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→大切なコト3

「あれ?あかね、あんたいつの間に帰ってきてたわけ?」
…それから、三時間半後。
現在の時刻、午前七時二十分。
始発の電車にのったあかねが、とぼとぼと家へと帰ってくると、玄関にあがった所で、ちょうどその時朝食を取る為に二階から降りてきたなびきとバッタリ遭遇してしまった。
「…」
あかねが答えないでいると、
「…あんたもしかして今帰ってきたの?」
あかねのスカートからのぞく少し傷だらけの足に気が付いたなびきは、声をひそめてそう尋ねる。
「お姉ちゃん、あたしちょっと疲れたから…寝るね。学校、少し遅刻する」
「え…そりゃ構わないだろうけど…」
「…」
あかねはなびきにそう伝言し、のろのろと二階の部屋へと上がった。
そして自分の部屋に入ったその瞬間、 表情はかわらないものの、一粒、また一粒と涙をこぼしはじめた。

涙を止めよう。
絶対に泣いたりするもんか。


…あかねは自分にそう言い聞かせようと必死だが、そう思えば思うほど…涙はこぼれた。
昨夜山で、「泣く」という感情を封じ込めていた分、
こうして一人になればなるほど、まるでオモチャ箱よろしく、次から次へと「言いようのない想い」と共に涙があふれて出た。
何だ、自分はこんな風に泣けるんじゃないか…「泣く」ということすら忘れてしまっていた昨日を思えば、あかねはそれが不思議でしょうがない。
「ごめんなさい…」
…あかねは、自分の意志とは別に次から次へと溢れ出てくる涙と共にそう呟く。
信じてあげなくてごめんなさい。
約束を破って逢いにいってごめんなさい。
修業の邪魔をしてごめんなさい。

「ごめんなさい…」
しゃっくりのせいで、上手く声をだすことが出来なくて。
でも、それでもあかねは、そのたった一言を口に出さずにはいられなかった。
「ごめん…ごめんなさい…」
…きっと。
「一生」と言う永い時間の中で言う「ごめんなさい」の回数の、恐らく半分以上の数は、この時に口にしたのではないか…あかねは涙を流ししゃっくりをあげながら、そんな事までぼんやりと考えてしまった。
でも、これだけここであかねが謝罪の言葉を口にした所で、それは実際に乱馬の耳には届かない。
その空しさと、そこから生まれる「虚無感」に苛まれ、あかねは幾度となくため息をついていた。



…結局その日は、あかねは学校を休んでしまった。
かすみやのどかはあかねの体調をしきりに心配してくれたが、
もとは特に体調が悪いわけでもないので、気持ちがだいぶ落ち着いたあかねは、家族の前では笑顔を見せた。
さすがに食欲はないものの、
(今夜…乱馬から電話があったら謝ろう…ちゃんと素直に、謝ろう…)
一日泣いて、そしてゆっくりと考えて。
ようやく自分の「甘さ」というか「甘え」に気がついたあかねはとりあえずは素直に、
「修行の邪魔をしてしまってごめんなさい」
「反省したの」

とにかく、
(ちゃんと乱馬に謝らなくちゃ…)
と、あかねは居間で乱馬からの「七時の電話」を待ちながら、そんな事を考えていた。
しかし。

トゥルルル…

七時きっかりに電話の音が鳴ったその瞬間。
ドクンッ…
あかねの胸が大きく鼓動した。
「あかね、電話鳴ってるけど……」
昨夜まではワンコールで駆けていく、もしくは鳴る前から電話の前で待機していたあかねが、すでに五コール以上鳴ってもその場を離れないことに、家族は不思議そうな顔をしていた。
「あかねちゃん、やっぱりまだ具合が良くないんじゃない?顔色、悪いわよ」
かすみがあかねに声をかける。

…体調なんて悪い訳がない。

自分の心の中は、乱馬に謝りたい気持ちでいっぱいだ。
七時に電話が鳴るのを、あかねは今かいまかと心待ちにしていたはずだった。
なのに、あかねの身体は動かなかった。
あれだけ心待ちしていた電話のベルを、耳が…拒絶していた。

