お腹が、痛い。
どうして、女の子だけこの痛みに付き合わなくちゃいけないんだろう。
神様って、ずるい。ずるいずるい。
うん、本当に不公平だ。・・・
毎月の事ながら、あたしはそんなことを思い、ベッドの上で寝返りもせずじっと、横になっている。
そう、この痛みは男の人には絶対に分らない。
何で、どうして?と思っても、それは遙か昔から女性の身体に起こる神秘的な現象な訳で。
いまさらあたしがどうこうと議論した所で、この痛みとおさらばできるわけでも、無い。
・・・
とある日の夕食後。あたしはテレビも見ず誰とも話するわけでもなく、部屋のベッドに横になっていた。
今日は、いわゆるアレ・・・生理三日目。
お腹は鈍く痛いし、何だか、眠い。腰も重いし、何にもする気力が出ない。
お腹の痛さと歯の痛さは、あたしにとっては殺人的なものだ。
歯は痛いと何もする気にならないし、お腹が痛いと身体中の気力や精神力が奪われる。
よく、猫みたいに丸くなっていれば少しは楽よ・・・なんて言っている人がいるけれど、
猫のように丸くなっていようがなんだろうが、痛いものは痛い。
痛さを紛らわせようと身体の角度とか変えてみるけれど、対して変らないような気がする。
「痛い・・・痛い・・・」
いっそのこと、痛さを口に出してみたら楽になるのか。あたしはそんなことを考えてぼそぼそとそれを口に出してみるけれど、もちろんそんなことをしたところで楽になるわけが無い。
かえって、余計な事をしたということに気が付いて虚しさを感じるだけ。それでまた、痛さと向き合うだけであって。
ホントにこういう時は、何にもしないでもうじっと、横になっている以外に無いんだわ。あたしはそんなことを思いながらじっと、ベッドの中で目を閉じていた。
ちょうどいいことに、今日は宿題も無い。
あったところで、適当に終わらせてしまいそうな予感がした。
優等生と評判のあたしとしては、通常なら許せない部類の怠け方。でも、今日に至っては、仕方がないと自分に言い聞かせる。
とにかく、だるい。
だるい、眠い、痛い。三重苦だ。
この痛みと、あたしはすでに数年付き合っているわけだけれど、
何だか今月はいつもよりも痛みも倦怠感も酷い気がする。
初日はそれでも、居間でテレビを見るくらいは出来た。でに二日目、三日目と日が過ぎていくにつれて、家に帰ってきてから「ただいま」「いただきます「ごちそうさま」「おやすみなさい」くらいしか、あたしは口を開いていない。
乱馬とも、学校以外では話していないような気がする。
乱馬のほうは何度か、居間であたしに声を掛けてくれたりはしたけれど、
かといって乱馬に「今日はアレだから何かだるいのよ」なんて、話すのはさすがに恥かしい。
それに、部屋で一緒に過ごしたって、その・・・一緒に寝るのはちょっと、嫌だ。
気分的に物理的にも、ちょっとこの期間は一緒に寝たくないなあというのが本音だし、
他の人はわからなくても、匂いとか・・・寝返りを自由に打てないこととか、もちろん一緒に寝たところで、身体の接触は持てない。
男の子だと気にしない人もいるみたいだけれど、この期間にそんなこと、とてもじゃないけどあたしは耐えられない。
一緒に寝るのに何もしないだなんて、乱馬だって嫌だろうなあ。
「・・・」
・・・だったら、乱馬には少し我慢してもらわないと。
「なあ、何か怒ってるのか?」
「別に」
「俺、何かしたか?」
「何でもないから」
本当に、怒っているわけじゃない。でも、必要以上に説明するのもおかしいし、それに余計な事を話している気持ち的余裕が、あたしにはない。誰かと話しているんだったら、横になりたい。
そう、それが例え乱馬でも・・・。
「・・・おやすみ」
その為、三日目の今日の夕食後も、あたしは話し掛けてきた乱馬にばっさりとそう言い捨てて、さっさと部屋へと引き上げてきたのだった。
