「ねえ、見て?似合うでしょ?」
友達と買い物に出かけていたあかねが、帰ってくるなり居間で漫画を読んでいた俺に、そんなことを言いながら右手を見せた。
見ると、あかねの白くて華奢な右手薬指に、シルバーリングがはまっている。
良くわからない外国の言葉がかかれていて、その他は十字のクロス模様がひとつ、中央に刻まれているだけのシンプルなデザインだ。
「何だよそれ」
元々アクセサリーなんかに興味がない俺が、とりあえずはその指輪に目をやりつつ、すぐに手にしていた漫画に目を戻すと、
「さゆり達と買い物に行ってね、たまたま駅の近くに出ていた露店商の前を通りがかったんだけどね」
「それで?」
「そこで、かわいい指輪がいくつも売ってたのよ。だから、指輪に刻まれている文字はそれぞれ違うんだけど、みんなでお揃いで買っちゃった」
あかねはそういって、嬉しそうに指輪をはめた手をかざしては、ニコニコと微笑んでいる。
「・・・」
まったくコイツは、すぐこういう無駄使いをする。
俺はやれやれ、とそっとため息をつきつつも、
「その指輪の外国語、なんて書いてあるんだ?」
「さあ」
「わからなくて買ったのかよ」
「こういうのはデザイン重視なのよ」
「へー、デザインねえ」
「もー、いいでしょっ。指輪なんて自分で買わない限り手に入らないんだから!」
「何だよ、それ」
「くれる人がいないって事よ」
あかねは最後にさらりと俺に対しての嫌味のようなことを言うと、さっさと部屋へと戻っていった。
「・・・」
・・・ちぇっ。なーにが「くれる人がいない」だよ。俺がいるじゃねえか。
それなのに、わざわざ自分で買ってきて、どうすんだよ。
そういうのは、その・・・普通は俺がおめーに買ってやるもんだろうが。んで、左手に・・・
「・・・」
俺はそんなことをぼやきながら、ポケットに入れていた財布を取り出しこっそりと覗いてみた。
二百、五十円。
指輪云々の話ではなかった。うん、確かにこれではあかねに指輪はやれない。
「・・・」
・・・ちぇっ。何か気分悪いな。
「乱馬が買ってくれないから自分で買っちゃった」って、面と向かって言われた気分だぜ。
「・・・」
くそ、貧乏が憎い。
俺は、ため息をつきながら、財布をポケットにしまった。
と、その時。
「乱馬君、いいの?」
・・・俺とあかねのやり取りをテレビを見るついでに聞いていたのか、やはり居間に居坐っていたなびきが、話しかけてきた。
「いいって、何がだよ」
買い物なんざ、本人の自由だろ・・・俺がそんなことをぼやくと、
「そうよねえ、乱馬君に指輪をねだったところで、たかが知れてるもんねえ」
「うるせえ!余計なお世話だ!」
「別に世話をしたつもりはないわよ、本当のことを言っただけでしょ」
なびきはいつものように俺を馬鹿にしながら小さく笑うと、
「あたしがいいの?って聞いたのは、あかねのあの指輪の意味よ」
と言って、とんとん、と自分の指を指で叩いてみせた。
「意味って?」
俺がなびきに尋ねると、
「あの指輪に、外国語が刻まれていたでしょ?」
「ああ、あの何かわけのわからん言葉か」
「そ。あれ、なんて書いてあるか知ってる?」
「さあ・・・」
「あれ、『彼氏募集中。誰でもいいから私を抱いて』って書いてあるのよ」
「はあ!?」
「昔、巷で流行った指輪なのよ。でもほら、言葉が過激でしょ?だから売るお店が激減しちゃってね。外国人の露店商だったら、そういう希少価値な指輪、安く払い下げられて販売しててもおかしくないわねえ」
なびきはそういって、「あんなの、ちょっとしたおしゃれな男の子が見たら、喜ぶんじゃないかしら」と、俺の顔をじっと見つめてにやりと笑う。
「また俺をからかってんじゃねえのか」
俺がなびきに尋ねるも、
「あんたをからかって何のメリットがあるのよ、貧乏なのに」
「くっ・・・」
「昔、あの指輪をあたしも取引していたことがあるのよねえ」
「・・・誰とだよ」
「流行りものには敏感なのよ。でも、ちょっと危ない匂いがしたからすぐに手を引いたけど?」
