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Infect
窓ガラスを激しく叩きつけるように空から落ちてくる水滴を眺めながら、
「また今日も、雨なのね…」
あたしは、大きなため息を一つついた。
「九月」というのは昔から台風が多い月とされているので、
台風を伴った雨雲が、もちろん街に雨を降らせることぐらい、分かっている。
しかし、
横殴りの雨と、時折強風に煽られ飛ばされた木の枝が部屋のガラス窓を叩いていく…そんな強い雨風が1週間も続けば、否がおうにもため息だって自然と口をつく。
一メートル先も見えないような大雨の中では、さすがにロードワークとて満足に出来ない。
それを、こんな大雨の中…好き好んでロードワークをするようなのは、
「あー、もうすっげえ風だぜ。川とかすげえ増水してんだぜ?ありゃ落っこちたらアウトだな、間違いなく」
…初めから濡れるの承知で、女の姿のまま「修行修業」と興味半分で外に飛び出す、らんまぐらいだろう。
濡れるのが分かっているから、わざわざ女の姿のままロードワークに出かけ、
そして予想通りびしょびしょになって、でも雨の中めちゃくちゃに走ったのが気持ちよかったのか、結構満足げに、らんまは毎度帰ってくる。
「あんたも、変ってるわねー。何でわざわざ雨の中をロードワークなんかに行くのよ」
…ロードワーク後に汗を流すがてらお風呂に入った乱馬が、何故か当然のようにあたしの部屋へとやってきては勝手に居座ってくつろいでいるので、
そんな乱馬の頭をタオルでごしごしと拭いてやりながらあたしは言った。
「雨の日のロードワークも、たまにはいいもんだぜ」
乱馬があたしに頭を拭かれながら暢気にそんな事を言うので、
「じゃああたしも明日はいっしょに行く」
あたしがすかさずそう言うと、
「オメーはダメ」
乱馬は何故か即答した。
「何でよ」
「雨に濡れたら服が透けんだろ。そんなに他の奴に見せて-のか」
なら俺が変りに…と乱馬が調子のいい事を言いながらあたしに腕を伸ばしてくるので、
「じゃあやっぱやめた」
ムギュッ…とそんな乱馬の顔をタオルで巻きつけてやりながら、丁重にお断りをしてやった。
「ちぇッ遠慮深い奴」
乱馬があたしに巻かれたタオルを手で取りながら唇をとがらせるので、
「よく言われるわ」
あたしはそんな乱馬の唇を軽く指でつまんでやりながら笑った。
そして、
「ねえ。それにしても乱馬はさ、昔、雨の日って大嫌いじゃなかったっけ?」
「え?」
「雨の日は身体がなまるー、とかいって、こんな風に自分から雨の中飛び出してロードワークに行くなんて事なかったじゃない。女になるのは嫌だー、とかいって」
あたしは、ここ数日気になっていた事を思い切って乱馬に尋ねた。
…そう。
あたしが知っている乱馬は、
少なくとも「雨」も、
「雨の中を走る」ことも、大嫌いだったと思った。
何より、雨に濡れて女になるのを嫌ったし、
こんな風に初めから雨に濡れるの承知で女の姿になって雨の中を走りに行くなんて、考えもしなかった事だ。
「…」
あたしがそんな乱馬に首を傾げて見せると、
「昔は雨、嫌いだったんだけど」
「うん」
「でも今は、そんなでもねえ」
乱馬はそう言って、「あかね」とあたしの名前を呼びながらあたしの身体を自分の膝へと乗っけた。
「どうしちゃったのよ、その心境の変化は」
あたしがそんな乱馬の胸に体を預けながら尋ねると、
「そりゃあさ、雨に濡れると女になるってのはいい気分じゃねえけどよ」
「うん」
「雨の日なんて、特に冗談じゃねえとか思ってたけどよ」
「うん」
「…でも」
乱馬はそう言って、あたしの顔を見つめるとにっと笑った。
そして、
「…でも、おめーと初めて出会った日が『雨の日』だったから。だから雨の日はそんなに嫌いじゃなくなった」
…と、言った。
「え?」
乱馬のその言葉に、あたしはドキッ…とした。
「そ、そうだっけ…」
…本当はもちろん、
あの乱馬との最低最悪な出会いの日の事は、あたしはしっかりと覚えていた。
でも何だか照れてしまって、素直に乱馬の顔が見れなかった。
だからあたしは、胸の鼓動を悟られないようにしながら、乱馬から目をそらして誤魔化す。すると、
「忘れんなよなー。人を変態呼ばわりした挙げ句に、俺の裸見たくせに」
乱馬はそんなことを言いながら、あたしの頬っぺたを指で突っついた。
「なッ…あ、あんただってあたしの裸見たじゃないッ」
あたしが耳まで真っ赤になりながら必死で反抗すると、
「あの時はとっさの事だったしー、あんま覚えてねーんだよなー」
「いいわよ、覚えてなくて」
「もう一回ちゃんと見ねえとしっかり目に焼きつかねえし」
乱馬はそんな事を言いながら「そう思わねえか?」と抱きついてくる。
「焼き付けなくていいわよッ」
あたしはそんな乱馬を必死で引き剥がそうとするも、
「じゃあ俺のも見ていいから」
「見たくないわよッ」
「遠慮すんなよ」
「し、してないわよッ…って!ちょっとあんた、何上着脱いで…いやー!」
…雨の日の昼下がり、あたしの部屋での、そんな出来事。
何処にも出かけられなくて、身体もなまる。
あげく、狼少年も部屋にいついてしまうような雨の日は、本当はちょっと憂鬱。
でも、
『おめーと初めて出会った日が雨だったから、雨もそんなに嫌いじゃねえ。』
そんな風に言われたら、
あたしだって…雨の日が、そんなに嫌いでもなくなっちゃうわよ?
…そうね。
これからは、憂鬱な雨の日も。
「初めて乱馬に出逢った日が雨だったから。だからそんなに嫌でもないわ」
あたしも、そう思うようにしてあげるわ。
「…」
窓の外を激しく叩きつける雨の音を遠くに聞きながら、
あたしはそんな事を思い、乱馬の腕の中でそっと目を閉じた。
雨が運んできた、最低最悪の出会いがある。
でも時が経てば思い出も、やがてこうした幸せな時間を過ごす為の…糧となる。
