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君がいない 2

 

それから、三週間が過ぎた。
当初一週間だった休みが更に一週間過ぎ、それがどんどん延びてついに三週間。
実質的には土日とか連休とか祝日とかが入って、半月くらいしか学校は休んでいないけれど、あたしの前から乱馬がいなくなって、早一月近くになる。
乱馬やおじ様からは、一週間に一二度、何故か昼間に連絡があるようで、そうなると昼間学校に通っているあたしは、どうしても電話に出ることが出来ない。
しかも、
「修行ははかどっている」
「自分達は元気」
…それだけしか伝えないとのこと。
あたしの事は、あかねの「あ」の字も出てこないようで、
「きっと、電話に出るのが私やかすみちゃんだから気を使っているのよ」
「あ、あたしは別に…」
「もう、何であの子、夜に電話を寄越さないのかしら。あかねちゃんだって、寂しい思いをしてるのにっ」
おば様も、なんだか小難しい顔でそんな事をぼやいていたけれど、
「い、いいんですよそんな…それにほら、元気だってことが分かればそれでいいじゃないですか!」
あたしは無理に元気な言葉を叫び、おば様に笑ってみせる。
そして、
「あ、あたし、ご飯食べる前に宿題、かたずけちゃいますね!」
「あかねちゃん…」
「乱馬が帰ってきたとき、勉強のノートも見せてあげなくちゃいけないし、まとめてあげないといけないからっ…」
と、笑顔のままおば様の前を通り過ぎて自分の部屋へとかけ戻る。
そして、宣言どおり自分の机に座って教科書やノートを広げてみるも、
「…」
なんだか気持ちは落ち着かず、いつの間にかぼーっと、考えごとをしている始末だ。
『あかねちゃんだって、寂しい思いをしているのにっ』
…そんなおば様の言葉を、ぼんやりと復唱しながら。


付き合い始める前は。
そりゃ、少なからずこっちは好意をもっているわけだから、修行で何日も家を開けることがあれば、やっぱり寂しいとは、思った。
でも、何かをしようにもそれが手につかなくなるほど「寂しさ」が前面に出た事はなかった。
いつもは家族で囲むと狭く感じる食卓を、必要以上に広く感じたり、…乱馬がいないんだから夜這いをかけられる心配なんてないのに、少しでもドアの外で物音がするとドキドキと胸を高まらせたり。
シングルベッドなのに、なんだかダブルベッドに寝ているような気持ちになったり、自然と端の方に寝ていたり。
…そんな事を思えば想うほど、あたしの中で「乱馬」っていう人がどれだけ多くの部分を占めていたかを思い知る。
そう、今のあたしは、ほんの些細な事で、自分の中の「乱馬」の存在を感じているのかもしれない。
今だって、
「…」
こうやって勉強してても、考え事をしていても…何だか自然と後ろを振り返る。

『なー、こっちこねえ?勉強なんて後でも出来んだろー。』

…いつもはそこにそうやっているはずの、甘えたような顔をしてあたしをじっと見ては笑っている、乱馬の面影を探して。
…。
ばかみたい。
ばかみたい、あたし。
乱馬なんて修行でどこか遠い所に行っちゃって、いないのに。
一週間で帰ってくるはずが、もう三週間以上も帰ってこなくて、たまに連絡をよこしたと思ったら…あたしがいないときばっかりを狙っているみたいだし。

そうよ。そんな勝手なヤツなのよ。
こんな風に振り返ったって、今ここに、いるわけがない。
いるわけがないのに、でも…

「…」

…それでもあたしは、諦め悪くもほんの少しの小さな希望を持って、やっぱり後ろを振り返る。
いるか、いないか。そこにある答えは、二分の一。
それに対して、そこに乱馬がいる可能性は何億分の一。
それでもその天文学的に小さな可能性を信じようとするのは、
…いつも乱馬が、無理だって思う無茶な事だって、時には強引にこなしてでも、あたしの為に走ろうとしてくれるからだと思う。
だから、だからあたしは、振り返ってしまう。
数億分の一の可能性と、果てない期待をもって。
でも、


「…」


そこに、君はいない。



…神様は、時にはとても意地悪だ。
こんな時に限っては、あたしの願いを叶えてくれることなど、ない。
「…」
あたしは、誰もいないその空間に向かって、ため息をつく。
神様、贅沢なことは言わないから。
今すぐここに、乱馬を呼んで来て、だなんて言いません。
もう一度振り返ったらそこに立っていますように。
そんな贅沢な事いわないから、
だから…
だから一日も早く乱馬が家に帰ってくるように、ほんの少しだけ、乱馬と私の時間の歯車を、早めてはもらえませんか?

「…」
…早く、帰ってきてよ。
心の中では大声で叫んでいるような言葉も、いざ口に出そうとすると、「涙」というフィルタがかかって震えて真っ直ぐ出ては来ない。
乱馬が修行から帰ってこないくらいで、泣いてたまるもんか。
何度も自分にそう言い聞かせるも、ぼたっ…ぼたっ…と涙は次から次へと落ちてくる。
机の上に広げたノートに、ジワジワと広がる大きな涙の染み。
「…乾くまで、勉強なんて出来ないや」
いつからあたしはこんなに弱くなったんだろう。
涙で寄れて、毛羽立った紙をそっと指で撫でながら、唇をぎゅっとかみ締めあたしはそんなことを思った。

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