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First Love 5

 

「え?ウィッグを貸して欲しい?」
「う、うん…」
「それはいいんだけど…何に使うの?」
「うん、ちょっと」


時の流れというのは、こういう時はいつも以上に早く感じる。
あたしの気持ちが晴れないまま、
そして、環さんから電話があったあの夜から…一週間以上経過した。
あっという間に、明日はいよいよ、乱馬と環さんが再会する日だ。
前日の今日、乱馬は右京と「明日の打ち合わせ」とか何とか言いながら、店で環さんを出迎える準備に行ってしまっ た。
もちろん、明日参加しないあたしは自宅で、お留守番。
(そんなに、環さんと逢うのが楽しみなの…)
「…乱馬、今日は遅くなるの?」
「わかんねえ。準備の出来しだいだな」
「…ふーん」
「んじゃ、行ってくるからな」
今日も、何となく楽しそうな様子で出かけていった乱馬の様子に、あたしは一人、ため息をついていた。


…結局、環さんからは電話があったのは、あの夜一度きりだった。
右京の所には、今週も一回ほど電話があったみたいだけれど、乱馬とはそれっきりだ。
「…」
楽しそうに明日の準備に出かけた乱馬の様子に、あたしの心はもちろん穏やかではない。
でも。
「…」
今日の、この時間だけは…乱馬がいなくてよかった。あたしはそう思っていた。
それは、乱馬に内緒で、「ある事」をしようと思っていたから。

「…」
あたしは、乱馬が出かけたのを見計らってすぐ、なびきお姉ちゃんの部屋へとやって来た。
そして、
「お姉ちゃん、ウィっグ、持ってない?」
…と、こうしてお姉ちゃんにお願い事をしにやってきたのだ。


「珍しい子ね。付けたいの?」
髪の短いあたしが、わざわざ長い髪のウィッグを借りに来る事なんてめったにない。
いや、バッサリと短く髪を切って以降初めての事だ。
「あんた不器用なんだから、あたしがやってあげるわよ」
「あ、ありがと…」
「それにしても、久しぶりねえ。こうして髪の長いあかねの姿を見るのは…」
なびきお姉ちゃんは、あたしの突然の申し出に驚きながらも、
「昔はあんただって髪が長かったんだもんねえ」
そんな事を言いながら、あたしの頭にピンを刺したりブラッシングをしたりしている。
「…」
「こんなのつけて、どっかに出かけるの?」
「別に…どこにも」
「家にいるのに、こんなのつけんの?あんたも変っているわねえ」
「…」
…なびきお姉ちゃんだって、なんでこんなウィッグを持っているの?
借りに来て置いてなんだけれど。あたしは思わずそう質問してしまいそうになったけれど、
「色々あるんだもん、あたしにだって…」
あたしは、あいまいな言葉で状況を誤魔化しながら、徐々に自分の背中に降り始めた長い髪の毛を手で触れ、ため息をつく。
そう。
あたしがこんなウィッグを引っ張り出してきたのにはわけがあった。
環さんから乱馬へ電話は無かった。
けれど、それ以外でアクションがあった。
あたしの心を、また不安で駆り立てるようなアクションが。





…それは、昨日の事。
「ほら乱ちゃん、もってき」
「さんきゅ」
学校から帰る直前に、右京がそういって乱馬に封筒を差し出した。
乱馬はすぐにそれをポケットにしまってしまったけれど、
「なにそれ」
「別にたいしたもんじゃねぇよ」
「じゃあみせてよ」
あたしは乱馬の返事よりも先に、ポケットにしまわれた封筒を取り上げた。
そしてすばやく封をあけると、
「…」
中には一枚の写真。
しかもそこに映っているのはあたしのしらない…女の人だった。
透きとおるような白い肌をした、あたし達より少し年上な感じの女の人。
きゅっと引き締まった唇には、柔らかい笑みが浮かんでいる。
パッチリとした瞳と、くるん、と長い睫毛がとても愛らしい。
更に、真っ黒で日の光を浴びると「天使の輪」が出来ているような、髪。
その美しい髪は、女の人の胸の辺りまで真っ直ぐにおりている。
羨ましいくらいのストレートヘア。まるで、日本人形そのものだ。
そして、とても上品な柄の着物…黒髪と相反するような華やかさだが、その一つ一つ全てが、その女の人の魅力を引き立てているような気がした。
「…」
あたしが写真を見つめながらじっとだまっていると、
「ご、誤解すんなよ。これはアイツが勝手に送ってきたんだからなっ」
乱馬はあたしの手から写真を引ったくり返しながらそう叫ぶ。
「アイツって…環さん?」
…ドクン。
…そう乱馬に尋ねるあたしの胸が大きく鼓動する。
「俺は日曜に会ったときに見ればいいって言ったんだけど、どうしてもそれまで待てなかったのかなあ」
乱馬はそう言って、困ったように笑った。
「絶対に乱ちゃんに渡せって手紙に書いてあってん。渡せばわかるからって。うちはようわからんけど、先週環と電話 で話したときに何か約束でもしたん?」
そんなあたしと乱馬の元に右京がふらりと戻って来て助言をする。
「…」
電話って、あの妙に楽しそうに話していたあの…電話?
「…」
一体あの時にどんな会話を交わしたら、相手は写真を送ってくるような成り行きになるというのだろう。

「よ、良かったじゃない。これで日曜日、環さんに会うのが更に楽しみになったんじゃないの?」
あたしは、心が動揺しているのを悟られないようにしながら、そんな風に乱馬に言ってやった。
すると乱馬は、いつもだったら絶対に言わないような台詞を一言、あたしに言った。