「・・・」
ああ、こういう時って、お風呂に入るのも何だか面倒だ。もちろん、入らないわけには行かないんだけど。
特に家族が多いと、皆が入った後に入らなくちゃいけないし。かといって、湯船には浸かりたくないし。
それに、うちは年頃の男の子とも一緒に生活をしている。
お風呂に行くのに、それに気がつかれずに準備をしなければいけないこの期間に至っては、本当に面倒で厄介だ。
おじ様も乱馬も、もう殆ど家族みたいなものだけれど、やっぱり「男の人」だからなあ。・・・
やっかいだわ。ベッドに横たわっているあたしは、そんなことをぶちぶちと考えていた。
乱馬達のことをそんな風に思うのなんて、滅多にないことだ。
居候 三杯目には そっとだし
居候のご飯は、一応は遠慮しなさいよという教訓だけれど、我が家の居候(早乙女のおば様以外)にはそんな理屈通じないのは前から分っているし、別にもう慣れてしまっているから何を言うわけでもないけれど、
こうやってお風呂に行く時とかのことを考えると、何だかムシャクシャしてくる日もあるというか。
「・・・」
生理特有の鬱というかブルーな気分に陥っていると言うのだろうか。
不思議な事に、この数日間のあたしは何でも「陰」方向に考える傾向にあるようだ。
例えば、今日外の天気は雨だった。
・・・はっきりいって、それだけで何だか憂鬱だ。何で雨なのよ、なんて理不尽に一人怒ってみたり。
きっと明日が晴れれば、
「何で昨日は雨なのに今日はこんなに天気がいいのよ!」
と、勝手な事で怒るのだ。全く、自分でも訳がわからない。
それに加えて雨の日は、じっとりとした空気が、さらに憂鬱で腹が立つ。お腹がシクシクと痛くなると更に。
大好きなテレビの音も何だか憂鬱だし、人と話すのもかったるい時がある。
それだったら、もう大人しくベッドの上で丸くなっていよう。・・・あたしはそんな風に、思ったのだ。
と、その時。
あたしがそんなことを考えながらベッドに横になっていると、
トントン・・・
部屋のドアが、ノックされた。乱馬とは違い、わりと堂々とドアを叩くこの感じは・・・恐らくなびきお姉ちゃんだろう。
「どうぞ」
あたしがそんなことを思いながら、蒲団の中でそう叫ぶと、
「あかね、お風呂あいたわよ」
予想通り、お風呂上りのなびきお姉ちゃんが、部屋のドアを開けた。
「うん・・・」
あたしがノロノロと身体を起こしてベッドから立ち上がると、
「あかね、あんた今、アレでしょ?」
突然、なびきお姉ちゃんがあたしにそう尋ねた。
さすがは姉妹。どんなに隠していても雰囲気と言うかお風呂の順番と言うか、そういうのでも感ずる物があるのだろう。あたしは、そんなお姉ちゃんに小さく頷いてみせた。
すると、
「はっきりと口で伝えろとは言わないけれど、それっぽいことを匂わせてさー、気が付かせてやったら?」
「誰に?」
「決まってんでしょ。あんたの許婚殿よ」
「何で、乱馬にそんなこと教えなくちゃいけないのよ」
許婚に生理だと伝える意味が分からないわよ。あたしが眉をひそめると、
「まあ、気が進まないのは分るけど?恥かしいだろうし。でもねー」
「でも、何よ」
「あの捨てられた犬のように項垂れている姿を見たら、あんただってそう思うわよ」
「はあ?」
「ま、お風呂に入りに下へ降りるついでに、居間、覗いてみたら?・・・まったく、バラエティ番組見てたって、面白く無いったらありゃしない」
なびきお姉ちゃんは、あたしに妙なお小言を残して自分の部屋へと戻っていった。
「・・・」
捨てられた犬って、なんだろう?
というより、何であたしが乱馬にそんな気を使わなくちゃいけないのよ。
同い年の男の子に自分が生理だって伝えるの、めちゃくちゃ恥かしいんですけど?