「・・・」
「あかねがそういう指輪をしてるって、九能ちゃんが知ったら喜ぶだろうなあ」
なびきはそんなことを言いながら、一人で頷いていた。
「お、俺は別にあかねを信用してるし、心配なんてしねえよ。大体何かあったって、あかねの自業自得だろ」
「まあ冷たい」
「忠告だけは聞いとくぜ」
俺はなびきにさらりとそういい捨て、ゆっくりと立ち上がった。
そのまま「さ、そろそろ寝るかな」・・・そんなことを言いながらゆったりと、居間を出る。
居間を出た俺は、廊下をひたひたと自分の部屋に向かって歩く・・・ように見せかけて、まさに飛ぶような勢いであかねの部屋に向かった。
とんでもねえ!
とんでもねえぞ、あかね!
彼氏募集中ってのもとんでもねえが、「誰でもいいから私を抱いて」って、何事だ、それー!
「く!」
バタン!
俺はノックもせずに部屋のドアをあけて、あかねの部屋の中へと飛び込んだ。
「あれ、乱馬どうしたの?」
そんな俺に対し、あかねは一瞬びくっと身を竦めたようだったけれど、
「軟派か!軟派待ちかー!」
「は?」
「いいか!確かに俺は貧乏で金はねえ!」
「何よ、いきなり。知ってるわよそんなこと」
「だけど・・・俺は愛に溢れているはずだ!」
「・・・は?」
「そんな指輪をさせて町を歩かせるくらいなら、俺にも考えがある!」
俺は、不思議そうな顔をしているあかねにそう叫んで、そのまま部屋のドアを閉め、その前に堰を作った。
「・・・なんで堰を作るの」
あかねが、怪訝そうな顔で俺を見た。
「浮気を考えると言うことは、俺の愛情がまだまだ伝わってないと言うことか!」
「だから、何なのさっきからあんたは!浮気って一体何のことよ?」
熱でもあるんじゃないの?・・・あかねは叫ぶ俺の額に手を当てて、ため息をつく。
「わかってる。俺はわかってるぞ、あかね」
俺は、そんなあかねの額に触れた手をきゅっと、握った。
「・・・な、何よ急に」
「お前・・・物足りなかったんだな?」
「は?」
「いつも一緒に寝て抱き合うくらいじゃ、お前は満たされなかったと言うわけか!」
「だから、何なのよ一体。一体あたしが何を・・・」
「指輪は、金がたまったら俺が買ってやる!左手にはめるやつっ」
「あ、ありがと・・・?」
「でも、物理的な指輪は金銭で解決できても、お前のその寂しい心は金では埋まるまい」
「・・・だから、あたしの心が何で寂しいの?」
「みなまで言うな!」
俺は更に不思議そうな顔をしているあかねの体をぎゅっと抱きしめると、
「抱いてほしいなら俺がっ・・・俺が存分に!」
「は!?」
「何回でも喜んでー!」
そのままベッドの上へと運んで倒し、そのまま服に手をかけた。
「きゃー!ちょ、ちょっと何よっ」
あかねはじたばたと俺の下で暴れていたが、
「そんな指輪、絶対に許さんっ」
俺は暴れるあかねの指からするりと指輪を抜き去ると、ぽいっと部屋の隅へと投げ捨てた。
指輪はコロコロ・・・とカーペットを転がり、本棚の後ろへと入り込んでしまった。
「あ、あたしの指輪っ・・・」
あかねがその指輪を取ろうと俺をどけようとするが、
「不幸の指輪は捨てろ!捨ててしまえ!」
「何が不幸なのよっ。あれはただ、露店で・・・」
「俺と指輪、どっちを取るんだよっ」
「な、何なのよ急に、あんたはっ」
「どっちだ!さあ選べ!俺か指輪か選べ!」
俺がそんなことを叫びながらぎゅっとあかねに抱きつくので、
「もー・・・何なのよあんたは」
あかねはやれやれ、とため息をつきながら、自分を抱いて離さない俺の体に、ぎゅうっと抱きついた。
「何で露店で指輪を買っただけで、こんなにヤキモチ焼かれなくちゃいけないのよ」
あかねは当然のことながら、ブツブツと文句を言っていたけれど、
俺は、そんなあかねを更にぎゅっと抱きしめると、すりすり、と頬を寄せてみる。
軟派待ちなんて、させてたまるか。
誰が、他の奴に抱かせてなんてやるものか。
足りない分は、俺が何倍も何十倍も補ってやる!