「まあな」

…と。

「…」
…その言葉が、あたしはいつまでたっても耳から離れなかった。
だから…
だからこうして、馬鹿な事まで考えて、あがいている。
…くだらない事かもしれないけれど、これは、ほんのささやかな「抵抗」だった。
「抵抗」というよりも「対抗心」か。
環さんの、「長い髪」に対する、あたしのほんの小さな対抗心だった。
長い髪の、まるで日本人形のように美しい初恋の人を見た後に、あたしの短い髪を見て、
「やっぱり長い髪は憧れかな」
とか。乱馬がそんな事を思わないようにって。
乱馬が短い髪のほうが好きだって、知っているけれど、でも、もしも環さんの長い髪を見て気が変ってしまったらイヤだ。
…何となく、そう思ったからだ。

「はい、できた」
「あ、ありがと」
程なくして。
なびきお姉ちゃんがそういって、あたしから離れた。
「…」
あたしが、なびきお姉ちゃんに手渡された少し大きめな手鏡を覗くと、そこには、もう大分前から見かけていない「あたし」の姿があった。
長い、長い髪を降ろしたあたしの姿が。
「…」
短い髪のあたしよりも、心なしか女性らしくは、見える。
でも、不思議。
髪を短くしてから、もう大分時が経つというのに、
以前に髪の毛が長かった頃のあたしも、こうして人工的にウィッグをつけたあたしも…同じ瞳をしている。
憂いのある、瞳。
やっぱり、何だか寂しそうな…あたし。

「これ、返すの明後日でもいい?」
「いつでも良いわよ、別に」
「ありがとう。あ、ねえお姉ちゃん…似合う、かな…」
「可愛いわよ。九能ちゃんなら襲いかねないわね」
「…」
…それは、喜んでいいのかな。
いささか評価に疑問を感じつつも、あたしは、なびきお姉ちゃんにお礼を言いながら部屋を出た。
そして、右京の店に準備に行った乱馬の姿を、今かいまか…と玄関の脇で待ちわびた。



数時間後。
そんな風に乱馬を待っていたあたしに、ようやく外から帰ってきた乱馬は、
「…どーしたんだ?その髪」
いささか、驚いていたようだった。
そりゃ、そうだ。
出かける前までは、肩の、ちょっと上辺りまでしかなかったような髪の毛だ。
それが、帰ってきたら背中の真ん中まである。
誰だって驚くのは当たり前の事。
「うん、ちょっと…気分を変えてみようと思って。ねえ、似合うでしょ?」
あたしは、そんな乱馬にクルリ、と一周回ってみせながら、そう尋ねる。
もちろん、わざと長い髪をなびかせるようにして、だ。
…でも。
「…そうでもねえ」
「え…」
「おめーは短い方が似合う」
乱馬はボソッとそう呟くと、あたしの姿なんてろくに見もしないまま…家の中へとあがっていってしまった。
「乱馬っ、何で?」
あたしも慌てて乱馬の後を追って廊下を走っていくも、
「何でって…そう思うんだから仕方ねえだろ」
乱馬はさらっとそう呟くだけで、その言葉を撤回するような素振は全くない。
もちろん、そうやってウィッグをつけたあたしの姿をちゃんと見てくれることとて、無かった。
「…」
…何よ。
何でよ。
何で、ちゃんと見もしてくれないの?
環さんの写真は、ちゃんと見ていたじゃない。
髪が長くて綺麗な姿を、ちゃんと見ていたじゃない。
…環さんはよくて、何であたしはダメなのよ。

「…」
ピシャリ、と目の前で閉められた障子を自分でこじあけて、乱馬に反論する力はあたしには無かった。
あたしは、障子の前で頭をうなだれるようにしてただ、そこに立ち尽くしていた。
…乱馬が、短い髪の方が好きだって事ぐらい、あたしだって知っているもん。
でも、
でも…
乱馬の初恋の人が長い髪の人で、その人が逢いに来るってわかっていて、その人の写真を大事そうポケットに入れているのを見たら…
…あたしだって、その人に負けたくないって思うもん…。
焦っちゃうのに…。
乱馬がその人と明日逢って、楽しく時を過ごすのを知っているのに待っていなきゃいけないのは…不安なんだもん。
…怖いんだもん。

あたし以外に、乱馬が「好きだ」と思ったことがある女の人に、乱馬が取られてしまったらって思うと…怖かったんだもん。

「…」
声に出して、その気持ちをぶつける事が出来れば良いのに。
あたしは、何度もそう思った。でも…そんな気力さえも無い。
気力を、不安が侵食していく。
たいした重さではないはずの、頭につけたウィッグが、まるで手足につけた枷のように…あたしの肩に、のしかかる。
きっとこの髪は、以前のようには軽くはならない。
髪を切って気持ちが吹っ切れたあの時とは違って、ウィッグを取ったとしても、あたしの心は…晴れたりはしない。

「…」
…あたしは、なびきお姉ちゃんが丁寧につけてくれたウィッグを、強引に自分の頭から取り去った。
思ったとおり、それをとったところであたしの気持ちは…晴れたりはしなかった。
「…」
…こんなことして、あたし、馬鹿みたい。
こんなことしたって、人の気持ちは、離れる時には離れてしまうというのに。
逆に、こんなことしたからこそ、離れてしまうかもしれないというのに。

「…」
あたしは、手にしたウィッグを胸にぎゅっと抱き締めながら、大きなため息をついた。

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