「あらあら…仕方がないわね…」
が。かといって、このまま電話を鳴らしっぱなしにしておく訳にはいかない。
いつまでも席をたたないあかねの代わりに、かすみが立ち上がり電話の元へと向かった。
そしてそれからほどなくしてかすみは居間へと戻ってきて、
「あかね、あかねの事、乱馬くん心配してたわよ。また明日電話するって」
「うん…ごめん…」
自分の震える手をみせまい、と、無理に笑おうとしているあかねに心配そうに声をかけ、
「あかね、大丈夫?何だか顔色がとても悪いように思えるんだけど…」
「あ…うん。平気…あの、あたし疲れちゃったから…部屋で休む…」
あかねは心配そうに自分を見つめる家族からまるで逃げるかのように、居間を飛び出し部屋へと走った。


…嘘を、ついた。
嘘をついた。
自分は、嘘をついたんだ。


「…」
逃げるように部屋へ飛び込んだあかねは、ドアにずるずる…ともたれかかり、そして…震える手で口を押さえた。
・・・ 待ち望んでいた、はずだった。
そして、その電話で乱馬に謝るつもりだった。
なのに自分は嘘をついた。
生まれて初めて、「意識して」乱馬を避けた。
そして、乱馬に嘘をついた…。
「明日は…あしたはちゃんと電話にでなきゃ…」
そして、乱馬に謝らなければ。
あかねはぎり…と唇を咬みながら、何も自分にそう言い聞かせた。



…しかし。
そんな決意とは裏腹に…翌日の夜七時。
あかねは家…ではなく、街の図書館にいた。
(最近の図書館は夜おそくまでやってるんだ…)
あかねは変な所に関心しつつ、窓際の席へと腰を下ろし、本を読むわけでもなく、ぼんやりとしていた。
(あたし…どうしてここにいるんだろう…)
…自分でも何でだかわからなかった。
昨日は嘘をついて乱馬からの電話にでなかった。
だから今日こそは電話にでて、今日こそは謝ろう…そう決意したはずだった。
なのに今。
乱馬からの電話が鳴るはずのこの時間。
あかねは、図書館にいた。
学校から出た時は、真っすぐに家に帰ろう…ただそれだけを思っていた。
なのに、一歩一歩、歩を進めるごとにどんどん胸が苦しくなって。
「…」
気が付いたときには図書館に入って、読む気もない難しい本を開いて席に付いていた。


ため息をついては、壁に掛かってる時計と睨めっこをする…あかね。
現在の時刻、午後七時五分。
(電話、もう切れたよね…)
「そろそろ帰らなきゃ」
電話がもう今日は鳴らないのがわかっていて帰る自分は、最悪な確信犯だ。
あかねは自分をそう戒めるが、でもどうしても…七時前に家に帰る事の出来ない自分がそこにいた。
「あかねー、遅いじゃない。乱馬くん、また明日電話するって言ってたわよ」
…図書館から歩いて五分ほどの家にあかねが帰ると、今日の電話はなびきが出たのか、さっそくあかねに話し掛けてきた。
「あの…ごめん…ちょっと用事で寄るとこがあって」
そんななびきに、あかねはまた嘘をついた。
「あ、そう。じゃあ明日は出れるといいわね。乱馬くん、あんたの身体の事心配してたわよ」
「…」
あかねはそんななびきの言葉にズキ…と胸を痛めた。

…本当は、体調なんて全然悪くない。
七時を回らないと家に帰れない用事なんて、ある訳がなかった。

「あかねちゃん?明日早く帰れるよね?乱馬くん、わさわざ山を降りて電話してくれてるんだから…出てあげないと失礼よ?」
なびきと話しているあかねの元に、居間から出てきたかすみがやってきて、そんなアドバイスをした。
「あ…うん…」
あかねは内心ドキドキしながらそう答えるが、
「わざと避けてたりして」
不意に横槍をいれたなびきの言葉に、あかねは一瞬、びくっと身を竦めてしまった。
「なびき」
かすみがそんななびきを戒めつつ、
「そんなことないわよね?あかねちゃん」
「う、うん…」
あかねはかすみのその笑顔から目をそらし、答えた。
「明日は必ず…」
そう呟いたあかねは、他人と約束することがこんなに苦しいこともあるのかと…ひしひしと感じていた。
(そうよ…明日こそは帰らないと…明日こそは電話に出て、乱馬に謝らなくちゃ…)
かすみやなびきに言われなくたって、あかねにだって、電話に出ない事が乱馬に失礼にあたる事ぐらい分かっていた。



…分かってはいるが、
耳も、足も、そしてあかねの心が。夜七時になる電話のベルを、拒絶していた。
声は聞きたい。謝りたい。
なのに、電話に出るのが怖い…
「あたし、どうしちゃったんだろう…何で…」
あかねは、自分でもコントロールできないその思いを抱え、一人ため息をつくばかりだった。

 

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