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ついに進展!?
(…ったく、昨日は親父のイビキのせいでよく寝れなかった)
ある日の朝。
日課のロードワークもそこそこに切り上げ、俺はため息をつきながら、脱衣所のトビラを開けた。
そしていつものように歯磨きでもするか…と、歯ブラシを加えて鏡に向って立ったその時。
サー…
「ん?」
蛇口をひねってコップに水を入れようと「思っていた」だけの俺の耳に、妙な水音が飛び込んできた。
「あれ?」
目線を自分の手元に落としても、やはりまだそれは「思っていた」だけの事であって、水が注がれる前の空のコップが、俺の右手には握られている。
蛇口も、堅く閉じられたままだ。
ちらっと、脱衣所の隅に置いてある洗濯機に目をやっても、特に動いている形跡もない。
「?」
…だとすると、この水音はなんだろうか。
「はっ…」
少しだけそれを考えた俺は、考えて間もなくその「答え」にたどり着き、
思わずビクっ…と身を竦めてしまった。
…そう。
脱衣所でする水音。
蛇口でもなく、洗濯機が動いているわけでもない。
だとしたら、答えは一つ。
…誰かが、風呂に入っている。
それも、
「…っ」
…シャワーの湯気でうっすら曇ったガラス戸に、明らかに女性と思われる身体のシルエットが。
それも、「髪が短い」女性だ。
「げっ…」
朝っぱらから風呂に入る、髪が短い女性。
そんなの考えたら…あかね、か?
「や、やばっ…」
たとえ、不可抗力とはいえ。
知らなかったとはいえ。
あかねが風呂から出てきたときに、俺が脱衣所で暢気に歯磨きとかしていたら、
「覗こうとしたでしょ、エッチっ」
…とか何とか。あらぬ疑いをかけられた上にぶん殴られるに違いない。
「…」
触らぬ神に、たたりなし。
これは、気が付かれないうちに退散するが、好ましい。
俺は、そそくさと歯ブラシを元の場所に戻してこの場から退散しようと、ソロリ、ソロリと身を小さくしたが、
「…乱馬?」
「ひっ…」
…そんな俺に対して。
何と、風呂場の中、曇りガラスの向こう側から、そんな声がかけられた。
風呂の中で響いてしまっているから声ははっきりと聞き取れないけれど、『乱馬』と俺のことを呼んだ以上、やはりガラスの向こう側に居るのは…あかねに間違いない。
「あっ…べっ…別に覗こうとしてたとかそんなんじゃねえからなっ…」
声をかけられた事で、妙にドキドキとしてしまった俺は、別に責められる前から一人、オタオタとそんな台詞で必死に弁解をしてしまった。
心の中でやましい事を少しでも考えていたりすると、とっさの時にこう出てしまうのが人間の悲しいところなのか。
「もしかして、覗いてたの?」
もちろん、そんな必要以上の弁解なんてしたらあかねにも余計に怪しまれるわけで。
返って、あかねにそんな事をとわれる始末だ。
「ち、違うっ…別に俺は覗いてなんてっ…」
慌ててそんな気持ちを振り切ろうと、俺が慌てて首を振っていると、
「…いいのに、別に」
…次の瞬間、信じられないような言葉が俺の耳に飛び込んできた。
「へっ…?」
その言葉に俺が、思わず裏返ったような声をあげてしまうと、
「…一緒に、入ろう?」
少し間があいた後、中に居るあかねが少し、曇りガラスの戸を、開けた。
カラカラカラ…と音を立ててあいたその戸から、ブワっ…と水蒸気が脱衣場に入り込んでくる。
「い、いい一緒って…」
その水蒸気を思いっきり頭から全身にかぶりながら、俺はビクン、と身を竦めてしまう。
…聞き間違いか?
水蒸気で曇りだした視界と、そして頭の中をクリアにしようと、俺は必死に考えてみる。
「一緒に入ろう?」って、今いったよな?
一緒って事は…一緒?一緒だよ。
ともに一つに、入ろうって事だろ?
共に、だぞ?
風呂だぞ?
風呂に入るって事は…その、服だって着てねえし…
…ええ!?
「っ…」
この水蒸気の向こう、少し開いたガラス戸の向こうで、あかねがどんな格好をしているか想像しただけで、
俺の頭にはかっ…と血が上る。
…一緒に、風呂に入るんだぞ?
風呂に入るって事は、服なんて、纏ってないんだぞ?
たとえ水蒸気で浴室内が曇っているとはいえ、直ぐ傍に立てば、そんなの関係ないくらいお互いの姿なんて、見えち
まうんだぞ?
そんな状況で、「仲良くシャワーを浴びました。さっぱりしました。お風呂はやっぱり楽しいです」だなんて。
…それだけで、済むと思ってんのか?
いや、そんなのあかねだってもう子供じゃないし。
分かって言ってるに決まってるんだろうけど…
だとしたらそれってやっぱり…
…
……
「あっ…で、でも俺たち一応まだ高校生だし…でも…い、いいの?…」
…俺の頭の中は、完全に混乱していた。
カッ…と頭に血は上ったままだし、
それに、ドキドキと鼓動する心臓は、
まるで今にも口から飛び出してしまいそうな…まさにそんな状況だ。
自分でも、一体今、何を口走ろうとしているか分からなかった。
ただ、
「入りたい!」
…少なからずそうは思っていることだけは確かなようだけれど。
…
朝だぞ?
朝っぱらからだぞ?
