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First Love 2
翌日の事。
「え?初恋?」
「う、うん・・・」
「そうねえ、やっぱり自分の中では美化されているかもねえ」
「…」
学校へ登校するなり、あたしはクラスメートのさゆりやゆかに、「初恋の思い出」について尋ねてみた。
あたしの初恋は辛くて苦しいものだったけれど、他の人はどうなのだろうか…そう思ったからだ。
するとさゆりも、ゆかも、少し夢ごこちにそんな事を呟きながら笑顔になる。
「…」
やっぱり、そういうものなのか。
あたしが少し表情を曇らせると、
「でも初恋は初恋だから。初恋は実らないものって言うしさ、別にいい思い出なんてないわよ。好きな男の子を遠くからじっと見ていたりさ、バレンタインにチョコレート渡しに行ったりしたぐらい」
「そうよ。男の子だって、好きな女の子をからかって泣かしちゃって…ぐらいしか思い出ないものよ」
さゆりとゆかが、そんな事を続けて言う。
「初恋は初恋、今は今だしねえ。あたしは今の恋が上手く行けばそれでいいわ」
そして、
「ねえ、ゆかの初恋の人ってどんな人!?」
「え!?さ、さゆりはどうなのよっ…」
今度はお互いの初恋の相手をさぐりあいをするべく、きゃあきゃあと騒ぎ出した。
「…」
あたしはその二人の横で、そっとため息をつく。
…そう。
そんなの分かっているもん。
初恋は初恋。今は今。
昔、どんな人を好きであったにしろ、今が違えばそれでいい。
あたしだってそれぐらい分かっている。
でも…
「…」
それでも割り切れないこの気持ちは、一体なんなのだろう。
あたしは、ふと、考えてみる。
…想像出来ないから、かなあ。
あたし以外の女の子を、乱馬が好きだったって言う姿を。
あたしの事をからかいながらも大切に扱ってくれるように、
あたし以外の女の子を、乱馬がそうしている姿を。
…
「…」
苦しいくらい、好きだったんでしょ?
切ない思いを、したんでしょ?
…
乱馬にそんな思いをさせる女の子が、どこかにいる。
そう思うと、何だろう…胸が異様にドキドキとする。
…でも、それはあくまで「思い出」
今現実に、あたしの目の前にいる誰かの事を言っているのではない。
「…」
あまり考えすぎても、あたしが辛くなるだけ。
乱馬も思い出したくない見たいだし、もう考えるのは辞めよう。
うん、そうしよう。
…
あたしは、さゆりとゆかの会話をぼんやりと聞きながらそんな事を自分に言い聞かせていた。
と、その時だった。
「あ、乱ちゃんあかねちゃん、おはよー」
席でさゆりたちと話していたあたしと、そして教室の隅でクラスメートと話していた乱馬を手招きしながら、妙に楽しそうな笑顔を浮かべた右京が、駆け寄ってきた。
「おっす、うっちゃん」
「おはよ、右京…って、何かあんた機嫌いいわね?どうしたの」
いつも元気な右京だけれど、今日はいつもにも増して笑顔も光る。
「あ、やっぱ分かるー?」
「分かるわよ、そりゃ」
「いや、ちょっとな、おもしろい事って言うか…いいことがあったん」
右京はそういって、更に表情を緩める。
そんな右京の普段とは違う様子に、
「…」
あたしも、そして右京に呼ばれて席へとやってきた乱馬も、一瞬顔を見合わせてしまったほどだ。
「と、とにかく。何があったの?」
とりあえずあたしが、そんな右京に尋ねてみると、
「昨日の夜な、うちが昔住んでいた街で仲良うしていた子から久しぶりに連絡があってん」
右京はそういって、更に嬉しそうに笑った。
「へー。良かったじゃない」
…これ以外のコメントが考えつかないあたしは、とりあえずそんな相槌を打つと、
