一日目、お弁当の中身を全てサラダに変える。
ニ日目、いつも以上に長くお風呂に入って汗を掻く。
三日目、念入りに念入りにトリートメントをし、髪質を整える。
四日目、学校帰りにショッピング。流行のリップを購入する。
五日目、いつもより長くロードワーク。余分な体重を少しカット。
六日目、鏡の前で最終チェック。くるりと回って、全身チェック。
七日目、一週間の修行から、彼が帰ってくる。
それが、あたしの一週間。
乱馬が修行に出ている間の、一週間。
「…なんか、一週間前より可愛くなってねえか?」
一週間後に帰ってきたときに、そういって嬉しそうに抱きついてくる乱馬を想像してみる。
そんな乱馬に、あたしは絶対こう言うの。
「そんなわけ無いでしょー」
…て。
ホントはたくさん努力をしたけど、あえてそれを伝えず、強がってみる。
「そうかあ?絶対に何か違うんだけどなあ」
「そう?」
「絶対そうだ」
「ふーん。だったら…」
あたしの体がどのくらい違うかは、乱馬が直接、触れてみて?
恋する乙女の挑戦状。
一週間後の、いざ勝負。
「へー、乱馬君、今日帰ってくるの」
「うん」
乱馬と早乙女のおじ様が、思いたったかのように修行に出てから一週間が経とうとしていた。
予定は一週間。場所は…どうやら行き当たりばったりで決めるらしいけれど、たぶんここから二時間くらい電車に揺られてたどり着く山の中だろう。
とりあえず一週間分の食料を持って、乱馬とおじ様はいつものように修行へと旅立っていった。
それから、早くも一週間。
だから、一週間目の今日、乱馬達は家へと帰ってくる。
「夕方には家にいるみたいだから」
「そう。じゃあ、学校から帰ったら乱馬君はいるわけだ。よかったねえ、あかね」
…お昼時。
かすみお姉ちゃんお手製の「サラダ弁当」をフォークでつついているあたしに、さゆりはそう言って、あたしの頭を撫でる。
「な、何よー」
あたしが頬を膨らませてむくれると、
「寂しかったでしょー?一週間」
「なっ…べ、別に寂しいわけないでしょっ」
「それなのに我慢して。あげくに、帰ってくる彼の為にサラダ弁当でダイエットして待っているなんて。健気ねえ」
さゆりはやけにヒロイックな口調でそう言うと、
「帰ってきたら、甘えるんでしょ?」
と、隣でサンドイッチをほおばっているゆかと二人、
「乱馬っ。おかえりなさいっ」
「あかねっ。俺も寂しかったぜっ」
…学芸会も真っ青の、妙な芝居をしてはきゃあきゃあと抱き合っている。
「あ、あのねえ…」
あたしはそんな二人を苦笑いしながら見つつ、
「抱き合うなんてとんでもないわよ。一週間分のノートとか宿題のプリントとか管理するの面倒なんだから。
だから、今夜帰ってきたらいっぱい、文句いってやるんだから!」
強い口調でそう言って、ザクッザクっ…とお弁当箱の中のレタスをフォークで刺し続ける。
「またまたー、そんなこと言って」
「何よー。絶対に文句言ってやるんだから」
「逢ったらあったで、そんなこと言ってる余裕、ないかもよー?」
さゆりはそう言って、サラダをフォークでザクザクと刺しているあたしの顔を覗き込む。
そして、
「毎日一緒にいるのが当たり前だった彼氏に、一週間も逢えなかったんだから。文句なんてきっと、顔を見た瞬間に吹き飛んじゃうよ」
と、ニヤッと笑った。
その横では、ゆかも「うんうん」と頷いている。
「そ、そんなこと無いわよっ」
あたしはそんな二人に強がって見せるも、でも心の中では…そんなこと、とっくに自分でも分かっているし予想もしていた。
乱馬とおじ様の修行の予定は、一週間。
さゆり達が言うように、毎日一緒にいた相手が突然ふっと、いなくなるのはやっぱり寂しい。
寂しくない、なんてわけがない。
でも、その寂しさを紛らわせるのと、あとは「一週間」という期間限定という事が少しだけあたしの心に余裕を持たせていた。
サラダ弁当でダイエットしてみたり。
いつもより念入りにお肌の手入れをしてみたり。
髪を梳いてみたり、新色のリップを塗って鏡とにらめっこしてみたり。
乱馬がいる時にしてもさほどその変化は分かってもらえないかもしれない事を、これを機会に…と一週間、色んなことを考えては、実行してみた。
一週間後にあった時、
「お、何か変ったか?」
…あの鈍い乱馬にも、そういわせたくて。
「そんなことないわよ」
わざととぼけて見せても、
「いや、俺の目に狂いはねえっ」
…乱馬に、そう言ってもらいたくて。
そして、そうやって何かをすることで、乱馬に会えない「寂しさ」を紛らわせようとしていた。
たとえ初めから「二週間修行に行く」「一ヶ月行く」…期間が長くたって、それはそれでいいの。
必ずその期間で帰ってくるって、分かっていれば…・それを楽しみに、あたしは頑張れるから。
…
「ま、とにかく乱馬君は幸せものよねえ。格闘バカの彼女にしておくのは、あかねは勿体無いわよ」
「ほんとねえ。あたしが男だったら、略奪愛よ、リャクダツアイ」
「あのねえ…」
あたしは、さゆりやゆかに頭を撫でまわされたりからかわれたりしながら、苦笑いをした。