恋人同士だって許婚だって、親しき中に礼儀あり、っていうじゃない。
・・・
「・・・」
もう、ただでさえ考え事をしたくないくらい憂鬱なのに。
あたしはぶちぶちと文句を言いながら、お姉ちゃんが言う通り下へ行き、仕方がないので居間を覗いてみた。
すると。
「・・・」
・・・居間の隅に、妙な「陰」の気が固まっているのを感じた。
誰も居ない居間の隅っこで、わざわざ体育座りをして、項垂れている人物が居る。
雨も降っていて肌寒いんだから、コタツに入ればいいのに。
それなのに、わざわざ畳の部分に座り込んで、肩を落としているその姿は、どう考えてもおかしい。
捨てられた犬。これで、みかんの空きダンボールかなんかあったら完璧だわ。なびきお姉ちゃんのその表現が、本当にピッタリだなあとあたしは妙に感心した。
あからさまに背中から「陰」の気が漂っているというか何というか、
周りの人まで鬱にしそうな重い「気」が、背中から立ち上っているかのようだ。
おかげで、電気もついていない真っ暗な居間は、この陰気な輩のおかげで更に暗く、重々しく感じられる。
「・・・」
・・・パチン。
あたしは、黙って居間の電気のスイッチを入れた。
「・・・」
同時に、項垂れていた輩がゆっくりと、あたしの方を振り返る。
心なしか、見慣れているお下げ髪も元気が無く萎えているようみえる。
お下げが元気のバロメーター・・・?本当に犬の尻尾と同じだわ。元気が良いと狼で、落ち込んでいると捨て犬。それが何だかおかしくて、乱馬には悪いけれどあたしは心の中でこっそりと笑ってしまった。
「なびきお姉ちゃんが、乱馬の事捨てられた犬って言ってたよ?」
あたしは、そんな乱馬の横に腰を下ろし、元気の無いお下げをくいっと引っ張ってやった。
すると乱馬は、
「・・・」
黙ってあたしが引っ張ったお下げを自分の方へと引き戻し、じとっとした目付きであたしを見た。
そして、横に座ったあたしの膝に・・・そう、膝枕でもしてもらおうと思ったのか、倒れこんでこようとしたけれど、
「あ、だめ!」
・・・今日は、ちょっと嫌だ。
素直な気持ちのまま、あたしはその乱馬をすっと避けて交わした。
すると乱馬はそのまま畳の上にゴスっ・・・と倒れこんだ。
「あ、ご、ごめんね乱馬。でも嫌なの」
あたしが慌ててそんな乱馬を起こしてやろうとしたけれど、乱馬はそのまま身体を丸めてしまい、動かなくなった。
どうやら、あたしに膝枕を嫌がられ拒絶でもされたと思ったらしい。
「・・・今日はダメだけど、今度してあげるから」
あたしが乱馬の機嫌を直そうとそう声をかけようとするも、
「・・・」
乱馬はどんどん「陰」の気を背中から醸し出すと言うか、見ていて可哀想になるほど、落ち込んでいる様子が伺える。
「・・・じゃあ一緒には寝て良いのか」
「・・・ごめん。それもまた今度」
「風呂には一緒に入ってくれるんだろ」
「それもまた今度・・・って、いつも一緒に入ってないでしょ」
あんた、どさくさに紛れて・・・と、あたしが丸まっている乱馬の頭を優しくなでると、
「今度って、いつだよ」
乱馬が、あたしのその頭をなでている手をきゅっと握りながらそう答えた。
「そうね・・・」
一週間くらいしたら、かしら。あたしがそんなことを考えていると、
「・・・」
乱馬が、膝枕・・・は先ほど拒絶されたので、正座して座っているあたしのその膝に、ごつっと自分の額を擦り寄らせてきた。
「どうしたのよ、乱馬」
何だかいつも以上に、甘えていると言うか・・・あたしが不思議に思いながら乱馬に尋ねると、
「嫌いになったから、寝ないんじゃないよな?」
「は?」
「また、一緒に寝るんだよな?」
まるで子どもがオモチャを買ってくれる約束を取り付けるかのように、乱馬はそう呟いてあたしの膝に触れていた。
・・・どうやら、この二三日あたしにつれなくあたられた事によって、妙な寂しさを感じていたらしい。
あたしとしては、別に乱馬の事がうっとおしいとか嫌いになったわけじゃなかったけれど、
それまで普通に接していた乱馬にとっては、それまで同様に話し掛けても妙に冷たくあしらわれてしまったことで、不安でも感じたのだろうか。
例え水を被れば女の子になるとはいえ、生理があるわけでもない、乱馬。