そりゃ、貧乏だからすぐには代わりの指輪を買ってはやれないけど・・・
・・・
「・・・」
しばらく経って。
あかねは俺の腕にちょこん、と頭を乗せて寝転んでいた。俺はそんなあかねの指をまさぐって手繰り寄せると、
「・・・」
そんなあかねの、少し前まで指輪をはめていたと右手の薬指に、チュッと軽く唇を押し当ててキスをした。
「何よお・・・」
もちろんそんなことを急にされれば、驚くのは当然で。
あかねは俺が唇で触れたその手を、くすぐったそうに顔をしかめながら、胸の前できゅっと握り合わせる。
「あの指輪の代わり」
・・・軟派お断り、いや拒絶だな。俺がそうぼやきながらもう一度、右手の薬指を手繰り寄せてキスをすると、
「・・・こっちの手もして」
あかねは俺に、手繰り寄せた方と逆の左手を差し出して、恥ずかしそうに微笑んだ。
「喜んで」
俺はキザったらしくそう言って左手もとると、
薬指表面に一回、裏に一回、そして手の平に一回キスをして離した。
「何でそんなにたくさんするの?」
「んー?エンゲージリングが届くまで効力がないと困るだろ。だからたくさんしないと」
「・・・んー・・・さっき指輪を投げられた時は驚いたけど、そういわれるとあたしも、こっちでいい気がしてきたわ」
あかねは、嬉しそうにそういって微笑んだ。
「・・・だろ?」
俺もそんなあかねにそう微笑むと、
「俺には?」
そういってあかねに左手を差し出した。
「え?」
「え?じゃねえよ。指輪は二人でお揃いの、しないといけねえんだろ?」
俺のそんな偉そうな主張に、
「良く言うわよ」
あかねはピン、と指で額を弾いてため息をついていたけれど、
「まあでも・・・他の子が寄って来ないように」
自分よりも大きくて分厚い俺の手を引き寄せ、俺がしたのと同じように、唇を押し付ける。
俺はそんなあかねの感触にくすぐったくて顔をしかめつつ、
「あー、でも俺の場合はそれだけじゃ足りねえよ」
「何よソレ」
「こっちもしてくれないと」
そのままあかねの身体を自分の方へと引き寄せて、俺の手に押し付けていた唇をまんまと奪い、にやりと笑ってやった。
・・・あ、そうか。
あんな指輪をしていた所で、他の奴が近づいてきたら片っ端から退けてやればいいのか。
俺は、何も指輪を投げ捨てなくともそうすれば良いという簡単な事にやっと気が付いた。
でも、例えあんな指輪をずっとあかねがしていたとしても、
軟派、絶対お断り。
あんな指輪くらいであかねを奪えるほど、俺のガードは甘くない。