も多々あるけれど・・・
「・・・」
美味しそうに食べる乱馬の顔を見てると、何だかそれだけで、幸せな気分になるのよねえ・・・お腹、満たされるというか。
ま、そんなことを本人に言おうものならば、
「じゃあ、くれ」
とかいって、あたしが食べているドリア、横取りされそうな気がするので黙ってはいるけれど。
・・・と。
「あ。もう、やだ乱馬ったら!」
ふっと我に返り、改めて乱馬の顔を見つめたあたしは、
目の前でハンバーグをほおおばっている乱馬の口の周りに、べっとりとハンバーグソースがついているのに気がついた。
どうやらあまりにも夢中で食べているので、いつの間にかそんな状態になっていたらしい。
これじゃあ、手の掛かる幼稚園児。子どもと一緒だ。
「もー、口についてるよ?ソースがっ」
あたしは、テーブルの横にあった紙ナプキンをすっと取り出し、
ハンバーグを食べていた乱馬の手をちょっと止めさせて、そのナプキンで口の周りのソースを拭いてあげた。
すると乱馬は、
「・・・」
そんなあたしの行動に、何だか少し驚いたような表情をした。
「?どうしたのよ。口、汚れたままじゃ恥かしいでしょ?赤ちゃんみたい」
あたしがキョトン、としている乱馬に対して困ったように笑いかけると、
「え、だって・・・ん・・・まあ・・・」
何だか乱馬は、歯切れの悪いような言葉を呟き、その後少し微笑んだ。
「?」
何で、笑ってるんだろう?
あたし、何か変な事、した?
「ねえ、何で笑ってたの?」
・・・何だか、乱馬のあの驚いた表情と微笑みが、あたしは気になった。
なので、ファミレスを出て家への道を歩きながら、あたしは乱馬にそう尋ねた。
何か変な事をしたんだったら、直さないといけないし。
そうじゃなかったというのなら、どうして驚いたり笑われたのか不思議だし。
あたしがそんなことを思いながら乱馬の様子を伺っていると、
「だって、今までは『汚れてる』って教えてくれるだけだったのに」
乱馬はそういって、照れくさそうに笑った。
「え?」
一体、何のこと?
すぐには乱馬の言葉が理解できず、あたしが首をかしげると、
「だから、ご飯食べててさ、俺の口の周りが汚れてても、今までは『口が汚れてる』って教えてくれるだけだったのに、今日は拭いてくれたから」
乱馬はそう言って、ちょっと照れくさそうに笑っていた。
・・・どうやら、ファミレスであたしが口の周りの汚れを拭いてくれたことが、乱馬にとっては嬉しかったらしい。
「・・・」
たった、それだけのこと?
あたしとしては、そんな感じだ。
でも、その「それだけ」のことが乱馬は、嬉しかったんだ。
「・・・」
何だか、不思議な気分・・・今度はあたしが驚く番だ。
・・・乱馬にこうやって言われるまで、あたしそんなこと、全然意識してなかった。
今日だって、別に特別に意識してそうしたわけじゃなかった。
ただ、目の前の乱馬の口の周りが「汚れていた」から拭いてあげただけなのに。
「・・・」
でも。
こうやって改めて言われてみると、確かに乱馬と正式に付き合う前までは、そんなことした記憶、無かった。
でも今は、「しよう」と思ってしたんじゃなくて、無意識に、気がついたらしていた、見たいな感じなのかしら。
・・・何で、かな。
二人の距離が近づくと、そういうことが自然に出来るなるのかしら。
意識しないで、頭より体が先に動いちゃうのかなあ?
これって、本能?って奴かしら。
・・・
「目の前に大きな赤ちゃんがいると、彫っておけないのよね」
あたしは、導き出した結論はとりあえず胸にしまったまま、わざとそんなことを言って、笑ってやった。
「何だそれ」
乱馬はそれに対し、「ちぇっ」と舌打ちをしながら不服そうな顔をしていたが、
「でも・・・」
「でも?なあに?」
「きっと俺も、逆のことがあった場合は、今ならおめーに同じ事をしてやるだろうなあ」
ふと、そんなことを呟いた。これにはあたし、思わず吹き出してしまう。
「えーっ、あたしは口の回りいっぱいに汚したりしないわよ?」
「よく言うぜ、ケーキとかシュークリームとか食べた後、口の周りが汚れてるじゃねえか」
「しょ、しょうがないでしょっ。甘い物は女の子の原動力なのよっ」
「原動力ねえ・・・エネルギーばっかり蓄えてると、大変だぞ」
乱馬はそういって、にっと笑った。
そして、
「でも、俺の場合はナプキンとかじゃなくて・・・」
そういって、あたしにすっと顔を近づけた。
あたしがはっと息を呑むと、乱馬はそのまま軽く唇に触れて、離れる。
「・・・」
「甘いもの好きだから、俺。ナプキンに拭わせるの、勿体ねえなあ」
唇に触れたのか、それとも舌で唇を舐めたのか。乱馬はあたしからすっと顔を離し、笑っていた。
チロリとした、痺れるようなくすぐったいような疼く感覚が、あたしの唇をふんわりと包んでいた。
「・・・」
・・・道の真ん中でこんな事をされるのは恥ずかしいけど、
でも、
「・・・あたしも、コッチの方がいい」
「だろ?」
口から出るのは、あたしの本音。
いつからこんなワルイ子になったのか?・・・あたしは乱馬のがっしりとした逞しい腕に顔を埋めるようにしてそんなことを呟いた。
乱馬は、くっついてきたあたしの頭を反対側の手でぽんぽん、と叩いて優しく撫でる。
あたし達はそのまま家には帰らずに、ちょっとだけ近所の公園に寄り道することにし、寄り添ったまま公園に向かって歩き始めた。
付き合う前は、こんなこと、考えもしなかった。
「しなくちゃ」と思ってすることじゃなくて、「思わず」体が動いてしまう。
これって、そういう部類だろう。
二人の距離が近づく事で、こういう風に、以前に比べて変化が起こるって事、もしかしたら他にもたくさんあるのかもしれない。
それを、一つ、また一つと見つけていくことって・・・もしかしたらすごく、凄く楽しい事なのかもしれない。
明日になれば、又一つ。明後日になれば、もう一つ。
乱馬と一緒にいたら、そんな楽しい時間を過ごしていけるのかも、しれないな。
・・・
公園のベンチに座りべったりと身体をくっつけて他愛も無い話をしながら、あたしはそんなことを思い、心の中で小さく笑った。
そんな今のあたしの胸の中は、きっと、これからやってくる初夏の陽射よりももっと、もっと温かい。何だかそんな気持ちで満ちていた。