朝からそんな…これは夢か?!
「あ…その…えっと…」
俺は、水蒸気を尚も延々と浴びながら、モジモジソワソワと、そんな事を脱衣所で呟いていた。
…と、その時。
「お姉ちゃん!」
「…へ!?」
そんな、ソワソワモジモジとしている俺の背後から、妙にジメっとした叫び声が聴こえた。
「おねえ…ちゃん!?」
その言葉にも驚いたが、
それよりも何よりも、「お姉ちゃん」て…何だ?!
ん?あれこの声は…
「!?」
俺が慌てて後ろを振り返ると、
「何やってんのよ!」
…そこには、じとっとした顔で俺を睨んでいる、あかねが立っていた。
「え!?…え!?」
下心を見透かされたらどうしようという焦りと、そこに立っているはずのないあかねの登場に俺が驚いていると、
「なーんだ、もうちょっとでもっと面白くなる所だったのに」
「はあ!?」
…そんな俺に、更に追い討ちをかけるように、そんな事を言いながら浴室のガラス戸が全開し…
「面白かったわよー、あかね」
「何やってんのよ、お姉ちゃんはっ」
「だーってさ」
身体にしっかりとタオルを巻いたあかね…ではなくなびきが、ペロっと舌を出して意地悪い顔で笑いながら姿を表した。
「あああああ…」
…やられた!
甘い囁きに気をとられ、あかねのとなびき、声が全然違う事にさえ気が付かなかったとは!
「ああああ…」
ようやく自分がからかわれていた事に気が付いて、思わずがくん、と床に崩れ落ち激しく落ち込む俺と、
「ほら、たまにはあかねとの甘美な夢を見させてあげようと思って」
「だ、だからってこんな妙な手を使わなくたっていいでしょうが。だいたい、こんなんで乱馬が騙されるわけ…」
「あら、ずいぶん嬉しそうだったけど?」
「…」
「ごめんね、乱馬君。ふふふふ」
…そんな俺を尻目に、勝手なやり取りをしているあかねとなびき。
「もう!スケベな事ばっかり考えてるから、直ぐに騙されるのよっ」
激しく落ち込んでいる俺をギロリと睨みながら、あかねは「知らないっ」と、脱衣所を出て行ってしまった。
「あーあ、面白かった。風呂場だからカメラで収める事が出来なかったのは残念ねえ」
なびきの奴は、からからと笑いながらやはりタオル姿のまま、脱衣所を出て行く。
…この後、
「乱馬、お前あかね君と一緒に風呂に入りたかったのか」
「乱馬、男の子なのね、やっぱり」
「乱馬君、あかねをよろしく頼むよっ」
「乱馬君、きっとこの次は大丈夫よ」
と、天道・早乙女家の面々が俺に妙に気を使ってこんな言葉をかけてくることになり、
「ち、違ーう!お、俺は別にそんなんじゃっ…!」
…と、
若干の下心が有っただけに、どんなに言い返しても信じてもらえない哀れな俺の姿が、その日の朝の食卓にはあっ
た。
それに加え、俺はしばらく、
「のぞき魔」「スケベ」「変態」…と、あかねに言われつづける羽目になるわけで。
でもそれは、今回の「なびきに騙された事件」があってだけのことではなく、
更にこの日の夜、それこそ自分の勘違いで引き起こした事が原因になるわけで。
…
…そう、それは更に追い討ちをかけるような、この日の夜。
『入浴中!入るな!』
…やっぱり俺が歯磨きをしている最中に、再び俺は、誰かの入浴中という間の悪い時に出くわしてしまった。
浴室のガラス戸には、この間と同じ、髪の短い女性のシルエット。
さらに、ガラス戸にはそんな札さえもかけられている。
(ははー・・またなびきの奴、俺があかねが入浴中だと思って慌てるのを楽しもうと…)
前回騙された事もあり、俺はそんな結論にすぐ、たどり着いた。
「なびきのやろー、よくも今朝はひどい目にっ」
そのお陰であかねには白い目で見られるし…と、
それでも懲りないこのなびきのイタズラに、俺は再びなびきに対する怒りを覚えていた。
そして、
「どーせ、また俺をからかうつもりでこんな札、出したんだろっ」
…だとしたら、いっちょ本気で驚かせてやれ!
「…」
俺は、口に突っ込んでいた歯ブラシを元の位置に戻すと、水蒸気で曇っているそのガラス戸を思いっきり…開いてやった。
そして、
「おーっと!あかねが入ってるのと間違えちまったぜ!」
と、中で暢気に風呂に入っているなびきに向って叫んでやったが…
「…あ、あれ?」
「え?」
…ガラス戸を開けて、思わずポカン、と口を開けてしまう俺と、
一体何が起こったのか…と、きょとんとした表情をした、あかね。
「あ…あ…」
お互い、そんな言葉になら無い様な声をあげて、
それぞれ全然別の理由で、ワナワナと身体を震わせる。
そして、
「きゃああああ!」
「う、うわあああっご、ごめんっ…そ、そんなつもりじゃっ…」
「だ、だったらどんなつもりよ、この変態!すけべ!!」
ドカっバキっ…
…
勿論その後、俺は「これでもか」と言うほどあかねに叩きのめされ、
そして、改めて正式に、「のぞき魔」の称号を頂戴してしまったのだった。
自業自得、とは言えども、何だか無性に不甲斐無い。
…甘美な罠には、ご注意を。
俺はこの日、嫌って程それを思い知らされたのだった。