「それがな、乱ちゃん達は昨日見たかどうかわからへんけど、旅番組をTVでやってたんよ。それを見て、その子、わ
ざわざうちに連絡くれたらしい」
右京はそういって、乱馬のほうに目線を移した。
「乱ちゃん、覚えてへんか?」
「え?」
「ほら、乱ちゃんがウチんとこから姿を消す前に、たまに一緒に遊んだ子っ。環」
「環…?」
「そう、環や。乱ちゃん、迷子になった環を、家まで送ってやった事もあったやん。昨日の旅番組でな、その環の家の
近くの河原が映ったんやて」
右京はそういって、「懐かしいなあ」と目を細めている。
「環…ああ、あいつか。ああ!そうか!昨日のあれは、環と一緒に見たんだ、俺!」
「乱ちゃんも思い出してん!?」
「おお、ようやくな!元気か?環」
「元気元気!乱ちゃんのことも、覚えとったで!」
「え?俺の事も?」
「そうや!乱ちゃんが、うちを捨てて大阪から出て行く前はよく遊んだやろ?」
「そ、そうだったなあ…へえ、あいつ元気でやってるんだ」
乱馬は、若干嫌味のこもった右京の話に、初めは苦笑いをしていたが徐々に柔らかい笑顔を浮かべるようになった。
「…」
…乱馬が、こんな優しい顔をして笑うなんて。
家族以外にそんな顔を見せる乱馬を、あまり見た事がなかったあたしは、その事で少し驚いてしまった。
「何かな、来週末東京で用事があるんやて。だから、その時に会えればええな、って話しといたわ。乱ちゃんも逢い
たいやろ?環」
「そりゃあな。でも、子供の頃から一度も会ってないし特徴とかわかんねえな」
…そんなあたしの様子に全く気がつかないまま、乱馬は右京と話を続ける。
すると右京は、
「それやったら安心してや!うち、特徴聞いといたで!」
「抜かりねえな、うっちゃんは」
「あたりまえや!えっとな…髪の長さは、背中まで。家が茶道の家元やってるから、普段着も和服なんやて」
「へえ」
「環は、うちや乱ちゃんよりたしか三歳くらい年上やったし…東京で襲名披露やるらしいで」
「つーことは、十九歳で家元か。すげえなあ」
「おかげで、遊びに行く暇もないくらい修行三昧やたらしいで。日焼けもできへん、色白や…ってなげいてたわ」
そういって、カラカラと笑っていた。
その後乱馬と右京は、その「環」という人についての昔話をしては盛り上がっていたのだけれど、その二人の横でその話を耳にしていたあたしは、一人…複雑な気持ちで胸をざわつかせていた。
…もしかして。
乱馬の初恋の人って…その、「環」って子なのかも。
あたしには、何だか無性にそんな気がしていた。
そう考えれば、乱馬のさっきのあの優しい笑顔も納得が行くし。
景色なんかに執着がない乱馬が、子供の頃に見た「美しい月」を覚えていた事だって…わかる。
…ありえなくは、ない。
「…」
そんなことを考え始めたあたしは、徐々に自分の胸が締め付けられてくるのを感じていた。
…あたし達より三歳年上の、大人。
色白で、髪の毛も背中まである、和服の女性。
しかも、あたしと違って茶道の心得もある…ううん、心得どころか、家元。
…
「…」
あたしは、何故か無意識に…肩の上でバッサリと切りそろえられた自分の短い髪に手を伸ばしていた。
…やだ、足りない。
背中まで伸びるその人の長い髪には、到底足りない長さ。
「…」
足りない髪を何度も指で梳くような素振をしながら、あたしは一人、心をざわつかせる。
乱馬の、初恋の人。
…そんな人が、来週末この東京にやってくるという。
用事があるついでとは言っていたけれど、
右京と、そして乱馬に会いに来る。
…あたしとは全く正反対の、そんな美しい姿をした大人の女性が、乱馬に会いにくる?
乱馬の初恋の人が、乱馬に逢いに来る。
苦しいぐらい乱馬が好きだった人が…逢いに来るの?