その時のあの痛さとか不快な気分とか、ブルーな気持ちは理解しがたいのだろう。
「・・・」
ああ、なびきお姉ちゃんが言っていたのはこういう意味だったのか。
あたしはようやくそれを理解した。
確かに、昨日までは大丈夫だったのに、「やめて」って膝枕も一緒に寝るのも拒否されて、
話し掛けてもろくに返事が返ってこないじゃ、不安に感じる事もあるだろうになあ。
「・・・」
自分が不愉快なのはわかるけど、それを人で解消するような事はしちゃ、いけないよね。
それに気がついたあたしは、自分の中で大いに反省をした。
「・・・ごめんね。一週間くらいしたらまた一緒に寝ようね」
「・・・」
「ここ数日、体調があんまり良くなくて。すぐ良くなるはずなんだけど、何かそれでイライラしちゃってね」
あたしは、あえて「生理で」と言う言葉は口にせずに、やんわりと乱馬に伝えてみた。
乱馬だって格闘技ばかりやってはいても、詳しい事は分らずとも「生理」っていう現象くらいはわかるだろう。
赤ちゃんを作る時だって、それがあるかないかで妊娠の発覚が分るわけだし。いつが安全日かとか、何だか興味ありそうな感じだし。
それに、わざわざ正確にこれを伝えるの、あたしだってやっぱり恥かしい。年頃の女の子だもの、当たり前だわ。乱馬だって、伝えられたら伝えられたで、照れるだろうしねえ・・・。
・・・
「・・・」
あたしがそんな事を考えながら乱馬を見つめると、
「・・・」
・・・不思議な事に、それまであたりに漂っていた「陰」の気がふっと、消えた。
背中から立ち上る重々しい空気は消えてしまい、居間中を満たしていた陰の気が、気配を消した。
そのかわり、ふわふわと軽そうな陽気な気が、乱馬から漂い始めたような気がしたのは、気のせいだろうか。
「・・・」
そういや昔、良牙君と二人で「気」にまつわる戦いをした事があったっけ。
乱馬は割りと素直に感情を表す方だから、気分による内面の気が、すぐに分るのよね。
ふわふわと陽気な気が漂い始めたって事は、乱馬の機嫌が治ったって事かしら。
あたしがそんなことを思いながら乱馬を見つめていると、
「・・・俺、嫌われてたのかとおもったから」
先ほどまでの陰気な口調ではなく、何となくホッとしたような穏かな口調で、乱馬がそう呟いた。
「そんなわけないじゃない」
あたしが答えると、
「そっか・・・それじゃしょうがねえよな。一週間くらい我慢する」
乱馬は、今度は素直にそう呟いてあたしの膝にすりすりと額を合わせる。
乱馬が理解したと言うことは、あたしが今生理中だって事がばれたと言う事だ。
何だかそれはちょっと気恥ずかしいけれど、まあ言葉を改めて出していないから仕方が無いか。
あたしはとりあえずは乱馬の誤解が解けた事にほっとしたのだけれど、
「ああ、そうか。でも妊娠すればそういうのも無くなるよな。いやでも、その間はまた特別な形で・・・」
「・・・」
「俺も今回を踏まえ、よく勉強しておかないと。痛みはもらえないが、協力は・・・」
・・・ふわふわと明るい気を漂わせていたその乱馬が、明るいだけじゃなくてこう、なんていうのか獣?
妙な気を漂わせるようになって、更に妙なことをぶちぶちと呟き始めた事が、妙にあたしは気になった。
「あかね、俺も色々頑張ってみるよ」
「何を頑張るのよ」
「色々だ」
「・・・結構よ」
あたしはゴスっ・・・と膝に額を寄せていた乱馬を畳に落として立ち上がると、
「とにかく。あたし、もう寝るからね」
「俺も・・・」
「ダメだって言ったでしょ」
「じゃあ、床に蒲団敷いてそこに寝る」
「何の意味があるの、それに」
「えー・・・」
あたしの言葉に再び一気に陰の気を漂わせて背中を丸めた乱馬を残し、一人風呂場へと向かった。
知らなかったら知らないで落ち込んで、知ったら知ったであたしに怒られて落ち込んで。
全く、本当に世話の焼ける男だわ。
隠し事はしないほうがいいのは分るけど、何でも知りたがるのも考え物よね。
「・・・」
・・・まさか、「見てるだけだから」とかいって、お風呂とか覗きにこないわよね。
あ、まさか勝手に部屋で蒲団を敷いて待ってるかも。
「・・・」
はー・・・。
妙な予感を感じつつも、
あたしは何のために風呂場に鍵をかけ、ため息をついたのだった。