…このサラダ弁当を食べ終わって、あと一回授業を受けたら、そしたら家に、帰れる時間。
家に帰れば、乱馬が待っている。待っているんだ。
「よー。遅かったじゃねえか」
そんな事を言いながら、居間でTVを見てくつろいでいる乱馬に、逢えるんだ。
…
「寂しくなんて無いわよ。文句言ってやるんだもん」
「はいはい」
パリパリパリ、と、レタスを噛み砕く時間を早くしたところで、家に帰れる時間は早くなる事は無いのだけれど、なんだか心が逸る。
何だかちょっと、落ち着かない。
こんなことを思っているって分かっちゃったら、きっとさゆり達はまた笑うんだろうなあ。
あたしはさゆり達にはばれないように…とは思いつつも、逸る心を身体いっぱいで感じながら口を動かしていた。
そして、
「それじゃ、あたし今日は帰るから」
「はいはい。挨拶はいいから早く帰りな。乱馬君、待ってるよ」
…ソワソワと落ち着かない午後の授業を乗り切り、HRが終わった瞬間にカバンを持って席を立つあたし。
教室を出るまではゆっくりゆっくりと歩いていたのに、教室を出た瞬間、廊下を駆け出した。
「こら!良い子の天道さんっ。廊下は走っちゃダメでしょっ」
「ごめんなさいっ」
品行方正な優等生も、今日に限っては悪い子だ。
行き交う人たちの間をすり抜け、あたしは足早にゲタ箱へとたどり着く。
そして、
「乱馬、気がついてくれるかなあ」
…ちょっとだけスリムになった身体と、手入れが整った肌。サラサラな髪の毛。
「あー…でも走って帰ったら、汗掻いちゃうなあ」
せめて、あたしがお風呂から出るまではまだ、乱馬が家に着いていないと良いんだけどなあ…なんて。
待っているのを望むくせに、都合がいいことだけを願うあたし。
「…でも、ま、いっか」
たとえ汗を掻いていたって、あたしがちょっとだけ綺麗になったことくらい、乱馬だって分かってくれるよね?
「ふふ…」
あたしは、履き替えた靴のつま先をトントン、と地面に叩きつけながら、そんな事を思い一人、微笑んでいた。
でも。
「お帰り、あかねちゃん」
「おばさま、ただいま。あの…乱馬は?!」
「ええ、それがね…乱馬君達しばらく、帰って来ない事になっちゃったのよ」
「…え?」
息せき切って家にたどり着いたあたしを待っていたのは、そんな事実だった。
「しばらくって…だって、一週間の修行って…」
…予想だにしなかった言葉に、あたしは何だか上手く喋る事もできない。
それに加えて、
『乱馬君達しばらく、帰って来ない』
そんな風に、不確実な言葉を聞けば、急激に胸の中の光が翳る。
しばらくって、いつ?
明日?明後日?明明後日?
一週間なの、一ヶ月なの?
先の期限がわからないだけで、紛れていた寂しさが紛らわせなくなるのは、事実だ。
…
「だから、学校にはとりあえず一週間くらいまたお休みしますって、言っておいてね?あかねちゃん」
何でも修行がはかどっているらしく、帰宅が延びる旨を伝える電話が、昼にあったそうだ。
「は、はい…」
それを学校から帰った後に聞かされたあたしは、平静を装って話をするも、胸は、今にも身に纏っている洋服を突き破ってしまうのではないかと、錯覚するほどドキドキとしていた。
それと同時に、キュー…っと、胸が締め付けられた。
…そうなんだ。しばらく、帰ってこないんだ。
ギュッと、持っている鞄の取っ手を握り締めないと自分が維持できなかった。
「ま、乱馬君はともかくおじ様が一週間くらいしか持たなさそうよ。ホームシックで。根はパンダみたいなもんだし…って、あかね?」
「え?な、何?」
「どうしたのあんた。何か、顔色悪いわよ?」
…あたしのすぐ後に、学校から家に帰ってきて一緒に玄関で話を聞いていたらしいなびきお姉ちゃんが、そう言ってあたしの顔を覗き込んだ。
なびきお姉ちゃんに指摘されないと、自分が今どんな顔をしているか分からないくらい。
それくらい、あたしは今、ぐちゃぐちゃといろいろなことを考えている。
「今夜帰ってきたら、文句いってやるんだから!」
…学校で、友達とふざけながらそんな事を話していた事を、ふと思い出す。
あんな事を言ったって、本心では帰ってくるのを心待ちにしていたことぐらい、自分で分かっていた。
だから、一週間色んなことを試しては寂しさを紛らわせて、頑張った。
「乱馬がいない」
そうやって考えないようにして、帰ってきたときのことしか考えないようにしてた。
「寂しさ」を感じないようにするリミットを、「一週間」に設定していたから…だからあたしは、頑張れた。
今夜がその一週間目だからって、一日一日胸の中でカウントダウンをして、それでようやく今日を迎えた。
それなのに…。
「…」
いつ、帰ってくるの?
今も、修行の事で頭がいっぱいなの?
あたしの事、たまには思い出したりするの?
…リミットを越えてしまった途端に、あたしの心の中にはそれまで押さえ込んでいた「想い」が溢れ出す。
乱馬の為に頑張った一週間は、あっという間にその溢れ出した思いに飲まれ翳っていく。
…逢いたかったのに。
口に出せない言葉が、あたしの胸を過ぎっていった。