「…」
懐かしがっている右京と乱馬には悪いけれど、あたしは心の中は複雑な思いでいっぱいだった。
でも、いくらあたしがそんな事を思っていたとしても、それはもう決まっている事。
「それじゃ、来週の日曜日。二人で環と会おう。環、うちの店に来たがっていたから招待してやってん」
「へー、そうなんだ。そりゃ楽しみだな」
…あたしが一人考え込んでいる間に、話はそこまで進んでいた。
そして、
「じゃあ、時間とかは環と相談してみるわ。決まったらまた乱ちゃんにおしえたるな」
「おう」
…右京と乱馬はそんな約束を交わしおえていた。
「…」
あたしがそんな二人を何も言わぬままじっと見つめていると、
「あかねちゃん、どうしたん?」
右京が、そんなあたしに声をかけてきた。
「えっ…別に」
あたしがそんな右京に慌てて笑顔を見せると、
「…という事で来週末、乱ちゃん借りるで」
「あ、う、うん…」
「あ、いっそのことあかねちゃんも環に一緒に…」
右京はあたしにもそんな風に声をかけてくれるも、
「あかねは、別に関係ねーよ。それに、環だってビックリしちまうだろ」
…そんな右京の言葉を、何故か乱馬が慌てて遮った。
「そうやろか?」
「そうだって。だから今回はまず、俺とうっちゃんで会ってみようぜ」
乱馬は、いかにもそれが当たり前のように右京に説明をする。
もちろん、それをずっと聞いているあたしの顔はちらりとも見ようとしないで。
…
「それでもええけど。…あかねちゃん、ごめんな」
「あ、う、うん」
結局乱馬にほどされた右京は、あたしに軽く手を合わせながら、自分の席へと戻っていった。
「…」
あたしが、右京の後ろ姿をじっと見つめていると、
「わ、分かっているとは思うけどっ…」
乱馬は、そんなあたしの背中にゴホン、と咳払いをしながらそう呟いた。
「うん…」
「これは、俺とうっちゃんの知り合い来るって事だから…」
「うん…」
「俺たちも、環と会うのは何年かぶりだし…あいつも多分、俺たちだけだと思って会いに来るわけだし。だから、おめ
ーはまたの機会にちゃんと紹介するから…」
そして、そういってあたしの顔をチラッと見た。
「分かっているわよ」
あたしは、素直に乱馬に対してそう頷いて見せてやった。
乱馬はホッとしたような表情で、
「おっ、ヒロシ。今日の宿題やってきたか?」
とか何とか。
席にやって来た自分の友達と、打って変わって明るい表情で、そんな会話を交わし始めた。
「…」
あたしは、そんな乱馬の姿を横目でチラチラ見ながらも…少し考えてみた。
乱馬の主張する事も、わかる。
相手の…その環さんて人の気持ちを考えると、昔馴染みの二人以外の人間が同席していれば、緊張してしまったり気を使わせてしまったりするに違いない。
それぐらい、分かる。
…でも。
「…」
何だか、それだけでは無いような気もする。
・・・
あたしの中では、そんな乱馬への疑念が、生まれていた。
そう、それはどす黒い「モヤ」。
あたしの心の隅で沸きいずるそれは、徐々に心の中を満たしていく。
不透明度は、十二分。
心の中を曇らせるだけでなく、とても重い気持ちを身体中に走らせるその「モヤ」。
大切な人を信じるという、もっとも基本的な恋愛の姿勢を…歪ませかねないその「モヤ」を、今のあたしは、思いっきり振り払う事が出来なかった。
それはイコール、あたしの中に乱馬への「不安」が確実に生まれているというのも、同じ事。
あたしよりも、年上で。
髪が長くて、女らしくて。
そして、そして…乱馬の心の中に、何年も何年も住み続けるその人。
そんな人と乱馬が再会しているその時間を、あたしはその場にいることなく、過ごさなくてはいけないのか。
それに…実際に乱馬がその人と再会してしまったら、「思い出」が「思い出」ではなくなってしまう。
「思い出」は「現実」にかわって、過去形が現在進行形になってしまうんだ。
「…」
…ねえ。
大丈夫だよね?乱馬。
その人の事を好きだったときのことを思い出して、また苦しくなったりしないよね?
その痛みを、現在進行形の恋の痛みと、錯覚したりしないよね?
気持ちが動いたり…しないよね?
…思い出すのも嫌だって言っていたくせに、何でそんなに嬉しそうなの?
いつも以上に、何だかあたしに距離を置いているような。
そんな乱馬に対して、あたしはそんな不安を覚えざるをえなかった。
